第10話
「ん、来たな」
噴水前でランパードさんは待っていた。左手に持っていた水筒を鞄にしまう。少し、お酒の臭いがした。
「大丈夫なんですか?飲んでて」
「気付け薬のようなもんだ。で、お前さんたちはどうするんだ?何かしら策はあるんだろ」
私は簡単にこれからの動きを説明する。最後どうするのかを決めるのが私だと告げると、少し驚いたような顔をされた。
「ファリスに会わせることは認めたが、そこまでの権限を与えんのか?
そもそも、ファリスは間違いなくクドラクだ。普通に見逃すのはあり得ねえぞ?」
「……分かりません。でも、彼には彼なりの考えがあると思うんです。
それに、もし凶行が彼女の意思ではなく、『遺物』のせいだとしたら?病気だって、あのアミュレットとかのせいなんでしょう?彼女からそれを引き離せば……」
ふーっ、とランパードさんが息をついた。
「俺は嘘をついた。施術の成功確率な、5分は大嘘だ。せいぜい1割っきゃない。
脳と肺の病巣は、アミュレットのせいだとしても取り除くのは困難だ」
「え」
「1割の確率でしか助からねえってエストラーダに告げたら、確実に追い出されるだろ?だからああ言った。
どっちにしろ、ファリスは助からねえ。なら、これ以上の犠牲が出る前に何とかしてえんだよ」
「『遺物』を彼女から引き離せばいいだけじゃないですか?それに、治る可能性はゼロじゃないんでしょう?」
「……まあ、そうなんだがな」
ランパードさんは奥歯に物が挟まった言い方をする。魔王が「エルフは信用ならない」と言った理由が分かる気がした。この人は、いつも核心部分を隠している。
「何かあるんですか?教えてください」
ランパードさんが辺りを見た。
「……ここじゃ話せねえな。俺らに気付いちゃいねえが、向こうに怪しいのがいる」
チラリ、と視線が右を向いた。15メドぐらい先のベンチに、新聞を広げている男性がいる。……離れているけど、かなりの魔力の持ち主なのは分かった。背筋に冷たいものが流れる。
「お前さんたちが先に進んでないのを察して、モリブスに討伐部隊が集まり始めた。
それについちゃ、後で詳しく話す。この件も、そんなに無関係じゃねえ」
「……!!?」
ランパードさんがゆっくりと噴水から離れ始めた。新聞の男は、動く気配がない。
新市街に入った所で、ようやく彼が口を開いた。
「ここまでくりゃいいか。……『遺物』を奪ったら、その後どうすんのかという話だ。まして『1級遺物』なら、確実に欲しがる奴がいる。殺してでも奪い取りてえ奴もいるだろう。
そして、件のアミュレットとドレスの組み合わせは凶悪だ。副作用が大きかろうと、世界の勢力図を塗り替えかねない程度には。使う人間によっちゃ、最強の暗殺者の誕生だ」
「何が言いたいんですか」
「まず、クドラクが『遺物』使いかもしれねえってことは既に疑われてる。俺のとこにも別のとこから情報が入ったからな。
んで、仮に見逃して命を救ったとしても、このままならファリスは『遺物』目当てにいつかは狙われる。
病人で素人のあの嬢ちゃんですらアレだ。訓練された奴に渡ったら、どうなるかは簡単に見当が付くだろ?」
「……どうやっても、見捨てるしかないってことですか?そんなの……惨すぎます」
「救えるなら救いたいがな」
エストラーダ候の邸宅が見えてきた。ランパードさんは視線を彼女がいるはずの2階へと向ける。
「肝心なのは、一連の凶行に対するファリスの意思だ。もし自ら望んでやったなら……特に一般人の殺害は、全く許されることじゃねえ。
その時は俺も『クドラク』殺害に全面的に協力させて貰うぜ。
もしそうじゃないなら……『遺物』を何とかした上で、明日施術だ。上手く行く自信はないが、全力は尽くす。
幸い、ファリスはお前さんを狙う討伐部隊とは無関係らしい。上手く助けられたら、保護も含めて検討することになるが」
「……彼女に自覚があるかを見極めろ、そういうことですね」
ランパードさんが頷く。
「お前さんにどれだけ人を見る目があるかは知らねえ。ただ、トンチキ姫からお前さんの評価は聞いてる。……信頼するぜ」
#
「失礼します」
私はファリスさんの部屋に入った。この前のように、身体を起こしてじっと窓の外を見ている。アミュレットは……化粧台の上だ。
「……貴女は、プルさん、だったかしら?」
