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魔王と魔法使いはかくて勇者を殺し、世界を破滅へと導いた  作者: 変愚の人
第2章(花街動乱編)
20/92

第13話



彼女の人生は何だったのだろう。



昨日の夜から、ずっとそればかり考えていた。

ファリスさんは、必死で「生きていた証」を欲しがっていた。なのに、彼女が生きていた痕跡は……私の掌の中にある、この金属の欠片しかない。

亡骸も何も、なくなってしまった。こんな終わり方は……あまりに、惨過ぎる。


魔王が選んだ方法は、きっとやむを得ないことだったのだろう。私の身に危険が及ばないようにするには、彼女を塵にすることで、私たちが関わった痕跡を消すのが最善だというのは分かる。

私が彼女に対して持っている感情は、魔王の言う通り単なる甘ったるい感傷に過ぎないのかもしれない。



それでも。……彼女は、こんな人生の結末を望まなかったはずだ。



なら、私は昨晩何をすべきだったのだろう?何度心に問うても、答えは出てこない。

ただ、私にできることは……魔王を恨むことしかなかった。それは、きっと間違っているのだろうけど。


#


気が付くと、窓からは南国の強い日射しが差し込んでいた。時計はとうに正午近い。

でも、何かしようとする気力は、私にはなかった。恐らく、これからエストラーダ侯に彼女の最期を伝えなければいけない。それは彼にとっても、私にとっても……あまりに辛いことになるだろう。


ノックの音がした。私はそれを無視した。


「俺だ」


魔王だ。今、一番会いたくない相手だ。


「……」


「……すまなかった」


何を詫びているのだろう。今更遅い。


黙っている私に、魔王はドア越しに話し続ける。


「俺は、お前とファリス・エストラーダとの間に何があったか、知らない。

だが、お前の事情も……もう少し聞くべきだった。俺の選択が間違っていたとは思わないが……しかし、一方的に決めてしまった」


「……あなたは、何がしたいのよ」


沈黙が流れた。


「……お前の力を借りたい」


「はあ?」


「そんな気分ではないだろうことは、分かっている。ただ……異常事態が起きた。ロペス・エストラーダが、家ごと消えた」


私は思わず跳ね起きた。泣き腫らした目のまま眼鏡をかけ、ドアを開ける。魔王は、険しい表情でそこにいた。


「……何ですって?」


「ついさっき、報告があった。詳しいことは分からないが、とにかくエストラーダ邸が文字通り消えた。

何があったかを探るには、お前の『追憶』が必要だ」


呆気に取られる。……それって、まさか。


魔王は、私が何を言おうとしているのかを察したかのように頷いた。


「そもそも妙だった。なぜファリス・エストラーダがお前を狙っていたのか。

恐らく、ロペス・エストラーダに他国からお前の討伐依頼が来ていた可能性は高い。もし、その依頼者が彼女のことを知っていたら?」


「あっ……!!」


ランパードさんは、他国からの討伐隊がモリブスに集まり始めていると言っていた。

彼らが「クドラク」を使って、私を殺しに来ていた可能性は……ゼロではない。


魔王は頷いた。


「ファリスが消えた翌日すぐに、エストラーダ侯に異変があった。偶然にしては、あまりに出来過ぎている。

恐らく、彼女は……あるいはエストラーダ侯は監視されていた。そして、クドラクが消えたと見るや否や、エストラーダ侯は用無しとして『消された』」


「それじゃ……ファリスさんは」


「一連の暗殺は彼女の意思によるものだとしても、昨日の襲撃はそれだけではない可能性がある。つまり、黒幕がいるかもしれない。

『クドラク』が死んだことで、そいつはファリス・エストラーダが生きていた証を根本から消そうとしている」


私は戦慄した。……ファリスさんは、ただ利用されていた?


