第33-2話
水晶玉に魔力を集中する。戻るべき時間は……10年。
私は、今まで年単位で「記憶」を戻したことはない。せいぜいが数カ月だ。
確かに、ジャックさんの所での修練で、かなりマナの総量は増えた。時間をかければ1年や2年は戻せる。
ただ、10年となると……正直自信はない。それでも、やるしかない。
「追憶」をかけ始めてから、既に2時間が経とうとしていた。限界まで「早送り」しているけど、水晶玉の中の時間はまだ2年ぐらい前だ。
体力が急速に失われていくのが分かる。……見通しが、甘かった。これじゃ、あと2時間ももたない。
「いつまでかかるかな?」
ナイトハルトが微笑みながら覗き込んできた。
「邪魔、しないで下さい」
「いや、厳しそうだなと思ってね。無茶を言っているのは認識している」
彼はパチンと指を鳴らした。従者の一人が、何かを持ってきている。あれは……
「魔洸石……??」
「マナの補充なら心配無用だ。このぐらいは想定済みだよ」
左手で、黄色に光る石を受け取る。マナが、瞬時に全身に満ちるのが分かった。
「え」
「君に倒れられては意味がないのでね。腹が減ったら言ってくれ、そっちの準備もできている」
用意周到だな。でも、それだけ本気なのかもしれない。
そして、魔洸石に触れた瞬間、私はまだ公園の周囲に誰かいるのを感じた。微かだけど、マナの気配がする。
それを気にしている余裕はない。でも、恐らく……「シェリル」はこの様子を、何かの目を通して見ている気がする。
意識を水晶玉に戻す。時間は、再び超高速で「巻き戻されていく」。
封じられていた扉が、開こうとしていた。
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日が傾き始めた頃。水晶玉はある邸宅を映し出した。これが、私の生まれ育った家だ。
見た瞬間、私の中に何とも言えない懐かしさがぶわっと溢れてきた。
……ああ、そうだ。これが、私の家だった。
「建物の中は見れるかな?」
「……ええ」
郷愁に浸る間もなく、ナイトハルトが口を出してきた。少し意識を集中すると、水晶玉の「映像」は荒れた部屋に切り替わった。……誰もいないみたいだ。
「……ふむ、レミュー夫妻殺害後のようだね。試しに、1日ほど前に戻ってくれないか」
「殺人の現場を見たいのですか」
「君もどうして叔父夫婦が殺されたのかは知りたいだろう?『失われた記憶を取り戻す』ことは、君の宿願ではなかったかな?」
……否定はできない。でも、怖い。
それは、人の死を見ることの怖さだけじゃない。義父さんが消したであろう私の記憶が持つ重さに、私が耐えきれる自信がないからだ。
でも、踏み出さないといけない。それに、拒んでもナイトハルトは無理にでも私に「追憶」を使わせるだろう。
意識を掌に集める。すぐに、水晶玉は居間で寛ぐ叔父夫婦の姿を映し出した。……何か話しているようだ。
『ハーランド伯も罪なお人だ。12の小娘を見初めるとは』
『でもこれで『第一層』の住民になれるなら、悪くない話ではないですこと?
あなたもハーランド伯の側近に昇格できるわけですし』
……ハーランド伯?
ほう、とナイトハルトが呟いた。
「やはりな」
「どういうことですか?」
「君は知らないか忘れているだろうが、ハーランド伯はジークポリスの領主だった男だよ。叛意ありとして私に討たれたがね。
君が『ム=カイ遺跡』の鍵となる何かを握っていることを知っていたようだ。で、レミュー夫妻は君を売ることにしたようだな」
……私は、売られた?
