第20-3話
「……えっ!!?」
思わず声が漏れた。さっきから色々驚いてばかりだけど、教授が……「三聖女」エレン・シェフィールドの妹??
「ちょ、ちょっと……そもそも、エレン・シェフィールドって……宿屋の娘じゃ」
「冒険者御用達のね。姉さんはその主人の元に嫁いだの。あそこには、私やジャック、そしてケインさんもお世話になったわ」
ジャックさんが、遠い目で煙草を灰皿に押し付けた。
「そうだな。……エレンは『三聖女』になってから、人が変わったようになってしまったが。一切俺たちとの接触を絶ってしまった」
「……最期以外はね。そして、その果てに命を絶った。ヘンリー・スティーブンソンを道連れに」
カラン、とランパードさんがお酒の入った器を落とした。口はあんぐりと開かれている。
「……初耳だぞそれは。彼らは、流行り病で死んだと……」
「表向きはね。『4勇者』の一人が、『三聖女』に殺されたなんてことをアングヴィラが……『勇者』アルベルト・ヴィルエールが公にできるはずがないもの。
その直前、オルランドゥにいた私に遺書が送られて来たの。……『救ってあげられなくて、ごめんなさい』とあったわ。そして、ヘンリー・スティーブンソンを殺すということも。
姉さんが正気に戻ったのか、機を伺ってたのかは分からない。でも、とにかくその後すぐに2人が亡くなったのが報じられた。遺書の内容とは合致するわ」
「……そういうことか」とランパードさんが溢れたお酒を拭き取りながら言った。
「道理で因縁がありそうだったわけだ。そして、姉の死にテイタニアが絡んでいると思っているわけだな」
「ええ。どういう関わりかは分からない。でも、あいつが私たちを……ケインさんを裏切ったのは間違いないわ。
15年前、あいつと対峙したことがあるからそれは分かってる」
「リオネルとパメラを探してる時、だな。まだその頃は……」
ジャックさんに教授が頷いた。
「まだ『シェリル』は名乗ってなかったわね。『六連星』に加入したのは、多分その後」
2人は一度戦っていた……だから彼女が義手ということを知ってたんだ。
でも、逆に色々疑問もわいてくる。どうしてテイタニアは教授を憎んでいるんだろう?そして、どうして……テイタニアは魔王ケインを裏切ったのだろう?
エリックの顔が真っ赤になっている。怒りを懸命にこらえているのが私にも分かった。
「なるほど、見えてきたな。……テイタニアは、秘宝を独り占めしようとしたわけだ、父上を……『サンタヴィラの惨劇』を利用してっっ!!!」
「……そうかもしれない。でも、利用したのは多分あいつだけじゃないわ」
私はハッと気付いた。……そういうことか!!
「教授、ひょっとしたらアングヴィラ……あるいは『六連星』は、秘宝を独占しようとしてるんじゃ!?」
「その可能性は大いにあるわ。でも、そうだとしてなぜ『サンタヴィラの惨劇』が起きたのかは分からない。
ガルデア遺跡はケインによって破壊されてるわ。だから、これ以上の発掘はできない。『秘宝』や『遺物』を独占しようとしたなら、この結果は彼らにとっては不都合なはず」
「……そうなんですか?」
「ええ。私が確認したから間違いないわ。理性を失い、完全なる『魔王』と化した彼が、なぜそんなことをしたかは分からない。あるいは、正気がどこかに残ってたのか……それは貴女でなければ、きっと分からないでしょうね」
教授が私をじっと見た。……ひょっとして、私が「追憶」を生み出すことは、彼女によって仕組まれてた?
