第23-3話
「様子はどうだ」
応接間に入ってきたデボラがふうと息を吐いた。
「傷は塞がっているけど、出血がかなり多かったからねえ。今日は動けないね」
「……そうか」
窓から潮風が入ってきた。ロックモールの常夏の気候でも、このおかげで氷結魔法は必要なさそうだ。
俺たちは、何とか商人団を偽装してロックモールに入ることができた。その最大の功労者は、まだ眠りについている。
#
査証をぶら下げたまま、黒猫の姿のシェイドが俺たちの前に現れたのはつい1時間ほど前のことだ。
右前脚は付け根から取れかかっていた。血まみれでほとんど死にかけていたが、気力だけで辿り着いたらしい。
「どうしたっ!!?」
「撃たれた……にゃ。多分……」
「いいからしゃべるなっ!!デボラっ!!」
無言で彼女が「時間遡行」をかける。撃たれてまだ間もなかったからか、脚自体はすぐにくっついた。
「……あいつだ。オーバーバックという男」
「……狙い撃ち、されたにゃ……それと……メディアは、統治府にいる、にゃ」
「何だとっ!!?」
シェイドが小さく頷く。
「多分……彼女にゃ……」
「どういうことだ」
シェイドが目を閉じた。
「シェイド君っ!!!」
「……心配しなくて大丈夫さ、脈はある。出血多量でとりあえず気を失っただけだね。例の薬は?」
「一応、何個か追加してもらいました」
「分かった。あとで飲ませれば死ぬことはないと思う。にしても……」
俺はデボラの方を見た。
「若干不可解だな」
「え??どうして」
「まず、メディアという女だ。どうして統治府にいるのか?カルロス、彼女はそんなに重要人物なのか?」
カルロスが弱々しく首を横に振る。
「知らないんだ。俺は、彼女の身の上を聞いたことがない。話したがらなかったんだ。俺は、それでもいいと……」
「だろうな。ただ、ユングヴィ絡みということぐらいは分かる。つまり、アヴァロン大司教が一枚噛んでいる可能性があるな」
「馬鹿な!!そんな大物が、なぜ彼女に」
「俺には分からん。その点については、シェイドが起きてから話を聞くとするか。
もう一つ解せないのは、シェイドを生かしておいた意味だ。オーバーバックというのが何者か知らないが、多分殺そうと思えば殺せたはずだ。
敢えて生かしておいたようにも見える。その意味が分からない」
プルミエールが少し考えている。
「……多分、警告じゃないかしら。これ以上この件に首を突っ込むな、という」
「猫の姿のシェイドを警戒していた、ということになるぞ」
「でもそれぐらいしかない気がする。何にしても……」
「想像以上の大事だな。……それでも、女を取り戻したいのか」
カルロスは「無論だ」と即答した。
「俺にとっても、彼女にとっても……互いが一番大切な人だ。救わないと」
青いな、という言葉を俺はすんでのところで飲み込んだ。それは事実かもしれないが、それが何かを変えることもある。
それに、俺だって「真実を知りたい」という単純な動機だけでここまで来ている。感情の力は、馬鹿にできないのだ。
「でも……どうするの?」
「一度、カルロスの別荘に行く。問題は、オーバーバックという男だが……」
「それは任せて。幻影魔法で気配はある程度遮断できるから」
「……!!できるのか」
「ジャックさんの下で修練したのは、あなただけじゃないのよ?私も色々覚えたんだから」
ニッ、とプルミエールが笑う。前はこんなに自信を持ってなかったと思うが、少し変わったな。
「分かった。信用するぞ」
「うん。それで、一つ提案があるんだけど……」
プルミエールが俺にある考えを打ち明けた。……もし可能なら、面白いかもしれない。
#
プルミエールがカルロスと一緒に応接間にやってきた。手には幾つかの衣装がある。
「子供の頃の服がまだあった。ネーナ婆の物持ちの良さには驚くな」
「本当にいいものは、数十年使えるものですよ。貴方の服も、かつてご主人が着ていたものです。
世継ぎがお生まれになった時のために、それも取っておいたのですよ」
厨房でスープを作りながら、老婆が微笑んだ。
「……世継ぎか。いつか見せたいものだな」
「お坊ちゃまなら、遠くないうちに見せられますよ。私が生きているうちに」
「……そうだな」
プルミエールが衣装を置いた。確かに、上等に仕立てられたものらしいのは見て分かる。
「幻影魔法を使った変装術は、ランパードさんから原理は教えてもらったわ。
