第32話
「貴様の部屋はここだ。大人しくするんだな」
俺は兵士に乱暴に突き飛ばされた。「部屋」か。どう見ても地下牢にしか見えないが。
この4日間、俺はほぼ捕虜に等しい扱いを受けた。移動は手枷をはめられたまま。周囲を重装歩兵で取り囲まれ、寝る時も常に誰かしらの監視が付いていた。
もちろん、宿泊は最底辺の安宿だ。食事も粗末な乾いたパンに干からびた肉程度で、さすがに体力がもたない。このまま殺すつもりかとすら思ったほどだ。
そこにもってきてこれとは、ナイトハルトはなかなかいい神経をしている。
プルミエールさえいなければ、「加速」を使って無理矢理にでも逃げただろうが……
「……クソが」
俺は独り言ちた。もちろん、このまま奴の言うとおりに動くつもりはない。
シェイドとデボラが加わり、「ム=カイ遺跡」の発掘に動いた時……そこが要だ。
プルミエールが、その時どこにいるかは分からない。ただ、反旗を翻すなら、この機しかない。
「お、新入りか?」
部屋の隅から声がする。……女?
「先客がいたか」
「あー、あんたがオレの新しい相方か。……何だよ、まだガキじゃないか」
女は立ち上がり、闇の中から俺に近づいてきた。鉄格子の隙間から差す月光で、ようやく顔が見えた。
身長は170センメドほど。身体は鍛え上げられており、胸はさほどでもない。
短い黒髪に、右眼の辺りに長い刀傷のようなものがある。多分、この傷がなければなかなかの器量だろう。
そしてこの女……
「魔族、か?」
女は、少し落胆したように息をついた。
「……遂にナイトハルトもこんなガキの同族しかよこさなくなったのか。いよいよテルモンの魔族も潰えるってことかよ」
「ガキじゃない。俺は28だ。血筋でね、成長が遅い」
「28!?オレより上かよ……どこの氏族だ?ワルエフ家か、ビボール家か?まさかあのコバレフ家とか言わねえよな?」
「俺はズマの出身だ。魔族なら名前は知ってるだろう?『魔王』ケイン・ベナビデス」
女は一瞬動きが止まり、すぐに表情が凍り付いた。
「まさか、お前……」
「その息子にして『魔王』の真なる後継者、エリック・ベナビデスだ。『取引』の結果、ナイトハルト・ウォルフガングに協力……という名の強要をされることになった。それより、お前は何者だ?」
「……驚いたぜ、まさかあんたが『魔王』の後継とはな……」
女に目に憎悪が浮かんだのが分かった。……右手が薄っすらと光っている。
ダッ!!!!
女が強い踏み込みから右手刀を振り下ろす。……迅いっ!!
「クッ!!?」
「はあっ!!!」
頬をわずかに切り裂かれる感触がした。「加速」なしで捌くのは困難かっ!?
すぐに返しの横薙ぎの手刀が飛んでくる。首の動脈を斬るつもりかっ!
「加速5!!」
「加速」を発動した俺は、彼女の右腕を右の掌で払う。そのままの勢いのまま懐に潜り込み、左掌で鳩尾を叩いた。
「ぐふっ」
女が膝から崩れ落ちる。その顔面に蹴りを飛ばし、寸前で止めた。
「……物騒だな。初対面の男をいきなり殺そうとするとは」
「おま、えの……『魔王』の、せいで、どれだけ同胞が、犠牲に……なったと!!」
「……迫害、か」
もちろん、それは知っている。「サンタヴィラの惨劇」の後、ただでさえ社会での立場が弱かった魔族は、徹底した差別と迫害の対象になった。
俺たち魔族は肉体的に頑強で、そう簡単に「壊れない」。だから、弾圧されるだけでなく過酷な労働に無理矢理従事させられた同胞は多かった。
例えば女が言っていたワルエフ家の氏族、そしてビボール家の氏族は北方の鉱山開発のため強制移住させられたはずだ。
彼らがどうなったかは風の噂でしか知らないが、もうほとんど生き残っていないという話をジャックが苦虫を噛み潰したように言い放ったのはよく覚えている。
俺は唇を噛んだ。勿論、それに対し負い目を感じないはずがない。
愚かで自らの安寧しか考えないハンプトンは、国外の魔族の迫害に対し徹底して無策で、無関心だった。
俺も何かしようとしなかったわけではない。ダーレン寺にいた時、総師範に何とかできないかと掛け合ったこともある。「政武分離」に忠実に従っていた総師範は、決して首を縦に振らなかったが。
もし同意したとしても、あの時の俺は無力なガキだったから、きっと失敗しただろう。それを彼は知っていたのだと今では思っている。
ただ、女の怒りは十分理解できた。彼女にとって、俺は……自分たちの苦境を作り出した「魔王」の息子であり、にもかかわらず手すら差し伸べなかった「大悪」なのだ。
女が立ち上がろうと試みる。
「お前は……絶対に許せねえ……!!」
「無駄だ。女に手を挙げるのは趣味じゃない。それに、お前ほどの使い手なら、俺との力量の差も理解したはずだ」
「だけどっ!!!死んでいったおふくろや家族に……申し訳が立たねえんだよおおっっ!!!」
女は無理矢理立ち上がり、再び手刀を振りかぶる。
隙だらけのその動きを見て、今度は「気絶させるつもりで」当身を腹部に放った。
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「う……く……」
