第17話
「よう、久し振りっちゃね」
陽気に大男が手を上げる。髪は禿げ上がり、顎髭を生やしている。どこぞの山賊か何かかとしか思えない出で立ちだが、この男がモリブス統領、ジョイス・ベーレンだ。
「御無沙汰しております」
「エリックも元気そうたい。にしても、随分賑やかやねえ。弟子は取らん言うてなかったか?」
ベーレン候の言葉は南ガリア訛りが強い。オーガの血が入っているとも聞く。
オーガやオークは粗暴な種族との印象が強いが、十分な知性を持ち合わせた者も決して少なくない。ただ、人の言葉が構造上発音しにくいだけなのだ。
ベーレン候は混血だからか、さすがに流暢だ。それでも独特の訛りはある。
ジャックが苦笑した。
「まあ、成り行きだな。それに、期間限定だ」
「……身体は大丈夫なんか」
「しばらくはもつだろう」
「煙草はほどほどにしとき。アリスちゃんが悲しむけん」
「あいつも承知の上さ。小姑みたいな説教をしにここに来たわけではないだろう?」
ベーレン候が頷く。
「まあ、知っての通りっちゃ。ロペス・エストラーダとルイ・ネリドが消えた。どっちも俺とは敵対してたけど、さりとて不在なのも困る。そして、それが意味することが何かも大体は分かる」
「……そうだな。話に入る前にここにいる奴らを一通り紹介しておこう。この眼鏡が、件のプルミエール・レミュー」
プルミエールが遠慮がちに一礼した。
「で、このチビエルフが」
「チビは失礼じゃないですか??あ、私はトリス森王国の……」
「第3皇女エリザベート・マルガリータっちゃ?で、そこの背の高いのが、ビクター・ランパード卿やね」
「え、会ったことって……」
「いや、ない。申し訳ないんけど、頭ん中を少し読んだたい」
「『読んだ』?」
ベーレン候が人懐っこい笑みを浮かべた。これがあるからこの男は憎めない。
「っちゃ。ベーレン家は代々『精神感応術』が使えるんよ。要は、思考の表層を覗けるっちゃ。
アングヴィラのクリス・トンプソンのような水準じゃなかけど、色々便利なんよ。こうやって驚かしたりな」
「相変わらず人が悪いねえ」
「はは、まあ手品みたいなもんたい。不快にさせたなら謝るっちゃ」
苦笑するデボラにベーレン候が笑った。エリザベートは少しむくれている。
「……まあいいですけど」
「にしても、トリスも絡んできたのは驚いたたい。あのマルガリータ女王の考えることはよう分からん」
「それはお母様に言ってくださいます?」
「それもそうっちゃ。まあ、もう魔族だけの問題じゃなかね」
ジャックが頷く。俺も感じ始めてはいたが、これは単に魔族を差別から解放するための闘争ではない。もっと根の深い何かだ。
俺とプルミエールが「サンタヴィラの惨劇」の真実を明らかにすることにどんな意味があるかは分からない。ただ、それが北ガリアの勢力図を一変させる何かに繋がり得るのは、もはや疑いがない。
だからこそトリス王家は動いているのだろう。そして、南ガリアとの交易で主導権を確立したいモリブスもだ。
「……どういうことなんですか?」
プルミエールの言葉に、ベーレン候が「うーん」と唸った。
「俺も正直なところ全て分かってるわけじゃなかよ。
ただ『六連星』が動いたということは、北ガリアの中核国であるアングヴィラ、テルモン、イーリスにとっては不都合ってことなんは間違いなか。ロワールが何考えとるかはちと分からんけど。
言ってみればこれは、覇権を巡る争いになりかねんわけたい。違うか、エリザベート姫にランパード卿」
「俺も全貌を聞いたわけじゃねえぜ。ただ、女王は何かを感じ取ってるな」
ランパードの目がエリザベートに向く。彼女も首を縦に振った。
「お母様の『千里眼』が何を見たかは知らない。でも、それなりの根拠がなければこんなことはしないです」
「やろ?俺としては南ガリアとの交易の邪魔にならなきゃいいんよ。ただ、イーリスが土足でこちらの庭を荒らすんなら考えがあるっちゃ。
まあ、表立って喧嘩売るわけにもまだいかんけど、協力はさせてもらうつもりたい」
プルミエールが頭を下げる。
「ありがとう、ございます」
「ええって。ただ、モリブスという国としてあんたらを保護するにはイーリスの……アヴァロン大司教の関与を示す証拠がなか。
