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魔王と魔法使いはかくて勇者を殺し、世界を破滅へと導いた  作者: 変愚の人
第5章(皇都テルモン編)
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第33-2話


水晶玉に魔力を集中する。戻るべき時間は……10年。


私は、今まで年単位で「記憶」を戻したことはない。せいぜいが数カ月だ。

確かに、ジャックさんの所での修練で、かなりマナの総量は増えた。時間をかければ1年や2年は戻せる。

ただ、10年となると……正直自信はない。それでも、やるしかない。


追憶リコール」をかけ始めてから、既に2時間が経とうとしていた。限界まで「早送り」しているけど、水晶玉の中の時間はまだ2年ぐらい前だ。

体力が急速に失われていくのが分かる。……見通しが、甘かった。これじゃ、あと2時間ももたない。


「いつまでかかるかな?」


ナイトハルトが微笑みながら覗き込んできた。


「邪魔、しないで下さい」


「いや、厳しそうだなと思ってね。無茶を言っているのは認識している」


彼はパチンと指を鳴らした。従者の一人が、何かを持ってきている。あれは……


「魔洸石……??」


「マナの補充なら心配無用だ。このぐらいは想定済みだよ」


左手で、黄色に光る石を受け取る。マナが、瞬時に全身に満ちるのが分かった。


「え」


「君に倒れられては意味がないのでね。腹が減ったら言ってくれ、そっちの準備もできている」


用意周到だな。でも、それだけ本気なのかもしれない。


そして、魔洸石に触れた瞬間、私はまだ公園の周囲に誰かいるのを感じた。微かだけど、マナの気配がする。

それを気にしている余裕はない。でも、恐らく……「シェリル」はこの様子を、何かの目を通して見ている気がする。


意識を水晶玉に戻す。時間は、再び超高速で「巻き戻されていく」。



封じられていた扉が、開こうとしていた。



#


日が傾き始めた頃。水晶玉はある邸宅を映し出した。これが、私の生まれ育った家だ。

見た瞬間、私の中に何とも言えない懐かしさがぶわっと溢れてきた。



……ああ、そうだ。これが、私の家だった。



「建物の中は見れるかな?」


「……ええ」


郷愁に浸る間もなく、ナイトハルトが口を出してきた。少し意識を集中すると、水晶玉の「映像」は荒れた部屋に切り替わった。……誰もいないみたいだ。


「……ふむ、レミュー夫妻殺害後のようだね。試しに、1日ほど前に戻ってくれないか」


「殺人の現場を見たいのですか」


「君もどうして叔父夫婦が殺されたのかは知りたいだろう?『失われた記憶を取り戻す』ことは、君の宿願ではなかったかな?」


……否定はできない。でも、怖い。


それは、人の死を見ることの怖さだけじゃない。義父さんが消したであろう私の記憶が持つ重さに、私が耐えきれる自信がないからだ。


でも、踏み出さないといけない。それに、拒んでもナイトハルトは無理にでも私に「追憶」を使わせるだろう。


意識を掌に集める。すぐに、水晶玉は居間で寛ぐ叔父夫婦の姿を映し出した。……何か話しているようだ。


『ハーランド伯も罪なお人だ。12の小娘を見初めるとは』


『でもこれで『第一層』の住民になれるなら、悪くない話ではないですこと?

あなたもハーランド伯の側近に昇格できるわけですし』


……ハーランド伯?


ほう、とナイトハルトが呟いた。


「やはりな」


「どういうことですか?」


「君は知らないか忘れているだろうが、ハーランド伯はジークポリスの領主だった男だよ。叛意ありとして私に討たれたがね。

君が『ム=カイ遺跡』の鍵となる何かを握っていることを知っていたようだ。で、レミュー夫妻は君を売ることにしたようだな」



……私は、売られた?



