8(リサ視点)
「リサ・ウェイリザーブ様、ペンナリユン侯爵があちらの部屋でお待ちです。この者がご案内致します」
息を切らせながら車寄せまで辿り着くと、茶色の制服を着た男性に声を掛けられました。
「ありがとう。あ、この後」
「はい。ジュリエンナ様への伝言も承っております」
「そう。よろしくお願いします」
私が尋ねる前に答えが返ってくる、さすが宮殿で働くだけあって話が早くて助かるわ。
「開始の鐘が鳴る前に、急がなくちゃ」
息を整えながら階段を上り、案内に付いて中へと入りました。
大広間の階段に続く通路は開場を待つ人の列が既に出来ているけれど、私が歩く廊下は静かすぎてなんだか怖いほどです。
「こちらです。リサ・ウェイリザーブ様がお着きになりました」
「あぁ、早く中へ」
叔父様の声が聞こえました。一声聞いて逃げ出したくなる程の、不機嫌そうな声に私の体はビクリと震えました。
「どうぞ」
「ありがとう」
ドアを開けてくれた案内の男性の顔が、一瞬気の毒そうな表情に見えた気がしました。
ええ、私だってこんな声の叔父様と対面したくはありません。そして、それより怖い方も中にいらっしゃると思うと逃げ出したいくらいです。
「お待たせして申し訳ございません」
深呼吸をひとつして、女は度胸と覚悟を決めて中に入りるとパタリと静かにドアが閉まりました。
今すぐ逃げ出したいけれど、もう後には引けません。
部屋の中には、苦虫を噛み潰したようとはまさにこの事かといった顔の叔父様と、真っ青で今にも倒れそうな叔母様、そしてある意味こちらの方が恐ろしい無表情のクラウビィン侯爵ご夫妻の姿がありました。
すでに人払いされているのか、その他は誰もいません。
私の両親も居ないのは、良かったのか悪かったのか。
いえ、これからすることを考えれば、両親が居なくても良かったのかもしれません。
「リサ」
「申し訳ございませんでした」
クラウビィン侯爵ご夫妻の目の前まで進むと、私は床に座り込み額が床につくまで、深く頭を下げました。
この国の貴族が平伏し謝罪するのは、神に罪を懺悔する罪人だけです。
平民は陛下に拝謁する際同じ様に平伏するそうですが、貴族の礼ではありません。
「リサッ」
「私はフィオリーナ様の側におりながら従姉妹の、ジュリエンナの愚かな行為からお守りすることが出来ませんでした。大変申し訳ございません」
「詳しい話はまだ聞いていないが、なぜここにいるのが君だけなのかな」
「はい。ジュリエンナは自分がしたことの罪の深さに動揺しており、まだ馬車の中に居ります。私はまず状況をお伝えするべく急ぎ参りました」
頭にきて馬車に置き去りにしたとはさすがに言えません。ここに着くまでに、少しジュリエンナの頭が冷えているといいのですが、心配です。
まさか、騒ぎながら馬車を降りたりはしない筈。そこまでの馬鹿だとは思いたくないです。
「分かった。では話して貰おうか」
「はい。ジュリエンナとフィオリーナ様のドレスが似ていた事が原因です。私達は学園から同じ馬車で参る予定でした。けれど、フィオリーナ様のドレスを見たジュリエンナはフィオリーナ様が自分のドレスを真似たのだと思い込み、一人別の馬車を使うことにしたのです」
頭を上げて良いと許可が出ていないので、平伏したまま話を続けるしかないですが、この体勢は精神的にも肉体的にも辛くて涙が出そうになってしまいます。
「私達の乗った馬車は何故か東門から中に入りました。これはジュリエンナの指示です。先に来ていたジュリエンナは馬車から降りてきたフィオリーナ様のドレスに赤いインクを」
「なんて馬鹿な事を」
悲鳴のような、か細い叔母様の声が聞こえました。
「まだ馬車の中にいた私は、馬車に乗り込んで来たジュリエンナが正門に向かう様指示するのを呆然と見ているだけでした」
何が悪いと言えばこれが悪手だったと思います。せめて馬車の中で起きた事なら、門を出て宮殿から離れた場所で浄化の魔法が使えたのです。
「すぐに馬車を東門に戻すよう指示をしたものの、既に正門に入っており、連なる馬車の列から抜けることが出来ず私は馬車を降り歩いて参りました。これは人伝に聞いた話ですが、後に残されたフィオリーナ様は、一緒にいたラビニアさんにブラン様への言伝てをされた様で、ブラン様がすでに東門に向かわれたそうです。今知人に様子を見に行って貰っていますので、もう少ししたら状況が分かるかと思います」
ブラン様は聡明な方と評判だから、きっと今ごろはフィオリーナ様の窮地を救って下さっている筈です。
いいえ、そうなっていると信じたいです。
「そうか。すまなかったねウェイリザーブ嬢、辛い事をさせてしまった」
クラウビィン侯爵自ら私の手を取り、立ち上がらせて下さいました。
なんだか少しクラクラします。
パーティーはまだ始まっていないというのに、もう体力と気力の限界が来ているようです。
「さあ、座って」
「でも」
「話を聞けば君は何も悪くはないのでは? 違うかい」
「手を下してはいませんが、ジュリエンナを止められなかった私にも責任があります」
ジュリエンナが何か仕出かす度、私はそうやって両親に責められてきました。従姉妹とはいえジュリエンナは侯爵令嬢で、私は格下です。従姉妹とは名ばかりの侍女みたいなものと思えと、事あるごとに両親に言われ育った私にとって、今回の出来事は何度謝罪しても足りないくらいの大事件なのです。
「インクの染みなど、大事になると思わなかったのか」
「フィオリーナ様は浄化の魔法を得意とされていますので、ジュリエンナは少し驚かすだけのつもりだったかと」
言い訳だけど、本当にそうなんだから始末が悪いと思います。
なんで、私の従姉妹はフィオリーナ様じゃなかったのでしょう。
神様に恨み言を言いたい、そんな気持ちで私は居心地の悪いこの部屋で俯いていました。




