第27-2話
「……これは酷いにゃ」
別荘に入るなり、強い血の臭いが鼻についた。玄関先には事切れたテルモン兵が横たわり、その少し向こうにはユングヴィの神官兵が腹を剣で貫かれていた。
内部ではかなり激しい戦闘があったみたいだ。数の上ではこちらが有利だったはずだけど、エストラーダの攻撃を食らったのも確かいたはずだから、全体としてはそう戦力は変わらなかった、ということか。
「気を付けな……まだ、いるかもしれない」
デボラさんにボクは頷く。彼女の顔色は青白いままだ。出血は何とか止めたけど、骨までは治せなかったかもしれない。ボクも限界だけど、残党がいたらボクが戦うしかない。
ゴトッ
抜け道がある地下室に向かおうとすると、何かが倒れる音がした。そこに向かうと……
「ヴェルナーさん、かにゃ?」
頭から血を流しながら立ち上がろうとするヴェルナーさんが見えた。その横には、ハンマーと神官兵の死体が転がっている。
「……アヴァロン、は」
「まだにゃ。向こうでボクらの仲間が戦ってるにゃ。ボクらはカルロスを追うにゃ……歩けるにゃ?」
「かたじけない……こいつら、魔法か何かで強化されてやがった……ただの神官兵と見て、侮ってたよ……」
地下室の扉を開けようとしたけど、しっかりと鍵がかかっていて開かない。中に人の気配はなさそうだ。
「デボラさん、銃を」
「魔導銃」を受け取り、できる限りの出力で放つ。轟音と共に、扉は砕けた。
「大丈夫、かい?」
「……もう余力はほぼないにゃ。でも、行かなきゃ」
案の定、カルロスとメディアは逃げた後だった。どのくらい前に逃げたかは分からないけど、急いだ方がいいと本能が言っていた。
その次の瞬間。
ゾワッ
外から、恐ろしいほどの魔力の高まりを感じた。……まずいっ!!
「走るにゃっ!!!」
抜け道に至る扉を確認し、2人を支えながら駆ける。扉を閉めるのと、光と共に何かが消える気配がしたのは、ほぼ同時だった。
「なっ……!!?」
「多分、アヴァロンの魔法にゃ。ボクらを消そうとしたのにゃ」
「『消す』?」
「いいから急ぐにゃ、あの2人だけじゃ身は守れないにゃ」
ふら付きながらも崖を降り切る。カルロスたちの姿は、まだ見えない。
「……上手く、行ったかね」
「分からないにゃ」
彼らが神官兵に捕まらないとは言い切れない。ただ、数はずっとテルモン兵の方が多い。多分大丈夫だろうという、うっすらとした推測はあった。
ただ、どうにも嫌な予感が消えない。砂浜を歩きながら、足がどんどん重くなるのが分かった。理屈じゃない、本能が何かを訴えかけている。
街道が、向こうに見えた。……その時。
ぞわわわわっっっ
強烈なマナ……いや、邪気!?それも、2つ???
「何だいこれはっ!!?」
「行くにゃっ!!ヴェルナーさんは、ここで待ってるにゃ!!」
「し、しかし」
「あなたの傷が一番深いにゃ!何かあったら逃げてにゃ!!」
首を縦に振る彼をしり目に、ボクは気力を振り絞って走る。全身が軋んで、すぐにでも倒れ込みそうだ。でも、この中で何とかできるとしたら、ボクしかいない。
そして、ボクが見たものは。
ぞわわわわっっ!!
エストラーダ候と同じように背中から無数の「枝」を生やす、カルロスの後ろ姿だった。そして、彼と対峙しているのは……深紅の大剣を振るう剣士。
「邪魔だあっっ!!!!」
ブンッという風切り音が、ここまで聞こえた。切り落とされた枝の付け根から、間髪を置かず新しい枝が生えてくる!?
