第9話
「……施術の流れは以上です」
ランパードさんの説明に「本当に大丈夫なのか」とエストラーダ候が不安がった。
無理もない。頭蓋に穴を明け、そこから病の巣を切り抜くなんて……正直、現場を見たら倒れそうだ。
ランパードさんは難しい顔をして頷く。
「施術には万全の注意を払います。ただ、私の腕をもってしても5分です。
さらに、肺の病も厄介です。脳を何とかした後、こちらにも手をつけねばなりません」
「本当に、助かるんだろうな?」
「お嬢様を助けられるのは、世界では私以外に1、2人かと」
「……分かった。金は幾らでも払う」
「それについては治った後にでも。……ところで、お嬢様は最近変ではありませんか?」
来た。本題だ。
「変……とは?」
「夜いなかったり、あるいは何か部屋で物音がしたり……」
エストラーダ候が首を捻る。
「さて……そもそも、ファリスは数メドを歩くのもやっとだぞ?メイドの助けを借りねば厠で用も足せん」
ランパードさんが訝しげに私を見た。しかし、あのアミュレットは間違いなくクドラクが着けていたものだ。
「朝はどうですか」
「昼まではまず起きん。さっき身体を起こしていたのを見て驚いたくらいだ」
どうもエストラーダ候はファリスさんがクドラクであるかもしれないことに気付いてないようだ。ランパードさんの推測は、やはり正しいのかな。
しかし……昨晩のクドラクの動きは、どう考えても病人のものではなかった。「遺物」が力を与えているとしか考えられない。
そして、ひょっとしたらあのアミュレットこそが……
私は2人の会話に割り込んだ。
「ちょっといいですか」
「どうしたプルミ……プル」
コホンとランパードさんに咳払いをした。流石に正体を知られたらまずい。
「エストラーダ候、お嬢様の化粧台に、アミュレットがありましたが……あれは?」
「おお、気付いたか。外しているのは珍しいと思ったのだ。あれは母親の形見の一つだ」
「形見、ですか」
「そうだ。輿入れの時に持ってきたものでな。あいつの家の家宝であったと聞いている」
「家宝」
「そうだ。常に着けておってな……亡くなる前に、ファリスに託したのだ」
「失礼ですが、奥様も病で?」
エストラーダ候が辛そうな顔で俯いた。
「違う。15年前……自ら命を絶ったのだ」
「え」
「詳しい理由は知らん。ただ、『幸せでした』とだけ……その話は、もういいか」
「……そうですか、すみませんでした」
15年前……「追憶」を使って「思い出させる」には、私の力はまだ十分じゃない。
すごく時間をかければ真相が分かるかもしれないけど、そこまでする必要もないように思えた。何より、そんな余裕はない。
ランパードさんの表情がさらに鋭くなっている。
「その家宝、何か特別な由来が」
「私も詳しくは知らん。ただ、特別なまじないが込められていると聞いたことはある」
「よもや、『遺物』とか」
「まさか。……もう片方の形見は、明らかに尋常のものではないが」
「……そうなのですか?」
身を乗り出すランパードさんに、エストラーダ候が苦笑いする。
「すまん、施術とは関係がない話だな」
「それもお嬢様が?」
「ああ、女物なのでな。一度でいい、あれを着たファリスが見たいものだが……この話は、これでいいだろう」
女物……ドレスか何かかな。エストラーダ候は話を打ち切りたがっている。
ファリスさんがクドラクである可能性は考えてなさそうだけど、何か隠してる気がする。
「失敬。施術の日程を決めたいのですが……少し、助手と相談させてくれませんか」
「ここではダメなのか」
「ユングヴィからも応援が必要ですから。一度、退かせて頂きます。午後にまた、伺わせて頂きたく」
「そうか。では、暫し待とう」
#
「……限りなく黒だな」
エストラーダ邸を出るなり、ランパードさんが口を開いた。
「あのアミュレットと、もう一つドレスか何か。どちらも『遺物』だろう。どんな代物かは分からないが、それでファリスはクドラクになっているっぽいな」
「でも、どうしてそんなことを?それに、あの子が人殺しをするなんて、とても……」
ランパードさんが立ち止まり、エストラーダ邸を見た。2階の彼女の部屋に、人影は見えない。
「そこは分からねえが……実は、クドラクは『2代目』なんだよ」
「え?」
「今から18年前にも、モリブスの要人が次々暗殺される事件があった。3年ぐらいそんなことが続いてな。誰が言い始めたか、その暗殺者は『幽鬼クドラク』と呼ばれるようになった。
犯行の頻度は今のより遥かに少なかったが、手口は酷似してた。俺がモリブスにいるのは、そういう背景もある」
「……まさか」
「さっきの会話で確信した。『初代』はファリスの母親だ。自殺した理由は分からねえが、前のクドラクが消えた時期とはほぼ重なる。
母親の遺志を継いだ、というのは考えすぎかもしれねえが……エストラーダの口振りからして、母親については何か知っていそうだな」
そうだったのか。しかし……どうすればいいのだろう?
