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魔王と魔法使いはかくて勇者を殺し、世界を破滅へと導いた  作者: 変愚の人
第4章(ヘイルポリス編)
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第28-2話



……誰だろう、この人。



甘い時間を邪魔された憤りより先に、私が感じたのは違和感だった。


ランダムと名乗る男性の見た目は、ランパードさんそっくりだ。耳がエルフのそれだったら、確実に私も間違えていただろう。

でも、それ以上に不思議だったのは、彼が纏う空気だ。マナが凄くあるわけじゃない。ただ、どこか現実離れしている。髑髏のシャツも、見たことがない意匠だ。


「名前を聞いたわけじゃない。だから、何者だと聞いている」


差し出された手を無視してエリックが言う。ランダムという人は、うーんと唸りながら頭を掻いた。


「それが分かりゃ苦労はしねえんだよ。俺自身よく分かってねえんだから」


「何?」


「記憶喪失なんだよ。15年前からずっと、な。ただ、幸い酒と料理の知識だけはあったからな。それを生かして、ここでレストランをやってる」


彼が湖畔の小屋を指差した。


「『アンバーの隠れ家』ってんだ。飯時には早いが、どうだ?

せっかくいい雰囲気の所邪魔したから、お代はまけとくぜ」


「……ビクター・ランパードという人はご存じですか。あなたにそっくりの、トリスの貴族です」


「俺にか?いや、聞いたことがねえな。そいつ、エルフなんだろ?他人の空似じゃねえか?

世の中には自分と同じ顔が3人いるというしな」


私はエリックと顔を見合わせた。彼に敵意はない。でも、明らかに何か、浮世離れしたものを感じる。


「お前、魔術の心得が?」


「あー、何か分かるんだよ。そいつがどのぐらいのマナを持っていて、どんな奴か。多分、生まれつきだな。

で、お前さんたち2人は俺が今まで感じたことがないマナがある。量とかじゃなく、『色』がな。

あ、名前聞き忘れてたぜ。兄ちゃん、名前は?」


「……!!お前、俺が子供とは思わないのか」


「や、そんなマナを子供が持ってたらおかしいだろ?30前ぐらいか、ざっくり。で、名前は?」


「……エリック、とだけ言っておく」



ランダムさんの表情が、一瞬固まった。僅かに目が潤むと、それをゴシゴシと擦った。



「あ、何だこれ……おかしいぜ。妙に目が湿ってやがる。……会ったことは、ねえよな?」


「……お前によく似た男にならあるが」


エリックも戸惑っている。本当に、何者だろうこの人。


「……まあ、いいや。飯、ただにしてやるよ。どうだい」


「いいんですか?」


「おう、お前さんたちならいいぜ」


「じゃあ、あと2人増えても大丈夫ですか?」


#


「あ、戻ってきた」


宿に着くと、ちょうどクロエさんたちがフロントに出てきたところだった。湯浴みの後なのか、2人とも髪が濡れている。


「……随分暢気なもんだな」


「もっと肩の力を抜いたら?少なくとも、『今日は』何も起こらないはずだし」


……何で言い切れるんだろう?確かにクロエさんたちは戦いに慣れてそうではあるんだけど。


疑問を口に出しかけたけど、とりあえずやめた。確かに、私もエリックも、難しく考える癖があるのは確かだし。


「今日のご飯って、予定あります?」


「ん、ないけど。プルミエールさんは、ここに来たことってあるの?」


「いえ、初めてなんですけど。さっき、ある方から自分の店に来てくれって。お代はタダでいいそうです」


ブランさんが渋い顔になった。


「タダ?本当に大丈夫かそれ。店の名前は?」


「はい、『アンバーの隠れ家』って」


「ウッソだろ!!?」


彼が驚きで叫んだ。クロエさんも口をあんぐりと開けている。


「それ、エルファンでも滅多に予約が入らない超人気店だよ……」


「そうなんですか?」


「皇族や貴族でも簡単に予約が取れないって話。父さんは1度行ったことがあるらしいけど……どうしてそんなことに?」


私はさっきの出来事を話した。「へえ」とブランさんが呟く。


「俺は知らないけど、ビクター・ランパードってトリスの貴族とそっくりなのか。それが縁と」


「店主がどんな人か知らなかったけど、ちょっと変わった人なのね。確かに名前が幾つもあるとか、正体不明とかいう噂はあったけど。

でも、こんな機会なんて二度とないだろうから、乗ってみようかな」


そこまで凄い人なのか。とてもそうは見えなかったけど……


エリックが何か考えている。


「どうしたの?」


「いや、何で俺を見て涙ぐんだのか、よく分からなくてな。少なくともあの男、ただの料理人じゃないぞ」


「うん……確かに。マナの『色』とか言ってたし」


どういうことなんだろう?とりあえず、行けば何かわかるのかな。


#


「おー、よく来てくれたな」


店に入ると、さっきと同じ髑髏のシャツ姿で、ランダムさんが出迎えに来た。

既にテーブルには料理が用意されている。……5皿?


