第20-2話
※今回若干の性描写があります。ご注意下さい。
リリス・リビングストンは拘束衣に身を包んで寝かせられていた。俺が気絶させた後、即座にかなり強い睡眠魔法をかけられたままだ。
幸い、デボラならベーレン候同様に「治療」はできるはずだ。あまり「巻き戻す時間」が長くなければ、だが。
「……辛そう……」
「同情は後にしろ。先にやるべきことをやれ」
「……分かってるわよ」
プルミエールは「追憶」を彼女の身体にかけ始めた。差し当たり、俺がファリスを殺した翌日の昼……アヴァロンがエストラーダ候を「消して」からの記憶を見ることにする。
「きゃっ!!?」
水晶玉には汗だくの男の裸が見えた。どうやら事を致している最中のようだ。
『はあっ、はあっ』
『もっと!もっとですわ……!!』
プルミエールが目を覆う。
「な、何でこんなのがっ!?」
「こいつはモリブスの娼館協会の会長だぞ?客を取ってもおかしくはないだろう」
「で、でもっ!……こんなの見るの、初めてで」
「……ふん。『早送り』すれば済むだろう」
プルミエールは顔を真っ赤にして水晶玉に映る映像を先に進めた。
こいつが処女なのは容易に想像がつくが、それにしても免疫がないな。……まあ、俺もそう経験が多い方でもないが。
それにしても、昨日あんな大胆なことをしておいてこれとは……やはり、大した意味はないのか。俺は軽く息をついた。
水晶玉の中ではさっきの男が去り、リリスが身を清め始めた。さっきの嬌声が嘘のように、鏡に映る彼女は醒めた表情をしている。
「……ふと思ったのだけど、この人ってそこまで歳でもないのに、そんなに偉いの?」
「エルフは長寿かつ老けにくいからな。どこの街でも花街の元締めは大体エルフだ。多分こいつ、80歳近いぞ」
「えっ……でも、どうして」
「エルフは子供ができにくいからな。元来好色なのもあるが、血を繋げるために娼婦になるのも少なくない。
そして、世界各地の花街の娼婦を『草』とし、情報収集をしているのがランパードというわけだ。……呼ばれたな」
リリスは身支度をして客を迎えに行く。その先にいたのは……
『ご指名頂き、ありがとうございます。……『シェリー』様」
「『シェリル』!!?」
プルミエールが思わず大声をあげた。肌の色は白く、長い耳もないが、それは間違いなくあいつだ。
「馬鹿が、起きるだろうがっ」
「でも、ここって娼館でしょ?何で女性の……彼女が」
「娼館に女でも来ることがないとは言えないが……そうか、相手がエルフならあり得る」
「え?」
「エルフには両刀が少なくないからな。娼婦なら、当然対応できるはずだ」
そして、ここまではリリスは正気だったことも分かる。恐らく、「シェリル」の支配下に置かれたのはこの時だ。
『さすが、モリブスの『魔姫』。聞こえに違わぬ美しさですわ』
『お褒めに頂き光栄です。……にしても、女性のお相手は数年振りです……上手くできるかしら』
『うふふ。『普段通り』でいいのですよ?』
そう言うと、「シェリル」は彼女に口付けた。舌を挿れられたのが、すぐに分かった。「憑依」されたか。
なるほど、花街ばかりが「シェリル」に狙われているわけだ。自然に、魔法の発動条件を満たせるのだから。
「切っていいぞ。いつまで戻せばいいのかは、大体分かった」
「……うん……えっ」
プルミエールは「追憶」を続けたままだ。水晶玉の中では、2人の女が絡み合い始めた。さっきと違って声は熱っぽく、本気なのが分かる。
「……女同士の睦み合いに興味があるわけじゃないだろう?」
「いや、違くて……」
「シェリル」の股間からは、男のそれが生えている。エルフにはそういう魔法があるらしいから、それ自体に驚きはない。
プルミエールが驚いていたのは、その右腕だ。昨日は手袋で気付かなかったが……これは。
「義手か」
「うん。でも、これって……」
「……『秘宝』?」
そうだ。肘から先が、全て銀色の金属になっている。こんな精巧なものを作れる職人がいるのだろうか?
