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魔王と魔法使いはかくて勇者を殺し、世界を破滅へと導いた  作者: 変愚の人
第3章(ロックモール編)
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第25-1話

(後書きの誤字を訂正)


「……これが、ボク、にゃ?」


下がスースーする。姿見の向こうには、薄手のワンピースに身を包んだ少女がいた。


「へえ」とデボラさんが感嘆したように言う。


「よく似合ってるじゃないか。プルミエールの助けがあるとはいえ」


「……複雑な気分にゃ」


「蜻蛉亭」の従業員の腕は、すこぶる良いらしい。何でも女主人のカサンドラさんが、化粧術に精通しているからなのだそうだ。

彼女の実年齢を聞いて少々驚いたけど、あの肉体とこの化粧があれば客は確かに取れるだろう。


「うふふ、誇っていいわよ?それだけ素材がいいということだもの。

正直、即うちで雇いたいくらい。そのつもりはなあい?」


「遠慮するにゃ」


「あらら、つれないわね。じゃあデボラ、この子を一晩預けてくれないかしら?とても愉しい夜になると思うのだけど。もちろん、その子にとっても」


「それも断るね。そこまで暇でもないんだ」


「む、残念ねえ。その子もまだ若いんだから、悦楽の真髄を味わうには早い方が良いと思うのだけど」


正直に言えば少し心が動かされたけど、それはおくびにも出さないでおいた。

実年齢を知らなかったら「お願いするにゃ」とか口走っていただろうけど、さすがにちょっと離れすぎている。彼女が老いにくいエルフでないのは、結構残念なことだ。


「それにしても、何で女装しなきゃいけないのにゃ」


「向こうの要求よ。そういうのが好きな殿方は、決して少なくないの。しかもこれほどの見た目麗しい子は本当に希少なのよ。つくづく残念。

彼をたまに貸してくれたら、ワイルダ組にさらなる便宜を図れるのだけど」


「まあ、それは今度別の形で報いてやるさ。時間は、10時からだったかい。聖職者も随分と朝からお盛んだねえ。

しかも原理主義のイーリス派だろう?アヴァロン大司教にバレたら、控えめに言って即破門だろうに」


カサンドラさんが肩をすくめた。


「側近だから彼の予定は把握しているのだそうよ?それで無理矢理時間を作って、女装させた御稚児趣味に走るのだから業が深いわ」


「禁欲主義のなれの果てということかい。まあ、お蔭でつけ込む隙ができるわけだけどねえ」


ボクは小さく頷いた。


「確認にゃ。まず統治府に潜り込んだら、客と接触。準備と称して部屋を抜け出し、爆弾を設置。

そして猫に化けて逃げる……これでいいにゃ?」


「ああ。前に話していたのと違うのは、あんたが『限界突破』を使ってメディアごと逃げること。

メディアが死んでは意味がないからね。あんたのあの力なら、多分いけるはずさ。

オーバーバックが来たら、あたしとエリック、プルミエールが引き受ける。そこに片が付き次第、アヴァロンに対応する……」


「そのためにはオーバーバックの射撃をどうするかにゃ。初撃を避け、奴と話ができる状況を作れれば……」


「勝機はあるね」


カサンドラさんが呆れたように首を横に振った。


「にしても、アヴァロン大司教に喧嘩を売るなんて、あなたも無謀ねえ。まあ、テルモンの支配下にはいるのはこちらとしても御免だけど。

税金、酷いらしいからねえ。あの暗愚なゲオルグ帝からナイトハルト伯に世が変われば……」


「言っても詮無きことさ。それに、あたしらの目的は世直しじゃない。

詳しくは言えないけど、正直ただの私情だよ。まあ、ベーレン侯の依頼もあるけどね」