コホコホと咳をしている。見るからに、少し辛そうだ。
「はい。施術日が決まりましたので、その説明にと」
「エルフのお医者様は?」
「エストラーダ様に説明しております。お嬢様には、私が」
「そう。どのような形で行うのでしょうか」
私は簡単に流れを説明する。ファリスさんは黙ってそれを聞いていた。
「……施術後1、2日は睡眠魔法で眠っていただきます。痛みが抜けましたら治癒魔法と薬湯中心の治療になります。完癒までは、差し当たり術後2週間ですが……」
「その後には、普通に歩けたりするのかしら」
「ええ。ただ、落ちた体力が戻るまでは要療養です」
ファリスさんが小さく息をついた。
「……外の世界は、簡単には見れないのですね」
「……確か、ずっとお身体が」
「ええ。この屋敷の外に出たのは、数えるほどしかないのです。このまま、朽ちていくのは……絶対に嫌」
僅かに口調が強くなった。
「数えるほどしか、外出されたことがないのですか」
「……ええ。お母様に連れられて、幼い頃に何回か。亡くなってからは、お父様が心配して……」
「外に出たいと言ったことは」
ファリスさんが寂しそうに首を振った。
「何回も。でも、お父様は聞き入れませんでしたわ……。あ、お父様のことは愛しておりますわ。でも、このままだと……私は、『誰にも覚えて貰えない』」
「え」
「……もっと色々な人に会いたいし、自分が生きていたという証を……コフコフッ、残したいのです。このまま死ぬのだけは……コフコフッ!!」
「大丈夫ですか?」
辛そうなファリスさんの背中をさする。掌に、薄い紅が見えたのが分かった。
「はあっ、はあっ……ええ、この程度なら」
「でも血がっ!?」
「肺に病があるのですから、当然ですわ。……とにかく病を治さないと……」
この人は、生まれてからずっと籠の中の鳥だったんだ。広い大空に憧れるのは当然だろう。
……私とそんなに歳が変わらないはずなのに、どんなに辛かっただろうか。
……「忘れられたくない」、か。
自分の人生が無駄だったと思いながら死んでいく。これほど虚しく、悲しいことはない。
なぜ、ファリスさんが死ぬ可能性が小さくない……むしろ高い施術を受けることに躊躇いがなかったか、分かった気がする。
だとすれば、このことは伝えておかないと。
「……ファリス様、大切なお話があります」
「何でしょう?」
「施術の成功確率です。ランパード先生は5分と仰いましたが……実は、もっと」
うふふ、とファリスさんが笑った。
「自分の身体です。施術が賭けに近いものとは知ってますわ。それでも、生きる可能性がそれしかないなら、私は施術を選びますわ」
「……お強いのですね」
「いえ、それしかないだけですわ」
「それでもです。……私なら、きっと耐えられない」
「……私もですわ」
ファリスさんが一瞬目を伏せた。
「え」
「ランパード先生が来られるまで、私は絶望しておりましたの。このまま、生きる証も残せず逝くのかと。
でも、あなた方が来られて、私は生きようと思えましたの。今までのお医者様で、慰めとはいえ『治せる』と仰った方は、一人もいませんでしたから」
彼女の笑顔に、心が傷んだ。彼女がクドラクだとしても……この子の根は、20の女の子なのだ。真っ直ぐな、芯の強い。
……この子が自分の意思で人を殺しているはずがない。そのはずだ。
「……私たちが、必ず貴女を治します。ご心配なされないで」
「プルさんはお優しいのですね」
「い、いえっ!?……そんなことは」
「ありますわ。本当のことを伝えて下さった。嘘は、必ず明らかになりますもの……そして、その時どれほど傷付くか」
私は、自分の身分は勿論、姿すら偽っている。それを知ったら、彼女はどれだけ悲しむだろう。
動揺を顔に出さないよう、私は必死で堪えた。
ダメだ、今は真実を明かす時じゃない。
「……私は、ただの助手です。買い被り過ぎです」
「うふふ。謙遜なされないで」
直接、クドラクについて訊こうかとも思った。でも、きっと「知りませんわ」と返されるだけだろう。彼女の人となりを知れただけでも十分だ。
あとは、アミュレットを何とかしないといけない。あれを使わなければ、彼女が凶行を起こすことはないはずだ。
私は、化粧台の上のアミュレットに視線を移す。
「……ところで、あのアミュレットは?エストラーダ様からは、お母様の形見だと」