私の中に、恐ろしい考えが浮かんだ。
「ひょっとして、施術をわざと失敗して……」
「いや、限りなく黒だがそれはやらないしやれねえ。医術士として、治すものは治す。それが誇りだからな。
ただ施術をするなら、白だと確信した時だ。殺すために治すほど意味のないことはねえよ」
「ならこのまま放置、ですか?」
「それも被害が増えるだけだろうな。悩ましいのは、施術日を決めた場合ファリスが動く可能性があることだ。
『施術するしかない』とか言ってたが、施術中に死ぬ可能性は考えるはずだ。施術日前になったら、確実にクドラクは現れる。もしファリスがクドラクなら、な」
「でも、このまま黙っているわけにもいかないですよね……」
ランパードさんが頷いた。
「一番手堅いのは、施術日を告げた上でその前に動いた所を叩くってことだな。ただ、そのためには対策が欲しい。
『遺物』の性質が分かりゃやりようもあるんだが……」
どこかに「遺物」に詳しい人がいればいいのだけど。
……ひょっとして、あの人なら。
#
「今日はお前だけか」
意外そうにジャックさんが言った。既にウィテカーさんの魔法の効果は切れている。
ランパードさんは「俺は外で待つ」と控えていた。ジャックさんと顔を合わせたくない事情がありそうだけど、そこは今問題じゃない。
「はい。……私がクドラクに襲われたところを、まお……エリックが庇って」
「容態は」
「大丈夫です。デボラさんが治してくれましたので」
ジャックさんがふうと息をつく。
「そうか、あいつらともう会っていたか。俺のことも聞いてるな」
「ええ、後見人だとか」
「一応な。で、俺の所に来たということは収穫があったということだな」
私はクドラクの正体がファリスさんかもしれないことと、アミュレットの話をした。ジャックさんは煙草を吸いながら黙って聞いている。
「それで、アミュレットと……多分ドレスなんですけど。『遺物』だとしたら、心当たりはありますか」
「ちょっと待ってろ」
ジャックさんは本棚から厚い本を取り出す。
「それは?」
「今まで判明している『遺物』の一覧だ。まあ国家の最高機密として秘匿されているものも少なくないが、それでも結構な範囲では押さえられてる。
オルランドゥには『遺物』の研究者もいるからな。管理者たる俺の所にも、ある程度の情報は集まっている。……アミュレットとドレスだったな」
横から覗くと、まるで辞典のように索引がある。……こんなに「遺物」ってあったんだ。
「一応言うが、『遺物』もピンキリだ。『3級』だとただの魔術具に毛が生えた程度の力しかない。普通にそれと知らず売られてたりもするからな」
「……どこにあるのかまで記録されてるんですね」
「こいつは第6版だから、情報は今から5年前時点のものだな。言うまでもないが、この一覧自体がかなりの希少品だ。オルランドゥでも、数人しか持ってないはずだな……と、アミュレットはこの辺りか」
ジャックさんが指差したページには「聖人ディオのアミュレット」とある。挿し絵は……まさしく私が見たあのアミュレットだ。
「『2級』……ですか?」
「等級は評価者が独断と偏見で決めてるからな。そもそもこいつは初版から記述が変わってないから、あまり当てにはならんぞ」
記述を読み進める。……これは。
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「聖人ディオのアミュレット」
等級:2級
場所:モリブス・ベルチェル家
初出:初版(聖歴402年)
概要:ベルチェル家に伝わる遺物。ミゲル・ベルチェルからの聞き取りを基に記す。
着用者と対象者が接触時、対象者の思考を読み取れる。
夜間に着用した場合、着用者の身体能力を限界突破させる。ただし肉体的・精神的反動も大きく、継続的使用は心身の病に繋がるとされる
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「ベルチェル家って」
「今から30年ほど前に跡絶えた貴族だ。ロペス・エストラーダの妻がベルチェル家かは知らないが」
……読み直すと寒気がした。これは……ファリスさんの病って、このアミュレットのせいなの??