耳の形と肌の色を変える程度しかできないけど、それでも格段にあなたと見抜きにくくなると思う」
「なるほど……デボラ、お前はどう思う」
「悪くないと思うね。私やプルミエールは、変装してもなお目立つ。何より、ロックモール中枢部には女に飢えた連中ばかりだからね。襲われても逃げられるとは思うけど、騒ぎにはなる。
あんたが単独で行くのは、そう悪いことじゃないと思うね。問題は、その見た目だけど」
その通りだ。俺の外見は、せいぜい14、5のガキだ。もっと下に見られるかもしれない。
少なくとも、酒と博打と女の街、ロックモールには不相応だろう。
「……道に迷ったという体裁を取るか」
「それしかないねえ。で、どこに行くんだい?」
俺はチラリとプルミエールを見た。どこか不安そうな顔をしている。
「……賭場街だな。花街に行ったところで相手にはされないだろう。何より、人が多く集まるからな」
「それが賢明だねえ」
プルミエールがほっとした様子になった。心配しすぎだ。
「でも、賭場街に行ってどうするんだ?まさか、博打を……」
「種銭ならあるさ。道に迷った貴族のボンボンが馬鹿ヅキで勝ちまくれば、嫌でも誰かが注目する。そこを突破口にするつもりだ」
「勝ちまくればって……自信が?」
「伊達にお前より10年近く生きているわけじゃないさ」
カルロスの心配は当然だろう。だが、賭け事はジャックに一通り仕込まれている。というより、あいつの退屈しのぎの相手をさせられていただけだが。
それでも疑いなくジャックは一流の博徒だ。モリブスでジャックの世話になっていた時、腕に自信がある博徒が何人もあいつに挑むのを見た。しかし、その全てにジャックは勝っている。
俺はその域にはないが、普通の相手なら負けることはない。それだけの自信はある。
#
「……これで8連勝かよ」
計画は順調だった。何も知らないガキのふりをし、賭場に「迷い込み」、幸運だけで勝ったようにみせかける。
これが続けば、間違いなく支配人がこちらに来るだろう。俺を締めに来るか、本気で身ぐるみはがすために。
その時が交渉のタイミングだ。「モリブスの貴族」ということにしておけば、向こうの目の色も変わるだろう。
「運がいいだけですよ」
「……馬鹿ヅキかよ。ガキに舐められるのもいい加減にしてもらいてえが」
周囲の目が苛立ちと怒りに染まり始めていた。賭場の「親」は何度か俺をはめようとしているが、その度に巧い具合に降りて出血を最小限にとどめている。
この「テル・ポルカ」はカードを使った遊戯だが、単なる運任せでは勝てない。そして、そのことをほとんどの博徒は知らない。
重要なのは確率と席ごとの行動。そして賭ける額とその時期。ジャックはそれを体系立てていた。知識量の差が、そのまま圧倒的な勝率となっていたのを、俺は知っている。
「クソッ……小僧、まだ続けるよな?」
「あっ、はい。この遊戯って楽しいですね」
「……楽しいだけで終わると思うなよ。ちょっと待っていろ」
「親」役が奥へと引っ込んだ。支配人と思われる男の怒声が響く。
そして、身なりのいい初老の男がやってきた。口は微笑んでいるが、目は一切笑っていない。この男が、支配人か。
「君、随分勝っているそうじゃないか。どうだね、ここで大きく勝負してみないかい?」
「えっ……ちょっと、怖いんですけど」
「ふふ、しかし勝てば君は一晩のうちで大金持ちだぞ?どうかね」
俺は悩んでいるふりをしてみせた。……食いついた。
問題は、この男がどれだけの情報を持っているかだ。この賭場が、テルモン政府直轄の運営とは知っている。テルモンの、あるいはアヴァロンの意図を知ることができるか……?
「やめとけぇ」
上の吹き抜けの方から声がした。少し甲高い、男の声だ。
「え」
「そいつ、ただのガキじゃねえぜぇ。見たところ、ゲームの本質をよく理解しているなぁ。あんたで勝てる相手じゃ、多分ねぇ」
「……どういうことですか」
「まあ、そいつは俺に任せなぁ。せっかくだから、俺が直接相手してやんよぉ」
支配人の顔が青ざめている。……何者だ?
と思ったその時、上から誰か飛び降りてきた。黒い服に、黒いグラスの眼鏡。短い黒髪は、後へと撫でつけられている。
「よぉ」
「……おま……貴方は、どなたですか」
思わず素が出そうになった。明らかに、身に纏う空気が、常人のそれではない。
「名乗るほどの名はねえがよぉ、ハーベスタと呼んでくれ。ただの観光客だぜぇ」
ハーベスタ!!?
