第30-4話
ナイトハルトが出ていってからの半刻は、恐ろしく長かった。
空を翔ぶあの尖塔。それが何かは、直感で悟った。あれが、ジークポリスとム=カイ移籍をこの世から消し去る兵器なのだ。
どういう原理でそれを為すのかは知らない。ただ、確実に言えることは……
そんなものは、この世にあってはならない、という事実だ。
俺は、何度も一昨日のランダムの言葉を思い返していた。
『人には過ぎた力じゃねえのかな』
ああ、そうだ。もしあれにそれほどの力が宿っているのなら、それは人が使っていいものではない。
そして、そんなもの……「秘宝」や「遺物」が、世界のあちこちにあるのだとしたら……?
急速に、血の気が引いていく。
「……世界の、破滅、か」
「……エリック」
プルミエールが心配そうに呟いた。応えようとしたが、兵士たちは俺たちを警戒している。俺は「後で話す」とだけ返した。
……ナイトハルトは戻るのだろうか。数万人の命が救われて欲しいと願う一方、遺跡が破壊されればあんなおぞましいものが世に出る可能性は減る。
そしてアリスは、「2人目がム=カイに眠る」と書き残していた。それがどんなに危険なものか、俺は知らない。そもそも「2人目」とは何だ??
ナイトハルトなら、知っているのだろうか。奴に訊くしかない。……生きて戻れば、だが。
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約束の半刻を過ぎ、兵士がざわつき始めた。
「これは……」
「ジークポリスの街ごと、消失したなら……」
クロエが、汗を流している。
ナイトハルトが死んだなら、それはそれで悪くはない。ここから力ずくで逃げるのもできなくはないだろう。
ただ、数万人を殺したという意味で、もはやジャックとアリスを俺は……受け入れられない。いや、既にそうなりかけている。
「そんな……」
プルミエールは顔面蒼白だ。俺もジャックとは浅からぬ付き合いがあるが、プルミエールにとってアリスは師だ。現実を受け入れたくない気持ちは、容易に想像できた。
クロエが、左手首をチラリと見た。目で「逃げるわよ」と訴えている。……そうするべきなのか??
「何を怪しげな動きをしているのかな?」
天幕を上げ、金色の鎧が入ってきた。ナイトハルトは笑みこそ浮かべているが、あまりの汗でまるで雨に濡れたようになっている。
「……ナイトハルト」
「久し振りに随分な無茶をさせてくれたよ。なあフェルナンデス卿」
「陛下が無茶を言わねば私だけで済んだものを。『ム=カイ遺跡』まで転移範囲を拡げるとは、強欲にもほどがありますな」
「強欲でなければ君主は務まらぬさ。にしても……おぞましい威力だったな。
念には念をと30キメドほど南方に移したが、爆風がここまで来た。なんだあれは、『キノコ雲』とでもいうのか?」
「知りませぬが……確実に言えるのは、陛下が多くの民を救った、という事実ですな」
アウグストは苦笑する。手にはまだあの「グロンド」が握られていた。
「……なぜ遺跡も転移させた」
「あれを失うことは我が国にとっての損失だからね。兄上は金銀財宝が眠っているぐらいにしか考えてはいまいが」
「『2人目』とは何だ」
「……それは私が訊きたいね」
笑みを消して、ナイトハルトが答える。話す言葉は真実か?
クロエが一歩前に出た。
「皇弟、ナイトハルト・ウォルフガング。ヘイルポリスから手を退いてほしい。
無用な血は、互いに流さぬが吉だろう?それに、貴方には借りもできたはずだ」
「ほう?」
ナイトハルトが口の端を上げた。
「もう既に借りは返したはずだが?こちらは『魔導砲』の発射を止め、そちらはジークポリスの危機を伝えた。救われた命の数なら、そう大差はなかろう?」
「馬鹿なっ!!攻めてきたのはそっち……」
クロエの鼻先に、槍が突き付けられる。
「こうやって君たちを処刑せずに生かしているだけでもありがたく思うがいい。……とはいえ、もう一つ条件を飲めば撤収してやらんこともない」
「……は?」
ナイトハルトの目線が、プルミエールに向いた。
「プルミエール・レミューを貰い受けたい」
「……何っ!!?」
「えっ……??」
フフフ、とナイトハルトが笑う。
「よく見ると、中々の美女だ。私ももういい年でね、いい加減身を固めろと兄上が五月蠅いのだ。
君であれば、我が妃に相応しい。少し磨けば、誰もが振り向くと思うが?」
顔が急に熱くなった。
「ふざけるなっ!!!」
地面を蹴り、右拳を振りかぶる。すぐに、腹部に重い衝撃が走った。
「うぐっっ!!?」
槍の石突の部分で突かれたのだと、一瞬間を置いて理解した。口から胃液が漏れる。
「うええっっ……」
「エリックッ!!!」
ククク、とナイトハルトは嗤っている。……クソがっ!!!!
「『魔王』が懸想していたとはな。思いの外、女の趣味はいいようだな?
まあ、半分は冗談だ。もう半分は別の理由があるが、それを君たちに教えてどうなるというものでもない」
「させ……るか……!!」
「ここで荒事に及ぶか?数的に圧倒的に不利だぞ??そもそも、君に私が倒せるとも思わんがね」
力量は、確かにナイトハルトの方が上だ。「加速」を使っても、クロエやブランまでは守り切れない。
……だが、プルミエールを失うことを考えると……胸に穴が開く思いがした。
この申し出は……飲めない。
俺は短剣の柄に手をやった。……やるしか、ない。
ナイトハルトはつまらなさそうに溜め息をついた。
「所詮『魔族』か。いいだろう、私が本当に欲しいのはレミューだけだ。君にもまだ利用価値はあるが、ここで将来の禍根を断つのも悪くはな……」
その刹那。
……ゴウッ!!!
イミル関の方から、何か強大な魔力の気配を感じた。それは一瞬のうちにこちらに近付いてくる!!?
「何っ!!?」
「え???」
「チッ!!!」
ナイトハルトが後方に飛び退いた。そして……
ドズッ!!!
上から何かが、テントの天井を破って降りてきた!!?それは、俺とナイトハルトの、ちょうど中間の位置でしゃがみ込んでいる。
そこにいたのは……漆黒の鎧……いや「パワードスーツ」の人物。
「な……」
「……とんでもないことをしてくれたわね、皇弟ナイトハルト。そして、エリック・べナビデス」
漆黒のパワードスーツの人物が言う。プルミエールの顔が、蒼白になった。
頭は兜に覆われていて見えないが、この声には聞き覚えがある。……まさか。
「アリス・ローエングリン……」
キャラクター紹介
アウグスト・フェルナンデス(42)
男性。身長168cm、体重64kg。頭が禿げ上がっており年齢より10は老けて見えるが、一応中年である。
イーリスのユングヴィ教団司教であり、ミカエル・アヴァロンの補佐を行っていた人物。アヴァロンに忠実な右腕とも言える存在ではあるが、魔族弾圧にはより厳しい姿勢で臨んでいる。これは彼の過去に関係しているようだ。
何かと極端な言動が多かったアヴァロンに対し、こちらはまだ話が通じる人物。このため、対外的な折衝を一手に引き受けている。いわばユングヴィの外交担当。
また、遺跡管理の担当でもある。ナイトハルトの元にいたのは、この関係もあるようだ。
魔力はアヴァロンに比べると大幅に劣っており、グロンドの力も十全には引き出しきれない。あくまで得意は交渉事である。
独身で教義には忠実。ただ、アヴァロンに対しては内心思うところもあったようではある。




