第22話
俺はカルロスに近付く。外套のフードを取ると、すぐに奴の顔が強張ったのが分かった。
「……『魔王』エリック……!!?」
「あたしもいるよ」
デボラの姿を見て、カルロスの歯がカチカチと鳴った。まだ、そこまで怯えているのか。
「……デボラ・ワイルダ!!?な、何だよっ!!もう、ケリは付いたじゃないかっ!!」
「何だい、そんなに怖がるものかい?安心しな、旦那のことはあんたの父親を討ったことで終わってるよ。あんたには何の罪もないし、取って食いやしないさ」
「じゃ、じゃあ何でここにっ!!?」
俺の後ろからプルミエールが顔を出した。
「どうしたの?知り合いなのは分かったけど」
「前に少し話したが、デボラの旦那がこいつらの傘下の『無頼衆』に殺されてな。仇討ちしたわけだが、こいつはその倅だ」
「えっ……」
カルロスは俺を睨んでいる。驚愕と恐怖、そして憎悪が入り交じっているのが俺にも分かった。
本来、面倒事に首を突っ込むのは俺の主義ではない。だが、こいつにとって俺は仇だ。いかなる理由があれ、多少の負い目はある。
俺は改めてカルロスを見た。上等に仕立て上げられたはずの服は汚れ、あちこちが解れている。どこかから必死で逃げてきたのだろう。
「ちょっと野暮用でな。これからロックモールに行く」
「何だって!!!」
カルロスの目の色が変わった。
「本当にロックモールに行くのかっ」
「……?そうだが」
「俺も一緒に連れていってくれっ!!!金なら幾らでも出す」
尋常ならぬ血相だ。さっき主人が言っていた、主導権争いに絡むことか?
「金には困ってな「話を聞かせて」」
プルミエールが割り込んできた。
「プルミエール」
「そのぐらいはいいでしょ?昔あなたたちに何があったかは、詳しく知らないけど」
「そうさね。訳ありなのは確かみたいだ。困っているなら誰にでも手を差し出すのがうちの流儀だしね。いいだろ?エリック」
「……好きにしろ」
俺は軽く息を付く。店主が「奥の部屋を使いな」と合図した。
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「うん、美味しいにゃあ。この鶏がまた病み付きになりそうな味だにゃ」
鶏のティッカ焼きを頬張りながらシェイドが言う。それを無視して、デボラが訊いた。
「で、どういうことだい?ロックモールから逃げてきたって感じだけど」
「ああ……でも、彼女を助けたいんだ。でも、俺だけじゃ……」
「彼女って、恋人さんですかぁ?」
とろんとした目でプルミエールが言う。初めて会った時もそうだったが、存外こいつは酔いやすいな。その割に潰れにくいようだが。
「あ、いや……どうだろう。でも、俺にとっては……大切な人なんだ」
「なるほど、その人のことが好きなんですねぇ。詳しく話してくれますか?」
カルロスが視線を落とす。
「……彼女と出会ったのは、1ヶ月ぐらい前だ。たまたまロックモールの視察に来ていた俺は、花街の入口で男たちに囲まれている彼女に出会ったんだ。
花街での無理な勧誘はご法度だ。男たちはテルモン系の連中だったが、俺が名乗ると手を引いたよ。そして……俺は……」
「一目惚れしたってわけね。それがどうかしたのかい?あんたなら囲っちまうことは簡単じゃないか。
それとも何かい、その子はテルモン皇室のお姫様で、引き裂かれそうにでもなったとか言うのかい?」
「わ、分からないんだ」
「は?」
デボラがグラスを下ろす。カルロスは唇を噛んだまま俯いたままだ。
「彼女は、『私をしばらく守ってくれませんか?』とだけ言ってきた。俺も快諾したよ。
そして、しばらくロックモールで過ごしたんだ。……夢のような日だった。けど」
「テルモンが攻勢をかけ、あんたは逃げ出し、彼女は捕らえられた。まあよくありそうな話だねえ。
でも、なんでその娘をテルモンは捕らえたがってたんだい。それが分からないことには何とも言えないねえ」
「……それが分かれば苦労はしないさ。ただ、ユングヴィ教団の連中もいた」
「「何!!?」」
俺とデボラの声が重なった。カルロスの女の話なぞ微塵も興味はないが、ユングヴィが絡んでいるなら話は違う。何故なら、その先には……
