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魔王と魔法使いはかくて勇者を殺し、世界を破滅へと導いた  作者: 変愚の人
第3章(ロックモール編)
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第24-3話

窓からの潮風が、私の髪を揺らした。陽射しは強いけど、このお蔭で存外過ごしやすい。


エリックは静かに本を読んでいる。シェイド君たちが出かけてから、ずっとこんな具合だ。


「あいつ、意外と読書家なんだな」


お茶を飲みながらカルロス君が言う。窓際にいるエリックは返事を返さない。


「確かに……時間があると寝ているか本を読んでるかですね。魔術書が多いですけど」


「……そうなのか」


複雑そうな表情で彼がエリックを見る。私はカップを置き、窓際に向かった。


「何の本を読んでるの?」


「これだ」


「……『マイク・ダーレン自伝』?マイク・ダーレンって、確か」


「ダーレン寺開祖だ。武の真髄を振り返りたい時には、いつも読むようにしている」


「私も読んでいい?」


エリックは一瞬無言になった。断られるかと思ったけど、机に積まれている中から一冊の本を渡された。


「これなら理解しやすいだろう」


「あ……ありがと」


手渡された分厚い本には「放浪記」とある。どういうことだろう?


「開祖ダーレンが世界各地を回った時の旅行記だ。武人でなくても、暇つぶしにはなる」


マイク・ダーレン。300年前にロワールに武人たちの聖地「ダーレン寺」を開いた伝説の人物だ。

その人物像は謎に包まれている。こんな自伝があることなんて、初めて知った。


「開祖ダーレンって、どんな人だったのかしら」


「武人にして魔術師、哲学者にして冒険者だったらしいな。本来は皆伝を受けていないと読ませてはいけないが、この際いいだろう」


「え」


「まあ読めば薄々分かる」


羊皮紙に書かれた文字はかなり達筆だ。ただ、読みにくいというわけでもない。

文章自体も小説家が書いたかのように滑らかで美しい。情景が目に浮かぶかのようだ。


中身は当時の世界各地の情勢や風物、人々の営みを中心に書かれている。時折挟まる武術への考察が非常に面白い。

300年前も、世界はあまり今と変わらない。貧富の差や権力者の横暴、それでも生き抜こうとする庶民のしたたかさ。

そして、ダーレンという人は常に弱者の側に立っていた人だったらしい。


興味深く読んでいくと、ある所で手が止まった。



「……え?」



私が目にしたのは、「サンタヴィラ滞在の項」という章だ。

かなり頻繁に訪れているらしく、馴染みの宿に泊まった辺りの情景からその章は始まっていた。

そして、彼がここに来た目的。それは……


「気が付いたか」


エリックが私を見た。


「……うん。開祖ダーレンって、遺跡の探索も行ってたのね」


そう、彼が訪れていたのは「ガルデア遺跡」。魔王ケインが、正気だった時に調査を行っていたという遺跡だ。


「そうだ。そして、そこから先数ページが破られている」


「……!!本当だ……」


「ああ。何か、誰かにとって不都合なことが書かれていたのだろうな。『放浪記』には破られたページが幾つかあるが、中でもこの項が一番多い」


「何でだろう……まさか」


エリックが頷いた。


「父上の件と関連があるのかもしれないな。これが世に出回っていないのも、あるいはそういうことなのだろう」


誰が一体ページを破ったのだろう?あるいは、「サンタヴィラの惨劇」の真相を知る人物が、ダーレン寺にいるのだろうか?



