第28-1話
「随分慌ただしいねえ。あんたもまだ回復してないんだろ?」
デボラが苦笑した。右肩は石膏で固められている。
「急いだ方がいいみたいだからな。一応、クロエたちの薬のお蔭で多少は体力は戻っている」
日はまだ低く、涼しさまで感じる。ヘイルポリスまでは2日ほどの道のりだが、それでも早いうちに出た方がいいということだ。
そう、俺たちはヘイルポリスへと向かうことになった。ジャックとアリスを救うためだ。
プルミエールがザックを担ぎ直した。向こうでは、クロエとブランがもう発つ準備をしている。
「デボラさんたちは、しばらくここに?」
「まあね。モリブスから軍隊が来るから、今回の件の説明をしなきゃいけない。一応、一部始終を説明できる立場にはあるからね。
それに、この肩じゃ足手まといになりかねない」
デボラの視線が、プルミエールから俺に移る。
「……アヴァロンの件、本当に心から恩に着るよ。仇の一人を討ってくれた……何と礼を言えばいいのか」
「それはいい。俺だってお前には随分助けられたからな」
「……ふふ、そうだね。『前と同じ御礼』は、できそうもないしね」
意味深に笑うデボラに、プルミエールはきょとんとしている。
「シェイド君も残るの?」
「にゃ。ご主人のことは気になるけど……エリックほど体力が戻ってるわけじゃないにゃ。行くなら万全にしてからにゃ」
「じゃあ、後で合流だね」
「そうなるにゃ。デボラ姉さんも行くにゃ?」
デボラが拳を握ってみせた。
「そうだねえ……まだ、仇は討ったわけじゃない。オーバーバックは、あたしがこの手で」
「蜻蛉亭」から、メディアと車椅子に乗ったカルロスが現れた。
「……もう、行くのか?」
「ああ。メディアを人間にするのはしばらく待ってもらうことになるが、大丈夫か?」
「信じて待つよ」
カルロスがメディアを見上げた。彼女は静かに微笑む。こんな表情もできるのかと、俺は少し驚いた。
「くれぐれも、肉体的接触は避けろ。性交なぞもっての他……」
「んなの肌身に染みて分かってるよ。それにこの身体じゃ、そういうのは無理だ」
クスクス、と後ろでプルミエールが笑う。
「……何がおかしい」
「いや、お母さんみたいだなあって」
少し、顔が熱くなった。
「……っ!ま、まあいい」
「ははは……無事を祈るよ」
「私からも、ささやかですが祈りを」
2人と握手をする。「そろそろいいかな?」と、クロエの声がした。
「分かった。……行ってくる」
4人が手を振る。次に会えるのは、いつだろうか。
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「存外『魔王』も感傷的なんだねえ」
馬上のクロエがニヤリと笑う。
「……ふざけろ。気のせいだ」
「ロックモールを離れてから、チラチラ『女神の樹』を振り返ってたじゃない。まあ、心残りがあるのは分かるけど」
「うるさい」
横のプルミエールがクスクス笑った。
「……何がおかしい」
「ううん、何も。……戦況は、どうなんですか」
「私たちが出た時は、膠着状態だったと思う。皇弟ナイトハルトが直々に出てくるのは始めてじゃないけど、父には北部の『イミル関』で痛い目に以前遭わされてるから」
「痛い目?」
トントン、とクロエが左手首の腕輪を叩く。
「『パワードスーツ』。ナイトハルトも遺物『グングニル』持ちだけど、父の守りは崩せなかった。手間取っている間に、崖上からの集中砲火を食らって撤収、というわけ。
イミル関は皇都とヘイルポリスを繋ぐ要所なの。今も、多分あそこで止まってる」
「でも、俺たちの支援が必要なのはどういう意味だ?」
ブランが気まずそうに頭をかく。
「アヴァロンによってユングヴィの神官兵が動員されてね。それで皇都での陽動が上手く行かなかった。
アヴァロンは死んだらしいけど、その腹心のアウグストは健在だ。こいつも何考えてるか分からないけど、ナイトハルトと組んだのは嫌な予感がするな」
「アウグスト?」
「そう、アウグスト・フェルナンデス。あいつは基本イーリス内部でしか動いてなかったし、知らなくて当然か。
アヴァロンの恐怖政治の一翼を担った奴だよ。異教徒や魔族の弾圧ではアヴァロン以上に苛烈かもしれない。
アヴァロンが行方不明になった情報がすぐに入るとも思えないけど、知ったらどうするかは読めないね」
……アヴァロンみたいなのがまだいるのか。神への盲信は害悪でしかないな。
「つまり、そいつが来るまでにナイトハルトを撃退すればいいわけだな?」
「そういうこと。ゲオルグが直接来たらまた厄介だけど」
「詳しい話は現地で、ということだな」
にしても、切迫した状況であるはずなのに、2人には妙な余裕がある。信用してないわけじゃないが、何か引っ掛かる。
「どうしたの、エリック」
「いや……何か、な」
視線を前に向けると、ポプの並木が見えてきた。今日の宿場である、エルファンが近いようだ。
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「……えっ?」
「ん?部屋は2部屋だよ。私はブランと、であなたたちと」
エルファンの宿のカウンターの前。プルミエールが口をパクパクさせたまま固まっている。……さすがにそれは聞いてない。
「……どういう意味だ」
「あ、そういう関係じゃ『まだ』ないの?アリスさんからはそう聞いてたけど」
「違うっっ!!!どうしてそんな適当な……そもそも、お前らは一緒でいいのか?」
「そりゃねえ。もう20年もいれば家族同然だしね」
「……はあ」
溜め息をつくブランの頭を、クロエが軽くはたく。
「何嫌そうな顔してんのよ」
「どうせ主導権はそっちなんだろ、知ってる。暴君の『姉』を持つと疲れるよ……」
「ほう、そこまで搾り取られたいの?」
今度は俺が溜め息をついた。「そういう関係」か。
にしても、こんな緊張感がないやり取りをできるのはやはり妙だ。
「……分かったから騒ぐな。今日はそういう部屋割りでいい。まだ日は高いから、少しぶらついてくる」
「了解。7の刻までに戻ってくればいいわよ」
宿を出た俺の後を、プルミエールがついてきた。
「ちょっと、幻影魔法は?ただでさえ目立つんだから……」
「……おかしいと思わないか」
「え?」
「あの2人、あまりに余裕がありすぎる。まるで、『何も起こらない』のを知ってるかのように。
そもそも、最初からしておかしい。カルロスがやられそうになった所に都合よく現れたらしいが、そんな偶然があるのか?」
「まさか、疑ってるの?」
クロエたちは多分、敵じゃない。俺たちを殺そうとするなら、単に油断した所を背後から刺せばいい。
ただ、何か裏がある。あるいは、この件自体が何か別の意図があるのじゃないか?