「まあ、何だっていいわ。商売しやすくなる方を、私は選ぶ。だから協力した」


「そして失敗は許されない、ね。まあ承知しているさ」


デボラさんが不意に、ボクを軽く抱き寄せた。


「……頼んだよ」


「分かったにゃ」


#


統治府の中は、まるで豪奢な宮殿だった。宮殿なんて行ったこともないのだけど。

特権階級御用達の娼館や賭場を兼ねているというのも納得だ。ボクは2階の奥の部屋に通された。


「失礼しますに……ます」


思わず語尾が変わりそうになったのを、必死で直した。部屋の奥のベッドには、30前後の男性が座っている。


「おお……これは可憐な」


てっきり脂ぎった中年が出てくるかと思っていただけに、ちょっと拍子抜けした。身なりには清潔感のある、顔立ちの整った男だ。


「本日の伽を務めさせていただきます、シェイラと言います。よろしくお願いしますに……ます」


「ははは、緊張しているのかな。さあ、こっちへ」


男はボクを呼び寄せると、隣に座るよう促した。……いきなり押し倒されるようなら、然るべき対応を取らせてもらう。


「は、はあ」


「新人と聞いているからね。そこまで無茶はしないよ。それにしても、本当に可憐だ……。今までの男の娘の中でも、ちょっと図抜けている」


「お、お褒めに預かり光栄です。……確か、ユリウス様、ですか」


「ああ。今日はしっかり癒してくれたまえ。そうだな、まずは按摩でもしてもらおうか」


「え?」


「気苦労が絶えなくてね。15分ほどでいい。伽はその後で構わないさ」


変わった男だ。余程疲れているのだろうか。


「ではうつぶせになっていただければ。……どうかされたのですか?」


「ははは、まあね……厳しい上役を持つと、こうでもしないとやってられないのさ」


上役……ミカエル・アヴァロンか。


「厳しい、のですか」


肩を揉みながら訊く。


「ああ。……うん、実に具合がいい。本職が按摩だったりするのかな?」


「お戯れを」


御主人にいつも按摩を頼まれているせいだろう。こういう時に役立つとは思わなかったが。


ユリウスという男は、ふうと息を付いた。


「……猊下は全てにおいて正しい。しかし、正し過ぎる。それに外れた者は、決して許されないのさ」


「罰、ですか?」


「ならいいのだけどね。消えるんだよ。いずこへと」


……「グロンド」を使っているんだ。ボクの背筋に冷たいものが流れた。粛清か。


「消える、と」


「ああ。理由は不明、どうやっているかも分からない。でも、とにかく『消える』」


「今こうしているのも、危ないのでは?」


「大丈夫。猊下は3階にいらっしゃる。客人と話されているらしい。時間になるまで、猊下は決してその予定を曲げない。つかの間の自由、ということだよ」


客人?メディアは4階のはずだから、エストラーダ侯が3階にいるのか。しかし、彼を匿う理由はよく分からない。何を考えているのだろう?


「客人、ですか」


「ああ。どうにも猊下の御心はよく分からない。……腰の辺りも頼むよ」


ボクは腰に手を移した。


「御心?」


「ああ。モリブスの邪教徒を保護したのもそうだが、あの緑髪の少女だよ。破滅を招くなら、即殺せばいいものを」


……破滅??


「どういうことですか?」


「ああ、喋り過ぎたな。……まあ、私も詳しく知らないんだがね。何せ、150年ぶりのことだから」


150年……前に、「女神の樹の巫女」が現われた時に、何かあったのだろうか。


「その時に何があったのですか」


「ああ。伝説でしかないけどね、『女神の樹の巫女』の子供が、人を食い始めたんだそうだ。

で、手に負えなくなったんで当時の大司教が封印したとか聞いてる。……ああ、この話は内密にしてくれよ。私も消されてしまうから」



……!!!



