第12話
鋭い南国の陽射しに、俺は思わず身を捩った。
体力はまだ回復しきっていない。「音速剣」に、2倍速での「零勁」2発。さらにその後も「腐蝕」を使っている。戻りきるまでには、あと1日はかかるだろう。
壁に掛かった時計を見ると、正午の半刻前だった。本当はまだ寝ていたかったが、部屋の暑さと明るさはそれを許しそうにもなかった。
「……ちっ」
舌打ちをしつつ、身体を起こす。やることは幾つもある。ワイルダ組の本部に、いつまでもいるわけにはいかない。
……そういえば、小娘は俺を起こしに来ていない。大体俺より早く起きているはずだが。
部屋を出ると、ラファエルの姿があった。
「やっと起きたんすね」
「小娘は」
「まだ部屋す。昨日は、色々ありましたから」
軽く鼻を鳴らして、彼は肩を竦めた。
「……寝ている、というわけではなさそうだな」
「まだ堪えてるみたいすよ。涙のしょっぱい匂いがしますもん」
「……馬鹿が」
小娘は、ファリス・エストラーダがクドラクになった経緯について、ある程度知っているのだろう。
それにアミュレットが関与していることも、薄々分かった。小娘なりに、ファリスに同情する面はあるのかもしれない。
だが、先に進まないと話にもならない。そもそも、誰が奴を救えたというのだ。
苛立ちと共に小娘の部屋に向かおうとした俺を、ラファエルが呼び止めた。
「あ、ちょっと待ってください。客人が来たみたいす」
「客人?」
「ええ。多分、あのエルフです。それと、もう一人……女すね」
「……女?」
エルフ……ビクター・ランパードか。あの一件の後、デボラの治療を受けたと聞いている。
その後どこかに消えたらしいが。女とは、奴の協力者か。
呼び鈴が鳴る。下の階にいるデボラが「なんだい」と不機嫌そうに言ったのが聞こえた。
「エリック、客だよ」
やはり俺に用か。俺は溜め息をついて、シャツのまま下に降りる。
「ランパードか、手短に……」
「あ、エリックだ!!」
緑髪の小柄な女が飛び付いてきた。俺はそれをひらりと交わす。
ドスン、と壁にぶち当たると「いてて……」と女が額をさすった。
「酷いじゃないですかぁ、20数年ぶりの再会ですよ?」
「お前のような女は知らんな」
「ひっどーい!絶対覚えてるよね?ねえ?」
「知らんものは知らん」
女はむくれるとランパードの方を見た。
「ビクター!何か言ってやってくださいよぉ!!」
「……姫、さすがにそれはねえよ。20数年ぶりに、それもガキの時以来会ってない知人にいきなり抱き付かれそうになったら、俺でも逃げるぜ」
「ビクターまで!?もう、こうなったらプルミエールのとこ行くもん……」
「やめとけ」
俺は険しい顔で女……エリザベート・マルガリータに言う。
「とても、そんなおちゃらけたノリに付き合う気分じゃないはずだ」
「……昨日のが理由ね」
「ランパードから聞いたか。クドラクを倒すための作戦を遂行していた」
「そりゃ知ってるよ、だって私も参戦したもの」
「「……何!?」」
俺とランパードの声が重なった。
「ちょっと待てトンチキ姫よぉ?そんなの一切聞かされてねえぞ?俺は今日あんたがこっちに来るって話しか……」
「あー、いや、嫌な予感したんだよねぇ。だから前日にこっそりこっちに来て、貴方の様子見てたわけ。
そしたらヤバそうなことになってるみたいだから、私のできる範囲でこっそりと、ね?」
……話が読めない。何かの魔法を使ったのは間違いないが……
「……こっそりって、何をしたんだよ」
「『憑依』を使った足止め。あのワンちゃんにはかわいそうなことをしたけど。
でも、あの怪物を倒せたのは、私のおかげでもあるわけですよ」
エリザベートがない胸を張る。
デボラが訝しげに彼女を見た。
「……このお子様、知り合いかい?」
「お子様じゃないですぅ。これでも27、適齢期の乙女なんですから。
あ、私エリザベート・マルガリータといいます。トリス森王国の第三皇女やってます。で、貴女は?いわゆる『姐さん』?」
「……あたしはデボラ・ワイルダだ。一応、この組を仕切らせてもらってる。
というかトリスの姫様まで来るとはどういうことだい?あのクドラクの件、そこまで大事なのかい」
ランパードが「あー」と苦笑した。
「いや、ここに来たのはそれだけじゃねえんだけどな。聞いてるかもしれねえが、嬢ちゃん……プルミエール・レミューは狙われてる。