「……分からん。考えすぎかもしれないな」
俺は、今の推測を話すのはやめることにした。まだ早い。
そもそも、クロエとブランはさほどプルミエールと歳が変わらないだろう。せいぜいクロエが俺と同じ程度のはずだ。
未熟だから、緊張感なくいちゃつける。その可能性も、なくはない。
プルミエールがはぁと息をついた。
「色々この数日あったし、疲れてるのよ。少し湖畔を歩いて、ゆっくりしましょ?」
「……そうするか」
プルミエールが不意に俺の手を握った。体温がぶわっと上がるのが分かる。
「何だそれは」
「え、嫌だった?」
「嫌じゃないが……」
「ならいいじゃない。サラファンって、ちょっとした避暑地だし」
辺りを見ると、確かに家族連れや恋人同士が多い。
オルランドゥ大湖のほとりにあるこの宿場町は、テルモンからの観光客が多いのを俺は思い出していた。
だとしたら、恋人を「演じた」方が不自然ではない、のか。
「分かったよ」
#
「~♪」
プルミエールは上機嫌で鼻歌を歌っている。こいつもこいつでどうにも調子がおかしい。
「よくそんな気楽でいられるな」
「エリックが根詰め過ぎなのよ。そりゃ、私だって不安だけど……でも、少しくらい気晴らししないと、疲れちゃうから」
「そんなものか」
「そんなものよ」
オルランドゥ大湖に、日が沈もうとしている。茜色が湖面に照らされ、何とも言えない美しさだ。
不意に、プルミエールを見る。頬が僅かに朱が差しているように見えるのは、俺の気のせいだろうか。
「プルミエール」
「……ん?」
ドクン
その微笑みに、俺の鼓動が高まった。……何だこれは。そもそも、なぜ俺はプルミエールの名を呼んだ?
「……どうしたの?」
「い、いや。何でも……」
いけない。これじゃ俺は、まるで見た目通りの、思春期のガキじゃないか。
何か言わなければ。言葉を探すが、全然出てこない。焦りがさらに沈黙を深める。
プルミエールの顔が、気持ち近くなっている。え、待て、何だこれは……
苦し紛れに視線を外した。……その先にいた人物を見て、俺は固まった。
まさか。こんな所にいるはずがない。
短い黒髪に痩せた長身。耳こそ長くないが、それは……あの男に瓜二つだ。
「……ランパード?」
「え?」
プルミエールが俺の視線の先を見た。ランパードそっくりの男は、黒い髑髏があしらわれたシャツを着て、釣りに興じている。
そして、俺たちの存在に気づいたのか、ニヤリと笑った。
「よう、お二人さん。何か用かい?」
「あ……ランパードじゃない、のか?」
「ランパード?知らねえが……ほうほう」
男は釣竿を置くと、こちらに近付いてくる。俺はプルミエールの前に立った。
敵意はない。マナも感じない。ただ、他人の空似というには、似すぎている。
男は頭をかきながら苦笑する。
「いや、すまねえな。実に面白いマナだったんでな。デートの邪魔なら、消えるぜ」
「……お前、何者だ?」
男はふむ、と宙を眺め、「やっぱこれだな」とひとりごちた。
「俺は、ランダムだ。よろしくな」
都市紹介
エルファン
モリブス南部の宿場町。人口は1万人程度で、やや高地にある。オルランドゥ大湖のほとりにあり、風光明媚なことから高級避暑地としての人気が高い。
温泉こそないが、上流階級の家族や若者には人気。ただ、物価は高く中間層以下にとっては高嶺の花の街でもある。
このため、宿場町としてはエルファンではなくそこから5kmほど先のデミファンが使われることが多い。こちらは商人御用達の普通の街。
領主の娘であるクロエは、当然のようにエルファンを宿泊地として選んでいる。
治安はよく、湖の魚介類を生かした料理が人気。ブドウ酒も良質であり、貴族からの人気は高い。
ただ、異種族への差別感情も強い。プルミエールが幻影魔法でエリックの見た目を変えようと焦ったのはこのためである。
なお、ヘイルポリスに入るルートは2つ。北部のイミル関から入るルートか、湖沿いに入るルートである。
皇都に近いのは前者だが難所でもあり、侵入は困難。また、湖沿いのルートも守りは堅く、ここから攻めるのも容易ではない。今回は後者を使ってヘイルポリスに入ることになる。