「アヴァロン大司教絡みか?」
「知らないよ。そもそも何でそんな小娘を狙うんだい?娼婦への勧誘にしろ、ユングヴィは色事は禁忌のはずだし」
「もう少し訊いてみましょうよ。どんな子なんですか?」
プルミエールが真顔になる。カルロスの顔が赤くなった。
「そっ、その……歳は16、7ぐらいだと思う。名前はメディア。深い緑の髪で、翠色の目をしてる。小柄で、少し胸は大きく……」
「おっぱいにゃ!!」
ゴツン、とデボラが拳骨をシェイドの脳天に振り下ろした。「酷いにゃぁ……」と奴が頭を抱える。
「続けな」
「はにかんだ笑顔が、とても美しい子なんだ……まるで、花のような……。きっと彼女も、俺のことを……」
シェイドが頭をさすりながら起き上がる。
「いたたた……本当にお姉さん、容赦ないにゃあ。でもそこが好きだにゃ。
で、ちょっと気になることがあったにゃ。『緑髪』って言ったにゃ?エルフじゃないにゃ?」
「……ああ、うん。そうだ」
「『女神の樹の巫女』の昔話、知ってるにゃ?」
俺とプルミエールは首を振る。デボラだけは「ああ、あれかい」と手を静かに叩いた。
「ロックモールに伝わる御伽噺だね。女神の樹から巫女が遣わされ、出会った男と恋に落ちるって話か。
しばらく一緒に幸せな時を過ごすけど、干魃が起きて急に巫女は姿を消し、雨と共に二度と現れなかったっていうよくある話さ。それと一体、何の関係があるんだい?」
「それ、実際にあった話を元にしてるにゃ」
「……は??」
「今から150年ほど前に、緑髪の少女がロックモールに現れたにゃ。彼女は万病を治す癒し手だったとされてるにゃ。そして、テルモンのロックモール総督と恋に落ちたにゃ」
「何でんなこと知ってるんだい?」
フフン、と得意気にシェイドが鼻を鳴らした。
「ご主人の蔵書は、結構目を通してるにゃ。それぐらいでないと、ご主人の跡は継げないにゃ」
そうだ。こいつはこう見えて魔術師としてはかなり能力が高い。家事は料理以外まるでできないが、ジャックが手元に置いているのはそういうことだ。
ジャックが整理整頓できないのもあるが、彼の家が散らかっているのはこいつが魔術書を乱読しているからに他ならない。
戦闘能力自体も高いが、地頭だけならこの中でも間違いなく一番だろう。
「話を続けるにゃ。御伽噺の通り、干魃があって少女は消えたにゃ。違うのは、その後にゃ。実は2人には子供ができていて、癒し手としての能力からその娘はユングヴィで高位まで登りつめたらしいにゃ。
これはご主人の『ロックモール史書』に書いてあった話にゃ。そこそこ信憑性はあるにゃ」
「それがそのメディアって子と関係があるってわけ?」
モグモグとサラダを頬張りながらプルミエールが訊く。
「分からないにゃ。でも緑髪はエルフ以外にほぼ見ないにゃ。そしてユングヴィ教団絡みということで連想しただけにゃ。ただの偶然かもしれないにゃ。
カルロスだったかにゃ?何か他に思い付くことはあるにゃ?」
「……そう言えば、俺が熱を出した時……看病してもらったな。彼女が出した薬を飲んだら、すぐに全快したっけ」
「なるほどにゃあ。……まあ、何かしらある子とボクの勘は言ってるにゃ」
「そうなると、アヴァロンとの関係だねえ。たまたまなのか、絡みがあるのか……」
首をかしげるデボラに、カルロスが呆れたように言った。
「……ちょっと待てよ。あんたら、ロックモールに何しに」
俺はデボラと顔を見合わせた。正直、こいつを助ける義理はないし、目的を言う意味もない。
俺としてはアヴァロンを殺すのが第一だ、その上で、可能ならロペス・エストラーダを救出する。こいつに構っている余裕はない。そのはずだった。
ただ、カルロスの女がユングヴィ絡みではという話は引っ掛かる。こいつに協力する意味が、ひょっとしたら……
「決まってるじゃないですか、あのアヴァロンを倒しに……むぐっ」
俺は慌ててプルミエールの口を押さえた。眼鏡が外れそうになる。
「何言っているんだ馬鹿がっ!!」
「んぐっ、だって事実でしょ?隠しててもしょうがないじゃない。彼を放ったままロックモールに行く気?」