それに、あんたらも知っての通りこちらも一枚岩じゃないけん。ラミレス家やゴンザレス家は元より親テルモンや。連中の動きを抑えるには、然るべき何かが要るけん」
「それは俺も既にこいつらに伝えている。とりあえず、こいつらが力を付けるまで7貴族の残りと無頼衆を押さえてくれ。時間はそうかけさせん」
「了解っちゃ」
エリザベートが手を挙げた。
「ちょっと、いいですか?貴方自身の身の安全は」
「それは心配なか。な、ジャック」
「基本的にお前が害される心配は薄いと思ってるが、過信は禁物だぞ?相手は『六連星』だ、何をしてくるか分からん」
「それもそうたい。ま、気をつけとくっちゃ」
そういうとベーレン候は立ち上がった。そして霞のように消えていく。
「「……消えたっ!!?」」
「どうしてあの人は普通に帰らないのかねえ」
驚くプルミエールとエリザベートをよそに、デボラが肩をすくめた。俺もベーレン候とは数えるほどしか会っていないが、ほぼ毎回こうだ。
「用心深いんだよ、あいつは。あの図体でな」
「転移魔法、じゃないですよね……」
「いや。そもそも、さっきまでここにいたのはジョイスの『分身体』だ。あいつはああ見えて俺の同期でな。幻影魔法では右に出るものがいない。
精神感応術はむしろおまけみたいなものだ」
そうらしい。父上とも知己だったと聞く。涙ながらに想い出を一晩中語られたこともあった。少々暑苦しいが、嫌いな人物ではない。
エリザベートが首を傾げる。
「ということは、本人は別の所にいるわけですか」
「ああ。それは俺にも分からない。クドラク……ファリス・エストラーダが父の政敵である奴を狙わなかったのはそういうことだ。
何せどこにいるのかすらよく分からんのだからな。とにかく、これで準備が整ったというわけだ」
ニヤリとジャックが笑った。
「また、あれか」
「それが一番効率がいい。今回は濃度をさらに濃くするぞ。その上で、幾つか負荷をかけていく」
2年前のことを思い出し、いささかうんざりした。24時間、体力が削られ続けるのは俺でもさすがに厳しい。
「こむ……プルミエールやエリザベートにも、同じ内容をやらせるのか?」
「このぐらいしてもらわんとな。じゃあ、行くぞ」
#
「……ふう」
修練が一服し、俺はベッドに身体を投げ出した。プルミエールはというと、部屋に戻るなりしゃがみこんで動かない。
それも当然だろう。高いマナ濃度の下での魔力展開。それに加えて筋力と持久力を高めるための運動。
俺の場合、それに加えて庭でランパードとの地稽古までやらされている。相当な使い手であるはずのランパードすら、最後は碌に動けなくなっていた。
1時間の休憩後は夕食、そして家事だ。この家事がまた地味に堪える。
「……大丈夫、か」
「ぜ、全然、大丈夫じゃ、ない……ベッドにすら、辿り着けない……」
俺は力を振り絞り彼女に肩を貸した。フラフラになりながら彼女を寝かせる。
「……あり、がと……でも、力が、抜けてく……」
「肝心なのは体力とマナの使い方だ。無駄なく使わないと、すぐに衰弱するぞ……。
寝ている間もマナの濃度は上がっていく。身体に、効率のいい使い方を、身体に叩き込ませろ」
「そんなことを、いっても」
「……仕方がない」
俺はザックから瓶を取り出した。「霊癒丸」を1粒取り出し、歯で半分に噛み切る。……酷い苦味と刺激臭が口に拡がった。
半分は無理矢理飲み込み、もう半分を彼女の掌に渡す。
「飲め」
「え」
「飲まんともたんぞ」
プルミエールはなぜか躊躇している。顔が妙に赤い。
「……不味いのは我慢しろ」
「そ、そう……でも、これって、あの……」
「何を躊躇っている」
プルミエールは意を決したようにそれを飲み込んだ。「うえ」という呻きが漏れる。すぐに血色が良くなってきた。
「……凄い。酷い味だけど」
「元々これはジャックの薬だからな。前の時も使っていたものだ。半粒だけでも、疲労回復に十分な効果はある」
「ありがとう……でも、これって貴重なものなんでしょ?」
「これはジャックからもらったものだ。まあ、多少の補充は利くはずだ」
「そう……」
また顔が赤くなっている。俺の顔も、つられて熱くなっているような気がする。
……私情を挟まないと、俺はこの旅を始めた時に決めていたはずだ。ここまで、情に脆くなっていたのか?
