第33-3話
王宮の廊下に、俺は顔が隠れる大きめのローブを被って立っていた。目の前には、豪奢なドアがある。
……この向こうに、プルミエールがいる。俺は「クソッ」と小さく吐き捨てた。
あいつが深く傷付いているのは、容易に想像できた。これ以上「思い出ささせれば」、あいつの心は壊れてしまうかもしれない。
それでもなお、さらに「思い出させる」ことをナイトハルトは望んでいる。
そして奴はそのために、俺を使おうとしている。俺でなければ、彼女は説得できない。そう思っているからだ。
何とかして、ここを逃げ出せないか。「加速」を使えば、多分王宮を出る所までは行けるだろう。
しかし、その後は?追手を撒いて、プルミエールと逃げ切るのは……さすがに、現実的ではない。
俺は目を閉じた。……今日のこれまでの出来事から、突破口は見付けられないのか?
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「出ろ」
看守が乱暴に牢を開ける音で、俺は目覚めた。エルザは既に起きて、身支度を済ませている。
「何?」
「朝の訓練だよ。『ダストボックス小隊』はナイトハルトの直属の私兵だからな、日々の訓練は欠かせないってことだ。
つーかとっとと着替えろ。拷問を受けるのはオレもなんだからな」
朝は決して強くない俺にとっては難儀なことだ。時計はまだ6の刻か……
急いで階段を登ると、6人ほどの男女が既に並んでいた。……全員、人間以外の種族か。
「……何だガキかよ。というかエルザ、早速味見したのか?」
「殺すぞ!?」
凄むエルザに、角が生えた大柄な男がゲラゲラと笑った。
「冗談だよ、てめえの男嫌いはよく知ってるからな。てか魔族か、久し振りだが大丈夫なのか?」
「……エリック・ベナビデスだ」
何人かの顔色がサッと変わった。角の男は気付いていないようだが。
兎耳の女が前に出る。
「ちょっと君……『魔王』と関係があるんじゃ」
「父だ。それと俺は28だ。二度とガキと呼ぶな……ここにいる全員、まとめて消してもいいんだぞ」
「てめえっ!!?」
角の男が俺に殴りかかろうとした瞬間、小柄なホビットがそれを制した。
「やめときな。多分、ハッタリじゃない。エルザも手酷くやられたようだしな」
「……チッ、黙っとけよアンソニー」
「男嫌いで魔族嫌いのお前が同部屋なのに、こいつは無傷だ。多分、ここにいる誰よりも強かろうよ。
失礼した。僕はアンソニー。アンソニー・エニスだ。『ダストボックス小隊』、一番組の一人をやらせてもらっている」
ホビットが手を差し出す。握手すると、見た目からは考えられないような力で握り返された。
「……グッ!?」
「力はそこまででもないな。機敏さで掻き回す感じか」
「貴様……!!?」
「おっとすまない。つい、な」
確か、エルザより在籍が長いのはこいつだけか。実質的に小隊を仕切っているのはこの男らしい。
見た目は子供のようだが、ホビットの外見はエルフ並に当てにはならない。多分、俺よりは歳上なのだろう。
「……試したな」
「さあな。っと、主人が来たようだ、珍しくな」
奥からゆったりとした服に身を包んだナイトハルトが現れた。
「やあ諸君。今朝も精が出るね」
「閣下、視察ですか」
「まあ、そんなところだ。それに『新入り』もいるしな」
フフ、と笑うナイトハルトを俺は睨んだ。奴は肩を竦める。
「もう既に聞いているかもしれないが、エルザと組むことになったエリックだ。ひょっとして素性も聞いたかな?」
「ここで言う必要はないだろう」
「それもそうだ。まあ、腕は確かだ。皆には彼と一緒に、『ム=カイ遺跡」の発掘をやってもらおうと思ってね」
小隊の面子がざわついた。平然としているのは、事前に俺がここに来た経緯を知っているエルザと……あのアンソニーというホビットだけだ。
……あの男、ただの奴隷とかではなさそうだ。
「『ム=カイ遺跡』って、あのゲオルグが手を出そうとしてる?」
オークの男が低い声で訊いた。言葉が訛ってないからハーフオークかもしれない。
ナイトハルトは静かに頷く。
「名目上は、兄上の指示でということになっている。まあ、実際は私の意向だがね。
兄上ではあそこは攻略できまい。少し交渉したらあっさりと飲んでくれたよ」
「危険、って話じゃねえのか?」
「だから君たちに動いてもらう。賤民である君たちが『支配のチョーカー』なしに一定の自由を得られている理由は理解しているだろう?」
ハーフオークの男が舌打ちをした。「支配のチョーカー」……聞いたことがない。
「とにかく、今日はその下調べに出る。アンソニーとシャルルは私と同行してくれ」
