第17.5話
……ザシュッッ!!!
血飛沫が宙に舞う。巨体が、ゆっくりと倒れていく。
極白の雪が、紅に染まる。袈裟斬りに斬られた男は、薄く嗤いながら動かなくなった。
そう。最期の顔は……確かに嗤っていた。深く、牙を見せながら。
「ざまあみろ」
そんな声が、どこからか聞こえた気がした。
もう、知性も理性もないはずなのに。まるで、呪いをかけているような、低く、歪んだ声。
いや、それは確かに呪いだ。
なぜなら……今でもこうして、奴の……魔王ケインの死を、夢に見るのだから。
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「……ハッ」
私は正気に戻った。執務室の机に、突っ伏していたらしい。
時計を見る。幸い、意識を失っていたのは10分程度だったようだ。
ノックの音がする。
「陛下」
「入れ」
深く一礼して、その翼人は入ってきた。短く切り揃えられた金髪の男が、指を眼鏡に当てる。
「時間です」
「……そのようだな」
私は、机の釦を押した。本棚が独りでに開き、その中から巨大な「モニター」が現れる。
そして、その画面は瞬く間に6分割された。出席者は……3人か。
「まず御苦労様です、アヴァロン大司教。今どちらに」
『ロックモールですよ。色事に興味はないですが、ここしか会談ができないなら仕方がない』
「テルモンの状況は聞き及んでますか」
『ええ。カール・シュトロートマンが動いたようですね。あの暗愚なゲオルグでは、対応しきれますまい』
「貴方自ら向かう必要もないでしょう。エリック・ベナビデスと……プルミエール・レミューの捕縛を優先しないとは、貴方らしくもない」
『ユングヴィの教えを守ることの方が重要です。何より、血を見るのは苦手なのですよ。殺生は神の思し召しにも反します故』
澄ました顔で良く言う。自分が殺すか、魔獣に殺させるか程度の違いでしかない。この偽善者が、私は堪らなく嫌いだ。
「コホン」
私の後ろにいる翼人が小さく咳払いをした。気付かれたか。
「貴方のことだから、別の手段を打っているのでしょう?」
『無論。まだ、来てないようですが』
モニターの中上の青年が、小さく言った。
『シェリル・マルガリータか』
『さすが『拳神』、察しがいい』
『『分かる』だけだよ、アヴァロン大司教。むしろ、よく口説けたものだね』
『あそこにエリザベート・マルガリータとビクター・ランパードがいると伝えたら乗り気になりましてね』
フフ、とアヴァロン大司教が笑う。左下の男が舌打ちした。
『ゴチャゴチャうるせえんだよ、腐れ司教が。正面から行ってぶった斬ればいいだろうが?』
「デイヴィッド、口を慎め。不敬だぞ」
デイヴィッドが不服そうに、もう一度舌打ちをする。
『陛下、なんでこんな奴らとつるんで『六連星』なぞ作った?んなの、アングヴィラだけで……』
「しかし、『秘宝』は……遺物含めて、我らが共同で管理せねばならん。我らがこうして話しているのも、秘宝のお蔭だ。
そして、秘宝は危うい。誰も手にしてはならぬ。我ら以外は」
『だから俺を呼び戻し、サンタヴィラ跡地に向かわせた。分かってんだよ、んなのは。ただ、まだるっこしく陰険なやり方は、俺の性に合わねえんだよ。
つーか、シェリルはともかくあとの2人はどうした??』
「ナイトハルト伯は北方の蛮族の討伐だ。ゲオルグ帝が動けばいいものを。オーバーバックの居場所は……誰にも分からん」
『オーバーバック?どこかで死んでるんじゃねえか??あるいは、レナ・エストラーダみてえにいつの間にか死んだとかか?』
「死んでいたら、私が察している。口が過ぎるぞ、デイヴィッド」
翼人の言葉に、デイヴィッドが黙った。
『……すまねえ、言い過ぎた』
『とにかく、あの2人……いや、4人についてはシェリルに任せました。彼女の力は、『クドラク』以上に暗殺向きですから。
ここに出てこないことからして、既に行動を始めたようですね』
「……そのようですね」
シェリル・マルガリータか。魔族とエルフの間に産まれた、禁忌の子。その身は、長年幽閉されている。
しかし、それでもなお彼女は影響力を行使し続けている。姉のマリア・マルガリータ女王の目を巧みに盗みながら。それを可能としているのは、彼女が持つ「パランティア」の力だ。
彼女は「クドラク」同様に、「姿が見えない」。しかし、決定的に違うのは……
「陛下」
後ろから声をかけられる。つい、思考に耽っていたらしい。
「失礼をした。貴方の予定は」
『テルモンに行きユングヴィ教徒の保護を。シュトロートマン一派への対応については、ナイトハルト伯が戻り次第任せるつもりです。
その後は『魔女シェリル』の首尾次第でしょうね。まず心配は要らないと思いますが』
『アリス・ローエングリンが行方不明らしいが』
「拳神」ロイド・ロブソンが呟く。アヴァロン大司教の顔が、僅かに歪んだ。
『何ですって』
『僕の『知る』程度の話だ。オルランドゥでは騒ぎになり始めている。監禁しようとしたら傀儡だったらしい』
『……『秘宝』、ですかっ!??』
顔を紅潮させる大司教に、ロブソンが首を振った。
『そこまで僕には『分からない』。ただ、彼女とその元夫、ジャック・オルランドゥには最大限の注意を払うべきだ。いかに『魔女シェリル』であっても、討てるとは限らない』
『……それもそうですね』
大司教から余裕が消えた。私は後ろの翼人を見る。
「どうする」
「捜索隊を展開しましょう。デイヴィッド、指揮を頼めますか」
『サンタヴィラの監視と捜索はいいのか』
「さしあたりそちらを優先しましょう。オルランドゥに向かってください」
『人使いが荒いな、大将』
デイヴィッドが溜め息を付いた。この男も彼には逆らえない。
「とにかく、『魔王エリック』と『想起者プルミエール』の処理はシェリルに一任しよう。では、各々方」
モニターが一斉に消えた。私は椅子にもたれかかる。
「お疲れですか」
「やむを得ん。そろそろ家督をユリアンに譲りたいものだが」
「あのお方にはまだ荷が重いかと」
「……それもそうか」
私は苦笑した。そう、荷が重い。このような秘密は、息子に引き継がせるものではない。断じて。
私は立ち上がった。
「行かれますか」
「ああ、民の声を聞くのが、王の仕事だ」
「変わりませんね、貴方は……アルベルト陛下」
「陛下はよせ、所詮婿養子だ。クリス、デイヴィッドへの指示は任せる」
「御意」
そう言うと、翼人……宰相、クリス・トンプソンは深く頭を下げた。
キャラ紹介
アルベルト・ヴィルエール(38)
男性。184cm、75kgの栗色の髪の男性。ヴィルエール王家のフィリア・ヴィルエールは妻。側室はおらず、1男1女がいる。
20年前、魔王ケインを討った勇者。その剣の腕は現在においても天下無双である。
温厚篤実な人格者であり、民の声を良く聞き吸い上げる名君。前代がやや専制気味だったこともあり、なおのこと民に慕われている。
ただし、その裏では「六連星」を組織しており、清廉潔白な人物というわけでもない。
魔王ケインの死については重大な秘密があるようだが……?
また、明らかに文明レベルを逸脱した「秘宝」を幾つか使っているもよう。その真実は、まだ闇の中である。
なお婿養子である。婿入り前の名はアルベルト・オーディナルであり、一貴族の跡取りに過ぎなかった。




