表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王と魔法使いはかくて勇者を殺し、世界を破滅へと導いた  作者: 変愚の人
第1章(クドラク編)
11/92

第10話


「ん、来たな」


噴水前でランパードさんは待っていた。左手に持っていた水筒を鞄にしまう。少し、お酒の臭いがした。


「大丈夫なんですか?飲んでて」


「気付け薬のようなもんだ。で、お前さんたちはどうするんだ?何かしら策はあるんだろ」


私は簡単にこれからの動きを説明する。最後どうするのかを決めるのが私だと告げると、少し驚いたような顔をされた。


「ファリスに会わせることは認めたが、そこまでの権限を与えんのか?

そもそも、ファリスは間違いなくクドラクだ。普通に見逃すのはあり得ねえぞ?」


「……分かりません。でも、彼には彼なりの考えがあると思うんです。

それに、もし凶行が彼女の意思ではなく、『遺物』のせいだとしたら?病気だって、あのアミュレットとかのせいなんでしょう?彼女からそれを引き離せば……」


ふーっ、とランパードさんが息をついた。


「俺は嘘をついた。施術の成功確率な、5分は大嘘だ。せいぜい1割っきゃない。

脳と肺の病巣は、アミュレットのせいだとしても取り除くのは困難だ」


「え」


「1割の確率でしか助からねえってエストラーダに告げたら、確実に追い出されるだろ?だからああ言った。

どっちにしろ、ファリスは助からねえ。なら、これ以上の犠牲が出る前に何とかしてえんだよ」


「『遺物』を彼女から引き離せばいいだけじゃないですか?それに、治る可能性はゼロじゃないんでしょう?」


「……まあ、そうなんだがな」


ランパードさんは奥歯に物が挟まった言い方をする。魔王が「エルフは信用ならない」と言った理由が分かる気がした。この人は、いつも核心部分を隠している。


「何かあるんですか?教えてください」


ランパードさんが辺りを見た。


「……ここじゃ話せねえな。俺らに気付いちゃいねえが、向こうに怪しいのがいる」


チラリ、と視線が右を向いた。15メドぐらい先のベンチに、新聞を広げている男性がいる。……離れているけど、かなりの魔力の持ち主なのは分かった。背筋に冷たいものが流れる。


「お前さんたちが先に進んでないのを察して、モリブスに討伐部隊が集まり始めた。

それについちゃ、後で詳しく話す。この件も、そんなに無関係じゃねえ」


「……!!?」


ランパードさんがゆっくりと噴水から離れ始めた。新聞の男は、動く気配がない。


新市街に入った所で、ようやく彼が口を開いた。


「ここまでくりゃいいか。……『遺物』を奪ったら、その後どうすんのかという話だ。まして『1級遺物』なら、確実に欲しがる奴がいる。殺してでも奪い取りてえ奴もいるだろう。