モリブスのラミレス家含め、各国政府に。エストラーダ候は全く別の事情で消したがっていたようだが」
「各国政府に??エリックが連れてきた時点でただの娘じゃないとは思ってたけどねぇ……」
「で、トリス森王国は彼女を保護したい。で、俺だけでなく彼女……エリザベート皇女も協力することになったってわけだ。元々、オルランドゥ魔術学院では御学友だったしな」
エリザベートが真顔になった。
「そういうことです。プルミエール・レミュー嬢はさる理由で我が国にとっては重要な人材です。
そこで、トリスとしてはでき得る限りの支援をしたい。ここを訪れた理由の一つは、それを彼女に伝えるということにあります」
「解せんな」
俺の言葉に、エリザベートがムッとした様子になった。
「何がですか」
「まず、ランパード。お前、元は各国合同の討伐隊の一員と言っていたな?それがどうして俺たちに手を貸す?
トリスの意思がどこにあるか明確じゃない。討伐隊には、トリスも協力しているのだろう」
「……こちらも一枚岩じゃねえとだけ言っとく。ただ、こちらは女王の意を受けて動いている。そこは理解してくれ」
「女王の意?」
「これはまだ言えねえ話だ。だが、サンタヴィラにお前さんたちを連れていくのが、女王の意思だ。
信じる信じねえはそっちの勝手だが、敵がわざわざクドラク退治なんてクソ面倒なことに首突っ込むわけがねえことは分かるだろ?」
色々引っ掛かる。しかしとりあえずはいいだろう。
「分かった。2点目。俺たちを保護するなら、なぜエリザベートが来る必要がある?第三皇女とはいえ、そいつは貴人だ。お前なら、これがいかに危険な案件か理解しているはずだ」
「それは私から」
エリザベートが軽く手を挙げた。
「貴方の言う通り、これはかなり危険な案件です。ただ、プルミエールは私の親友なの。彼女を助けるために……」
「それだけじゃないな。単に助けるなら、こうやって俺の前に姿を現すはずがない」
ペロッとエリザベートが舌を出した。
「あー、まあ誤魔化されないかぁ。子供の頃から、妙に理屈っぽかったもんね」
「王族同士の交流会で、2、3回会った程度だろう?むしろ俺のことをよくそこまで覚えているな」
「同年代の王族なんて、貴方くらいだったもん。そりゃ覚えてますよ。で、何が言いたいの?」
「お前が小娘に接触するには、何かしら別の理由があるだろう。保護だけなら、そこのランパードだけでも十分なはずだ」
彼女がチラリとランパードを見た。
「結論から言や、俺だけでは不充分ということが分かった。嬢ちゃんには伝えたが、討伐隊がモリブスに集まっている。
ここに滞在し続けること自体危なくなってるが、最大の問題は『六連星』という精鋭が来てるらしいってことだ」
「……『六連星』?」
「ま、知るわけねえわな。これは、王族など一部しか知らねえ最上級機密事項だ。……ん」
ランパードの視線がデボラに向いている。顔色が青ざめているのが分かった。
「どうした」
「いや……続けとくれ」
ランパードが、出されたお茶を口にした。
「六連星は、各国から選抜された少数精鋭の独立遊軍だ。北ガリアの治安維持に携わっていると聞いている。
トリスは前から参加してねえし、モリブスも今の六連星に人は出してねえと思う。ロワールは……微妙だな。
とにかく連中について分かってることは少ねえ。構成員全員が『遺物』、それも特級持ちってくらいか」
俺の脳裏に、オルランドゥを出る時に出会ったあの男の顔が過った。
「……デイヴィッドという男も、その一人か」
「……!!やはり会ってたか」
「知っていたな」
バツが悪そうに、ランパードが頭を掻いた。
「いや……まあ妙だとは思ってた。オルランドゥから脱出しようとするお前さんたちを誰が止めるかって話は、最後まで聞かされなかったしな。
ただ、『六連星』絡みだろうとは直感した。そうか、デイヴィッド・スティーブンソンか」
「何者だい、そいつは」
俺より先に、デボラが口を開いた。
「『六連星』が誰によって構成されてるかはほとんど知られてねえんだ。ただ、スティーブンソンだけは例外だ。
魔王ケインを討伐した4勇者の1人、ヘンリー・スティーブンソンの弟。アングヴィラ王国近衛騎士団の団長だな」
身体が総毛立つ。4勇者……父上の仇の親族か!!