青ざめる私に気付いたのか、教授が苦笑した。
「心配しなくても、貴女の心を誘導したということはないわ。私には精神感応魔法の資質はないもの」
エリックが教授を鋭い目で見た。
「だが、ジャックが俺をプルミエールの所に寄越したのは、お前の意思もある。違うか」
「それは否定しないわ。何より、彼女には『騎士』が必要だから。
……貴女を狙っているのが本当は誰か、感付いているんでしょう?プルミエール」
ドクン
鼓動が速くなった。そう、その可能性は考えないようにしていた。そんなはずはない、そう思い込もうとしていた。
彼は私の恩人だ。父親代わりでもあり、師でもあった。私に魔法の素質を見出だし、オルランドゥ魔術学院にも通わせてくれた。
彼なくして、今の私はなかった。……先生が、私を殺そうとしているなんて……思いたくない。
「そんなっっ!!!先生はっ、そんな人じゃっっ!!!」
教授が静かに首を振った。
「もはや確定的よ。『六連星』の背後には、『4勇者』の生き残り……『勇者』アルベルトと『大魔道士』クリスがいる。
『サンタヴィラの惨劇』が仕組まれたものなのは疑いない。そして、それによって彼らが守ろうとしたものを暴けば……世界は壊れる。少なくとも、彼らはそう考えてる」
「まあ、そもそも『魔王ケイン』が虚像だったとなれば、世界各地の魔族弾圧の正当性が失われるからな。それだけでも無茶苦茶なことにはなるだろう。
お前の『追憶』は、色々な意味であいつらには害悪でしかない。……認めたくないだろうが、それが現実だ」
教授とジャックさんの言葉に、私は何か言い返そうと口を動かした。……でも代わりに流れるのは言葉ではなく……涙だ。
そうだ。そんなことは、とっくに分かっていた。
でも、彼が私に向けた優しさは、嘘じゃなかった。間違いなく、本物の優しさだった。
あの日々は短かったけど、とても幸せな日々だった。
それを否定したくない。でも……私がこのままエリックと共に行くのだとすれば……先生と戦わなければならなくなる。
じゃあ、一人で戻るの?そうなれば、無力な私は殺される。
行くも退くもその先は……地獄だ。
「うわああああっっっっ!!!!!」
「ちょっと、プルミエールっっ!!?」
立ち上がり、部屋を飛び出そうとした。誰にも会いたくなかった。ただ、1人で泣きたかった。
刹那。
パシッ
「え」
頬に、熱い痛みが走る。平手打ちされたのだと、しばらくして気付いた。
目の前には、いつの間にかエリックが立っている。出口を塞ぐように。
「黙れ『小娘』」
「…………」
「逃げて泣いて、それで何が始まる?選ぶ道は1つしかない。戦うしかないんだよ」
「あなたに先生の何が分かっっ」
「分からねえよ。だが、俺たちにとって信じられるのは、あやふやな『記憶』じゃない。ただの『事実』だ。
無味乾燥で、残酷で、容赦のない『事実』だ。辛かろうと何だろうと、それと戦わないと生きられない。……違うか??」
エリックの言葉は正しい。でも……あまりに……
「これが受け入れがたい『正論』だってことは、俺も分かってる。そして、それは俺が強いから言えるんだと、お前は思ってる。だが、それは違う」
「何が違うのよっ!!!」
エリックの目が潤んだのが分かった。
「……俺にも経験があるからだ。受け入れたくない、残酷な『事実』を認めなければならなくなった経験が」
「そんなことがっっ…………」
……ある。
そうだ。「サンタヴィラの惨劇」。その真実がどうであれ……彼の父親「魔王ケイン」が、数千、いや数万の罪なき命を奪ったという、事実。
そのことを、幼い頃の彼は……受け入れたのだ。いや、受け入れざるを得なかったんだ。
私はその場に崩れ落ちた。……そう、私ができることは、一つしかない。そのことを、私は悟った。
「ううっっ…………ううっ…………!!!」
もう、覚悟はできた。先生と……アングヴィラ王国宰相、クリス・トンプソンと戦う覚悟は。辛いけど、現実と向き合わなければ……!!
肩に、手が置かれたのが分かった。
「地獄なら、俺が付き合ってやる」
私は顔を上げ、エリックに向けて小さく頷いた。
「……まあ、『騎士』としては及第点ね」
教授が苦笑している。
「ごめんなさいね、プルミエール。貴女にとっては厳しいことを言って」
私は袖で涙を拭った。
「いえ……いいんです。もう、大丈夫です」
「……その言葉が聞きたかった。一つ、大事なことを言い忘れたわ。多分だけど、エストラーダ候は生きている」
「……え?」
「……何?」
教授が首を縦に振った。
「ロックモールを通りがかった時、ミカエル・アヴァロンの魔力を感じたわ。
そこで少し調べたら、彼らしき人がアヴァロン大司教と一緒にいるのを見たという人がいた。それが本当ならだけど、彼はまだ、消されてはいない」
ジャックさんがフォークをケーキに刺し、ニヤリと笑った。
「どうする?ロックモールを素通りした方が安全だが」
「行きます」
もう私に、迷いはない。
キャラ紹介
エレン・シェフィールド
女性。享年29歳。アリスとは2歳差である。
元より優秀な冒険者であったが、重傷を負い早くに一線を退く。その際、冒険者御用達の宿の若主人、トーマス・シェフィールドに嫁いだ。
以後は妹のアリスたちを後方支援していた。ガルデア遺跡に立ち入った経験が何度もあるため、水先案内人として重宝されていたようだ。明るく陽気な人柄であったようだ。
サンタヴィラの惨劇における動向は現在不明。この際に夫のトーマスを亡くし、未亡人となっている。
惨劇後は、「三聖女」として惨劇の語り部となる。悲劇の象徴として祭り上げられていたが、その顔はどこか感情をなくしたようだったとも伝えられる。
アリスやジャックとの連絡も全て絶ち、惨劇後ほどなく4勇者の一人、ヘンリー・スティーブンソンと結婚。1女をもうける。
結婚生活がどのようなものであったかは伝えられていない。少なくとも、表向きは平穏であった。
惨劇から10年後、ヘンリーを刺殺。そして自ら命を絶った。その事実を知るのは、極々限られている。
表向きは、流行り病による死亡とされ、共に国葬で送られた。