そして、件のアミュレットとドレスの組み合わせは凶悪だ。副作用が大きかろうと、世界の勢力図を塗り替えかねない程度には。使う人間によっちゃ、最強の暗殺者の誕生だ」


「何が言いたいんですか」


「まず、クドラクが『遺物』使いかもしれねえってことは既に疑われてる。俺のとこにも別のとこから情報が入ったからな。

んで、仮に見逃して命を救ったとしても、このままならファリスは『遺物』目当てにいつかは狙われる。

病人で素人のあの嬢ちゃんですらアレだ。訓練された奴に渡ったら、どうなるかは簡単に見当が付くだろ?」


「……どうやっても、見捨てるしかないってことですか?そんなの……惨すぎます」


「救えるなら救いたいがな」


エストラーダ候の邸宅が見えてきた。ランパードさんは視線を彼女がいるはずの2階へと向ける。


「肝心なのは、一連の凶行に対するファリスの意思だ。もし自ら望んでやったなら……特に一般人の殺害は、全く許されることじゃねえ。

その時は俺も『クドラク』殺害に全面的に協力させて貰うぜ。

もしそうじゃないなら……『遺物』を何とかした上で、明日施術だ。上手く行く自信はないが、全力は尽くす。

幸い、ファリスはお前さんを狙う討伐部隊とは無関係らしい。上手く助けられたら、保護も含めて検討することになるが」


「……彼女に自覚があるかを見極めろ、そういうことですね」


ランパードさんが頷く。


「お前さんにどれだけ人を見る目があるかは知らねえ。ただ、トンチキ姫からお前さんの評価は聞いてる。……信頼するぜ」


#


「失礼します」


私はファリスさんの部屋に入った。この前のように、身体を起こしてじっと窓の外を見ている。アミュレットは……化粧台の上だ。


「……貴女は、プルさん、だったかしら?」


コホコホと咳をしている。見るからに、少し辛そうだ。


「はい。施術日が決まりましたので、その説明にと」


「エルフのお医者様は?」


「エストラーダ様に説明しております。お嬢様には、私が」


「そう。どのような形で行うのでしょうか」


私は簡単に流れを説明する。ファリスさんは黙ってそれを聞いていた。


「……施術後1、2日は睡眠魔法で眠っていただきます。痛みが抜けましたら治癒魔法と薬湯中心の治療になります。完癒までは、差し当たり術後2週間ですが……」


「その後には、普通に歩けたりするのかしら」


「ええ。ただ、落ちた体力が戻るまでは要療養です」


ファリスさんが小さく息をついた。


「……外の世界は、簡単には見れないのですね」


「……確か、ずっとお身体が」


「ええ。この屋敷の外に出たのは、数えるほどしかないのです。このまま、朽ちていくのは……絶対に嫌」


僅かに口調が強くなった。


「数えるほどしか、外出されたことがないのですか」


「……ええ。お母様に連れられて、幼い頃に何回か。亡くなってからは、お父様が心配して……」


「外に出たいと言ったことは」


ファリスさんが寂しそうに首を振った。


「何回も。でも、お父様は聞き入れませんでしたわ……。あ、お父様のことは愛しておりますわ。でも、このままだと……私は、『誰にも覚えて貰えない』」


「え」


「……もっと色々な人に会いたいし、自分が生きていたという証を……コフコフッ、残したいのです。このまま死ぬのだけは……コフコフッ!!」


「大丈夫ですか?」


辛そうなファリスさんの背中をさする。掌に、薄い紅が見えたのが分かった。


「はあっ、はあっ……ええ、この程度なら」


「でも血がっ!?」


「肺に病があるのですから、当然ですわ。……とにかく病を治さないと……」


この人は、生まれてからずっと籠の中の鳥だったんだ。広い大空に憧れるのは当然だろう。

……私とそんなに歳が変わらないはずなのに、どんなに辛かっただろうか。



……「忘れられたくない」、か。



自分の人生が無駄だったと思いながら死んでいく。これほど虚しく、悲しいことはない。

なぜ、ファリスさんが死ぬ可能性が小さくない……むしろ高い施術を受けることに躊躇いがなかったか、分かった気がする。


だとすれば、このことは伝えておかないと。


「……ファリス様、大切なお話があります」


「何でしょう?」


「施術の成功確率です。ランパード先生は5分と仰いましたが……実は、もっと」


うふふ、とファリスさんが笑った。


「自分の身体です。施術が賭けに近いものとは知ってますわ。それでも、生きる可能性がそれしかないなら、私は施術を選びますわ」


「……お強いのですね」


「いえ、それしかないだけですわ」


「それでもです。……私なら、きっと耐えられない」


「……私もですわ」


ファリスさんが一瞬目を伏せた。


「え」


「ランパード先生が来られるまで、私は絶望しておりましたの。このまま、生きる証も残せず逝くのかと。

でも、あなた方が来られて、私は生きようと思えましたの。今までのお医者様で、慰めとはいえ『治せる』と仰った方は、一人もいませんでしたから」


彼女の笑顔に、心が傷んだ。彼女がクドラクだとしても……この子の根は、20の女の子なのだ。真っ直ぐな、芯の強い。



……この子が自分の意思で人を殺しているはずがない。そのはずだ。



「……私たちが、必ず貴女を治します。ご心配なされないで」


「プルさんはお優しいのですね」


「い、いえっ!?……そんなことは」


