第11-4話
俺がまだガキの頃の話だ。
俺は父上と鹿狩りに出ていた。魔法の実践も兼ねたものだ。
3頭を仕留めて得意気になって帰ろうとした時、それは起こった。
グロロロロロ……
地響きのような唸り声が聞こえた。魔獣??でも、今の自分ならっ!
そんな俺の肩を、父上は押さえた。
『何をするんですか、父上』
『相手が何物か分かっているのか』
『分かりません。でも、俺なら……』
ギロリと睨まれ、俺は硬直した。
『阿呆が。死ぬつもりか?』
『え……何がいるのか、御存知なのですか』
『いや、確信はない。だが、状況を判断しろ。全てにおいて、現状の把握が全てに優先する。……狙いは鹿だろう、置いて立ち去るぞ』
『でもっ、勿体無くは……』
『命より優先されるものはない。俺たちが殺られる可能性は、ゼロではないのだから』
あの勇猛で途轍もなく強い「魔王ケイン」にしては、あまりに臆病なんじゃないか?少しの落胆と共に、俺は背中に背負っていた3頭の死骸を置いた。
その時だ。
『逃げるぞっ』
父上が、俺の手を引いた。次の瞬間。
ゴオオオオッッッ!!!!
上空から炎のブレス??父上がいなければ、丸焦げになっていた。
見上げるとそこには……巨大な紅い龍。
『『加速』だっ!!!』
父上に言われる通り発動する。紅龍はあっという間に小さくなった。
『はあっ、はあっ……す、すみません、父上……』
『言わぬことではない。あれは紅蓮龍『シューティングスター』だ』
『え』
『勝てぬ相手ではない。だが、お前を守りながら戦うのは、困難と察した。
唸り声の質から、奴である可能性をまず考えた。そして不安定な足場、そしてお前の存在。総合的に判断すれば、『加速』を使った逃亡が最善だ。
何も考えずに突っ込むことは勇気ではない。蛮勇だ』
静かに、しかし重く父上は言う。返す言葉もない。俯く俺に、父上は続けた。
『攻めることが悪いわけではない。だが、状況を冷徹に判断しろ、ということだ。何を優先すべきか、誰を救うべきか。その成功可能性はいかほどか。
戦でも政でも、その判断こそが全ての基になる。忘れるな』
『……はい』
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その時の記憶は、今でも鮮明に残っている。
父上があれからすぐ後に「サンタヴィラの惨劇」を起こしたから、なおさらだ。
#
小娘の姿と、その背後にいるクドラクを目にした時、俺は咄嗟にあの時のことを思い出していた。
本来、小娘が路地に逃げ込みクドラクがそれを追ってきたのを迎撃する予定だった。しかし、小娘の体力はもうもちそうもない。
全身が消えているはずのクドラクの右足だけが見えているのも奇妙だった。既に、戦闘は行われていると見るべきだった。
この作戦は、クドラクが見えないことを前提としたものだ。だが、姿が一部とは言え見えるのなら……攻撃方向を限定した、無差別攻撃は必要ない。
何より、もう一刻の猶予もない。小娘を死なせないためには……
ダッッッ!!!
今出るしかない。
「小娘、よくやった……あとは俺が殺る」
「エリック!!?」
俺は小娘を路地へと弾き飛ばす。クドラクは、すぐそこまで迫っていた。
剣を構え、小さく呟く。
「加速10 音速剣」
短剣を薙ぐ。音速まで加速されたその素振りは、衝撃波となり前方にあるもの全てを破壊する。
効果は絶大だ。しかし、細かい狙いが付けられない。だからこそ、路地へと誘い込む手筈だった。
だが、大まかな場所さえ分かっていれば……問題はないっっ!!
ザンッッッッ!!!!!
見えない斬撃が家の壁を両断した。そして、クドラクは……後方へと吹っ飛ぶ。
殺ったという安堵は、束の間のものだった。
ドレスが散り散りになったのを見て、強烈な違和感をおぼえたのだ。
……なぜ身体が両断されない!!?
「エリック!!!」
「出るな小娘!!終わっては……」
ゆらり
クドラクが立ち上がった。痩せ細った手足。下着だけの身体には、肋が浮いている。
髪は前へと垂れ下がり、それはまるで、伝承上の……
「……幽鬼だ」
それは無言で俺に猛烈な勢いで向かってくる!!
そんな馬鹿なッ!?あれを食らって生きていることなどっ!!!
ギイィィンッッ!!!
振り下ろされた懐剣を受ける。激しい衝撃が、腕と肩に走った。
この身体で、この膂力。……おかしい。これが、「遺物」の力なのか??