だが、合点が行く所もある。あの重そうな「エオンウェ」を片手で軽々扱える時点で、尋常ではなかったのだ。
「秘宝」とは、この世には有らざる力を、使用者にもたらすものであるらしい。「遺物」が武器や防具の類なら、「秘宝」はその道具版だ。
ただ、遺物以上にその存在は知られていない。俺もその存在は御伽噺の中にしかないと思っていた。
ジャックは恐らく色々知っているのだろうが、俺が「秘宝」の実物を見たのはアリスの「バイク」が初めてだ。そんなものが、そうゴロゴロあるとは……
水晶玉からは「お姉様、お姉様ぁ……!!」と喘ぎ泣く声が聞こえる。これ以上は俺も変な気分になりそうだ。
「……止めてくれ」
プルミエールは顔を赤くしながら頷いた。アリスなら、何か知っているはずだ。あの女も、謎が多過ぎる。
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リリスのことはデボラに任せ、俺たちは一度ジャックの家に戻った。「4日前まで戻すのは相当難儀だねぇ」ということだったが、何とかしてくれるはずだ。
エストラーダ候の家の跡地については、後に回すことにした。昨日のこともあり、プルミエールもさすがに疲れている。
「よう、リリスの様子は?」
ランパードが松葉杖をついて出迎えた。心配そうにエリザベートが横で支えている。
「一応、経緯は分かった。客として来た『シェリル』にやられたらしい」
「……やはりな。まあ、悪い奴じゃねえんだ。寛大な処置を頼みたいところだが」
「そういう方向性らしいな。アリスは」
厨房からエプロン姿の彼女が顔を出した。
「どうしたの?」
「色々訊きたいことがある。あの『シェリル』という女、そしてお前自身についてだ」
「まあちょっと待ってなさい。『パンの実のケーキ』が焼き上がるから、お茶でもしながら話しましょ?肩肘ばかり張ってると、疲れるわよ?」
奥からはシェイドの声も聞こえる。どうやら教えながら作っているらしい。
「……のんびりしたものだな」
「あなたもその仏頂面やめればいいのに。……もったいないわよ」
「何がだ」
「……!!な、何でもよっ」
プルミエールが顔を赤くした。エリザベートとランパードがニヤニヤしている。
「……何がおかしい」
「いやあ、素直になった方がいいよ?エリック」
「……は??」
顔の温度が一気に上がる。いかん、さっきの睦み合いを見てしまったからか、どうにも調子が狂っている。
そもそも昨日の昼、口移しに丸薬を飲まされたのがおかしかったのだ。本人にその気があるのかないのか、ハッキリしてくれないと……困る。
「ちょ、ちょっと!!?」
「んふふ、プルミエールも正直に言えばいいのに。お姉さんには大体分かってしまうんですねぇ」
「な、何がっ」
「そりゃ決まってるでしょ?エリックを……あ」
向こうでアリスが微笑んでいる。……何か知らないが、異常な圧を俺でも感じた。
「エリザベート、そこまでにしなさい。ケーキが焼けたわよ」
「は、はいぃ……」
エリザベートが一発で大人しくなった。居間からは、芳ばしい匂いが漂っている。
俺は少し安堵した。……彼女の気持ちを聞くのが、怖いのか?それとも……
#
「久し振りの教授のケーキ、本当に美味しいですっ!!」
「ふふ、ありがと。食材、本当に増えたわねぇ。このポックリとした味わい、流行るんじゃないかしら」
目の前に出された「パンの実のケーキ」は、確かに旨い。ふんわりとした素朴な味わいだが、コクもある。パンの実を裏漉ししたクリームが、旨味をさらに引き立てる。
甘いものは決して好きではない俺だが、これなら十分に食べられる。何より、深煎りのコーヒーとの相性が素晴らしい。
「にゃ!今度コンキスタ通りのケーキ屋の子に、レシピ教えるにゃ!」
「それをダシにするつもりならダメよ」
「にゃぁ……ボクに自由はないのかにゃ……」
「ジャックだけの時に散々好き放題したでしょ?貴方もちゃんと躾なさいな」
「……面目ない」
こんなジャックは初めて見た。口許が思わず緩む。
「何が可笑しい」
「いや、珍しいものを見たんでね」
「お前もいつかこうなるさ」
「……は?」
「まあそれはいい。アリスに質問があるんだろう?いつかは知る話だ、俺の方からも説明するが」
アリスが真顔になり、小さく頷いた。
「私に話せる範囲で話すわ。何でも言って」
真っ先に手を挙げたのは、ランパードだ。
「いきなり引っ掛かるな。『話せる範囲』ってことは、言えないこともあるってことだよな?」
「さすがランパード卿、鋭い質問ですね。厳密には、『推測は話さない』ということです。私も確信が持てていないことが、多々ありますから」
「何に対しての確信だ?」
「『六連星』の真の狙い。そして、テイタニア・ランドルスとシェリル・マルガリータとの関係。後者については、マリア女王の方が知っているでしょうね。だから私が推測を話すべきではない」
「前者はどうなんだよ」
ジャックが割って入った。
「それは、『サンタヴィラの惨劇』の真実に深く関わっていると推測する。ただ、これは俺たちにもよく分からない。
一つ言えるのは、真実を暴かれるのを連中はこの上なく恐れているということだ」
「それは、『三聖女』テイタニア・ランドルスにも関わることですか?」
プルミエールの質問を、アリスは肯定した。
「彼女は多少なりとも真実を知っているでしょうね。だからこそ、貴女たちを狙った」
「でもおかしくないですか?何故、『三聖女』が……」
俺も口を挟む。
「そうだ。それに、奴の右腕は……義手だった。恐らく『秘宝』の」
「斬ったのは多分、貴方のお父様……ケイン・ベナビデスね。そして、彼は私たちの仲間だった」
……何?