魔王は少し目を閉じた後、話を続ける。


「都合のいい奴だと思うかもしれない。お前は、俺を許せないと思っているかもしれない。

だが……ファリスが哀しい存在だったという認識は、俺にもある。だから……」


彼は言葉を探しているようだった。


彼の決断に、納得したわけではない。ただ、このままだと……ファリスさんは、あまりに救われない。


私は彼の目を見た。


「……やるわ」


#


階段を下りた先にいたのは、あまりに予想外の人物だった。


「プルミエール!!久し振りぃ!!」


「エリザベート!??何故、あなたがここに??」


「んー、説明は後で。話はエリックから聞いてるよね?」


「ええ。エストラーダ侯が、邸宅ごと消えたって」


ランパードさんが険しい表情で私を見た。


「そうだ。俺の推察が正しければ、相手は相当厄介だ。だが、その前に状況を把握しなきゃいけねえ。

そのためには、お前さんの『追憶』が必要だが……姫、同行頼めるか?」


「うん、任せて」


「エリザベートが?」


「感知魔法だけなら、オルランドゥでも教授たち以上だったのは知ってるよね。

極端に高いマナを持つ者や、強い敵意や殺意を持つ者は、200メド先にいても分かる。そこから退避する手段もあるしね。

で、少し離れた場所で、ビクターとエリックには様子を見てもらいます。襲撃を万一受けた時の保険ね」


ランパードさんは「了解だ」と短く言った。


「嬢ちゃんが『追憶』を発動している間の護衛は、俺たちがやる。消えた時の状況が分かり次第、ジャック・オルランドゥのとこに行く。

館を消したのが魔法によるものなのか何なのか、既に館はこの世にはないのかそれともどこかにまだあるのか、その辺りの相談をすることになるな。恐らくは、今後の対応策も」


デボラさんも含め、ここにいる全員が重々しい雰囲気を身に纏っていた。一体、黒幕とは何者なのだろう?


#


「『六連星』?」


エリザベートが唇に指を当てた。


「あまり声を出さないでください。近くにはそれっぽいのはいないけど、誰が聞いているかは分からないから」


「……分かった。そんなに危険なの」


「世界各国で最も腕の立つ武芸者や魔法使いによって構成される、独立治安部隊。

『サンタヴィラの惨劇』を機に作られたと聞いてるわ。第二の『魔王ケイン』を生み出さないように……ということになってる。

全員が『特級遺物』持ちという話よ。そして、貴女を襲ったデイヴィッドという男もその一人」


あの男か!!言われてみれば納得だ。背筋に冷汗が流れる。


「そんなのが、今モリブスに……」


「という話。そして、エストラーダ侯とその邸宅を消したのも、多分『六連星』の誰かね」


「……ちょっと待って。独立治安部隊って言った?」


「うん。貴女の『追憶』は、国際秩序を根本から覆しかねないと思われてるんじゃないかな。

特に『サンタヴィラの惨劇』の真実が明らかになると、とても各方面に都合が悪いみたい」


「真実??」


エリザベートは、警戒するようにきょろきょろと辺りを見た。


「私もそこはよく分からない。でも、『サンタヴィラの惨劇』が単なる魔王ケインによる暴虐の結果でないのは確かだと思う。

だから、私たちは貴女たちを支援してるの。真実を明らかにするために」


「何でトリスはそこまで真実を求めてるの?」


「……うーん、よく分かんない。お母様は分かってるのだと思うけど」


彼女は肩をすくめる。


「でも、私が貴女を何とかしたいというのも本当よ。長年の友達の力になりたいって、当たり前じゃないですか」


「……ありがとう」


新市街が見えてきた。エストラーダ侯の邸宅近くには、野次馬が群がっている。


「うーん……2、3人、あの中にそれなりの魔力の人間がいますねぇ」


「追手?」


「多分」


魔王とランパードさんは、私たちの後方20メドぐらいを歩いている、らしい。

私は変装しているけど、おおっぴらにここで「追憶」を発動するわけにはいきそうもなかった。


「どうするの?」


「ん、ちょっとここは私に任せて。少し外すけど、すぐに戻る」


そう言うと、エリザベートは野次馬の中に入っていった。そして言葉通り、1分もしないうちに戻ってくる。


「準備おしまい。じゃあ、今からちょっと気を失うから、警戒とかよろしくねぇ」


「え、気を失うって、ちょっと!!?」


そう言うと、彼女は私の胸の中に倒れ込んだ。魔法か何かを使ってるんだろうけど……この間に何かあったらどうするの?