「ええ。とても貴重なものと聞いていますわ」
「手にとっていいでしょうか?」
「いいですわ」
化粧台に向かおうとしたその時。
「……ゲフゲフ、ゲフッッ!!!ゲーッフゲフゲフッ……!!」
さっきとは比べ物にならないぐらい、ファリスさんが激しく咳き込んだ。口からは、血が一筋二筋垂れている。
「大丈夫ですかっっ!!?」
「ゲフゲフッッ!!!このぐらい、ゲフッ、平気、ですわ……」
「先生を呼んできますっっ!」
私は階段を駆け降りた。ランパードさんとエストラーダ候を連れて戻ってくると、ファリスさんはハァハァと荒い息を吐いている。
「ファリスッ!!」
「もう、落ち着きましたわ……お父様、心配なさらないで」
「しかし明日施術だぞ?本当に問題ないのか」
ランパードさんがチラリと私を見た。私は頷く。
「……極力早く、お嬢様の体力があるうちに施術をする必要があります。明日、やりましょう」
「そうか……分かった。貴公に委ねよう」
「明日は早めに伺います。本日はお暇致しましょう。……プル、行くぞ」
部屋を去ろうとする私たちを、ファリスさんが呼び止めた。
「お待ちになって」
「何でしょう?」
「プルさんと仰いましたね。……施術が終わりましたら、是非お友達になってはくれません?」
「え」
「同じぐらいの歳の人で、こんなに長く話したのは初めてでしたの。よくって?」
「……はいっ」
私は彼女に微笑む。その瞬間、あることに気付いて、血の気が一気に引いた。
右手首に、アミュレットがある。
#
「……どうした、さっきから黙ってるが」
私たちは旧市街に向けて歩く。しかし、着いてほしくないという想いが足取りを鈍らせていた。
「分からないんです」
「クドラクの犯行が、ファリスの意思かどうか、か?」
「はい。……彼女と話していて、しっかりとした、強い心を持った子だと思いました。彼女が人殺しなんてするはずがないって。
でも……去り際、彼女はアミュレットを着けていた。私がランパードさんを呼びに下に行く前は、化粧台にあったのに」
「見間違いじゃねえだろうな」
私は首を振る。そうだったら、どんなに良かっただろう。しかし、間違いない。
そもそも、咳をしたタイミングがおかしかった。あの咳がわざととは思えないし、思いたくないけど……
私がアミュレットに触れるのを避けるためと考えたら、説明がついてしまう。
ランパードさんの目が鋭くなった。
「厄介だな。……もしファリスが自分の意思でクドラクになっているとしたら、それなりに頭は回る。あるいは……」
「私たちは警戒されてる?」
「かもな。エストラーダは信用しきっているが」
私は、騙されていたのだろうか?彼女の言葉に嘘があるとは思えない。でも……行動は確かに不可解だ。
空は茜色から藍色へと変わろうとしている。もう、迷っている時間は、ない。
ランパードさんが、急に空を見て叫んだ。
「上から来るぞ!!気を付けろっっっ!!!」
視線を上げる。そこには……僅かに歪んだ空が見えた。まさかっっ!!?
ドズンッッッッ!!!
私が駆け出すのと、私がいた地面にナイフが刺さったのは、ほぼ同時だった。
キャラ紹介
ロペス・エストラーダ(68)
男性。164cm、60kgの小柄な老人。白髪だが髪量は豊か。口髭を生やしている。
重々しく上から目線の物言いをするが、高圧的ではない。モリブス政界では保守派であり、開放政策には徹底して反対の立場を貫いている。
調整型の政治家であり、平時においては有能。人望はそれなりに厚く、無頼衆に頼りがちな七貴族の中では相当にクリーンでもある。
ユングヴィ教団のネリド大司教との付き合いは深い。権力の源泉ともなっている。
実のところ、汚れ仕事はネリドらがやっている側面は否定できない。勿論、エストラーダもその点は認識している。その意味で清廉潔白ではない。
元の序列は第6位だったが、20年ほど前から政敵の変死などを受け勢力を拡大。現在の地位を手に入れる。
無論エストラーダの周辺は徹底して捜査されたが、何もなく無罪放免となった。
背景には初代クドラク(エストラーダの妻、レナ・エストラーダ)の暗躍があったのだが、その点をどこまでエストラーダが知っていたかは10話時点では不明。
1人娘で妻の忘れ形見、ファリス・エストラーダを溺愛している。




