第11-3話
「はあっ、はあっ、はあっ」
全力で脚を動かす。視界は涙と汗で滲んでいた。
地面を蹴る足音は聞こえない。しかし、後ろから何かが猛烈に迫ってくる予感だけは感じた。
心に過るのは、恐怖と……その倍の後悔。……なぜ私は、あの時ファリスさんに対してもっと強く出なかったのだろう?
私は彼女の前で、クドラクのことを一言も言わなかった。
警戒されたくなかったから?違う、私は彼女がクドラクだと思いたくなかった。だから、あんな迂遠な言い方で彼女を探ってしまった。
止める機会は幾らでもあった。アミュレットを手に取って彼女が咳き込んだ時、見捨てていれば?戻って彼女がアミュレットを着けているのに気付いた時、無理矢理彼女のベッドに向かっていれば?
そうしなかったのはなぜか。……答えは出ていた。
「ぐあっっ!!!」
後方から、ランパードさんの叫び声が聞こえた。私は振り返ろうとして、寸前でやめた。
遅くなるから?違う、ランパードさんが傷付いたのを、確認したくなかったからだ。そして、追ってくるのがファリスさんであるという事実も。
私は、何て情けない女なんだろう。
こんなに事実から目を背けようとしている人間が、真実を知る魔法を使う?
……お笑いだ。
それでも、逃げないと死ぬ。モリブス旧市街の噴水が見えてきた。せめて、作戦だけは遂行しないとっ……!!
カフェにいるデボラさんが立ち上がったのが、視界の端に見えた。
「野郎どもっっ!!射てっっ!!!」
ワイルダ組の組員たちがハンドボウを構える。そして、一斉に矢が放たれた!
しかし、デボラさんの表情はすぐに固まる。そして、私に向けて駆け出した!?
まずいっっ、もう差は……ほとんどない。
「ウィテカーッッ!!!」
私に変装していたウィテカーさんが姿を現す。
私は息切れして倒れそうになるのをこらえた。ここで倒れたら、全て無駄になってしまう。
目的の袋小路までは、あと300メド。それまでは、何がなんでも辿り着かなきゃ!!
後方で「ドォォォンッッ!!!」という炸裂音が聞こえた。デボラさんが何かしたんだ。
ひょっとして……と思って振り向く。しかし。
タタタタタタッッッ
片足だけが、凄まじい勢いで地面を蹴って私を追ってきている。
その異常な光景に、私は戦慄した。明らかに、この世のものじゃない。
まだクドラクとの距離はある。でも、息切れが酷い。もう、体力は……限界だ。
「幻影の霧」を使おうにも、これじゃまともに詠唱なんてできやしない。その場に立ち止まれば、どんなにか楽か。
絶望が、私の身体を覆い、押し潰す。
「ワンッ、ワンッ!!!」
……犬?振り返ると、大型犬がクドラクの脚に噛み付こうとしていた。
「……え?」
「グッッッ!!?」
どういうことだろう?しかし、クドラクの脚は止まった。
今の隙に!!私は、最後の力を振り絞る。目的の袋小路が見えてきたっ!!
「ソコニナニカイルナッッ!!?」
ファリスさんが……いや、クドラクが叫ぶ声が聞こえる。私との距離は、もう10メドもない!!
路地の入口まで、残り5メド……間に合って、お願いっっ!!
その刹那。路地から黒い影が飛び出てきた。手には短剣が握られている。
「小娘、よくやった……あとは俺が殺る」
「エリック!!?」
彼は私を路地に弾き飛ばすと、低い声で呟いた。
「加速10 音速剣」
ザンッッッッッッ!!!!!
周りの家の壁が、真っ二つに切断される。……そして。
クドラクは……ドレスが破れた状態で、はるか後方に吹っ飛んでいた。
武器・防具紹介
「フローラのドレス」
1級遺物。ドレスとあるが身体全体を覆うクロークのような形状であり、周囲の風景と同化させる作用を持つ。
よく見ると周囲とはやや違和感があるが、それでも夜なら判別は至難。
着用者の姿は見えなくなるが、内部からは外が見えるようになっている。極めて軽量。
それだけではなく、一定時間宙に浮くことも可能になる。
ファリスはこれを利用し、自室の窓から飛ぶことで自宅を抜け出していた。帰る時にもこの能力を使っている。
その隠密能力、飛行能力に加え、布とは思えないほどの耐久性が一級遺物である所以。
少々の衝撃なら簡単に吸収する。着用者に致命的打撃が与えられると、その程度に応じてドレスが肩代わりする。
この観点からすると、デボラの攻撃は十分な攻撃力があったことになる。無論、エリックの「音速剣」は言うまでもない。