「あ、俺も一緒に飲もうと思ってな。今日は貸し切りだ」


「どうしてそこまで?」


「んー、気分だな。今日予約してた客には、頭下げて別の日にしてもらったよ」


「……気分、な」


エリックが訝しげにランダムさんを見る。彼は「ハハハ」と快活に笑った。


「まあいいじゃねえか。酒も用意してあるぜ。エルファンの貴腐ワインから行こうじゃねえか。あ、酒は皆行けるかい?」


「はいっ!是非」


「俺はそこまで強くないが……まあいいだろう」


クロエさんたちも問題ないみたいだ。テーブルに着くと、ランダムさんがワインを開ける。

ふわりと、甘いハチミツのような香りがここまで広がってきた。


「凄い……!!これが名高い、エルファンの白ワインですか?」


「おう。白じゃなくって貴腐ワインだがな。貴腐ワインは知ってるか?」


私は首を振った。クロエさんは口をあんぐりと開けている。


「話には聞いたことがあるわ。ブドウをカビさせて作るワインが、最近できたって……まさか、それ?」


「おう。というか、俺がやり始めた。これをやると糖度が跳ね上がるんだよ。

甘味を凝縮するという意味じゃアイスワインも近いが、こっちの方がより風味が豊かだ」


「よくそんなこと思いつくわね……さすがは『アンバーの隠れ家』の主人」


「ハハハ、たまたま『知ってた』だけさ。じゃ、まずは乾杯と行こうか」


黄色い液体の入ったワイングラスを掲げ、ランダムさんが「出会いに乾杯!」と叫んだ。

グラスを合わせてワインを飲む。……何これっ!!


「うわっ!!甘いっ!!!」


「ちょっとこれ凄いな。砂糖かハチミツ入れたんじゃないのか??」


驚くブランさんに、ランダムさんがニヤリと笑う。


「ところが完全にブドウだけだ。食前酒にはちょうどいいだろ?

