第11-1話
誤算だった。まさか素性を知られているとは。
そして、ファリスの意思は存外に強い。俺ともあろう者が、完全に甘く見ていた。
ベルチェル家は、当主を失ってもなおベルチェル家だったということか。
暗殺者としての血筋か、はたまた幼い頃の薫陶か、あるいはあのアミュレットのせいか……とにかく、ファリスの殺意は本物だ。
プルミエールは既に逃げ出している。しかし、彼女は所詮魔法使いだ。身体能力は一般人にも劣る。
……不本意だが、俺が壁になるしかねえな。
腰に下げている刀に手をかける。「遺物」でこそないが、ランパード家に伝わる大業物だ。
ナイフが地面から引き抜かれた。歪みが大きく動こうとした時こそ、最大の好機!
ザッッッ!!!
大きく右足を踏み込み、腰の回転を使って「剣から鞘を抜く」。十二分に加速された初撃は、一撃必殺の威力を以てファリス……いや「クドラク」の背後を斬った。
そのはずだった。
「なっ??」
……手応えが……ない??
いや、違う。まるで風にたなびく布を斬ったかのように、威力が減じられている!?
クドラクが、こちらを向いたのが分かった。
「ジャマスルナ、イシャ」
「ぐっ……行かせるかよっ!!」
日は徐々に沈み始めている。これ以上暗くなると、完全に姿は把握しきれなくなる。足止めできるのは、今しかねえっ!!
俺は逃げ出すクドラクを追いながら詠唱を始めた。プルミエールはさっきの一撃のお蔭で10メドほど先にいる。間に合うはずだ……多分。
「星の力よ、我に力をっ……重力波っ!!!」
プルミエールに追い付きかけていたクドラクの足が急に止まる。上手く行ったっ!!
荒事はあまり得意じゃねえが、これだけは自信がある。
重力波。見えない波動を当てることで、相手の動きを著しく鈍らせる。これと居合術の組み合わせは、幾度となく俺を助けてきた。
逃げるんじゃねえぞ、今度は確実に斬……
ズズッッ
「……嘘だろ!!?」
クドラクが、プルミエールを追おうとしている。もちろんさっきよりは遅い。しかし……それでも成人女性並みの速さで、彼女を追い始めた!?
「ぐっ……」
俺は刀を握る右手に力を込めた。重力波の効果はそう長続きしねえ。それにしても、あれだけの短時間で動けるようになるとは……怪物だ。
それでも、もう一撃……!!
ズバッッッッ!!!!
脇腹を、熱い物が貫いた。……短刀だ。迅、過ぎる。
「ぐあっっっ!!!」
「ジャマスルナ、トイッタ」
貫かれた場所の傷を押さえる。内臓まで傷は行っていないが、それでも苦痛は苦痛だ。
治癒魔法で血を止めにかかったが、それでももう俺が奴を追うことはできねえ。……完敗だ。
「常識……外れだろうがっ……!!」
プルミエールの姿はかなり小さくなった。クドラクが作る空間の歪みも遠ざかっちゃいるが、一応足止めという目標は達成できた、か。
この分なら、プルミエールは噴水前に辿り着けるだろう。そこからは、ワイルダ組の連中がひたすら遠距離攻撃を仕掛けながら、袋小路にクドラクを追い詰めていく、らしい。
上手く行くかは知らねえ。ただ、最後に魔王エリックが控えているらしいのは分かった。俺に知られたくない、本領を以てクドラクを討つわけか。
しかし……俺の想像以上にクドラクは強い。あんな速度だとは、思いもしなかった。
そして……もう一つ分かったこと。それは……
クドラクは理性のない獣ではない。
奴は俺を「医者」と言った。俺をちゃんと認識できているということだ。
そして、この脇腹への一撃。……恐らく、わざと急所を外している。
なぜか?俺に死なれちゃ困るからだ。クドラクは生きたがっている。自分を治す医者を殺しては本末転倒だ。
つまり……思考能力はちゃんとある。ということは、袋小路で罠を張るエリックの作戦は……見透かされ得る。
「クソがっ……」
俺は何とか立ち上がった。どこに追い詰めるかまでは聞かされてはいねえ。しかし、このままでは、多分……
作戦は失敗する。
技・魔法紹介
「重力波」
重力魔法。見えない波動を相手に当てることで、一時的に対象にかかる重力を2倍とする。使い手はかなり限定されており、ランパードはじめ数えるほどしかいない上級魔法。
詠唱を伸ばすことで重力量を増やすことが可能。今回は詠唱時間が取れなかったため2倍どまりだったが、それでも並の相手ではろくに行動ができなくなる。
ランパードは重力波→居合斬りの連続技を得意としており、これだけでかなりの相手を斬っている。
2倍の重力でクドラクが動けたのはランパードの計算外であったが、3倍以上なら目的は達成できたかもしれない。
なお、ランパードの真の切り札はまだ温存されている。