2、3分ぐらいしただろうか。急にエリザベートが目をぱちくりさせた。


「エリザベート??」


「んあ……おはよ」


「おはよって……大丈夫なの?」


「うん。とりあえず、邪魔者はもういないよ」


「え?」


「へへー。ちょっとね。じゃ、エストラーダ邸に行こっか」


何をしたのだろう?随分と自信ありげだけど。

とりあえず野次馬をかき分け、先へと進む。そこで目にしたのは、信じがたい光景だった。



「……本当に、何もない」



そう、「何もない」。まるでそこが前から更地だったかのように。エストラーダ邸があった痕跡は、跡形もなくなっていた。


縄で警察が通行制限をかけている。元々家があった所で、彼らが何か色々調べているのが見えた。


「ここで『追憶』を使っちゃう?」


「……ここからだと、門があった場所の『記憶』までしか分からないわ。でも、誰がここを訪れたぐらいは分かる。その後、どうやって家が消えたかも」


「了解。じゃ、お願い」


幸い、いつ頃消えたかの情報はある。私たちに絡んできたあのオークが、デボラさんの命令でちょうどエストラーダ邸を監視していたからだ。

彼の説明によると、「一瞬目を離した隙に、光と共に消え去った」らしい。転移魔法の存在は知ってるけどそんな大規模なものは聞いたことがないし、大体転移魔法は光なんて発することはない。つまり、私が知らない何かの魔法で消したのだろう。


私は小声で詠唱を始める。5分ほどして、水晶玉に邸宅が消える10分ほど前の「記憶」が映し出された。


「……これといって変なことは……あ」


ユングヴィ教団の司教らしき人が2人、門番に話しかけているのが見えた。


「これ、声は分からないの?」


「そこはこれからの改善点。でも、訪問者が分かっただけでも随分違うかも」


2人のうち1人は太目で髪が禿げ上がった初老の男だ。もう一人は……細い目で白髪の中年男性のようだ。

禿頭の方はモリブスのユングヴィ教団によくある服だけど、白髪の方はあまり見たことがない服だ。長袖で、南国には似つかわしくないようにも思える。これは確か……


「イーリスのユングヴィ教団の服だね。イーリスの原理主義派とモリブスの世俗派は、対立してたはずだけど」


訝し気にエリザベートが呟く。


態度からして、禿頭の方が白髪の男に気を遣っているようだった。この男が、「六連星」?


そして、2人が邸宅に入ってちょうど10分ぐらいした時に、異変が起きた。



「……何これ!!?」



光の柱が、突然空から降り注いだ。それは半球状に広がり、エストラーダ邸を包み込むと……光と共に、それは消えた。



「……こんな魔法、見たことない」


「私も。……アリス教授なら、これが何か分かるのかな」


「どうだろう。とにかく、予定通りジャックさんの所に……」



エリザベートの表情が固まっている。



「どうしたの??」


「逃げなきゃ」


「え?」


「旧市街の方から、とてつもないマナの持ち主が近付いて来てる。ビクターと魔王にも知らせないと!!」


彼女が私の手を引いた。異変に気付いたのか、フード姿の魔王とランパードさんが木陰から姿を現す。


「どうしたっ!?」


「誰か来てる!!すぐにここから離れますっ!!」


「ってどうすんだよ!?」


エリザベートはポケットから黒い球を取り出すと、それを地面に投げつけた。

地面に、漆黒の空洞が姿を現す。


「すぐに『閉じちゃう』から!!早く入って!!」


エリザベートに背中を押され、私は「穴」の中に落ちていった。


#


……


…………


トスッ


「……ここは!?」


着いた先は、ワイルダ組の応接間だった。部屋を掃除中と思われる組員が、目を丸くしている。


やがてエリザベートや魔王、そしてランパードさんも天井から「落ちてきた」。エリザベート以外の2人は、何が起きたのか理解できないという様子だ。


「……どういうことだ?」


「魔術具『転移の球』を使いました。転移できる距離には制限があるし、事前に指定した場所までしか戻れないけど、転移魔法と違ってすぐに発動するの。緊急避難にはもってこいの道具」