「畏まりました」
下調べ……プルミエールの「失われた記憶」を思い出させるということか。
プルミエールが、「ム=カイ遺跡」の発掘の鍵を握るらしいことは聞いていた。それが何か知りたくないと言えば嘘になるが、俺にはどうすることもできない。
「オレたちはどうするんだよ」
「2番組から4番組は待機だ。監視下においてだが、好きなように過ごしていい」
「どうせ許されていることは稽古ぐらいしかねえんだろ」
「フフ、だが必要なことだ」
そう言うと、ナイトハルトは踵を返した。アンソニーとシャルルと呼ばれた馬人が、その後をついていく。
「……どういうことだエルザ、説明しろ」
俺に突っかかってきた角の男が、エルザに近寄ってきた。俺はその間に入る。
「事情は俺が話す」
「は?」
俺は周囲を見渡す。看守の目が鋭くなったのを感じた。俺が下手なことを言えば、即拘束、処刑だろう。
全てを話すわけには、どうにもいかないようだ。
「俺はナイトハルトに連れて来られた。詳しい事情は言えないが、『ム=カイ遺跡』の発掘に協力することになっている」
「その詳しい事情を聞かせろって言ってんだよガキが!!」
ドスッ
「ぐふっ……」
「ガキと言うな、と言ったはずだが?」
兎耳の女が、角の男を抱きかかえた。
「大丈夫かい、バフ」
「……畜生が」
「エリック、だったかな?こいつは悪い奴じゃないんだ、許してやって」
「ガキ扱いしなければいい。それより説明だ。『ム=カイ遺跡』には何かしらの秘宝……金銀財宝じゃない、もっと大きな何かが眠っている。ただ、発掘はナイトハルトだけじゃ無理だ。
俺……の連れがその鍵を握っている。それもあって、俺が奴に協力することになった」
「大きな何か、って具体的には?」
俺は首を振った。
「分からない。ただ、国家権力が動くほどのものだ。上手く行けば……相応の見返りがあるかもしれない」
エルザの目が厳しくなった。そんな保証はない。だが、こいつらの協力を得ることは必要だ。
それに、俺の推測が正しければ脱出の隙はできる。そのはずだ。
「『相応の見返り』、なんてあるのかよ」
リザードマンの男が小さく言った。兎耳の女が、俺に代わって答える。
「ナイトハルト閣下は徹底した実力主義の人よ。信賞必罰、だからこそ亜人や異種族のあたしたちが『支配のチョーカー』なしにこうしていられる。
手柄を立てればアンソニーさんみたいに側近に近い扱いもさせてもらえる。あの人が人間の女性と家庭持ってるの、知ってるでしょう?」
「ナイトハルトの昔馴染みだからじゃねえかよ。あの人は、色々と参考にならねえよ」
「それでもよ。あたしたちだって望めば食事だって酒だってそれなりのものが与えられる。命がゴミ屑のように扱われる『ダストボックス小隊』だけど、生きてる限りは自由なの。
ナイトハルト閣下を、もう少し信用してもいいんじゃない?」
「……どうだかな」
リザードマンの男が、納得していない様子で首を振る。看守がこちらにやってきた。
「お喋りはここまでだ。9の刻より王宮訓練所への立ち入りを認める。
部屋の外に出たい場合はその旨伝えろ。以上だ、各自部屋に戻れ」
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その日はほぼ部屋で過ごした。エルザは「あんたと同じ部屋にはいたくない」と、ずっと訓練所で過ごしていたらしい。
俺はというと、テルモンの地理書と歴史書を読んでいた。望めば差し障りのない限りの自由がある、というのはどうも本当だったらしく、看守に言うと渋々運んできてくれた。
過酷な任務には相応の自由がある、ということか。
「ム=カイ遺跡」自体は昔から知られていた遺跡であったらしい。「エマニュエルの夢」と呼ばれる寓話の舞台でもあったようだ。
恐らく、この寓話がナイトハルトが求めているものと何か関係があるのだろう。
そして、テルモンの魔族。相当昔に俺たちズマの魔族とは袂を分かったとは聞いていたが、主に遺跡の守人になっていたとは知らなかった。
ロワールのダーレン寺からジャックの元に身を寄せた時は、テルモンはほぼ通過するだけだった。曲がりなりにも同胞についての情報は、もう少しちゃんと知っておくべきだったかもしれない。
そんなことを思いながらページを捲っていると、日が暮れてきた。エルザはまだ戻ってこない。
その時、ノックの音がした。
「エリック・べナビデス。ナイトハルト閣下がお待ちだ」
「……何?」
「至急来い、ということだ。さっさと出ろ」
……まさか、プルミエールに何かあったのか??