体温が一気に下がった気がした。……そういうことか。


このユリウスという男の言葉に、どれほどの真実味があるかは知らない。しかし、メディアの言葉にやっと合点が行った。



もしそれが本当なら、彼女とカルロスは……絶対に結ばれてはいけない。



しかし、もう一つの疑問は残る。ユリウスは、それについては多分答えを知らない。



それは、「なぜすぐにメディアを殺さなかったのか」という問いだ。彼女の体液から取れる薬ができるまで、待っているとでもいうのか。


今すぐ動いた方がいい、とボクの本能が告げた。できるだけ早く、メディアに会わないと。


「……ちょっと、小用を足してもいいですか」


「ん?構わないよ。戻ったら、伽としようか」


好色な目で、ユリウスがボクを見る。そっと重ねられた手を振りほどこうとする誘惑に、ボクは何とか耐えた。

もう、彼に会うことはないだろう。多分。



部屋をそっと出る。その刹那、禍々しい気配を上から感じた。……何だこれは??



オーバーバック?いや、あいつとは違う。この気配は……魔物にむしろ近い。



ボクは周囲を見渡し、まず化粧室に入った。爆弾を置くと、猫に姿を変えその窓の隙間から外に出る。

気配がしたのは、東側の方だ。こちらは西側だから、ちょうど逆。見に行きたいという欲求はあったけど、本能がそれを押し留めた。

それに構わず、4階のバルコニーへと駆け上がる。



果たして、そこにはメディアがいた。

その手には、前に来た時にはなかった緑色の大きな宝石が握られている。



カリカリと窓をひっかく。彼女がわずかな驚きとともに、ボクを迎え入れた。


「……あなたは」


「君を迎えに来たにゃ、カルロスが待ってるにゃ」


「……!!カルロスが……」


「ここはもうすぐ火事になるにゃ。その前に逃げるにゃ」


「……私は、ここで死ぬべき定め。ここに残るわ」


ボクの中に、迷いが生じた。ユリウスの言っていたことが本当なら、世界にとって彼女は確かに生きてはいけない存在なのかもしれない。

ただ、子をなさなければ大丈夫だとすれば……


「それは本心かにゃ?」


「……」


禍々しい気配は、さらに強まっている。これ以上ここに残るのは危険だと、獣としての本能が訴えかけていた。


「もしここで死にたいならそれはそれでいいにゃ。でも、君が少しでも生きたいと願うなら、ボクと一緒に逃げるにゃ」


ボクは宙返りをして、再びヒトの姿に戻った。幻影魔法の効果は切れているけど、この際それはどうでもいい。



ゾグンッ



下から、誰か来る気配がする。1人……いや2人??



ボクはメディアに手を差し伸べる。



「いいから来るか、来ないか、どっちなんにゃっ!!!」



メディアが逡巡する。小刻みに震えた手が、少しだけ前に出た。

ボクはそれを掴み、魔力を溜める。



ドアがノックされるのと、魔力が十分練られるのと、ほぼ同時だった。



限界突破リミットブレイク!!!!」



彼女を抱いて、ボクは窓を破る。それが合図となって、館から轟音が響いた。



キャラクター紹介


ユリウス・ストロートマン(31)


男性。ユングヴィ教団イーリス聖教会の司教。

名門の子として生まれ、修道院でエリート教育を受ける。優秀ではあるが、過度に禁欲的な生活の反動から性的嗜好が歪んでいる。

もっとも、これ自体はユングヴィ原理主義派には少なからずあることであり、同性愛趣味は過度でなければ問題ないというのが一般的であった。


問題は、ミカエル・アヴァロンはそれすら禁忌として厳に禁じたこと。

禁忌を破った教徒は幹部であろうと文字通り「消されて」おり、一種の恐怖政治に近い状態となっている。

このため、異性愛だけでなく同性愛も地下に潜った状態でなければ行えない状況となっている。

ユリウスはその優秀さからアヴァロンからある程度の行動の自由を得ており、時折男娼を買うことでその欲求を満たしていた。

とはいえ、締め付けの強化から直近の禁欲期間は数カ月にも及んでおり、それが彼をして統治府内での買春という相当にリスキーな行為に走らせたといえるだろう。


本人は極めて紳士的であり温厚。外見の良さもあり、男女問わず好意を持たれやすい人物。

恋愛経験は年下の修道僧相手に何度かあったが、締め付けの強化に伴い別れている。

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