「……まあ、お前さんにとっては因縁の相手だな。向こうにとってもそうだろうが」
「……奴もここに?」
「いや、そこまでは知らねえんだ。まあ、デイヴィッドが来てるならすぐに分かるだろうが。手段を選ばねえからな」
デボラが真剣な表情で視線を落としている。……訳あり、か。
こほん、とエリザベートが咳払いをした。
「とにかく、貴方たちを守るには、私も加わった方が安全ってことです。
私はそんなに強くないけど、『憑依』と感知魔法だけならビクターよりも上だから。それと、アリス教授にお願いされたお使いもあるし」
「お使い?」
「そ。ジャック・オルランドゥ公の所に行くんでしょ?私も一緒に連れていってくれませんかねぇ」
「どういうお使いなんだ」
「手紙を託されてて。私が直接渡せって」
……何だか妙なことになってきた。こいつとは20数年ぶりの再会だが、この妙なノリにかき回されるのは変わらないのか。
俺は軽く溜め息をつく。
「……好きにしろ」
「やったあ!じゃ、早速……」
ランパードが「ちと待てや」とエリザベートの裾を引っ張った。
「もう一つの用件が済んでねえだろうが」
「もう一つ?……ああそっか」
「こっちを先に片付けねえといかんだろ。クドラク退治の後始末だ。
実はさっきエストラーダ候のとこ行ってな、ファリス嬢が消えたって大騒ぎになってる。
んで、クドラクの死体も『遺物』の残骸もないと来た。官憲に言えねえのは分かるが、死体とかどこに隠した?」
俺はふう、と息をついた。
「ない」
「……は?」
「だからない。俺が『消した』」
上の階で塞ぎ込んでいる小娘を思った。あいつはもう、納得しているだろうか。していないだろう。
だが、こうするしかなかった。俺たちに注目が集まらず、かつエストラーダ候を多少なりとも傷付けずに済むには。
#
月明かりの中、事切れたファリス・エストラーダの手を小娘が握り続けていた。
「……もう、いいだろう」
「え」
「俺たちは去らなきゃいけない。そして、この死体をどうにかする必要がある」
「……どうにか、って」
俺は一息ついた。これが残酷な宣告だというのは理解している。しかし、言わねばならない。
「死体を……塵にする」
「ダメエッッッ!!!」
小娘が叫ぶ。俺は腰を屈め、小娘と目線を合わせた。
「ならこいつを放っておくのか?処分する時間はないぞ?
