第20-1話
※誤字一部訂正しました。(10月19日)
「んー!やっぱりシェイドの料理は美味しいわねぇ」
教授が美味しそうに「レー」の匙を口に運ぶ。真っ赤なその見た目からは、とてもそれが食べ物だとは思えない。
「えっと……それ、辛くないんですか?」
「辛いわよ?でも、疲れを取るには食べなきゃ。特に、エリック君、だっけ?貴方は特に食べた方がいいわよ、昨日相当無茶したでしょ」
エリックは無言でお米とともに「レー」を口にする。
「……旨いな。新しいレシピか」
「にゃ。南ガリアから『トマの実』が流通するようになったから使ってみたにゃ。見た目ほど辛くはないから、プルミエールさんも食べるといいにゃ」
本当に大丈夫なのだろうか。恐る恐る口に運ぶ。
…………
「辛っ!!?」
エリックが呆れたように息をつく。
「つくづくお子様舌だな。こんなので音を上げていたら話にもならんぞ」
「いや、ちょっと……これは大人でも無理よ、そう思わない?エリザベート」
モグモグと口を動かしながら、ふるふると彼女は首を振る。
「おいひいよ?最初だけだほ」
「え、エリザベートまで??」
「いい加減モリブスの味にも慣れてくれないとな。やっと修練に専念できるようになったわけだからな」
ジャックさんも苦笑する。私は渋々、もう一度「レー」を口にした。……確かに、辛いだけじゃなくてその奥には深い甘味がある気がする。我慢すれば、食べられないこともないかな……
「んぐっ。ビクターにも食べさせてあげたいけど、あの分じゃしばらくはかかりそうですね」
そう。この食卓には彼の姿はない。襲撃を受けたワイルダ組の対応に当たっている、デボラさんもだ。
ランパードさんは、あの後すぐに元の身体に戻った。
ただ、「シェリル」……いや、テイタニアの「人形繰り」で無茶な動きをさせられたせいか、筋の腱とかがあちこち千切れてしまっていた。しばらくは安静にしなければいけないらしい。
花街での戦いから、一晩が明けた。やっと、少しは安心できる状況になったみたいだ。
あの後すぐにベーレン候が駆けつけ、事の収拾に当たった。幸い、あれほどの大規模な騒動だったにもかかわらず、死んだ人はいなかったという。
あの中では比較的疲労が軽かったエリザベートを中心に、警察への説明が行われた。こういう時に「トリス森王国第三皇女」という肩書きは絶大であったらしく、驚くほど好意的に取り調べは終わった。
エリックはというと、「君がいると話が厄介になる」と教授によっていち早くジャックさんの家に戻されていた。
もちろん、ランパードさんを別にすれば彼の疲弊具合は相当のものだったから、多分それもあるんだろう。
リリスという女は睡眠魔法をかけられた上でひとまず確保されている、らしい。ただ、「『憑依』で操られていただけだろう」ということだから罪に問われることもないみたいだけど。
後で彼女に何があったかについては、私が行って調べることになっている。「シェリル」について、何か分かればいいのだけど。
ただ、その前に……色々、教授には聞きたいことがある。この人は、一体何を知っていて、そもそも何者なんだろう?
「お、来た来た」
教授がパンと手を叩いた。目の前に運ばれたのはプリン。普通のより黄色く見える。
「『レイ芋』を練って練り込んだにゃ。これも南ガリア産にゃあ。コクがあって美味しいにゃ」
「しばらく来ないうちに、南ガリアとの交易は随分進んだのね。ジョイスさんもやるわねぇ……んっ、美味しいっ!」
私も口にしてみる。お芋の甘さが口に広がって、とても濃厚な味わいだ。
砂糖はそんなに入ってないみたいだけど、それでもしっかりとした甘さを感じる。焦がした砂糖のソースが、それを引き締めているのもいい。
「本当に美味しいですね!シェイド君、これどこで習ったの?」
「ふふん、秘密にゃ。でも後で教えてあげないこともないにゃ。1対1……」
ドンッ
机を叩いてエリックが睨むと、シェイド君から冷や汗が流れた。
「じょ、冗談にゃあ……」
「……ふん」
ジャックさんと教授が、同時に深い溜め息を漏らした。
「シェイド、貴方そういうところ直ってないのねぇ。ジャックも何やってるの」
「どうにもな……生来の気質としか言いようがないな」
「そう簡単に諦めないでよ。シェイドの性根、今度私が叩き直してあげようかしら?しばらくここにいるし」
「……!!?そうなんですか」
「ええ。……ジャックの身体、そんなに永くないみたいだし」
「え」
食卓が重い空気に包まれた。当の2人は、平然としたものだけど……
「……そうなんですか」
「まあな。若い頃の無理が祟った、というべきかな。……コフコフッ、『魔素』が、俺の身体を蝕んでいたらしい」
「『魔素』?」
「高濃度のマナ……お前らの修練とは比べ物にならんやつだ……それを浴び続けていると、身体が徐々に狂っていく。
この超高濃度のマナを『魔素』という。俺が車椅子になった原因が、それだ」
教授が静かに同意する。
「まあ色々無茶をしたからね、お互い。私も多分、そう遠くない未来に発症するんでしょうね」
「え……!?」
「やぁよ。私はまだ大丈夫だって。ただ、ジャックは……」
「そうだな。明日明後日ということはないが、いきなり病状が急速に悪化しても驚きはない。だから、俺の身が朽ちる前に、お前たちに色々遺しておきたいというわけだ」
