第10.5話
第10.5話
お母様が亡くなられた時のことは、はっきり覚えている。
自ら、懐剣で喉を突く日の前の夜だった。お母様が、私の寝室に来たのだった。
「ファリス、起きてる?」
「むにゅ……なあに、おかあさま」
「貴女に、渡したい物があるの」
「え?」
お母様は、ベッドから起き上がった私に、アミュレットと綺麗なドレスをくださった。
「これ、なあに?」
「貴女が大人になってから、着てほしいの。お母様からの贈り物よ」
「なんでわたしにくれるの?」
お母様が急に私を抱き締めた。
「お母様はね、これから遠い所に行くの」
「どおして?」
「……そのアミュレットを着けてごらんなさい」
私は、言われるがままそれを着けた。手首には当然大きすぎて、肩まで行ってしまったけど。
そして、お母様は私の手を取った。
お母様の思考が、頭に流れ込んでくる。
まだ幼かった私には、それが何かほとんど分からなかった。でも、一つだけハッキリ分かったことがある。
お母様は、病気だ。それも、決して治らない病気にかかっている。
「……おかあ、さま?」
「ファリス。お父様に苦労はかけたくないの。だから、『お母様がお母様でなくなる前に』、先に逝くことにしたの」
「やだっ!!!わたし、おかあさまとはなれたくな…………」
お母様が、さっきより強く私を胸に抱き締めた。お母様の目は、涙で溢れていた。
「私だって、貴女やお父様と離れたくないの!でも、これは……定めなの。ベルチェル家に生まれた者の……」
「……やだよぉ……おかあさま、いかないでよぉ……!!」
「……貴女には、長く生きてもらいたいの。だから、これを使うのは、本当に必要な時だけ。……それで、お父様を助けてあげて。私の分まで」
「でもっっ!!」
お母様が、私の額に指を当てた。意識が、急に遠ざかっていく。
「20に……この夜……思い出せる……どうか……」
途切れ途切れの言葉が聞こえた。そして、私は……この数分間の全てを「忘れた」。
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それが、お母様が使った忘却魔法と知ったのは、20になった半年前のことだ。
そして、私は全てを思い出した。お母様が何者であったのか。何故命を絶ったのか。
私が、何をすべきかも。
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お医者様たちが帰って行くのを窓から見送り、私はベッドから起き上がった。
身体は鉛のように重い。お母様がかかったあの病は、私の命も奪おうとしていた。
それでも、やらなきゃいけない。お父様のために。そして、私のために。
私の身体は、生まれついて弱かった。お父様は、私を心配して私を極力外に出さずに育てた。
多分、そんなに長くは生きられないとお医者様も仰っていた。これが私の定めなのだと、どこか諦めたように日々を過ごしていた。
それが、20の誕生日に全て変わった。お母様が、私に託したものの正体を知ったからだ。
戦慄しなかったか、というと嘘になる。お母様がお父様のために多くの人を殺めたと知った時、私は心臓が止まりそうになった。
しかし、お母様はそうやって、お父様を支えてきたのだ。そして、お母様は私にその役割を託した。
アミュレットを左手でさする。力が、一気に湧いてきた。
私は、生きていた証ヲ残したイ。それが何であレ、誰かの役にたっタという確かな手応エを得たかっタ。
お母様ハ、これを使いすぎるナと言っていタ。「自分が自分でなくなル」「命を削ル」と。
それハ、間違いナイことだっタ。意識ガ消え、見知らヌ誰かヲ殺めルことガ増えてキタ。
それでモ、奇跡的ニ私を治せル医者が現れタ。まダ、時間ハあル。
クローゼットに向かイ、ドレスを手ニ取ル。
殺サねバならなイのは、あの人ダ。プルミエール・レミュー。彼女が生きてイレば、いつカはお母様ノことハ明らカになル。
そしテ、彼女ハ……医者ト共に現レた。理由ハ分かラナい。でモ、変装していタのは分かっタ。マナが、同ジだっタかラ。
お父様は、彼女ヲとてモ警戒しテイた。お父様にトッテ、彼女ハ……生キテイテハナラナイ存在ダ。
オ父様ハ、私ガクドラクとイウコトをシラナい。ソレでイイ。
ソシて、コレが……サイごノコろシダ。
プルミエールさん、貴女とはもっと別の形で出会いたかった。「追憶」さえなければ……こんなことをしなくてもよかったのに。
……涙が、一筋流れ……
ワタシハ、クドラクニナッタ。
キャラ紹介
レナ・エストラーダ(享年32)
女性。ファリス・エストラーダの母。旧姓はベルチェル。30年前に「闇に潜った」貴族、ベルチェル家の最後の当主。
ベルチェル家は暗殺者を多く抱えていたが、当のベルチェル家も暗殺者の一族であった。
権力争いに破れたことで表舞台から姿を消し、裏社会で生きるようになる。
なお、アミュレットとドレスは大昔の装束だったが、副作用の大きさから使うことは厳に禁じられていた。
レナもまた暗殺者として育った。忘却魔法などを使えるのもそのため。
ロペス・エストラーダは元々彼女の標的であったらしい。色々あって雇い主を裏切り、歳の離れた彼の妻となる。愛情は本物だったようだ。
それが故に、当時微妙にうだつが上がらなかったエストラーダを暗殺によって助けるようになる。その際に、禁忌となっていた「遺物」に手を付けた。
結果、アミュレットの副作用で病気(脳腫瘍)を発症。精神に異常を来たし始めていたこともあり、手遅れになる前にと自殺した。
普段は無口だが優しい女性であり、よき妻でありよき母であったようだ。