冷汗を流しながらエリザベートが言う。ランパードさんは「おいおい……」と呆れ顔だ。


「そんなもん持ってたのかよ。そもそも、何でそんなものを?」


「アリス教授に何個か持たされたの。きっと必要になるだろうからって」


教授は私たちに起きていることをある程度知っているのだろうか。彼女に会って話してみたいけど、今はただ感謝しかない。


部屋にデボラさんが入ってきた。


「あんたたち……いつの間に??」


「ごめんなさい。多分、『六連星』と遭遇しそうになったので逃げてきました。

ここに私たちが長居するのも危険です。すぐに移動します」


深々と頭を下げるエリザベートに、デボラさんは思いもよらないことを言った。


「ジャック先生の所に行くんだろ?あたしも連れてきな」


「……え?」


「ちょいとあたしとその『六連星』とは訳ありでね。部外者というわけでもないのさ。

早くここを離れた方がいいんだろ?馬ならすぐ出す」


「いいのか?昨晩のことが知られたら、他の組員にも危害が……」


魔王の言葉に、デボラさんが苦笑する。


「まあ、知らぬ存ぜぬで通すさ。それに、あたしらの庇護者はベーレン侯だからね。

いかにそいつが偉かろうと、モリブスの今の統領であるベーレン侯相手に簡単に弓は引けないさ。

ラファエル!!馬5頭、とっとと準備しなっ!!」


「えっ?私、馬を1人で乗ったことなんて……」


「大丈夫、純粋な馬じゃなくってユニコーンとの混血種さ。人の言葉も多少は解するから、子供が乗ってもちゃんと走る」


デボラさんを先頭に本部を出る。厩の前には、もう5頭の白馬が用意されていた。


「義姉さん、お気をつけて」


「ああ。ウィテカーのこと、頼んだよ」


「無論す」


そうラファエルさんに言うと、デボラさんが馬に乗った。


「良く聞きな。目的地はジャック・オルランドゥ公の家だ。全速力で頼んだよっ!!!」


「ヒヒーン!!!」と、返事をするかのように5頭が嘶く。私が何とか鞍の上に乗ると、馬は物凄い勢いで走り出した。


#


「ジャック先生!いるかい?」


馬で走ること半刻ほど。追っ手に追われることもなく、私たちはジャックさんの家に着いた。

デボラさんの呼びかけに、気だるげな声が中から返ってくる。


「デボラか。久し振りだな。組は順調か?」


「まあね。今日はそれどころじゃないんだ。客人を連れて来……」


「分かってる。エリックとプルミエール、そしてお前は入れ。出歯亀エルフとその主人はまかりならん」


ランパードさんがはあ、と溜め息をついた。


「とことん嫌われてんなあ。何でそこまで嫌うかねえ」


「単純に入れんからだ。俺の部屋は客を呼ぶには狭すぎる」


確かに、ジャックさんの部屋はただでさえ散らかっている。魔導書ばかりで足の踏み場もない。

さらに、彼は足が不自由だ。玄関先まで出てくるのも一苦労のはずだ。

私たち3人で多分ギリギリで、5人も入る余地は確かになさそうだった。


エリザベートはというと、平然とした様子でニコニコしている。


「ま、会話には参加できませんけど様子は見れますし。ジャックさん、そのぐらいは許してくれますよね?」


「お前がエリザベートだな。……好きにしろ」


ジャックさんの言葉を聞くと、エリザベートが私の背中に手を軽く当てた。


「よしっと。これで視界は共有できたよ」


「え?」


「『憑依』の応用。実はあれ、人間相手にも使えちゃうんだよね。

余程縁が強いか、相手の魔力が自分を下回っている場合にしか使えないんだけど」


「エストラーダ侯の所で気を失ったのって、まさか」


「そ。嘘の証言者に成りすまして3人を引きはがしたってわけ。とにかく、会話の内容とかは私にもちゃんと伝わるから安心して」


これが彼女の研究内容なのだろうか。少なくとも、こんな魔法は聞いたことがなかった。


「まあ、一応外での見張り役も必要か。それは俺たちがやっておくから、お前さんたちは中でジャック・オルランドゥと話してきな」


「そゆこと。あ、これアリス教授からの手紙ね。何が書かれてるかは知らないんだけど」


エリザベートは鞄から封書を取り出した。ごく普通の手紙みたいだ。


「分かった。これを渡せばいいのね」


「うん。じゃ、よろしくねぇ」


#


「なるほど、な。……『六連星』か」


ジャックさんは煙草を灰皿に押し付けた。もう灰皿には潰れた煙草が数本転がっている。