「WOOOOOOOO!!!!」
獣のような咆哮。そして、彼がメディアを胸の中に抱きながら戦っていることに、ボクは気付いた。
「カルロスっ!!?」
「ダメっっっ!!!」
メディアの叫びが聞こえると同時に、「触手」が3本、ボクの方に飛んできた。……しまった、反応が……
「何ぼーっとしてるんだいっ!!!」
後ろからボクについてきていたデボラさんが、左腕だけで僕を抱えた。勢いあまって倒れたボクらの頭上を、触手が通り過ぎる。
「……あ」
「呆けてるんじゃないよっ!!あれは、もう『カルロス』じゃないっ!!今すぐ戻って、エリックたちに伝えにいくよっ!!」
……デボラさんの言う通りだ。多分、あれは……メディアに近づく人間を全て「敵」と認識しているんだ。こうなった以上、ボクらにできることは、ない。
起き上がって後退しても、「触手」の追撃はない。「カルロス」と戦う男が、ボクらの味方とも思えない。……退く以外に、道はなさそうだ。
「……分かった」
ボクらは、ふらつく足で走り出す。ボクもデボラさんも、正直体力は限界だ。それでも、気力を振り絞らないと。
「彼」がどうなるかは、ボクには全く分からない。ただ、エストラーダと同様殺戮を引き起こすなら……誰かが止めないとダメだ。
じゃあ、それは誰だ?エリックにそこまでの余力が残っていることを、ボクは心から祈った。
……そして、多分それはただの願望であることも、ボクは知っている。
「ぐあっ……」
「シェイド!?」
砂に足を取られた。これ以上は……走れそうもない。猫の姿になった所で、この足場の悪さではエリックたちのところまでは戻れない……か。
「デボラさん、任せたにゃ。ボクは少し……休むにゃ」
「……分かった」
彼女も右肩を負傷してて、全く万全じゃない。ただ、戦闘するならともかく、体力的にはまだボクより余裕はある。ボクにできることは、ただ……これ以上の襲撃がないのを祈るだけだ。
サクッ
誰かの足音がする。砂浜にはほとんど人はいない。ヴェルナーさんが、30メドほど離れた木陰で休んでいるのが見えるぐらいだ。
ボクはそのまま寝てしまいたいという欲求を振り払い、身体を起こす。もしさらに追っ手がいるなら……ボクは、ここまでだ。
サク、サクッ
疲れで視界が不鮮明だ。誰かが近付いているのは分かるけど、まだはっきりとは見えない。
「……誰、にゃ」
その顔が見えそうになった瞬間、ボクの視界が白い霧のようなもので覆われた。
「……!!?」
身体から、力が抜けていく。そしてボクは、そのまま意識を失った。
キャラクター紹介
カルツ・ヴェルナー(35)
男性。テルモン王国のシュヴァルツ第四皇子付きの騎士。身長178cm、78kgの筋肉質で短い黒髪。眼光鋭く、無精ひげの無骨な男。老け顔。
下級貴族の出だが、その剣術の腕を買われ第四皇子とはいえ皇室付きの騎士にまでのし上がった。
決して剣術の技巧は優れていないが、愚直な太刀筋で相手を消耗させ、頑強な肉体に任せて肉を斬らせて骨を断つ戦術を得意とする。
その剣同様、本人も不器用な職人肌。命令を忠実、着実に不平を言わずこなすため、皇室の信頼は厚い。
皇弟ナイトハルト・ヴォルフガングから召し抱えの話もあったが、シュヴァルツ皇子付きになってまだ1年ということもあり固辞している。
なお、意外にもグルメであり、こっそりと各地のレストランの記録を付けている。あくまで備忘録であり、人に見せるものではないとのこと。
何度も縁談が来ているが、任務以外では口下手なのと強面な外見が災いし未だ独身。
本人は独身であることに負い目や焦りを感じていないというが、ロックモールで主人が娼館に入り浸っているのを見て少し心が揺らいでいる。




