第30-1話
イミル関はヘイルポリスの中心から馬で3時間ほどの所にある、らしい。
峡谷に作られた砦で、天然の要害なのだという。
「昨日はよく眠れた?」
「あ、はい。おかげさまで」
「ん、良かった。部屋、別々だったけどよかったの?」
「ええ。エリックは『独りで考えたい』って言ってましたし」
エリックは相変わらず難しい顔をしている。何を考えているのかは、何となく分かった。
「秘宝」と「遺物」が何なのか。そして、教授とジャックさんの狙いが何なのか。
昨晩の祝宴の席でも、彼はずっと上の空だった。シュトロートマン候やクロエさん、ブランさんがいい人なのはよく分かった。
でも、彼らが正しい方向に向かっているのかは……段々と確信が持てなくなっている。
それは、教授とジャックさんの真意が読めないからだ。
もちろん、皇弟ナイトハルトの侵攻を止めたい、ヘイルポリスとそこにある「秘宝」を守りたいというのは分かる。
ただ、何か大事なものを隠しているのでは……そう思えてならない。
「……エリック」
「……ん」
「何か気付いたことってあった?」
馬を歩ませながら、彼は少し考え込む。そして、小さく首を横に振った。
「いや。結局、本人から聞くしかない。父上の過去についても」
「深く考えすぎじゃねえの?」
ブランさんが割って入った。
「確かに『秘宝』の運用は一歩間違えるととても危うい。だからこうやって抵抗しているわけでね。
でも、ローエングリン教授があれで何かやらかしたってことは、今までもないぜ?『パワードスーツ』にしても、誤動作なんて起こしたことは……」
「『今までは』な。『これから』はどうか分からん」
「それを言っちゃ何もできねえだろ……」
キッとエリックがブランさんを睨む。「おおっと」と彼が少したじろいだ。
「まだ『アンバーの隠れ家』でのことを引きずってるわけ?確かにあの店主は只者じゃなさそうだけど、話半分に聞いておいた方がいいと思うけどな」
「俺の直感が『何かが変だ』と言っている。そういう直感は馬鹿にならん」
クロエさんが肩をすくめた。多分、彼女は正しい。でも、私も何か違和感を覚えている。
……何だろう、この嫌な感じ。
段々と山が近くなってきた。川沿いに登った先に、イミル関はある。
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関は峡谷に、まるで壁のように聳え立っていた。こんなものを、どうやって造ったんだろう。
ぼーっとしている私を、クロエさんが促す。
「これ自体が、古代遺跡を増築したものらしいわ」
「え?」
「ヘイルポリス遺跡ほどの深度はないけどね。確か等級は『1』だっけ」
ブランさんが頷く。
「だね。ヘイルポリス遺跡が『2』。『3』以上は相当数少ないけどな」
「『等級』?」
「ああ。俺はイーリスの反ユングヴィ派として、各地の遺跡調査をやってるんだ。アヴァロンはそうでもなかったけど、アウグスト・フェルナンデスは『秘宝』調査に熱心だったからね。
で、イーリスは遺跡の危険度や深度で、遺跡を5つの等級に分けているんだ。
大体は『1』で『秘宝』も『遺物』もなし。『2』だと多少それっぽいものが出てくる。『3』はかなり危険で、国家が絡まないと手出しできない。
『4」は世界でも2、3遺跡しかないな。ロワールの『旧ダーレン寺跡地』、イーリスとズマの国境にある『アズガルドの深淵』ぐらいか。この辺りは危な過ぎて、相当な凄腕の冒険者でない限り探査は自殺行為だ」
エリックが少し反応した。そういえば、彼はダーレン寺にいたことがあったんだった。
「なるほど。そして『5』は……『ガルデア遺跡』か」
「……!!知ってたか。まあそうだよな、お前の親父の件とも関係がある可能性があるからな」
「そんなに危険な遺跡なんですか」
私の問いに、ブランさんが小さく頷く。
「そもそも『サンタヴィラ王国』自体がガルデア遺跡を守るためにあったんじゃないか、と言われてるぐらいだ。そして、『サンタヴィラの惨劇』で遺跡自体が崩壊した……と言われている。