背中から力が抜けて行くのを感じる。


「ふふ、誰か来たようだよ」


居間のドアを、誰かがノックした。


『入るがいい』


『失礼します。午後のお茶の準備が整いました』


そこにいたのは、浅黒い肌の長身の男性だった。尖った耳と肌の色が、彼が魔族であると教えてくれている。目は細く、穏やかそうな印象を受ける。

この人が、ミハイル・コバロフ……私の初恋の人であり、叔父夫婦を殺したとされる人のようだ。


『ご苦労。ミハイル、君の茶を飲むのもあと少しかもしれぬな』


『と申しますと?』


『近々、ここを引き払うことになりそうなのだよ。より大きな家となると、魔族は置いておけないのでな』


『……それは残念でございます』


大して残念そうでもなく、彼は恭しく答えた。


『ふふ、君は特に従順だ。私からも口利きをしておいてあげよう』


『至極恐縮にございます』


ナイトハルトが訝し気な顔になった。


「……妙だな」


「と言いますと?」


「首のチョーカーだ。この頃には既に魔族への配布が始まっていたはずだ。

兄上の行った数少ない功績が、この『支配のチョーカー』の開発だ。だが、この男の首にあるのは、偽物だな」


「……え」


「よくできているよ、意匠もそれに近い。コバレフ家最後の生き残りだから、策を弄したか」


「コバレフ家?」


「後で話そう。……まだ犯行まではしばらくかかるようだな」


水晶玉の中では叔父夫妻が優雅にお茶を楽しんでいた。ロックモールとの交易がどうだとか、そんな話をしている。

叔父夫妻が何をやっていたかは子供の頃は分からなかったけど、どうやら貿易商に近いことをやっていたようだった。


『……にしても、プルミエールは本当にいい『拾い物』だったな。少々引っ込み思案で地味だが、顔は整っている。

ハーランド伯は好色だが、とりあえず可愛がってはもらえるだろうな』


『まだ12というのがまた物好きですけどね。上級貴族への昇格はあなたの悲願でしたもの、本当に幸運でしたわ』



……「拾い物」?



「話が君の話題になったようだね」


「……」


私は言葉が出なかった。叔父夫妻は、私とは血の繋がりがない??


叔父夫妻の会話はなおも続く。


『プルミエールを預かったのは……今から10年前か。皇族の権力闘争で負けたアルフレッド候の友人からだったな』


『そうでしたわね。とんだ厄介者を押し付けられたと思いましたけど』


『アルフレッド派だと思われたら元も子もないからな。あいつには借金をしていて借りがあったから仕方なかったが』


ククク、とナイトハルトが笑う。


「やはり……か。見えてきたな」


「何がやはりなんですか!!」


「君の素性さ。なるほど、それはクリス・トンプソンも手元に置きたがったわけだよ」


「あなた、やっぱり……私について何か知ってるんですね」


「いや、推測だよ。確信までは持てなかった。そもそも10年前はアトランティアとの交渉で中央の政局には疎かったからね。

……お、さて本番のようだよ」


再びノックの音がした。


『ん、ミハイルか』


『カップを下げに参りました』


『よろしい。……ん?』


ミハイルさんは、右手に長剣を握っていた。



……え。



「ほう!!?」



ナイトハルトが愉快そうに声をあげた。無理もない。



何故なら、ミハイルさんの背後には、もう一人フードを被った人物がいたからだ。

そして、その人物はおもむろに手を前に出す。それと同時に叔父夫妻は、何も言わず人形のように立ちすくんだ。



顔は見えない。でも、背中から見える黒い羽根。それで、その人物が誰か、私は察した。



「そんな……嘘っ……!!!」



思わず、私は水晶玉に流すマナを断ち切ってしまった。映像が、瞬時に消える。



私は、その現実を受け入れられない。いや、受け入れたくもない。これが、現実であっていいはずがない。



なぜなら、その人物は……



ナイトハルトが「ハハハハハ!!!!」と大声で笑った。




「まさか貴方本人が下手人とはな!!!アングヴィラ王国宰相、クリス・トンプソン!!!!」





キャラクター紹介


マシュー・レミュー(享年41)


プルミエールの「叔父」。血の繋がりはない。20年前、プルミエールが2歳の時に「叔父」として彼女を引き取った。下級貴族であり、小規模な貿易商でもあった。

性格は金にうるさく、俗物的でやや嫌味。ただ、短気ではなくそれなりにおおらかでもあったため、人望はそれなりにあった。

プルミエールを養女としなかったのは、彼女に強い思い入れを持ちたくないがため。もし美しく成長したなら、高級娼館にでも売るつもりだったようだ。そこまで愛情を注いでいるように見えなかったのは、これも一因である。

なお子供がいなかったこともあり、妻キャリーはもう少し彼女を可愛がってはいた。


ミハイル・コバレフになぜ自分が殺されねばならなかったかは、最期まで理解できなかったと思われる。

これについては後程理由が明かされるであろうが、彼らに責はほぼない。

無論、プルミエールの真の素性についても最期まで知ることはなかった。

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