第11-2話
「来たかい」
「ああ、デボラ義姉さん。向こうから走ってくる」
義弟のラファエルが鼻をひくつかせた。あたしは視線を落としたまま呟く。
「走ってくる?」
「ああ。誰かに追われてるみたいだ」
「プルミエールは今どのへんだい」
「ここから100メドぐらい。もうすぐ着く」
「いきなり異常事態だねえ」
あたしはサッと手をあげた。身を潜めていた組員たちが、噴水の周りにいる一般人たちを追い出しにかかった。
この辺りはワイルダ組のシマだ。往来はある程度あたしらの好きなようにできる。
だからこそ、ここを作戦の視点にした。周囲への被害は、最小限に抑えたい。
にしても、本来はここでクドラクが来るのを待ち伏せるはずだった。既に追われているのは、かなり計算外だ。
「クドラクがどこにいるか分かるかい?」
「いや、匂いがしない。血の臭いなら、ここから200メドぐらい離れた所に1人。まだ生きてる」
「匂いすら残さないのかい……厄介極まりないね」
掌に汗が滲む。面倒な、一銭にもならない頼みごとを引き受けたもんだ。
だけど、これはワイルダ組にとって必要なことだ。うちのシマを好き放題荒らす怪物は、始末しなきゃいけない。
そして、何より……あたしのためにも。
あれは、あたしの仇かもしれないのだから。
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父さんと母さんが消えたのは、15年前のことだ。当時から冒険者として十分な名声を得ていた父さんと母さんは、モリブス統領府からの依頼も多く請け負っていたようだった。
その中の一つに、オルランドゥ大湖の調査がある。直径最大1200キメド、北ガリア大陸の中央に位置する巨大湖だ。
その全貌は謎に包まれている。湖の水は多くのマナを含み、そこで生きる生き物は超常のものも少なくないと聞く。
湖にある島から「遺物」が発見されたこともあるという。しかし、恐ろしく危険なため、十分な調査はほとんどなされていない。
かつては湖ではなく、巨大な空洞であったとも言われているけど。
とにかく、父さんと母さんは度々オルランドゥ大湖に赴いていた。2人が消えた日も、いつもの調査と変わらなかった。妙に険しい、父さんの顔を除いては。
『どうしたの、父さん』
『……デボラ、今回は帰りが遅くなるかもしれない』
『……?どういうこと?』
父さんは一瞬言い淀んだ。
『少し、調査範囲を拡げようと思ってね。もし、1ヶ月して帰らないなら、ジャックの元を訪ねるといい』
『……危ないの?』
ハハハ、と父さんは笑った。
『いや、少し遠出するだけだ。きっと戻るから、心配しないでくれ』
父さんが何か隠しているのは、何となく分かった。当時のあたしは15歳。既にジャックさんから、初歩的な魔術も教わり始めていた。物の道理は、ある程度分かる。
『……帰ってきてね』
父さんは笑いながら、母さん譲りの銀髪をくしゃくしゃとやった。
それが、父さんとの最後の会話だ。
父さんと母さんが消え、悲しみに打ちひしがれているあたしたちの耳に、ある噂が入ってきた。
それは、2人を殺したのは、「クドラク」ではないか、ということだ。
クドラクの話は聞いていた。要人ばかりを狙う、見えない殺人鬼。正体は一切不明。手掛かりもない。
噂を聞いた時、まさかと思った。しかし、ジャックさんの元にベーレン侯が来た時、漏れてきた2人の会話はその噂を補強するものだった。
『殺されたとすれば、相手はクドラクか『六連星』だろう』
「六連星」が何かは、今でも知らない。ジャックさんにそれとなく聞いたけど、はぐらかされた。
ただ、クドラクが父さんたちを殺したかもしれないと聞いて、あたしの心に暗い炎が点った。
しかし、それからすぐに……クドラクの活動は止まる。やり場のない怒りを抱えながら、あたしは15年生きてきた。
#
そして、クドラクは再び現れた。仇かどうかは分からない。しかし、心の暗い炎が再び燃えるには、十分だ。
ラファエルの目が鋭くなる。駆けてくるプルミエールの姿が、ハッキリと見えた。
「来たぞっ」
彼女の背後に目を凝らす。辺りは少し暗くなったが、空間の違和感は視認できた。
プルミエールとの距離は……2、30メド。その差は急激に詰まっている。
猶予はない。あたしは立ち上がった。
「野郎どもっっ!!撃てっっ!!!」
一般人に変装していた組員が5人、一斉にハンドボウを構えた。プルミエールが噴水前を通り過ぎると同時に、姿を隠しているクドラクに矢が放たれる!!