もやもやした気持ちを抱えていると、玄関の方から声が聞こえた。


「今帰ったよ」


「お帰りなさい!どうでした」


居間に現れたデボラさんとシェイド君は、どこかすっきりしない表情だ。


「いい話と悪い話がある。いい話は統治府に潜り込めるめどが一応立ったということ。悪い話は、オーバーバックに襲われたってことだね」


「何っ!!?」


エリックが立ち上がった。シェイド君が険しい表情になる。


「エリックの言う通りだったにゃ。あいつはボクらの手に負えないにゃ。しかも、どうやってるか知らないけど、ボクらがどこにいるかを把握できてるみたいだったにゃ」


「……よく無事だったな」


「それはボクも驚いてるにゃ。帰りにもう一度襲われるかもとは思ってたけど、その気配すらなかったにゃ。

『何もしなければ見逃してやる』という言葉がどこまで本当かは知らないけど」


エリックが腕を組んだ。


「どういうことだ?」


「『契約』、とか言ってたね。あたしらを殺すことは、それに含まれてないと。

あくまでメディアを守ることだけが目的みたいだった」


「契約……相手はアヴァロンだな。そこまでして『万病の薬』とやらが欲しいのか?」


「さあね。ただ、恐らくはオーバーバックは、アヴァロンの警護までは任されてない。

あんたはアヴァロンを狙ってるんだろう?メディアにさえ手を出さなければ、多分上手く行く」


カルロス君の顔色が変わる。


「ちょ……ちょっと待てよ!!?じゃあ何か?メディアは見捨てるのか??」


「……オーバーバックをどうにかしなきゃいけないにゃ。デボラ姉さんにとってあいつは仇だけど……」


「仇?」


どういうことだろう?デボラさんの表情は沈んでいる。


「あいつは、母さんを殺したのは自分だと言った。多分、父さんも……。

ただ、相対して分かった。今のあたしやシェイドじゃ、そしてエリックでも、あいつは倒せない。本気で来られたら、多分……」


「……やはりか。メディア奪還は諦めて、アヴァロンの確保だけ考えた方が……」



「ふざけるなっっ!!!」



カルロス君が叫ぶ。


「体よく利用しておいてそれか!!?俺にとって、彼女が戻らなかったら何の意味もないっっ!!

所詮貴様は魔王ケインの息子だな、父さんを殺したのもどうせ報酬目当て……」


「……話は最後まで聞け」


「!?」


彼の喉元に短剣が突き付けられている。エリックが低い声で続けた。


「本来ならお前の女を救う義理はない。だが、受けた恩は無下にするなというのが父上の教えでな。

ここを使わせてもらっているだけでも借りはある」


シャキン、と短剣が鞘に納められる。


「理性的に考えたら、お前の女を無視した方がずっと安全だ。だが、俺の信念上そうも言ってられない。お前もそうだろう、デボラ?」


「まあね。そんなことしたら、父さんや母さん、そして旦那に憑り殺されてしまうよ。

でも、オーバーバックをどうにかしないと、話は先に進まない。誰かいい案、あるかい?」


皆、口を閉じてしまった。エリックやデボラさんすらお手上げの相手だ。……正直、倒す方法なんて……



「倒す」方法?



いや、違う。倒す必要がないとしたら?

私とエリックの目的も、カルロス君の願いも、オーバーバックを倒さずとも実現はできる。

彼が手を引いてくれるために、必要なことは……



「契約」……ひょっとしたら!?



私は手を挙げた。



「一つ、考えがあるの」




用語紹介


ダーレン流


マイク・ダーレンにより約300年前に始まった武術の一派。

己の肉体のみを武器としているが、魔法と組み合わせた攻撃も行う。

実践重視であり、ロワール公国軍は皆大なり小なりこれを修めている。

総本山はロワール北部のダーレン寺。「政武分離」を掲げるロワール公国だが、その影響力は極めて大きい。


武術として強力であるというだけでなく、その哲学含めて信奉者は多い。

北ガリア大陸各地にダーレン寺の分寺があり、ユングヴィ教団と並ぶ宗教勢力としても存在している。

その教えは内省的かつ禁欲的。他者救済に重きを置くのがユングヴィであれば、自己救済・自己研鑽を目的とするのがダーレンと言える。

この教義の違いのため、ロワールとイーリスの間ではしばしば宗教戦争が勃発している。

とはいえ、ここ20年は互いに魔族という共通の仮想敵を持っているため小康状態のようだ。


開祖マイク・ダーレンの人物像については謎が多く、数多くの伝説がまことしやかに流れている。

その多くは説話として残っているが、歴史的資料は極めて少ない。エリックが持っている「マイク・ダーレン自伝」は複製ではあるが、それでも超希少である。

これをエリックが持っている理由は現在のところ不明。ただ、エリックが数少ない「皆伝」の保持者であるのは間違いないようだ。

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