テーブルにある前菜はこいつに合わせている。ブルーチーズのソースを使った夏野菜のテリーヌだ」


貴腐ワイン?テリーヌ?聞いたことがない言葉ばかり出てくる。最高級レストランって、こんな感じなのかな。


前菜に手を付けた。野菜の甘さを癖のあるソースが引き立てる。その風味をワインがさらに強めている。間違いなく美味しい。

ただ、この料理の味わい、どこかで……


「ん?嬢ちゃん、口に合わなかったか?」


「いえ、とても美味しいんですけど。どこかで食べたことがあるなあって。

……あ、オルランドゥのカトリさんと、ウカクさんのお店だ」


そうだ。チーズの使い方が、とてもよく似ている。あそこもチーズを使った料理が売りだった。


ランダムさんが驚いたように目を見開く。


「驚いたぜ、そいつらは俺の弟子だな」


「そうなんですか??」


「ああ。俺は弟子とか取らねえんだけどな。そいつらは別だ。元気してるか?」


「はいっ!あそこも色々お酒が置いてあって、いつも通ってました」


「おお、そうか。ってことは嬢ちゃんは、魔術師関係者だな」


言葉に窮した。あまり、私たちの旅の目的を人に話すべきじゃない。


「え、ええ、まあそんなところです」


「心配すんなよ、訳ありなのは初見で分かってる。お前さんたちが連れて来たそのカップルも、まあまあ只者じゃないな。

例えばそこの黒髪の姉ちゃんが左腕に着けているのは、ただの腕輪じゃない。違うか?」


クロエさんが思わず左手首を隠した。


「なっ!!?」


「ハハ、だから心配すんなよ。皇室の連中にチクるつもりはねえよ」


「……本当にお前、何者だ?記憶喪失なのも、嘘か」


エリックの言葉にどこからかワインの瓶を取り出して、ランダムさんは静かに首を振った。


「や、それは本当だ。嘘をつく理由がねえよ。ただ、何となくそいつの『マナ』……さらに言えば人格とかが分かる。生まれつきだろうな。

料理もそうだ。もともと、俺には知識があった。ないのは、記憶だけだ」


「取り戻したいとは思わないのか?」


エリックがちらりと私を見た。15年前……今の私では難しいけど、もう少し成長すればできなくはない。


ランダムさんは肩を竦める。


「いや、今の生活には結構満足してるんだよな、これが。昼は魚を釣って、時には山で狩りをする。

それを使った料理で皆に喜んでもらう。それだけで十分なんだよ。金も名誉も、なぜか欲しいとは思わねえんだ。……ただ」


「ん?」


「……いや、言ってもしょうがねえんだがな。1つだけ覚えていることがあるんだよ。それは、『エチゴ』という男を追えってことだ」


「『エチゴ』?」


「そう。名前しか分からねえ。なぜ追わなきゃいけねえのかも。ただ、記憶を取り戻さない方がいい気もしててな」


ランダムさんはワイングラスをあおった。……記憶を取り戻したがっていたオーバーバックとは、正反対だな。


「ま、とにかくこうやって若いのと酒が飲めるだけで幸せだぜ。ワインもスピリッツも、北ガリアだったら大体いいのを取り揃えてるぜ。ドンドン呑んでくれ」


#


夕食はとても楽しく、和やかに進んだ。エリックが魔族であることはすぐに見破られたけど、特に詮索されることもなかった。


何より、料理は本当に絶品だった。湖で取れた「イール」という魚を焼いたものに濃いソースをかけたものや、山で獲れた野鳥のスープなどはきっと忘れられない。

そして、お酒。どのお酒も本当に美味しく、料理と一緒に合わせるとそれがさらに引き立つのだ。タダだからいいけど、一体どれぐらいのお値段なんだろう……考えると酔いが醒めそうだなあ……


クロエさんは甘え上戸らしく、ブランさんにやたらとしなだれかかっている。やっぱりこの2人、恋人同士なのかな。

エリックはというと、ランダムさんに色々食材について訊いている。お酒はそんなに飲んでないけど、そっちに興味があるのね。


「……なるほど、木の実のソースか。そういう使い方があるんだな」


「野趣を楽しみつつ臭みも消せるからな。森の食材には森の食材を合わせる、鉄則だな。

にしても、お前さんたちただの観光客じゃねえよな?多分、あの姉ちゃんはシュトロートマン家の人間だろ」


「え、分かってたの?」


「以前一回うちに来たことがあるだろ。今へイルポリスがきな臭くなってるから、さしずめその2人は援軍ってとこか」


「そこまで知ってたのね」


ニヤリとランダムさんが笑う。


「まあ、年の功ってやつだな。ま、俺がとやかく言える立場じゃねえし、どちらの肩を持つつもりもねえが……気を付けな」


「もちろんそのつもり……」


ランダムさんがクロエさんに首を振り、自分の左手首を指さした。


「違う、そいつだよ。俺にはそれが何か分からねえが、人には過ぎたる力じゃねえのかな?

そういうのは、できるだけ使わねえ方がいい。まあ、『目には目を』ってことで使わなきゃいけねえんだろうが」


「なっ……」


「気を悪くしたらすまねえな。それに、こいつは俺の直感だ。間違ってるかもしれねえ。

ただ、何か良からぬ予感がするんだよ。……気を付けな」


クロエさんは不服そうにランダムさんを見ている。なぜそんなことを言ったのだろう。その時の私には、分からなかった。


「ま、悪かったな。そろそろ締めにするから、別の酒を用意するぜ」


#



このランダムさんの忠告を、私たちはヘイルポリスに着いてから思い出すことになる。

それも、嫌と言うほど。



キャラクター紹介


ランダム(年齢不詳)


男性。体つきや顔など、ランパードに酷似している。エルフ特有の耳があれば、ほぼランパードと思われる程度。ただし、本人たちに面識はない。

15年前に記憶を失い、エルファンの街に辿り着いた。そこでレストラン「アンバーの隠れ家」を開店。本人の豊富な知識や陽気な人柄もあり、瞬く間にエルファン、そしてテルモンを代表する名店となる。

ジビエを中心とした料理であり、その調理方法は特殊にして多様。素材の野趣を生かすその料理は皇室や貴族からの評価も高いが、召し抱えの要請はことごとく断っている。

無類の酒好きでもあり、新しい醸造法の開発などテルモンに与えた恩恵は大きい。ただ本人は「自分が飲むためのもの」としているが。


マナの質を読み取る特殊能力がある。本人の性格、果ては血筋まである程度は判断できるようだ。

それがなぜ自分にあるのかはよく分かっていない。ただ、本人の嗜好に合った料理を出すという点で、仕事には役立っている。

記憶をなくしているが、過去にはこだわらない性質。その他謎ばかりだが、本人は当面一料理人のままでいいと考えているようだ。


外見年齢は30前後。ただし15年前から一切顔立ちが変わっていない。

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