背中に冷たいものが、一気に流れる。こいつがシェイドを撃ち、カルロスの護衛を射殺したという……ハーベスタ・オーバーバックか!!
オーバーバックは、ニヤァと笑った。
「こいつとはじっくりサシでやりてぇなぁ……支配人さんよぉ、奥の部屋、借りていいか?『親』はあんたがやってくれ」
「え」
「なあに、純粋に勝負を楽しみてぇだけさぁ。ただ、そこで見たり聞いたりしたことは一切口外無用だぁ……」
「はっ、はいっ!!!分かりましたっ!!!」
オーバーバックが俺の方を向いた。余裕以上に、得体の知れなさを感じる。
「じゃあ行くかぁ」
「……はい」
オーバーバックについていくと、豪奢な貴賓室に通された。貴人用の賭場、と言ったところか。
扉が閉まり、オーバーバックが俺の向かいの席につく。そして身を乗り出して話を切り出した。
「さて……猫被るのはやめようぜぇ。何者だぁ?」
「……お前に名乗る意味も義理もない」
「だろうなぁ。だが、薄々見当は付くぜぇ。……エリック・べナビデス」
極力動揺を表に出さないよう、「誰だそいつは」と白を切った。しかしオーバーバックは「やれやれ」と首を振る。
「他の連中なら誤魔化せるだろうがよぉ、俺の目は欺けねぇ。多分、魔法とやらで偽装してるなぁ?
その肌の色と耳からして、まず間違いなく魔族だぁ。そして、無知なガキを騙ってここに来た意味……情報収集だろぉ?」
「……やるか?」
「いや、俺にそのつもりはねぇよぉ。ここで騒ぎ起こしても仕方ねぇしなぁ。俺は『魔王退治』に興味はねぇ」
「だがシェイドを撃った」
オーバーバックが肩をすくめた。
「アヴァロンの奴の所にいたらしいんでなぁ。あの小娘に用があるならやめとくのが正解だぜぇ」
「……どういうことだ」
オーバーバックが支配人を見た。
「そこから先は、こいつで決めようじゃねぇかぁ。『テキサス・ホールデム』……ここじゃ『テル・ポルカ』とかいうらしいなぁ」
「……何?」
「勝負に勝つごとに、1つ情報を教えてやるよぉ。チップが尽きたら、そこで打ち切りだぁ。ああ、有り金は元手を置いて出ていってもらうぜぇ」
「……いいだろう」
金は惜しくない。勝負に勝てば、こちらが知りたいと思う情報を教えてくれるのだ。むしろ、これは好機……!!
オーバーバックが、眼鏡を外した。……白目……盲人か。
「ああ、気にすんなよぉ。ちゃんと『見えてる』からよぉ……じゃあ、始めるぜぇ?支配人……オーティスだったなぁ。ヒラで頼むぜぇ」
こくんとオーティスと呼ばれた男が頷く。俺とオーバーバックの前に2枚のカードが配られ、5枚のカードがその間に伏せられた。
カードを見る。……2枚とも「聖剣」だ。考えられる上で最強の組み合わせ。これで負けるはずがない。
オーティスがまず、5枚のうち2枚をめくる。黄色の2と赤の聖剣。既に「3枚組」が完成している。俺は平静を装った。
「先攻は」
「お前からでいいぜぇ」
一応、俺にチップは20枚配られている。一気に大きく張ってもいいが、オーバーバックは警戒するだろう。降ろすのも勝ちではあるが、ここは……
「3枚」
「そこそこ大きく出たなぁ。手が入ってるなぁ?」
「……いきなりチマチマしても仕方ないだろう。乗るか」
「レイズ……ってここでは『上乗せ』だったなぁ」
ここでか。向こうにも手は入っているのかもしれないが、「聖剣」の3枚組にはまず勝てない。4枚組になることだって、十分ある。
向こうの考えは甘い。所詮この程度……
「……10枚だぁ」
「何っっ!!?」
馬鹿なっ!!?まだ2枚しか開示されてない状況で、これは無謀だ。どういうつもりだっ!?