私たちの説明を、ジャックさんは煙草を吸いながら黙って聴いていた。煙が部屋に充満し、少し息苦しい。


「やはり、知ってたんだね。それがあたしらの仇かい」


「……!!どうしてそれを」


「ガキの頃、先生とベーレン侯が話していたのをこっそり聞いちまったのさ。クドラクか六連星か、どっちかがあたしらの両親を殺したんじゃないかってね」


ジャックさんは、深く煙草の煙を吸う。そして白煙を吐き出すと、少しだけ目を閉じた。


「どちらかといえばクドラクの方が可能性が高いと思っていたがな。正直、真実は藪の中だ。

それこそ、プルミエールの『追憶』を使えば話は別だが。とにかく、状況はよく分かった」


彼は本棚からあの「遺物」の目録を取り出した。


「お前らの言う通り、エストラーダ邸を消したのは六連星の誰かが濃厚だ。転移術に近いが、俺の知識をもってしても事前準備なしにそれほどの質量を瞬時に消し去る魔法は存在しない。

恐らくは、転移術の力を増幅させる『遺物』を使ったと見るのが妥当だろう」


「小娘が言うには、エストラーダ邸に入って行ったのは2人ということだが」


「片方は外見からしてモリブスのネリド大司教で間違いないな。

イーリスのユングヴィ教団服を着ていたのが、六連星だろう。白髪の男でネリドが下手に出ていたことからすると……ミカエル・アヴァロン大司教か」


「……!!六連星の構成員を知っているのか?」


「いや、外見上の特徴から判断しただけだ。デイヴィッド・スティーブンソンもそうだが、六連星は恐らく貴人としての表の顔を持っている奴が大半だ。そうでないと特級遺物は持ち得ないだろうからな。

だから、六連星に弓を引くことは、世界に対して弓を引くこととほぼ同義と思うべきだろう」


ジャックさんは苛立ったように、煙草の火を灰皿に押し付ける。そして懐から、また紙巻き煙草を取り出して口にくわえた。


「そんな……じゃあどうすればいいんですか?」


「お前たちが世界に喧嘩を売る覚悟があるかどうか次第だ。まあ、エリックは当然覚悟を決めているようだがな」


「無論だ」


魔王の目は揺るぎない。私には、まだそこまでの覚悟はできていない。けど……


「どうして、その……アヴァロン大司教はエストラーダ邸を消したんでしょう」


「不都合、だったからだろうな。お前らの推測通り、クドラク事件の背後には六連星……アヴァロンがいた可能性が極めて高い。そのことが知られるのを恐れたのだろうな」


「そんなの……自分の都合で、罪のない使用人さんたちまで巻き添えにしたってことですか!!?」


「俺はミカエル・アヴァロンの人となりを詳しくは知らない。教義に厳格、魔族弾圧では先陣を切る聖人ということぐらいか。少なくとも、俺は酒をそいつと飲みたいとは思わない」


そう言うと、ジャックさんは目録をパラパラとめくる。そして、あるページで止まった。


「前にも言ったが、これに書かれているのは現在判明している『遺物』の情報でしかない。だからこれに書かれていない『遺物』があっても一切驚かない。

だが、イーリスにあって、なおかつ特級遺物となると……これしかないな」


彼が指差した文字は……



「特級遺物 冥杖グロンド」




アイテム紹介


「転移の球」


魔術具の一種。「遺物」ではなく、あくまでアリス・ローエングリンの手によって開発された魔術具である。

事前に持ち主が「登録」しておいた場所に戻ることが可能。ただし、転移距離は5キロと限定されている。

さらに、利用者にある程度の魔術の心得があることが前提のため、誰にでも使えるわけでもない。

アリスはエリザベートに対し事前に使い方を教えていたので、スムーズな運用が可能であった。


通常の転移魔法は発動まで30秒ほどかかるが、この魔術具を使えば一瞬で目的地に通じる「穴」を形成できる。

ただ、穴が閉じるまでは10秒ほどしかない。あくまで緊急避難に特化した品である。


アリスは精霊魔法の第一人者だが、これにも大地の精霊の力を使っている。

地面に穴ができるという形態はそのため。逆に言えば、室内使用ができないというデメリットもある。

アリスは「改良すべき点が山ほどある」とこの魔術具を評している。

もし難点を全て解消すれば、革命的発明となるだろう。ただし、そのためのハードルも極めて高いのだが。

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