第30-5話
その声を聞いた瞬間、私はその場に崩れ落ちそうになった。
まだ、どこかで教授が殺戮を行おうとしたのを信じられない自分がいた。
そんなことをする人じゃない。するはずがないと思い込もうとしていた。
しかし、この声は……私の幼い思い込みを、粉々に踏み砕いた。
「きょう、じゅ……」
教授は答えない。両手に握られた銃は、右手はナイトハルトに、左手はエリックに向けられている。
「……何しにここに来た」
「『可能性』を潰すため。一切の手出しは無用よ、黙っていればあなたには何もしない」
絞り出すようなエリックの問い掛けに、低く、底冷えのするような声で教授が返した。
「『2人目』とやらか」
槍を構え、ナイトハルトが呟く。
「『ム=カイ遺跡』ごと転移させたわね」
「……良く把握できているな。『未来が読める秘宝』の力か」
教授はそれにも答えない。空気は重く、張り詰めたものへと変わっていく。
「あそこに何が眠っているか、知っているな?」
「それを教えても、あなた……そして皇帝ゲオルグは発掘を止めないでしょう?むしろ、前のめりになる」
「違いないな」
パウッ!!!
銃から光の筋がナイトハルトに向けて放たれた。彼はわずかに身体を捻る。外れた光は、天幕の布を貫いた。
「問答無用か」
「……ここだと巻き添えが出る。外に出ましょう」
「いいだろう」
「待てっ!!」
エリックが叫んだ。
「ジャックはどうした??そして、なぜこんなことをしたっ!!」
教授がわずかに下を向いた。表情は、異形の兜に隠れていて見えない。
「ジャックは……もう動けない。残り少ない命を、どれだけ引き延ばすかでしかないわ。
『ミサイル』を撃ったのは……それ以外に手段がなかったから。遺跡の地下は、ジークポリスにまで繋がっているの。
『ム=カイ遺跡』に眠る者を起こせば、世界の破滅に繋がる。それを考えたら……不本意だけど、街ごと破壊するしかなかったのよ」
「いよいよ興味深いな。『2人目』とは何者だ??」
ニヤリと笑うナイトハルトに、教授は視線を向ける。
「……この世界は、2回『初期化』されているのよ。5万年前と500年前。
その両方に関わっているのが『禁忌の者』。少なくとも、3人はいる。そのうちの1人が、あそこに眠っている」
「……ほう??なら1人目はもう起きている、そういうことか」
「あなたは知らないのね。聞かされていない、ということかしら」
「……何?」
少し、沈黙が流れた。さらに、空気が冷えていくのが私にも分かった。
「どういうことなんですか、教授」
「私も詳しくは知らないわ。ただ、『1人目』が起きたという事実だけは知っている。
多分、アルベルト・ヴィルエールとクリス・トンプソンも知っているはず」
「……『未来が見える秘宝』……『スパコン』で知ったんですか」
「想像にお任せするわ。ただ、『1人目』は目覚めたけどなぜか本来の役割を果たしていない。
クリス・トンプソンが関わっていると推測するけど、とにかく世界は『まだ』破滅を免れているの。
しかし、『2人目』も同じように無力化できるのかは分からない」
「……だからと言って、無辜の民を犠牲にすることが許されるのか?」
エリックが短剣を構えた。
「あなたも、お父さん……ケイン・べナビデスと同じことを言うのね」
「……何!!?」
「まあ、いいわ。私たちが間違っているのは分かっている。でも、これしか手段がないのよ。
差し当たり私がやるべきことは……ナイトハルト・ウォルフガングを討ち、『2人目』を目覚めさせるのを防ぐのみ」
「ククク……」
急にナイトハルトが笑いだした。
「……何がおかしいの」
「いや、殺すべき相手が違うだろう、と思ってね。『ム=カイ遺跡』の深層への扉を開くには、力づくでは不可能なんだよ」
「……何ですって」
「遺跡探索の経験が多い君なら知っているだろう?等級『3』以上の遺跡には、特定の方法を使わねば開かないものが存在すると。
『ム=カイ遺跡』も同様なのだよ。その鍵を握っているのが……彼女だ」
ナイトハルトが槍で示したのは……私??
「え」
「何??」
「……どういうこと」
頭が混乱する。私は、「ム=カイ遺跡」なんて知らない。そんな名前、初めて聞いた。
深層への扉を開く鍵なんて、持っているわけがない。そう、持っているわけが……
あ。
ある。いや、あるかもしれない。
私が12歳の時の、失われた記憶。もう名前も忘れてしまった、あの魔族のお兄さん。
彼と過ごした「失われた記憶」の中に、それがあるのだとしたら??
「嘘……」
ナイトハルトが「フフフ」と笑った。
「聡明だな、気付いたか」
「まさか、プルミエールが??」
「いや、確信はないさ。ただ、『ム=カイ遺跡』の守人、魔族コバレフ家の末裔が彼女に接触していたのを知っているだけでね。
10年前、ミハイル・コバレフは何も言わず処刑された。だから『鍵』がどこにあるのかは分からずじまいだった。
それだけに、『記憶の魔女』の話をアルベルト様から聞いた時は驚いたよ。何という偶然、とね。
いや、これも必然だったかもな。何せ、プルミエール・レミューはクリス・トンプソンの養女だからね」
「……」
教授は銃を構えたまま微動だにしない。その刹那。
バシィッ!!!
……カラン
教授の握っていた銃が、落ちた。ナイトハルトが槍で叩き落としたのだ。
「……ッッ!!!」
「やはり動揺があったようだな。そもそも、君の戦闘力は私に遠く及ばない。
あくまで『秘宝』……いや、それは『遺物』か。その力に頼っているだけだ」
僅かに間合いが詰まる。教授が、手を下に向けた。
ドゥッ
「何っ」
「……また会いましょう」
教授の足元に、黒い闇が広がる。それが「転移の玉」に近いものであると知ったのは、教授が消えてすぐのことだった。
武器紹介
「グングニル」
ナイトハルト・ヴォルフガング愛用の長槍で一級遺物。長さを自在に調節することができる。最短で50cm、最長で10m。
調節は一瞬であり、戦闘における汎用性はかなり高い。アリスの銃を叩き落としたのも、この性質を利用している。
ナイトハルトは他にも遺物を持っているが、そちらは「使い勝手がよくない」とあまり使いたがらない。普段の戦闘ではほぼこのグングニルを使っている。