もやもやしたものを抱えながら、看守についていく。広い部屋の一室に入ると、豪勢な料理を前にしたナイトハルトが、上機嫌で座っていた。
「やあ」
「どういうつもりだ」
「食事の誘いだよ。君の席も用意してある。座り給え」
確かに俺の分のナイフとフォークがある。俺はしぶしぶナイトハルトの向かいに座った。
「プルミエールは」
「ああ、心配しなくていい。ただ、ショックを受けていてね。今は部屋で寝ている」
「……ショック?」
「叔父夫婦を殺した人物を知ったのが、余程辛かったらしい。結局、作業はそこで終わってしまったよ」
言葉とは裏腹に、ナイトハルトの機嫌は良さそうだ。
「殺したのは誰なんだ」
「アングヴィラ王国宰相、クリス・トンプソン。彼女の義父だよ。
厳密には、コバレフ家のミハイル・コバレフ……『ム=カイ遺跡』の守人の末裔が共犯だがね」
「……何だと!?」
プルミエールが寝込む理由は容易に理解できた。彼女は……騙されていたのだ。それも、10年前から、ずっと。
ナイトハルトは愉快そうに肉を切る。
「彼女が『ム=カイ遺跡』にまつわる何かを握っていて、それを2人は止めようとしたのだろうね。
当時、彼女はハーランド伯……当時のジークポリスの領主に身請けされることにことになっていたのだよ。狙いはやはり、『ム=カイ遺跡』への道とみる」
「なぜ止めようとした?そもそも、プルミエールが何故そんなものを持っている??」
「フフ、それは明日にならないと分からない。というより、彼女に再びやる気を出してもらわないとね」
……この余裕。恐らく、こいつは何らかの結論に既に至っているのだろう。
そして、俺を呼び出した理由にも見当がついた。……そういうことか。
「俺があいつを説得しろ、ということか」
「ご名答だ。私がやってもいいのだがね、『意に添わぬ』形になるのは本意ではない。
彼女の心を溶かすのは、君ぐらいしか思いつかない」
「……ふざけるなよ。義父に、トンプソンに最初から裏切られていたという事実の重さは……!!これ以上あいつを苦しめてどうする!?」
「だが、このまま放って置いては意味がない。君をここに置いておく意味もなくなってしまうわけだが」
ナイトハルトは肩を竦めた。
「……脅しか」
「さあね。だが、決断するのは君だ」
俺は目を瞑った。……選択肢は、ない。今の所は。
俺は立ち上がった。
「プルミエールの部屋は」
「おや、食事はいいのかね?」
「いい」
フフ、とナイトハルトが笑った。
「麗しいことだね。いいだろう、デボネア、案内してくれたまえ」
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そして、俺は彼女の部屋の前にいる。説得するより、他はない。
だが、傷口に塩を塗り込むような真似はしたくなかった。どうすればいい??
……おかしい。
俺の中に疑念が生じた。なぜ、プルミエールの叔父夫妻を殺したコバレフという男は、何も言わず死んだ?
プルミエールの記憶を消したのがトンプソンであるのは、もはや疑いがない。だが、なぜ「1年だけ」記憶を消した?……まるで、コバレフの記憶だけを消すように。
そして、コバレフとトンプソンはなぜ組んでいた?
コバレフ家は「ム=カイ遺跡」の守人をやっていたという。つまり、トンプソンはその発掘を望んでいなかった、ということになる。
アリスが言っていた「2人目」の存在を、トンプソンは知っていたのだろうか。それなら辻褄は合う。
だが、ならなぜナイトハルトを止めようとしないのか。ナイトハルトは「六連星」の一人だ。トンプソンとも、当然繋がりがある。
さらにいえば、なぜトンプソンはプルミエールを一度は養女に迎え入れたのか。そして、なぜ再び殺そうと動いているのか。……あまりに一貫していない。
分からないことが多過ぎる。あるいは、それこそが……本当に知るべきことなのじゃないか??
俺は意を決して、ドアをノックした。これからやるのは、説得じゃない。「協議」だ。
用語紹介
「ダストボックス小隊」
皇弟ナイトハルト直属の私兵。大体の場合8~10人で構成される。2人1組のツーマンセルで行動させることが多い。
任務の内容は多くの場合過酷である。暗殺、諜報、難所の調査が多い。任務失敗による入れ替わりは激しく、当初からの生き残りは1番組のアンソニー・エドワーズだけである。
なお、その任務の特性上捕縛されることも多い。隊員の忠誠心は様々であり、拷問に際して口を割りそうな人物もいる。
無論、これに対して相応の対処法をナイトハルトは打っている。これについては今後明かされることがあるかもしれない。
隊員は基本的に亜人や異種族で構成される。過去には魔族も少なかったようだが、扱いにくさもあって現在は2番組のエルザ(とエリック)だけになっている。
非差別民族に対しては自我を抑制する「支配のチョーカー」が付けられるが、隊員は例外。彼らは監視下ではあるが一定の自由を得られている。
隊員には給与こそないが、望めば支障のない限りのわがままは利く。書籍などの閲覧も可。婚姻すら不可能ではない。
厳しい任務に対する見返りはあるので、ナイトハルトに忠誠を誓う隊員は相応にいる。
現在の構成員は以下の通り。
1番組
アンソニー・エドワーズ(ホビット)
シャルル・ジャスティン(人間、元死刑囚)
2番組
エルザ・シャポバロフ(魔族)
エリック・べナビデス(魔族)
3番組
バフ(牛人)
シェルビー(兎人)
4番組
アゾグ(ハーフオーク)
ギャラハー(リザードマン)
5番組は欠組である。