「気付いたな」
部屋の片隅にあるベッドから、呻き声がした。
「……てめ、え……」
「心配するな、気絶させただけだ。もし望むなら、もう一度当身を食らわせてもいいが」
「ふざけんじゃ、ねえ……もし犯しに来たら、その粗末な一物を食いちぎってやる……!!」
「生憎だが、そこまで卑下するほどの物じゃない。それに、女を犯すことには興味がないんでね」
「……はっ、ユングヴィの腐れ神官と同じ趣味かよ」
「残念だが、ごく普通の趣味だ。……」
想う相手もいるのでな、という言葉をすんでのところで俺は飲み込んだ。そう、プルミエールを救出しないといけない。
「そもそも、お前はなぜここにいる?急に襲われてこちらも困惑してるんだ、名前ぐらい名乗ったらどうだ」
「……オレは、ナイトハルトの手駒だ。暗殺、諜報、そして遺跡の調査……いつ死んでもいい『使い捨て』さ」
「『使い捨て』、か」
「ああ。『ダストボックス小隊』、と呼ばれてる。オレは2番組のエルザ……エルザ・シャポバロフ」
「相方、と言ったな。2人1組か」
頷く代わりに「チッ」という舌打ちが聞こえた。
「……そうだよ。ダストボックス小隊は、基本そうだ。大体5組10人だが、すぐに大体が死んじまう。オレより長いのは、1番組のアンソニーだけになっちまった。
久々に補充があったと思ったら、よりによって『魔王』の息子なんて……死んじまいてえ気分だ」
「心配しなくても足は引っ張らん。こっちはこっちで勝手にやらせてもらう」
「はっ!!何をだよ」
「聞かされてないか。『ム=カイ遺跡』の発掘。そこが俺たちの行き先だ」
「……ハハ、そういうことかよ」
女……エルザが自嘲気味に笑った。
「何がおかしい」
「愚帝ゲオルグが、あそこに人海戦術で人をやって随分死なせてるらしいじゃねえか。痺れを切らして軍の師団まで動かすって話だが、そこにオレたちを生かせるってことかよ。
ナイトハルトの奴、ついにオレたちをお払い箱にするつもりらしい」
「……ほう」
話はまだエルザの所まで降りてはいない、ということか。ナイトハルトを信用するわけではないが、「ム=カイ遺跡」の発掘に対して、奴は本気だ。
そして、さっき襲われて分かったことがある。エルザは、かなりの使い手だ。あの太刀筋は、ヒース流のそれに近い。
それに、右手には「聖剣」がかけられていた。ただの手刀を名剣の切れ味に変える、上級魔法だ。あれは普通の人間では習得できない。
ここに捕まる前に誰かから教えてもらったのか、それとも……
とにかく、俺と組ませるだけの能力がこの女にはある。ならば……
「一つ、交渉だ」
「……舐めんなよ。どんな餌を撒かれようが、俺がお前に手を貸すことなど……」
俺は部屋をぐるっと見渡した。特に、監視されている感じはしない。外に見張りは当然いるだろうが。
俺は声を落とした。
「……お前を自由にしてやる」
「……は??」
「俺もナイトハルトの手駒にされたままでいるわけにはいかないんでね。初めから脱出するつもりなんだよ。その時は、お前も一緒に逃がしてやる。
そのためには、『ム=カイ遺跡』の攻略が必要だ。それに手を貸してほしい」
「な!!?もし万が一攻略できたからといって、何になるものでもねえだろうが!!あそこにあるのは、皇室の私腹を肥やすだけの財宝……」
「ではない、と言ったら?」
「え」
あそこに何が眠るのか、俺は正確には知らない。ただ、「ム=カイ遺跡」が「エマニュエルの夢」の元となった舞台であるのは、さすがに知っている。
アリスがああまでして消したがっていた「何か」とは別に、重要なものがあそこには眠っている。それが人智を超えた何かであるのは、容易に見当が付いた。
そして、少なくともそれを引き渡す時、ナイトハルトは自ら出てくるはずだ。
俺だけでは、多分足りない。だが、もう少し人手があれば……??
俺は座り直した。エルザには、味方になってもらう必要がある。
「今から言う話を信じるか信じないかは、お前次第だ。だが、俺がここに来た顛末を知ってもらわんと、話にもなりそうもない。
もし真実と思うなら、俺の話に乗れ。そうでないなら、俺だけで勝手にやる。その代わり、お前を自由にすることもしない」
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そして、2時間ほど話した後。
「……分かったよ」
エルザは渋々呟いた。
「お前を信用するわけにはいかねえけど、それしか選択肢がねえならしゃあない。
その代わり、必ず自由にしろ」
「やるさ。ベナビデス家の誇りに賭けても」
まだ、状況は好転していない。だが……一歩前には進んだ。
魔法紹介
「聖剣」
特殊な肉体増強魔法で、一部魔族にしか伝えられていない。
手刀を名剣の切れ味に変えるだけだが、触れれば即両断できるほどであるため威力は相当に高い。
エルザの場合はヒース流という剣術を身に付けていることもあり、さらにその強さを増している。
エリックでも「加速」抜きで戦うのはほぼ不可能というほど。
エルザがどこでこれを学んだかは現在不明。
なお、エルザは10年前までは自由の身であった。