「ありますわ。本当のことを伝えて下さった。嘘は、必ず明らかになりますもの……そして、その時どれほど傷付くか」


私は、自分の身分は勿論、姿すら偽っている。それを知ったら、彼女はどれだけ悲しむだろう。

動揺を顔に出さないよう、私は必死で堪えた。


ダメだ、今は真実を明かす時じゃない。


「……私は、ただの助手です。買い被り過ぎです」


「うふふ。謙遜なされないで」


直接、クドラクについて訊こうかとも思った。でも、きっと「知りませんわ」と返されるだけだろう。彼女の人となりを知れただけでも十分だ。


あとは、アミュレットを何とかしないといけない。あれを使わなければ、彼女が凶行を起こすことはないはずだ。


私は、化粧台の上のアミュレットに視線を移す。


「……ところで、あのアミュレットは?エストラーダ様からは、お母様の形見だと」


「ええ。とても貴重なものと聞いていますわ」


「手にとっていいでしょうか?」


「いいですわ」


化粧台に向かおうとしたその時。



「……ゲフゲフ、ゲフッッ!!!ゲーッフゲフゲフッ……!!」



さっきとは比べ物にならないぐらい、ファリスさんが激しく咳き込んだ。口からは、血が一筋二筋垂れている。


「大丈夫ですかっっ!!?」


「ゲフゲフッッ!!!このぐらい、ゲフッ、平気、ですわ……」


「先生を呼んできますっっ!」


私は階段を駆け降りた。ランパードさんとエストラーダ候を連れて戻ってくると、ファリスさんはハァハァと荒い息を吐いている。


「ファリスッ!!」


「もう、落ち着きましたわ……お父様、心配なさらないで」


「しかし明日施術だぞ?本当に問題ないのか」


ランパードさんがチラリと私を見た。私は頷く。


「……極力早く、お嬢様の体力があるうちに施術をする必要があります。明日、やりましょう」


「そうか……分かった。貴公に委ねよう」


「明日は早めに伺います。本日はお暇致しましょう。……プル、行くぞ」


部屋を去ろうとする私たちを、ファリスさんが呼び止めた。


「お待ちになって」


「何でしょう?」


「プルさんと仰いましたね。……施術が終わりましたら、是非お友達になってはくれません?」


「え」


「同じぐらいの歳の人で、こんなに長く話したのは初めてでしたの。よくって?」


「……はいっ」


私は彼女に微笑む。その瞬間、あることに気付いて、血の気が一気に引いた。




右手首に、アミュレットがある。




#


「……どうした、さっきから黙ってるが」


私たちは旧市街に向けて歩く。しかし、着いてほしくないという想いが足取りを鈍らせていた。


「分からないんです」


「クドラクの犯行が、ファリスの意思かどうか、か?」


「はい。……彼女と話していて、しっかりとした、強い心を持った子だと思いました。彼女が人殺しなんてするはずがないって。

でも……去り際、彼女はアミュレットを着けていた。私がランパードさんを呼びに下に行く前は、化粧台にあったのに」


「見間違いじゃねえだろうな」


私は首を振る。そうだったら、どんなに良かっただろう。しかし、間違いない。


そもそも、咳をしたタイミングがおかしかった。あの咳がわざととは思えないし、思いたくないけど……

私がアミュレットに触れるのを避けるためと考えたら、説明がついてしまう。


ランパードさんの目が鋭くなった。


「厄介だな。……もしファリスが自分の意思でクドラクになっているとしたら、それなりに頭は回る。あるいは……」


「私たちは警戒されてる?」


「かもな。エストラーダは信用しきっているが」


私は、騙されていたのだろうか?彼女の言葉に嘘があるとは思えない。でも……行動は確かに不可解だ。


空は茜色から藍色へと変わろうとしている。もう、迷っている時間は、ない。



ランパードさんが、急に空を見て叫んだ。



「上から来るぞ!!気を付けろっっっ!!!」



視線を上げる。そこには……僅かに歪んだ空が見えた。まさかっっ!!?



ドズンッッッッ!!!



私が駆け出すのと、私がいた地面にナイフが刺さったのは、ほぼ同時だった。




キャラ紹介


ロペス・エストラーダ(68)

男性。164cm、60kgの小柄な老人。白髪だが髪量は豊か。口髭を生やしている。

重々しく上から目線の物言いをするが、高圧的ではない。モリブス政界では保守派であり、開放政策には徹底して反対の立場を貫いている。

調整型の政治家であり、平時においては有能。人望はそれなりに厚く、無頼衆に頼りがちな七貴族の中では相当にクリーンでもある。


ユングヴィ教団のネリド大司教との付き合いは深い。権力の源泉ともなっている。

実のところ、汚れ仕事はネリドらがやっている側面は否定できない。勿論、エストラーダもその点は認識している。その意味で清廉潔白ではない。


元の序列は第6位だったが、20年ほど前から政敵の変死などを受け勢力を拡大。現在の地位を手に入れる。

無論エストラーダの周辺は徹底して捜査されたが、何もなく無罪放免となった。

背景には初代クドラク(エストラーダの妻、レナ・エストラーダ)の暗躍があったのだが、その点をどこまでエストラーダが知っていたかは10話時点では不明。

1人娘で妻の忘れ形見、ファリス・エストラーダを溺愛している。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