「ジャマヲ、スルナ」
「……死に損ないがっ!!」
身体を捻りながら力を逃す。速度、膂力ともに人外のそれだが、技術では俺に及ばないのは組んでみて分かった。
後方に跳びながら首筋に横薙ぎを入れる!
ヒュンッッ
首だけを器用に後ろにずらした、だと!?
反応速度が、人間のそれではない。「加速」の2倍速を常に使っているような動きだ。
さっき、極一瞬だけ「10倍速」を使った俺の消耗を考えると……かなり厳しい相手だ。長引かせることはできない。
「化け物め……」
だらりと腕を下げ、クドラクがこちらに近づいてくる。
「加速2」
一気に踏み込む。持続時間は、「2倍速」ならせいぜい15秒!この間に、決着を……
「ニィ」
下から懐剣が跳ね上げられた!?俺はそれを僅かに交わす。
もう一度首筋に剣を振り下ろすが、これも僅かに外された。やはり、理外の動きだ。……ならばっ!
振り下ろした右腕の陰に、左拳を隠す。怪物とはいえ女にこれを叩き込むのは惨いが、もはややむを得ないっ!!
右脚の親指に力を入れ、そこを起点に腰をさっきとは逆方向に回す。左拳の先にあるのは……クドラクの肝の臓だ。
ダーレン寺流奥義が一つ……「零勁」。
ドグンッッッッ!!!!
「カハッ!!?」
クドラクの身体が、崩れ落ちる。身体の内部に力を送り込む「零勁」を、2倍速で撃ったのだ。立てる存在は、いない。いるはずが……
ビッッッ!!!
「何ッッッ!!?」
予想外の反撃。頬に、熱い痛みが一筋流れた。
思わず再び距離を取る。口元から血を流しながら、クドラクは……嗤っていた。
「……イタミハネ、モウカンジナイノ。コノカラダハ、モウコワレカケ。
……ダカラ、アナタノコウゲキハ、イミガナイ」
どういうことだ?ファリス・エストラーダの意思は、もうないのか?
もう一度、攻撃を仕掛けるべきか。俺は逡巡していた。
もう「加速」の効果は切れる。効果が切れたなら、クドラクの攻撃に反応するのは……恐らくはできない。
だが、痛みは感じずとも打撃は与えているはずだ。さっきのような超反応ができるとは思えない。……思いたくもない。
刹那、クドラクが動いた。
迎撃する!そう思い、構えた俺の横を、奴は嗤いながら通り抜けた。
「しまったっっ!!!」
奴の狙いは……路地の奥にいる小娘かっっ!!!
奴の動きは若干鈍ってはいたが、それでも一瞬反応が遅れた。「加速」の効力はまだ残っている。しかし……追い付けるのか??
振り向いて後を追う。路地の入口から、怯えている小娘の……プルミエールの顔が、月光に照らされた。
「オワリヨ」
何を救うべきか、何をすべきか。父上の言葉が、脳裏を過る。
今から追っても間に合わない。しかし……
俺は、右手を振りかぶった。
ザクッッッ!!!!
投げ付けた短剣が、クドラクの肩口に突き刺さる。致命傷ではない。それでも動きは、僅かに止まった。
その時間だけで、俺にとっては十分だ。大きく踏み込み、右脚の親指で地面を「噛む」。……そして。
ドグンッッッッ!!!
2発目の「零勁」を背中に受け、クドラクが「グッッ」と呻いた。俺は刺さっていた短剣を、思い切り上へと薙ぐ!!
「それは、俺の台詞だ」
ザシュッッッ
アミュレットを着けた右腕は、懐剣ごと宙に舞った。
技・魔法紹介
「音速剣」
「加速」の10倍速を極一瞬使い、剣を振るうだけの技。しかしその速度は音速をゆうに超えるため、それに伴う衝撃波が発生する。
これを以て広範囲を攻撃するのがこの技の骨子である。ただ、その性質上対象は無差別にならざるを得ず、細かい狙いも付けられない。
エリックが最初袋小路に呼び込もうとしたのは、確実に音速剣の衝撃波を当てるためだった。
「加速」の使用時間は極僅かだが、10倍速のため魔力の消費は激しい。撃てる回数は(他に魔法を使っていないという前提で)現状2回が限度。
威力は高いが使い勝手が難しい技で、エリック自身これを使ったことは数えるほどしかない。
なお、「加速」使用中の打撃力は通常より大きく跳ね上がっている。
このため、音速剣の直当てはかすった程度でも絶大な威力になる。