まあ、今はアングヴィラを中心とした共同監視の下にあるから、本当の所どうかは知らないんだけどね。
勿論、世界にはまだ遺跡が多くある可能性がある。オルランドゥ大湖の中州から、『3』……いや『4』相当の遺跡が見つかったって噂もある。あそこはまだ探せばもっと色々あるかもしれない」
兵士が分厚い扉を開けた。中に入ると薄暗く、少しひんやりとしている。
「教授たちは?」
「いるはずだけど……」
甲冑姿の兵士がビシッと敬礼した。
「ヒース曹長、アリス・ローエングリン教授は?」
「ハッ!!地下にいるとのことですが……しばらく、決して誰も立ち入らせないようにと」
「……え?」
「『心配は無用』とのことであります。ナイトハルト軍は、関から300メドの所に陣を構え待機中であります。動きはこの数日ありませぬ」
「……地下?」
胸騒ぎがする。
「行くぞっ」
「え、ちょっと待って!?」
エリックが駆け出した。地下は武器庫になっているらしく、黴の臭いが鼻を突く。
その最奥には、砦には似つかわしくない銀色の金属の扉があった。
「……ここだな」
エリックが手を掛けるけど、内側から鍵がかかっているようだった。クロエさんが、後ろから彼を止める。
「ちょっと!『心配無用』って言ってるんだから、無理しなくても」
「なぜ言葉通りに受け止める??不自然とは思わないのか??」
「あの方たちが私たちに害を為すとでも??」
「そうは言ってない!!だが、不審な点が多過ぎる!!違うか、プルミエール」
私は、エリックの言葉を否定できなかった。教授とはもう長い付き合いになる。おかしな人では、決してない。
ただ、なぜ自ら最前線に赴いているのか。そして体の具合が悪いジャックさんを何でわざわざここに連れてきているのか。
そして、なぜ味方にも理由を告げず、ここに引きこもっているのか……その全てに、私は答えが出せなかった。
「秘宝」の幾つかを持ち込んだともいう。何か、バレてはまずいことをやっているのではという疑念が、消えない。
私は精神を集中する。エリザベートほど、感知魔法が上手いわけじゃない。
でも、中に人がいるかどうか、そして何人いるかぐらいは分かる。
「……え??」
感知魔法の結果を、私は信じられなかった。……こんな馬鹿げたことが??
もう一度精神を集中する。……間違いない。
「どうしたの?」
私はクロエさんに向けて、首を振った。
「……この中には、誰もいません」
キャラクター紹介
ブラン・コット(23)
男性。身長182cm、78kgの大柄な男。短い茶髪で、少し垂れ目の優男。
父親のハインツ・コットはイーリス聖王国の第一師団長。厳格な父に反発し、かなり早いうちに家を出ている。
とはいえ、コネなく自力でイーリスの遺跡探索隊の小隊長にまでのし上がった彼をハインツは認めており、現在の関係は決して悪くはない。
イーリスはユングヴィ教団の力が極めて強いが、軍隊を中心に反発する勢力もいる。
こうした反ユングヴィ派は表立って彼らと対立はしないものの、その力を削ぐため様々な活動を行っている。
遺跡探査もその一つで、「秘宝」や「遺物」の分野ではイーリス(というよりユングヴィ教団)と対立関係にあるロワール公国と裏で交流している。この交流の中にはシュトロートマン家も組み込まれている。
もっとも、探査の成果についてはそこまで突出したものではない。これは予算などの問題以上に、熟練した冒険者が限られているためである。
「等級2」ですらかなり労力を要するため、アリス・ローエングリンの協力を仰がざるを得ないのが現状である。
なお、アリスやジャックは「20年前の現役時代であれば」スナイダ夫妻と並ぶ世界最高峰の冒険者であり、「等級4」の探査が可能な極限られた人物である。
ブランは剣術の腕前はクロエに及ばないが、魔法についてはかなりの素養がある。回復や補助魔法であれば相当高い腕前。
オルランドゥ魔法学院への誘いもあったが、「遺跡探査を優先したい」との理由で断ったようだ。
クロエ・シュトロートマンとは幼少時からの幼馴染であり恋人。少々押しに弱い彼がクロエの尻に敷かれているというのが現状のようだ。