連れていく利点がないと言おうとしたが、そうとも言いきれない。そして、こいつを連れていくなら俺たちの目的はいつか話さねばならないことだ。
「え……今倒しにって」
「文字通りの意味だ。最近までロックモールにいたなら知らないかもしれないが、エストラーダ候が行方不明になった事件があってな。
この件とアヴァロン大司教は絡んでいる。というか、犯人だ」
「……は?」
デボラがそれに続ける。
「その後に大規模な争乱が花街であってねえ。その首謀者にも奴はちょいと噛んでるんだ。つまりは、奴はモリブスにちょっかいを出したのさ。それも悪質な、ね。
だから一応、この件はベーレン候からは黙認してもらってる。まあ、他にも色々あいつを殺したい理由はあるけど、それはあんたには関係ないから言わないよ」
「まあ、そんなとこだ。そしてお前に協力するのは、俺たちの目的にとって全くの無意味でもなさそうだ。
俺たちにお前が恨みを持っているのは知っている。それは仕方がない。だが、お前が望むなら手を貸してもいいとは思っている」
カルロスがまた唇を噛む。10秒ほどの沈黙の後、顔を上げた。
「お前らを許したわけじゃないっ。けど……父上が討たれた理由も、理解はしている。
……恥を忍んで言う。俺に協力してくれ」
「条件がある。相手はお前が思うよりずっと強大だ。だから、絶対に前に出るな。そして、女の件が片付いたらロックモールから逃げろ。分かったな、小僧」
カルロスは小さく頷く。デボラが、少しだけ笑った。
「ってことで、もう少し話を聞こうか。あんたたちが襲われた経緯が分からないと、何ともできないからね」
「襲われたのは、一昨日だ。夜、急に奴らはやってきた。『メディアを引き渡せば何もしない』と……
でも、そんなことできるわけがない!だから俺は裏口から逃げたんだ。彼女と、5人も護衛を連れて」
「でも追い付かれた」
「……意味が分からなかった。闇に紛れて逃げたのに、次々と……護衛が倒れていくんだ。怖くて、ただ馬を走らせた。
ロックモールを出れるかと思った時、目の前に男が立ち塞がってた。月明かりの下だからはっきりとは見えなかったけど、多分黒と緑の斑模様の服に、赤い……細長い何かを持ってた。
護衛たちを殺したのは、こいつだと直感したよ。そしてそいつは……ニヤリと笑ってこう言ったんだ。『女を置いて行けば何もしないぜぇ』と」
「何者だ?」
俺の問いに、震えながらカルロスが首を振った。目が潤み始めている。
「分からない……でも、あんな恐怖を感じたのは初めてだった。そしてメディアは……『ごめんなさい』とだけ残して去ったんだ……ウグッ……!!」
「それだけですか?他にも気付いたことは」
しばらく黙った後、カルロスが口を開いた。
「そういえば……名前を、名乗ってたと思う。確か……『ハーベスタ・オーバーバック』」
キャラクター紹介
カルロス・ゴンザレス(19)
男性。176cm、68kg。彫りが深めの青年であり、やや垂れ目で黒い短髪。
言い寄ってくる女性は多いが、本人は堅物であり財産目当ての女には辟易している。
モリブス7貴族の末席、ゴンザレス家の現当主。父親のロドルフォは1年前にエリックによって殺害されている。
ゴンザレス家はロックモールを地盤としており、権益も持つ名門であった。
ただ、野心家のロドルフォがベーレン候に対しクーデターを決行。
この前段階として傘下のチャベス組をワイルダ組にけしかけ、組長のマルケスを殺したのが運のつきだった。
激怒したデボラがジャックに協力を依頼。代理として送られたエリックがロドルフォを殺害することでこの一件は手打ちとなっている。
当時カルロスはロックモールにおり、クーデターのことは一切知らなかった。
後にエリックやデボラが暗躍していたとチャベス組の生き残りから聞いたため、父の仇として恨みを持っている。
ただ、ロドルフォが相当無理筋なクーデターに出たことについては疑念を抱いており、その過程でマルケス・ワイルダを殺害したのは悪手とも認識している。
このため、殺してやりたいほど恨んでいるというほどでも実はない。
性格はやや直情的で純情。また、すぐに金で解決したがる傾向がある。
戦闘能力は乏しいが、商売の才覚は相応にあるようだ。




