第30-3話
「……やはり妙だな」
皇弟ナイトハルトの陣に向かう最中、エリックが呟いた。
「え?」
「こちらを警戒している素振りがない」
先頭を行くクロエさんが振り向く。
「使者の礼服を私が着ているからではなくて?使者を無断で攻撃しないというのは、戦中であっても暗黙の礼……」
「そういう問題じゃない。陣を守る兵士自体が少ない。陣内には、相応の人数がいるようだが」
言われてみると、確かにそうだった。攻撃されるのを恐れてないのか、攻撃しないのを見切っているかのようだ。
それどころじゃない。向こうには攻める意思を感じない。これはどういうことだろう?私が戦争の戦略に疎いから、意図が分からないのだろうか。
陣の入り口を守る兵士は、私たちを一瞥すると小さく頷いた。
「クロエ・シュトロートマン嬢、ですな」
「……ナイトハルト・ウォルフガング陛下にお目にかかりたい。和平ではないが、重要な話があると」
「承っております。どうぞこちらへ」
……私たちが来るのを、事前に知っていた?そんなことが……
エリックの目付きが鋭くなる。
「……どういうことだ?これは、まるで……」
「ヘイルポリスの『スパコン』で未来を読んでいるかのよう……でも、あれは確かにあそこに。持ち運べるものでもないのに」
唖然とするクロエさんに、冷や汗を流しながらブランさんが反応する。
「同じものが、向こうにもあると?そんな馬鹿げた話が」
「でも、確証はないわ。話が早く進むのは好都合だけど」
陣の最奥。大きなテントの中に、彼はいた。
金色の鎧に、同じ色の長い髪。整った顔立ちは、品の良さだけでなくどこか強い威圧感をも与える。
この人が皇弟ナイトハルト……
「久しいな、反逆者の娘よ」
クロエさんが彼を睨んだ。
「父上は反逆者ではありません。虐げられし者たちを解放する、勇者です」
「どうだかな。それに、勇者はアルベルト・ヴィルエールだけだ。私が心底敬愛する、な。
……それにしても珍客だ。『魔王』エリック・ベナビデスに『追憶の魔女』プルミエール・レミュー。『私たち』が君たちの命を欲していると、知らぬわけでもあるまい?」
エリックが、下からナイトハルトの目を見た。
「俺たちが来ることを、予期していたな?未来を視る『秘宝』を持っているのか?」
「ほう、そんなものがあるのか」
ニヤリ、とナイトハルトが笑った。しまった、とエリックの表情が強張る。
「どこにそれがあるのかは、後でじっくり聞こうか。ただ、種は教えてやろう。
友人にそれに近いことができる男がいてね。彼から、『今日は大事な客が来る』と聞かされていたのだよ。ああ、友人が誰かは教えないがね」
「アウグスト・フェルナンデスか」
「いやいや、彼は違う。まあそれはいい。和平ではないが重要な話とは、一体何だね」
私は彼にアリス教授の手紙を手渡した。
「ククク」
ナイトハルトが笑い始める。
「……何?」
「ククク……ハハハ……ハハハハハハ!!!」
心底愉快そうに、彼は両手を拡げた。
「傑作だ、『同じこと』を考えていたとはな!!!
どんなに綺麗事を並べていても、あいつらは同じ穴の狢だ!『私たち』と大差ないではないか!!!」
「何だt「どういうことなんですかっ!!!」
私の言葉に、ナイトハルトは静かに笑う。
「なぜ、一向に私たちが攻めないか、不思議に思わなかったかね?」
「……何が言いたいんですか」
「同じこと、だよ。恐らくだが、向こうは魔導兵器……それも相当に強力なものを持っている。それを以てして、『ム=カイ遺跡」とジークポリスを破壊せんとしようとしていたわけだ。
そして、私たちも携行可能なそれを持っているのだよ。狙いは、ヘイルポリス」
ゾワッと、私たち4人の血の気が引いた。
「……何ですって」
「膠着を装ってマナを溜め、撃ち込む算段だったのだがね。なるほど、『友人』が撃つのを止めるよう言っていたはずだ。
君たちの要求は、ジャック・オルランドゥとアリス・ローエングリンの計画を知らせる見返りに、ジークポリスを救うために兵を退けという辺りか」
「……そうだ。間に合うかは知らないが……貴様、『六連星』か?」
エリックの言葉に、愉しそうにナイトハルトが笑う。
「ほう?」
「『六連星』の構成員は、皆表向きはある程度の地位にいると聞いている。とすれば、貴様だ。
そして、デイヴィッド・スティーブンソンがそうであるように、転移魔法も使える。とすれば、応急の避難指示程度はできると踏んだ」
「さすが、あの『魔王ケイン』の息子だけあるよ。ご明察だ」
……!!あの、デイヴィッドやテイタニア、そしてアヴァロンと同じ「六連星」……!!?