「くくっ……不安が手に取るように分かるぜぇ……さて、3枚目頼むぜぇ」
オーティスが3枚目をめくる。青の王だ。色は場に出ている「赤の聖剣」と同じ。俺にはあまり関係はないが、もう一枚王が出れば「王宮」が手役で完成する。
「どうするぅ?」
「……2枚だ。合わせて、12枚」
「レイズかぁ。いいねぇ、生きがいいぃ……」
オーバーバックがニヤリと笑う。
「フォールド、降りだぁ」
「……何??」
「この勝負は譲るぜぇ。サービスだぁ」
……無謀な賭けに出ておきながら、自分から降りるだと!?
「何を考えている」
「若人へのプレゼントさぁ……ああ、オーティス。足りねえチップは、俺の右腕を担保だぁ。10枚ほど貰えるかぁ?」
「なっ!!?」
「状況はお前が有利だぁ。俺は弾が足りてねえからなぁ」
ニヤニヤとオーバーバックが嗤う。そこには焦りも虚勢もない。本当に余裕があるのか?
「しかし、オーバーバック様……」
「殺されてえのかぁ?」
「ひっ!!?準備いたしますっ!!」
そう言うとオーティスはチップを取りに部屋を出た。オーバーバックは中から鍵をかけると、身を乗り出す。
「で、何を訊きたい?」
訊きたいことは腐るほどある。オーバーバックの正体、エストラーダ候の行方。しかし、今は……
「メディアという女、何者だ」
オーバーバックは「やはりなぁ」と口の端を上げた。
「何でお前があの女を嗅ぎ回るのかはさっぱり分からねえがよぉ。……あの猫と組んでるわけだなぁ」
「お前に言う義理はない」
「まあせっかくだから、それは不問としてやるよぉ。で、メディアという女のことだなぁ?
実は俺も詳しくは知らねぇ。俺はこのせ……いや、この街についちゃほとんど知らねえからなぁ……」
「しかし、俺よりは知っている」
ククク、とオーバーバックが嗤った。
「違いねぇなぁ。あの女、人間じゃねぇらしいなぁ」
「……魔物の類いか」
「さぁなぁ。ただ『女神の樹』の『一部』だって話だぁ。その体液は、万病の薬となるとか聞いたぜぇ」
「それがアヴァロンの狙いか?」
奴が肩を竦める。ドンドン、とドアを叩く音が聞こえた。
「オーバーバック様」
「せっかくだから、あと5分待てよぉ」
オーバーバックが酒らしきものを口にした。「椰子酒」か。
「……アヴァロンには雇われた立場だからなぁ。せっかく博打と女を楽しんでたら、奴が戻って来て俺を見つけやがったぁ。
テルモンに行ってたって聞いたから油断してたぜぇ……」
「なぜアヴァロンがここに?」
「それは次の勝負に勝ってからだぁ」
女神の樹の一部?巫女とは違うのか?それに、万病の薬……それがアヴァロンの狙いだとしても、テルモン兵を使ってここを制圧する意味は謎だ。
ただ、エストラーダ候がここにいる理由は少し見えてきた。今はこの世にいない娘、ファリスを救うにはこれしかないと言われたのだろう。
プルミエールの「追憶」では、「急ぎで来てもらいたい場所がある」とだけ告げられていたようだが……
「せっかくだから、残りのカードも開けるかぁ」
おもむろにオーバーバックが残り2枚のカードを開けた。黄色の5。そして……黄色の聖剣。
俺は息をついて手札を晒した。
「聖剣の『4枚組』だったな。どちらにせよ、結果は……」
「ククク……命拾いしたなぁ」
「……何?」
心底愉快そうに、奴が手札を見せる。それは……黄色の3と、黄色の4。
つまり、奴の手札は……
「ストレートフラッシュ……ここじゃ『同色順列』だったかぁ?
良かったなぁ、俺が勝負してたら、お前は負けてたぜぇ」
「馬鹿なっ!!?」
「馬鹿も何もねぇよぉ。この結果は必然だぁ。……さあ、次行くかぁ。今度はわざとは負けねぇ」
奴の余裕は、本物だったとでもいうのか?そして、まだ伏せられていたカードの中身を知っていたとでも?
あり得ない。こんなことが、あっていいはずがないっ!
オーバーバックが鍵を開けた。
「さあ、2回戦だぁ」
用語解説
「テキ・ポルカ」
ポーカーの一種、テキサスホールデムに非常に近いカードゲーム。Aが聖剣である以外はほぼカードもトランプ同様である。
エリックが言う通りツキ任せのゲームと思われがちだが、実は非常に深い戦略性に満ちたゲーム。
エリックはジャックから教えてもらったが、当のジャックはアリスよりは弱い。
オーバーバックがなぜこれを知っていたかは現状では謎である。