そして、合点が行った。ファリスさんは、エストラーダ候が本当に何を求めているのかを、これを使って知ってたんだ。あるいは、彼女のお母さんも。
「……さっきお前が言ったこととも符合するな。間違いない、これを使ってファリス・エストラーダは『クドラク』になった。
死にかけの病人でも、これを着けていれば夜に限り無敵の怪人になれるというわけだ」
「……とすると、もう一つのドレスって」
「少し待て。……これか」
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「フローラのドレス」
等級:推定1級
場所:モリブス・ベルチェル家
初出:初版(聖歴402年)
概要:ベルチェル家に伝わる遺物。ミゲル・ベルチェルからの聞き取りを基に記す。
ロングドレスで色は不定。ただし現物は見せてもらえず。
ベルチェル家の家業に関連するためか?気配遮断かつ視覚の混乱に関連すると推測
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「……家業?」
「ベルチェル家は昔暗殺者を多く飼っていたらしいな。とすれば、これを使っていても驚かない。
この2つの組み合わせか……なるほど、相性はいい」
ふーっ、とジャックさんは白い煙を吐いた。
「……私が見たあの歪みは、ひょっとして」
「ドレスの生地、だったのだろうな。周囲に姿を溶け込ませる効果か……厄介だな」
「どう対応すればいいんでしょう?」
暫くジャックさんは考えていたが、やがてニヤリと笑った。
「……エリックなら何とかできるな」
「そうなんですか?」
「本人にこの話をしたら、俺と同じ結論に辿り着くはずだ。
まあ、それについては本人から聞いてくれ。ここで出歯亀している奴には聞かれたくないだろうからな」
「え」
ジャックさんは呆れたように灰皿に煙草を押し付ける。
「俺が気付かんと思ったか?部屋の隅だ」
彼の視線の先にはネズミがいた。「しまった」と言わんばかりにそれは穴からどこかに逃げていく。
「あれって……」
「『憑依』だな。小動物を操り、感覚を共有する。諜報活動には最適な魔法だ。
使えるのはごく限られたエルフしかいないが、まさかそいつが協力者か?」
「……はい」
嘘をついても仕方がない。それにしても、ランパードさんが盗み聞きとは……正直ショックだ。
ジャックさんは「やれやれ」と首を振った。
「連中を信用しすぎるな。奴らはいざとなれば簡単に裏切る。エリックも言っていただろう」
「……すみません」
「……外にいるのはトリスの高位にある人物か。エリザベート・マルガリータの差し金かもな」
「えっ」
「あの女、馬鹿に見えてなかなかの狸だぞ。まあ、アリスがお前とエリザベート姫を同じ研究室にしたということは、あいつなりの考えがあるんだろうが。
とにかく、奴らを100%の味方とは思わんことだ。奴らは奴らなりの目的があって動いているからな」
#
「どういうつもりなんですか」
開口一番、私は木陰にいたランパードさんを問い詰めた。バツが悪そうに頭を掻きながら、彼が答える。
「ジャック・オルランドゥは、エリック同様俺らを信用してないからな。情報の共有のためには仕方なかった」
「でも盗み聞きなんてっ!?」
「怒るのは無理もねえ。ただ、繰り返すが『俺らと嬢ちゃんたちの利害は一致している』。
俺がこの件について嬢ちゃんたちに不利益になるようなことはしねえ。それだけは誓って言える」
「じゃあ他の件では敵に回るってこともあるんじゃないですか?」
「かもな。ただ、俺の有用性を知っているからこそ、ジャック・オルランドゥは情報を『敢えて漏らした』」
「え」
ランパードさんの目が、一瞬だけ鋭くなった。
「狸はどっちだって話だぜ……食えねえ奴だ。
まあ、俺にエリック・ベナビデスの真価は教えたくないらしいな。『加速』以外に何があるのかは知らねえが。
俺はクドラク討伐が成功すりゃそれでいい。もはやファリスがクドラクだというのは確定的だ。施術日はいつにする?」
「……どちらにせよ、告げたら」
「すぐにファリスは動くだろうな。せっかくだから、施術は明日にでもしておくか。つまり、今夜決着が付くだろうな」
「その前に、いいですか」
「ん?」
「一度、彼女と話してみたいんです。魔王の所に行った後、エストラーダ邸に同行させてくれませんか」
私はまだ迷っていた。ファリスさんがクドラクであるのは間違いない。
でも、目の前で見たクドラクのあの邪気と、儚いファリスさんの印象は、未だに全く重ならないのだ。