皇弟ナイトハルトは余裕を崩さない。
「やはり、か」
「まあ、私はアルベルト様とは少し違う立場でね。君たちを利用したいと思っている。
そして、この話を持ち掛けてくれたことには心底感謝もしているのだよ。まったく、私の『友人』はいつも肝心なことは教えてくれない。数万の臣民の命が懸かった話とは、ね」
勇者アルベルト?……宰相クリス・トンプソンの存在があるのは、薄々分かっていたけど……「六連星」の首魁は、彼なの??
それに「利用したい」って??この人は、何を言いたいんだろう??
……ううん、いや、今はそれどころじゃない。一刻一秒を争う状況だ。教授の凶行を、止めなきゃ。
「……救えるんですね。ジークポリスの人々を」
「ああ。君たちが犯したポカが、こんな所で効いてくるとは思わなかったがね」
パチン、とナイトハルトが指を鳴らす。外から、頭の禿げ上がった中年の小男が杖を持って現れた。
……杖?
「しまった!!!」
エリックが叫んだ。私の背筋も凍る。
そう、あれは……「グロンド」。カルロス君たちと合流するのを急ぐあまり、あの場に残してしまったんだ……!!
「……魔族がいますな。まさか手を結ぶおつもりか?」
禿げの男は、エリックを一瞥すると嗄れた声で言う。ナイトハルトは肩を竦めた。
「利用し、利用されるだけだよ、フェルナンデス卿。私の、いやウォルフガング家の家訓は『使える物なら糞でも使え』だ。兄上は少々やり過ぎているがね。
話は外で聞いていただろう?君にお願いをしたいのだ。『グロンド』でジークポリスを転移してもらいたい」
「……魔族の提案なぞ飲めませんな」
「いや『私の』提案だ。ここで躊躇っているうちに『発射』されたら元も子もない」
「しかし」
「君の魔力では、ミカエル・アヴァロンほどの質量は動かせない、だろ?だから向こうにある『魔導砲』に外付けされた『魔洸石』のマナを使えばいい。
もう十二分に溜まっているだろう?グロンドの力として使うのなら、まあ半径2~3キメドほどを転移できると私は踏んでいるがね」
「ですが、ヘイルポリスは」
ナイトハルトの目が鋭くなり、アウグストを睨んだ。
「あんな街など、いつでも攻略できる。それより臣民と君たちの信徒だ。違うかな?」
「……御意」
ナイトハルトの表情が緩んだ。
「分かればよろしい。さて君たち、半刻ほど外すがそこにいてくれたまえよ?
勿論、約を破れば終わりだ。君たちを殺すことなぞ、容易にできるのだから」
金色の鎧の男は、颯爽とテントを出ていった。兵士たちが私たちに槍を突き付ける。
「というわけで、大人しくしておけよ?」
ゾゾゾゾゾゾゾゾッッッ!!!!!
その刹那。
「何これっっっ!!?」
「これはッッッ!!!?」
エリックも、私と同じものを感じたようだった。そう、これは……
ゴオオオオオオオオオオッッッッ
「うおっっっ!!?」
「敵襲かっっっ!!!」
一瞬遅れて、外から、いや空から鈍い轟音が聞こえた。兵士たちと一緒に、私たちも外に飛び出す。
そこで目にしたものは。
遥か上空を、白い雲を引いて翔ぶ、細長い「何か」の姿だった。
キャラクター紹介
ナイトハルト・ウォルフガング(34)
男性。186cm、81kgの偉丈夫。長めの金髪に整った顔立ちであり、まさに貴公子と言える風格。
いつも余裕を絶やさず、落ち着いた物言いをする。時として傲慢にも見えるが、その振る舞いもあり国民の人気は絶大である。
なお、独身。言い寄る女性は多いが、本人は身を固めるつもりはないようだ(?)。
兄である皇帝ゲオルグはナイトハルトに強く嫉妬しているが、その高過ぎる人気と圧倒的な武力があるため表立っては攻撃できないようである。
また、これも表面上だがナイトハルトが皇帝の座を簒奪する素振りがなく、忠誠を誓っているのも大きい。
北方異民族の討伐に彼を行かせることで中央から離し、クーデターの可能性を低減させる程度である。
もっとも、これはナイトハルトにとっても好都合なことなのではあるが。
その内面や目的はまだ見えない。もっとも、比較的早くその真実は明らかになるだろう。
臣民を大事に思っているのは嘘ではないらしい。
武器は一級遺物「グングニル」。しかし本命の武器が実はもう一つある。
勇者にしてアングヴィル国王、アルベルト・ヴィルエールとは長年の付き合いであり、強く尊敬もしている。
ただ、目的は微妙に異なっているようだ。