パサパサパサッ
「え」
矢が……通らない?外れたんじゃなくて?何かに当たった矢は、枯れた小枝のように地面に落ちる。
「冗談、だろ?」
鎧を中に着込んでるとでも?いや、それじゃあの俊敏な動きは理解できない。あの耐久力……「遺物」の力かっ!?
クドラクは矢に構わずプルミエールを追う。その差はもう5メドまで詰まっていた。
まずいっ!!
「ウィテカーッッ!!!」
あたしは叫ぶと同時に駆け出した。懐にある「魔導銃」を握り、力を込める。
マナ量に比例した「魔弾」を放つ代物だ。あたしなら、一撃必殺の威力になる。
そして、フードを被ってベンチに座っていたウィテカーが、姿を見せた。その姿は……プルミエールに瓜二つ。
あたしたちが足止めのために用意した、もう一つの手段だ。
「…………!!?」
クドラクの移動速度が鈍った。一瞬でもいい、銃を撃つだけの時間を稼ぐっ!!
彼女に変装したウィテカーも、クドラクに向けて走り出す。彼が懐剣を抜いた。
「姉さんっ!!!」
「……コシャクナッッ」
ザシュッッ!!!
……短剣が、ウィテカーを貫いた。
「……姉、さん、今、だ」
崩れ落ちようとするウィテカーに向けて叫びたくなる気持ちを、何とか抑えた。
これは、彼が作った隙だ。それを逃す手は、ない。
あたしは引き金に手を掛ける。
「うおおおおおっっっっ!!!」
ドォォォンッッ!!!
魔導銃から放たれた「魔弾」はクドラクの側面を直撃した。歪みが数メド吹っ飛ぶ。
仕留めたと思ったあたしの喜びは、すぐに絶望へと変わった。
……ゆらり
クドラクは立っていた。空間に、右膝から下が浮かんでいる。傷は負っているようだけど……致命傷じゃない。
「……あ、ああ……」
ゆっくりとクドラクはあたしに近付いてくる。ウィテカーは倒れたまま動かない。早く彼の元に行かなきゃいけないのに、恐怖で身体が……動かない。
「……ジャマダ」
来るべき衝撃に備え、あたしは身を屈めた。
しかし、クドラクは……あたしを素通りすると、再び凄まじい勢いで駆け出した。
「……え?」
何が起きたのか、理解ができなかった。振り返ると、プルミエールの姿は遥か向こうだ。彼女を見失うのを恐れた?
何にせよ、助かったらしいのは確かだった。ウィテカーの元に行くと、夥しい出血で地面が濡れている。「時間遡行」なしでは助からないだろう。
あたしは精神を掌に集中した。幸い、刺されてからは間もない。出血量は酷いけど、何とかなる。そう信じた。
プルミエールはまだ逃げているはずだ。結果的には、時間は稼げた。
最後の頼みは……エリック、あんたしかいない。
設定紹介
オルランドゥ大湖
北ガリア大陸中央に位置する巨大湖。直径は最大1200キロにも及ぶ。ほぼ円のような形であり、水はマナで溢れている。
オルランドゥ魔術都市は、大湖の恩恵を強く受けた都市でもある。
湖の全貌は謎に包まれている。湖には幾つか島があるようだが、人工物があるなど不自然な点も多い。島から「遺物」が発見されたとの噂もある。
湖の生物はどれも巨大で凶暴。湖畔近くは安全だが、中央に行くに従い危険度は指数関数的に上昇する。
多くの冒険者が湖に挑んでは散っているが、巨万の富が得られるかもしれないことから湖に赴く者は後を絶たない。
北ガリア大陸の各国家も調査団を派遣しているが、その成果は徹底して秘されている。
ただ、十分な成果を得られたと判明している事例は、今のところない。