俺は頭を振る。いかん、疲労のせいで考えがおかしくなっている。
窓の外を見た。空は茜色に染まり始めている。モリブスの乾いた風が、頬に当たった。
「……ん?」
バルコニーに、何かが見えた。……黒猫?それはまるで、部屋の中を覗き見ようとでもしているかのようだ。
シェイドか?いや、あいつも同じような修練を受けている。覗きをする気力なぞあるはずもない。
とすれば、今朝の黒猫か。……どこか引っかかる。
「プルミエール、ちょっと来い」
「え?」
黒猫を見るなり、彼女の顔から血の気が引いた。
「あれって……」
「やはり、今朝の猫か」
「多分……でも、気味が悪い」
やはりプルミエールも同じことを考えていたようだった。あれは不自然だ。
「エリザベートやランパードの猫か?」
「違う。今朝来たのは三毛猫って言ってた。黒猫じゃない」
「となると……別のエルフによるもの、ということか」
「……そうなるわ。エリザベートたちも認識してると思う」
嫌な予感がした。やはり、アヴァロンはこちらを監視しているのか?ジャックがいるとはいえ、ここも安全ではないのか。
「ジャックに言った方が良さそうだな」
「その必要はない」
いつの間にか、ジャックが部屋にいた。その表情は険しい。
「知っていたのか?」
「ランパードから話は聞いた」
その後ろからランパードが現れた。
「すまねえな。どうもありゃ、うちのもんらしい」
「お前が『草』の元締めじゃないのか?」
「そうだ。が、前にも言ったがトリスも一枚岩じゃねえ。女王とは別の指揮系統が存在する。
俺も表向きはそっちの命を受けてたが、どうにも裏切りに気付かれたらしいな」
「何だそれは」
「知ってるかどうか分からねえが、トリスの女王は政はやるが行政には参画しねえ。この長が司祭長のジェラルド・ヴァレンチンだ。
ジェラルドは女王の『番』の一人だが、政略上のもんで夫婦関係はない。で、トリスの実権を握りたがってる。所詮は小物だが」
ジェラルド・ヴァレンチンか。名前は聞いたことがある。権力欲は強いが、臆病な男であるらしい。
「マルガリータ女王に弓を引けるような男でもないだろう?いくら他国と歩調を合わせるにせよ、そっちの方が立場が強いんじゃないのか」
「まあな。しかもエリザベートも俺と一緒にいる。それを承知で喧嘩を売るなんてことはできねえはずだ。
だからこそ気になる。何のために偵察しているのか」
「ここの守りは?」
ジャックが窓の外を見た。もう黒猫はいない。
「基本、変なのが来たらすぐに分かるはずだ。それに、俺の力量を知っていたら下手な手は打てない」
「……とすると?」
「手を出しているのはジェラルドではない可能性があるな。あるいはただの猫か。心当たりは?」
「猫に心当たりはねえな。他にちょっかいを出してきそうな奴……」
数秒考えた後、ランパードの顔色が変わった。
「あっ!!?」
「どうしたんですか??」
「いや、まさか。しかし……あり得る」
「えっ、ちょっと!!?」
プルミエールの制止も聞かず、ランパードが部屋を出ようとする。ジャックがそれを引き留めた。
「待て。もう少し説明しろ」
「まずいことになってるかもしれねえんだ、ちと1、2日外してもいいか??」
「どういう要件だっ!?」
「『草』が乗っ取られたかもしれねえ。少なくとも、侵食されてる。それができる人間を、1人だけ知ってる。そして、マルガリータ女王とも敵対し、ジェラルドに近い人間を」
「誰だそいつは??」
ランパードが自分を落ち着かせるためか、大きく息をした。
「シェリル・マルガリータ。マリア・マルガリータ女王の父親違いの妹にして……幽閉中の『ダークエルフ』だ」
キャラ紹介
ジョイス・ベーレン(51)
男性。身長204cm、体重105kgの偉丈夫。頭は禿げていて、強面の風貌もあり山賊か何かにしか見えない。
母親がオーガであり、声帯の構造上訛りがある。南ガリア出身者は大なり小なり訛っている。
温厚で陽気な男であるが、政治家としては理知的でリベラル。また、通商政策に力を入れており「儲かればええんよ」というのが口癖。移民政策も進めている。
半面、治安政策には甘い。この点でロペス・エストラーダとは鋭く対立していた。
もっとも人間性は互いに認めあっていたらしく、敵対者というよりは好敵手に近い関係でもあったようだ。
オルランドゥ魔術学院の卒業生でもあり、ジャックとは学生時代からの旧知の仲。
エリックの父である魔王ケイン、そしてデボラの父であるリオネル・スナイダとも親しかったようだ。
幻影魔法については達人級であり、本人の意思通り動く「分身体」を作る「分身」は彼にしかできない魔法である。
なお分身体は触れたりもするので、看破はほぼ不可能である。ただし、食事だけはできない。