ここはワイルダ組の縄張りだが、だからと言って好き勝手できるわけでもない。死体を別の所に運ぶ際、一般人に見られでもしたら?」
「け、警察に言えば……」
「そうしたら俺たちの存在が公になるぞ?お前が狙われていないならいい。だが現実は違う。
私は的ですと弓兵100人の前に身を晒すようなものだ。それでいいのか?」
「でもっっ!!……塵にするなんて……そんなことしたら、ファリスさんの生きていた証は……」
「自分の命と甘ったるい感情のどちらが大事だっ!!!」
小娘の身体がビクッと震えた。唇を噛み、嗚咽しながら俯く。
「そんなの……哀し過ぎるっ……!」
「だが、他の選択の余地は、ない」
俺はファリスの右腕を掴むと「腐食」を使い塵にした。……もう、俺の体力もない。早めに済ませないといけない。
続いて、アミュレットを短剣で切り刻む。そのうちの、魔力がない一欠片以外を錆びさせ、踏み潰した。
「これだけは残しておいてやる」
それを小娘の側に置く。彼女は俯いたまま、ただ泣くだけだ。
動かなくなったファリスを仰向けに寝かせた時も、特に抵抗はなかった。
そして数分後、ファリス・エストラーダは塵となって消えた。
#
それから俺たちはデボラと合流した。ウィテカーは深傷を負っていたが、命は取り留めたという。
小娘は、ずっと無言だった。デボラが話し掛けても、ほとんど反応を示さなかった。まして、俺の方は見向きもしなかった。
……俺の判断は、間違っていたのか。しかし、そうするしかなかった。
小娘がファリスにどんな思い入れを持っていたかは知らない。それを知ればまた違ったのだろうが、そんな余裕もなかった。
そう、仕方なかったのだ。
#
俺は天井を見上げた。小娘は、まだ引きこもっている。
どうやれば、あいつに前を向かせられるのだろう。時間が経てば、解決する類いの話なのか。
そんな俺の様子に、ランパードは気付いたようだった。
「……どうやって死体を消したかは知らねえが、嬢ちゃんは納得してなさそうだな。だから、ここに姿を現さないわけか」
ランパードがやれやれと首を振った。
「……やむを得ない処置だ。後で話に行く……」
はあ、とエリザベートが呆れたように息をつく。
「さっさと行ってあげた方がいいですよ?あの子、結構繊細ですし」
「何?」
「どうせ『こうするしかないんだ』って理屈で通したんでしょ?それ、一番やっちゃダメ。
女の子は共感してもらいたい生き物なのですよ。ね?ビクター」
ビクターが渋い顔になった。
「……なんで俺に振るんだよ」
「んー?何ででしょう。ま、それはともかく。
一言謝ってちゃんとプルミエールの想いを聞いてあげた方がいいんじゃないですか?2人がどういう関係かは知らないですけど」
……想いを聞く、か。確かに、それは必要なことかもしれない。
「……分かった」
「んふふ。エリックはやっぱり女の子の扱いが下手ですねぇ」
「……何か言ったか?」
「えー?何もぉ」
ガキの頃と変わらず、どこか人を食ったような奴だ。だが、言っていることは、多分正しい。
「チッ」と舌打ちをして、俺は立ち上がった。
その時、応接室のドアがバンと開いた。……いつぞやのオークだ。
「あ゛、姐ざんっっ!!だいへんでがす!!」
「何だい騒々しいねえ。一体何があったってだい」
「ぞれが……」
オークははぁはぁと息を切らしている。異常事態が起きたのは、すぐに分かった。弛緩していた部屋の空気が、一気に引き締まる。
「何だい、言ってみな」
「エストラーダ邸が、ぎえまじだ」
キャラクター紹介
エリザベート・マルガリータ(27)
女性。トリス森王国第3皇女。オルランドゥには留学生として在籍している。
身長146cm、37kgの小柄な少女(?)。ストレートで肩までかかる緑髪に、額の辺りに白いリボンをつけている。胸は慎ましい。
丁寧語を混ぜた独特の喋り方をする。性格は天真爛漫で甘いもの好きと幼い印象すらあるが、実はかなり計算高く裏で色々やっていることも多い。
ジャックの指摘通り、ランパードの行動の一部は彼女からの(そしてマルガリータ女王からの)指示である。その肚の底はなかなか読めない。
基本は善良であり、プルミエールに対する友情も確かなもの。
ただ人を食ったような言動も多く、ナチュラルに鬼畜な発言をすることも少なくない。
エリックとは幼少期に数回会っており、その度にエリックは一杯食わされていたもよう。20数年ぶりに会ったにもかかわらず覚えていたのはこのためである。
(そしてからかいがいのある相手として、エリザベートもエリックを覚えていた)
ランパードとの関係は現在のところ不明。彼女が生まれた時からの付き合いであるのは疑いない。