もし凶行が「遺物」のせいなら、彼女は殺されるべきじゃない。
救えるならば、救いたかった。たとえ魔王に「甘い」と罵られようと。
「……分かった。とりあえず、4の刻にまた会おうぜ」
#
「ん、戻ったか」
モグモグとシロップ漬けのパイ「バクラバ」を食べながら、魔王が言った。ベッド横のテーブルには、コーヒーと思われる琥珀色の液体が入っている大きめのカップがある。
「随分元気そうね」
「まあかなり寝たからな。んぐっ、お前も食うか」
「……じゃあ一つ」
パイをつまんで口に放り込むと、途轍もない甘さの中に濃いナッツの香りがした。モリブスの料理はとにかく味が濃いのだけど、お菓子もその例外じゃない。
砂糖抜きのコーヒーで口の中を洗いながら食べると美味しいのだけど、単独ではいかんせんくどい。
私がカップに手をやると、魔王が少しムッとした様子になった。
「俺のも残せ」
「もちろん。あむっ……クドラクの正体、あなたの言う通りみたい」
「ファリス・エストラーダか。やはりな」
魔王はふん、と得意気に鼻を鳴らす。私はエストラーダ候とのやり取りと、ジャックさんから「遺物」について聞いたことを告げた。
「……で、施術は明日の予定。ずずっ……多分、今晩クドラクは襲ってくるんじゃないかって」
「迎撃か。策は」
「ジャックさんは、あなたなら自分と同じ結論に達するだろうって言ってたけど」
魔王はまた「バクラバ」をつまんだ。視界にネズミや猫は……いないみたいだ。
「……『アレ』を使え、か」
「それって……前に言ってた『切り札』?」
「いや、それとは違う。あれよりも自分への負担は軽いが、周辺への被害が大きいのは同じだ。
それでもかなり確実に深手は与える。相手の姿が見えないなら、これぐらいしか手がない」
魔王が耳打ちした。……そんな技があるの??
でも、確かにこれなら姿が見えようが見えまいが関係ない。何故なら「避けられない」から。
「デボラたちには、後で説明する。綿密な下準備が必要だからな。そして、ここで重要なのは……『囮』だ」
「まさか、私が囮に?」
「お前しかいるまい。あのエルフにも協力して貰うがな。もちろん、安全は極力確保する」
そう、魔王の策は囮を必要とする。そして誘き寄せた先に……魔王がいる。
「ちょっと待って。ファリスさんがクドラクだとしても……『遺物』のせいだとしたら、救えるかもしれないじゃない?」
「馬鹿か??」と罵られるものだと思っていた。しかし、彼の言葉は予想外のものだった。
「それも道理だ。だから、お前が判断しろ」
「え」
「もし、ファリスが討たれるべきだと思うなら、旧市街の噴水前に来い。作戦を決行する。
救えると思うなら、今晩はジャックの所に身を寄せろ。あのエルフにもそう伝えておけ」
魔王は真っ直ぐ私の目を見ている。私を信頼してくれている、のかな……
私は小さく、でもしっかりと頷いた。
「分かった。あなたの身体は?」
魔王はシロップを舐めとり、静かに笑う。
「休養は十二分に取った。今度は不覚は取らん」
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それからの数時間の出来事を、私は決して忘れないだろう。
キャラ紹介
ジャック・オルランドゥ(46)
男性。魔族であり、オルランドゥ魔術学院のオーナーと言える存在。
創立家であるオルランドゥ家は代々魔術学院の運営と研究を陰ながら支えてきた。
ただ、魔族が表立った活動をするのを世間は良しとしないとの判断から、ジャック含め裏方に徹している。とはいえ研究者からの献金で経済的には一切不自由しない。
ジャック本人も凄腕の魔術師であり、魔術研究者。ただ、さる理由で数年来体調を崩しており、車椅子なしではろくに行動もできない。
かつては冒険者としての顔もあったらしく、デボラらの両親とはそこで付き合いがあったようだ。
世間的な知名度はないが、ランパードら一部の上層階級では名が知られた存在ではある。
身長178cm、58kgの痩躯。灰色の髪に白っぽい褐色の肌をしている。体調を崩す前はもう少し体重があったらしい。
魔族を含め、亜人などのマイノリティの支援を行ってもいる。民族融和派のベーレン候とは親しく、実は政策にも関与していたりもする。
エリックの父親ケインとも付き合いが深かったようだ。もちろん「サンタヴィラの惨劇」については疑念を持っており、それがエリックを支援する理由ともなっている。
プルミエールの指導教官であるアリス・ローエングリンとは浅からぬ仲のようだが……?