背中から力が抜けて行くのを感じる。
「ふふ、誰か来たようだよ」
居間のドアを、誰かがノックした。
『入るがいい』
『失礼します。午後のお茶の準備が整いました』
そこにいたのは、浅黒い肌の長身の男性だった。尖った耳と肌の色が、彼が魔族であると教えてくれている。目は細く、穏やかそうな印象を受ける。
この人が、ミハイル・コバロフ……私の初恋の人であり、叔父夫婦を殺したとされる人のようだ。
『ご苦労。ミハイル、君の茶を飲むのもあと少しかもしれぬな』
『と申しますと?』
『近々、ここを引き払うことになりそうなのだよ。より大きな家となると、魔族は置いておけないのでな』
『……それは残念でございます』
大して残念そうでもなく、彼は恭しく答えた。
『ふふ、君は特に従順だ。私からも口利きをしておいてあげよう』
『至極恐縮にございます』
ナイトハルトが訝し気な顔になった。
「……妙だな」
「と言いますと?」
「首のチョーカーだ。この頃には既に魔族への配布が始まっていたはずだ。
兄上の行った数少ない功績が、この『支配のチョーカー』の開発だ。だが、この男の首にあるのは、偽物だな」
「……え」
「よくできているよ、意匠もそれに近い。コバレフ家最後の生き残りだから、策を弄したか」
「コバレフ家?」
「後で話そう。……まだ犯行まではしばらくかかるようだな」
水晶玉の中では叔父夫妻が優雅にお茶を楽しんでいた。ロックモールとの交易がどうだとか、そんな話をしている。
叔父夫妻が何をやっていたかは子供の頃は分からなかったけど、どうやら貿易商に近いことをやっていたようだった。
『……にしても、プルミエールは本当にいい『拾い物』だったな。少々引っ込み思案で地味だが、顔は整っている。
ハーランド伯は好色だが、とりあえず可愛がってはもらえるだろうな』
『まだ12というのがまた物好きですけどね。上級貴族への昇格はあなたの悲願でしたもの、本当に幸運でしたわ』
……「拾い物」?
「話が君の話題になったようだね」
「……」
私は言葉が出なかった。叔父夫妻は、私とは血の繋がりがない??
叔父夫妻の会話はなおも続く。
『プルミエールを預かったのは……今から10年前か。皇族の権力闘争で負けたアルフレッド候の友人からだったな』
『そうでしたわね。とんだ厄介者を押し付けられたと思いましたけど』
『アルフレッド派だと思われたら元も子もないからな。あいつには借金をしていて借りがあったから仕方なかったが』
ククク、とナイトハルトが笑う。
「やはり……か。見えてきたな」
「何がやはりなんですか!!」
「君の素性さ。なるほど、それはクリス・トンプソンも手元に置きたがったわけだよ」
「あなた、やっぱり……私について何か知ってるんですね」
「いや、推測だよ。確信までは持てなかった。そもそも10年前はアトランティアとの交渉で中央の政局には疎かったからね。
……お、さて本番のようだよ」
再びノックの音がした。
『ん、ミハイルか』
『カップを下げに参りました』
『よろしい。……ん?』
ミハイルさんは、右手に長剣を握っていた。
……え。
「ほう!!?」
ナイトハルトが愉快そうに声をあげた。無理もない。
何故なら、ミハイルさんの背後には、もう一人フードを被った人物がいたからだ。
そして、その人物はおもむろに手を前に出す。それと同時に叔父夫妻は、何も言わず人形のように立ちすくんだ。
顔は見えない。でも、背中から見える黒い羽根。それで、その人物が誰か、私は察した。
「そんな……嘘っ……!!!」
思わず、私は水晶玉に流すマナを断ち切ってしまった。映像が、瞬時に消える。
私は、その現実を受け入れられない。いや、受け入れたくもない。これが、現実であっていいはずがない。
なぜなら、その人物は……
ナイトハルトが「ハハハハハ!!!!」と大声で笑った。
「まさか貴方本人が下手人とはな!!!アングヴィラ王国宰相、クリス・トンプソン!!!!」
キャラクター紹介
マシュー・レミュー(享年41)
プルミエールの「叔父」。血の繋がりはない。20年前、プルミエールが2歳の時に「叔父」として彼女を引き取った。下級貴族であり、小規模な貿易商でもあった。
性格は金にうるさく、俗物的でやや嫌味。ただ、短気ではなくそれなりにおおらかでもあったため、人望はそれなりにあった。
プルミエールを養女としなかったのは、彼女に強い思い入れを持ちたくないがため。もし美しく成長したなら、高級娼館にでも売るつもりだったようだ。そこまで愛情を注いでいるように見えなかったのは、これも一因である。
なお子供がいなかったこともあり、妻キャリーはもう少し彼女を可愛がってはいた。
ミハイル・コバレフになぜ自分が殺されねばならなかったかは、最期まで理解できなかったと思われる。
これについては後程理由が明かされるであろうが、彼らに責はほぼない。
無論、プルミエールの真の素性についても最期まで知ることはなかった。