「……父上とジャックが友人だったのは聞いていたが、『仲間』?」
ジャックが煙草を深く吸った。
「その通りだ。それにデボラたちの両親、リオネル・スナイダとパメラ・スナイダ。この5人でサンタヴィラやオルランドゥ大湖にある遺跡の調査を行っていた。
ケインは立場上、後援者という立ち位置だったがな。それでも、サンタヴィラの『ガルデア遺跡』についてはサンタヴィラ王国と協力して色々動いていたらしい。
丁度その時に、『サンタヴィラの惨劇』が起きている。原因は不明だがな」
アリスが話を続ける。
「そして、その生き残りが『三聖女』よ。1人目がサンタヴィラ王国王女にして現アングヴィラ王国救護院院長、バーバラ・グリンウェル。
2人目がアングヴィラ王国の『4勇者』、ヘンリー・スティーブンソンの妻、エレン・シェフィールド。……彼女は10年前に亡くなったけど。
そして最後が、サンタヴィラで名声を得ていた『魔女』テイタニア・ランドルス。
3人は『サンタヴィラの惨劇』後、悲劇の象徴として祭り上げられた。それは知ってるわね」
「さすがにな。……ただ、色々解せねえな。三聖女の残り2人はエレンが死んだ後は、表舞台に出てないよな。
バーバラは慈善活動に専念ということで理解できるが、魔術研究で隠居していたはずのテイタニアが何故『シェリル』として出てきた?
何より、昨日あんたが呟いた『裏切り者』という言葉だ。元はあんたらと協力関係にあったってことか?」
「……その通りよ」
ランパードの言葉に、コーヒーをアリスが一口飲む。その目には、深い翳りが見えた。
「『ガルデア遺跡』には、多くの『秘宝』や『遺物』が眠っていた。ただ、罠も苛烈で、協力者なしでは踏破は到底できそうもなかった」
「協力者?」
一瞬、彼女が黙った。
「ええ。……その協力者こそ、テイタニア・ランドルス。そして、遺跡の水先案内人が……私の姉、エレン・シェフィールド」
用語紹介
「秘宝」
太古の文明で使われていたと思われる一連のアイテム。「遺物」は武器や防具が中心であり、その点で異なる。
また、「遺物」は魔力を帯びており、利用者に特定の魔法に近い何かしらの能力を賦与するが、
「秘宝」の場合魔力を帯びているものは少ない(魔力で動くものはある)。
見た瞬間に現文明と明確に違うことが分かる作りをしているものが大半である。「バイク」は典型。
いわゆるオーパーツであり、極めて希少。遺物以上に確認例が少なく、エリックの立場でも御伽噺上の存在としか認識されていない。
一部の古代遺跡で発掘事例があるらしいが、そのような遺跡の存在は秘匿されている。
キャラ紹介
リリス・リビングストン
女性。77歳。金髪碧眼のエルフであり、人間で言えば外見年齢は30代前半~半ば。身長158cm、体重50kg。
モリブス娼館協会の会長であり、モリブス滞在歴は50年近くの古株である。そのキャリアと高い魔力を買われて現職に就いてはや10年余。トリスのスパイ組織「草」のモリブスにおける責任者でもある。
「魔姫」の異名を持つ技巧派だがプライドも高く、年下で貴族のランパードに使われることは快く思っていなかった様子。
プライドの高さもあり未婚。同性愛者寄りの両性愛者であるのも一因で、それがテイタニアに狙われる要因ともなった。子供は現在いない。
厳しいが面倒見は良く、娼婦たちからの信頼は厚い。彼女が無罪放免になりそうなのは、娼婦たちからの嘆願も大きかった。




