第27-1話
「どこだっ、探せっっ!!」
男たちの声が、遠くに聞こえた。地下室には、厳重に鍵をかけている。だが、いつまでもつのか。
エリックたちが簡単にやられるとは思わない。未だにいけすかないが、あいつの腕は確かだ。デボラ・ワイルダもいる以上、助けはいつかは来るはずだ。
問題は、それまでここがもつかどうか。召使のザンダを家に帰しておいたのは、正解だった。
「邪魔だぁっっ!!」
別の誰かが入ってくる気配があった。ワイルダが事前に手配していた、テルモン兵か。
メディアを見る。表情はさほど変わらないが、視線は沈んでいる。短い付き合いだけど、彼女の感情はなんとなく分かるようになっていた。
俺は手を彼女のそれに重ねる。
「……行こう」
「え」
「逃げは早めに打った方がいい。アヴァロン大司教も戦闘に手一杯で俺たちのことまで気付かないはずだ」
分厚い樫の扉の向こうからは、剣戟の金属音と叫びが聞こえてきた。戦況は、ここからじゃ分からない。でも、先手を打つことの大切さは、親父を反面教師にして知っている。
親父がどうやって討たれたかは、伝聞でしか知らない。ただ、「高速回転銃」を手にして傲り、悠長に過ごしていた所をエリックたちにやられたとは聞いていた。
地下室の片隅の床には、金属の扉がある。それは、有事の際にと先祖が作った、抜け道に通じる扉だ。
ゴンザレス家は、しばしば密談にこの別荘を使っていたという。それにはちゃんとした理由があった。
まず、街からここまではほぼ一本道で、誰かが来たのを見付けるのが容易い。そして、いざという時はここから崖下まで降り、砂浜伝いに歩けば街道に出れるようにもなっている。
俺は先人に心から感謝した。それを今こそ使わせてもらう時だ。
「うおおっっ!!!……はあっ、はあっ……開いた」
扉は錆び付いていたが、何とかギィという気持ち悪い音と共に開いた。潮の匂いが一気に広がる。
「行こう」
小さく頷くメディアの手を取り、階段を降りる。段々と光が強くなっていく。
そして、開けた先には……足を踏み外せば遥か下の海に落ちてしまいそうな、長い階段が崖に張り付いていた。
……ゴクリ
ボロボロのロープを頼りに、くりぬかれた階段を慎重に降りる。上からは、誰か女の叫び声が聞こえた。……急がないと。
降りた時には、酷く疲弊していた。メディアはというと、心配そうに俺を支えていた。
……情けねえな、守るべき女に支えてもらってるんじゃ。
「大丈夫、急がないと」
「……うん」
俺たちが下にいると悟られないように、小走りで砂浜を駆ける。昨日の騒動で戒厳令でも出ているのか、普段なら水着の男女で溢れている海水浴場には人影もまばらだった。目立たず動けるのは幸運だ。
とりあえず、何かあったら「蜻蛉亭」まで逃げろとは言われている。あそこには、テルモンの皇子がいると聞いていた。テルモンの連中に頼るのは少し癪だけど、四の五の言っていられる状況じゃない。
……ゾクン
背中に寒気が走った。メディアを見ると、凍り付いたように立ち止まっている。
「どうしたんだ?」
「……ダメ、戻らないと」
「何でだよ……」
彼女が向こうを指さした。15メドほど先に、皮鎧を着た、短い金髪の男がいた。腰からは、やたらと長い剣の鞘がぶら下がっている。
俺は戦いの訓練を受けているわけじゃない。でも、そいつが只者じゃないのは、すぐに分かった。
「……逃げよう」
彼女が頷いたその瞬間、俺たちの横を何かが通り過ぎたのが分かった。
ザンッ
ドゴォという地響きとともに、後にあった椰子の樹が倒れた。……え??
「逃げようとしても無駄だ。次は当てる」
「……誰だよ、お前は……」
「アングヴィラ王国近衛騎士団団長、デイヴィッド・スティーブンソン。エリック・べナビデスとプルミエール・レミューの居場所はどこだ?」
……メディアが狙いではないのか?そもそも、はるか西のアングヴィラの近衛兵団団長ともあろう者が、わざわざ単騎でエリックやプルミエールさんを狙うなんて……
金髪の男は、深紅の大剣を地面に突き刺して言う。
「居場所を教えれば見逃してやるよ。俺はその『女神の樹の巫女』には興味がないんでな……」
「……何でエリックたちを。アヴァロン大司教とは、仲間なのか」
「仲間……というより同盟だな。ただ、互いにやることは干渉しないことになってる。ま、『魔王エリック』と『魔女プルミエール』を殺したいのは同じだが。
お前があいつらと一緒にいたことは知ってる。素直に吐きな」
俺は悩んだ。エリックたちには恩もある。ただ、あいつが親父の仇であるのには変わりない。
ここであいつらを売っても、問題はないんじゃないか。俺にとって大事なのは、メディアとこの街を抜け出して逃げ切ることだ。
「あ、あいつらは……」
「駄目」
メディアが、鋭い目で俺を見ると、小さく首を振った。
「あなたは、そういう人じゃない。それに、教えてもきっと……彼は私たちを殺す」
「え」
もう一度、デイヴィッドと名乗る男を見る。……目の底に、深い闇が見えた気がした。
……確かに、こいつの言うことを信じられる保証はない。
……俺は悩んだ。行くも地獄、退くも地獄。そして、俺には……力がない。
「どうしろと言うんだ」
「私に任せて、あなたは逃げて。『あなたは助かる』」
分かったと言いかけて、俺は強烈な違和感を覚えた。「あなたは助かる」?つまり、自分を犠牲にすると?
ダメだ、それだけはダメだ。彼女には、生きてもらわないと意味がない。2人で生き残らないとダメだ。
でも、どうすればいい?目の前の男は、間違いなく強い。エリックならともかく、俺でどうにかなる相手じゃ……
俺の頭の中に、恐ろしい考えが浮かんだ。
……そうか。これなら彼女を守ることができるかもしれない。とりあえず、2人で生き残るとしたら、これしかない。
俺は、メディアをおもむろに抱きしめた。そして……
「……ごめん」
そう一言言うと、俺は彼女の唇を奪った。そして、舌を深く挿し入れる。
欲情のためじゃない。彼女の唾液を、体液を摂取するには……これしかなかったから。
「むっ……!!?むちゅっ……」
「駄目っ!!!んんっ……それは、んぐっ、それだけは……!!!」
身体が一気に熱くなる。そして、頭が俺のものじゃないかのように、急速にめぐり始めた。
背中が、熱イ。両腕ガどこマでも伸びテイク。
そうダ。メディアヲ守ルには……ヒトであルコトヲ、ヤメレバイイ。
「WOOOOOOOO!!!!!」
俺の……カルロス・ゴンザレスの人としての意識は、そこで途絶えた。
場所紹介
「ロックモール・イリア海水浴場」
ロックモールの一大名所。富豪の高級別荘が立ち並ぶ一角にある。一般人には解放されておらず、特権階級の憩いの場である。
近くには温泉を活用した「ロックモール総合病院」もある。ここはユングヴィの世俗派が運営する病院であり、アヴァロンら原理主義派との関りは薄い。
なお、イリアとは先代の「女神の樹の巫女」の名である。
人がほとんどいなかったのはカルロスの推測通りであり、テルモン主導で戒厳令が出されたため。
なお、デイヴィッドは「アングヴィラ近衛騎士団団長」であるため、ユングヴィ教団を警戒するテルモンの兵士たちからはスルーされている(というよりテルモンへの協力者と騙っている)。