ジャックさんの表情は穏やかだ。もう、きっと覚悟は決まっているんだろう。
エリックが小さく息をついて苦笑した。
「プルミエールたちが、最後の弟子というわけだな」
「知ってるだろうが、俺は弟子を取らんぞ。お前はケインのことがあったから別だがな。だから唯一にして最後、というわけだ」
教授の目が鋭くなった。
「でも、そうのんびりもしてられないわよ。ミカエル・アヴァロンは今、ロックモールにいる。いつまでそこにいるかは分からない」
ロックモール。モリブスとテルモンの国境にある街だ。私は行ったことがないけど、「絶頂都市」という別名がある。
西のベルバザス、東のロックモールと言われる娯楽と色欲の街だけど、私には一生縁がないと思っていた。
「どうしてそんなことを知ってるんですか」
「だって、確認したもの。アヴァロンがあそこにいることは、間違いない。少なくとも昨日時点では」
「……??ちょっと待ってください。早馬でもロックモールからここまでは、3日はかかりますよ?」
エリザベートが言う通りだ。そんなことは、できるわけがない。
しかし、教授の言葉は予想を遥かに上回っていた。
「いえ、その気になればテルモンからここまで1日で来れるわ。シェイドはあれに乗ったから分かるでしょ?」
「……にゃ。テルモンまでの距離は、ざっくり500キメドにゃ。人の脚では頑張っても10日、早馬でも1週間はかかるにゃ。
でもあの……何て言ったかにゃ、『バイク』にゃ?あれなら可能にゃ、恐ろしい速さだったにゃ」
「そういうこと。まあ、移動してるのを見られたら、明らかに不審な何かだけどね。……話がズレたわ」
教授は紅茶を口にする。
「とにかく彼はロックモールにいる。『シェリル』もといテイタニアが敗れたのを知ったら、またこちらに来るかもしれない。
そうでなくても、早めにロックモールに行かないと彼に去られてしまう可能性は高いわ。だから、ここに残れるのは精々数日」
「それは理解したが……奴はロックモールで何を?禁欲を旨とするユングヴィ、それもイーリスの原理主義派からしたら決して相容れない都市のはずだ」
「詳しくは私にも分からない。ただ、魔術師が随分といるようだった。何かやろうとしてるんだと思う」
ジャックさんが頷いた。
「本来は俺が行くのが筋だが、この身体だ。それに、何にせよサンタヴィラに行くならロックモールは通る。お前らを鍛えた上で送り出さねばならんが……」
ちらり、とジャックさんがエリザベートを見た。
「エリザベート。お前らは国に帰らねばならんらしいな」
「えっ!!?」
驚いた。そんな素振りは、今朝も全然……
「ごめんなさい、プルミエール。お母様からさっき連絡があったの。簡単な説明はジャックさんにしたけど、要は『シェリル』の件で一度国に戻らないといけないの」
申し訳なさそうにエリザベートが下を向く。確かに、昨日の一件はそれだけ重大なものではあったけど……
「でもちょっと待って??ここからトリスって……歩きだと1ヶ月近くかからない??」
「ああ、それなら私の『バイク』を貸すわ。あれなら3日もあれば大丈夫。アーデンの森だけは通り抜けるのが手間だけど」
「教授が乗ってたアレ、ですよね?そんなに簡単に動かせるものなんですか?」
「あれは運転者の魔力を食って動く『秘宝』。貴女の『番』なら、そう問題ないと思うわ。走行の安定については、機械が勝手にやってくれるから」
「は、はぁ……まさか、それも教授の発明なんですか?」
ウフフ、と教授が笑う。
「さすがに無理よ。教授連に見付からないよう、ずっと隠してたの。運転者の魔力を食うように改良したのは私だけど」
「どこでそんなものを」
「それは内緒。……ただプルミエール、貴女とエリック君だけじゃロックモールに行くのは危ないと思うわ。ということでシェイド、同行してくれる?」
「はいにゃ!!おっぱ……や、何でもないにゃぁ……」
エリックに睨まれたシェイド君がさらに冷汗を流した。……大丈夫なのかな、この子。
「ま、ロックモールから戻ったら性根から鍛え直すからそのつもりでいて頂戴。
……プルミエール、私に訊きたいことは山ほどあるんでしょうけど、それはビクター・ランパード卿が起きてからでいいかしら。彼が一緒の方が、話が進みやすいから」
「はい」
時計は朝の9の刻を示そうとしている。モリブスの中心部に行く時間が迫っていた。
アイテム紹介
「バイク」
「秘宝」の一つ。見た目は大型バイクだが、動力源がガソリンではなく魔力であったり、ハンドル・バランス補正などある程度の自動運転機能を備えている点は異なる。
元はもう少し現実世界の二輪車に近かったが、アリスが手を加え現状のそれになった。
最大時速は200kmだが、十分な道路舗装がされていないこの世界ではそこまで速くは走行できない。
それでも移動手段が基本徒歩と馬車しかないこの世界の文明レベルから見れば、明らかに逸脱した移動速度である。
アリスがどのようにこれを入手したかは現在不明。ただ、アリスは明らかにこうした「秘宝」の扱いに習熟している。
その理由の一端は、近いうちに明らかになるかもしれないし、明らかにならないかもしれない。




