↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放令嬢と剣聖師匠のすれ違い革命  作者: 囹圄
序章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/35

第六話 『失意と擁護』

「解(げ)せんな」


 己の簡単な境遇と、王都を追放され刺客に襲われるまでの経緯をヒルディアが話し終えたところで、スイガがつぶやいた。


「なにかわかりませんでしたでしょうか?」

「其処許の父の対応だ。国王に次ぐ権力者ということなら、窮地の娘ひとり助けるぐらいはできたのではないか? 難しかったとしても、なんでも買い与えるほど溺愛していた我が子の未来を、そう簡単に諦めるものなのか?」

「たしかに、今の説明ではそう思いますわよね」


 ヒルディアは俯(うつむ)き加減に溜息を吐く。


「私自身、あの時までは自分がお父様に愛されていたのだと思っておりました。いえ、思い込もうとしておりましたわ」

「そうではなかったと?」

「ええおそらく……今にして思えば、お父様がどんなわがままも受け入れてくださったのは、愛情ゆえではなく、単に、私に関心がなかったから、だったのでしょう」


 父が己に愛情を向けなくなったのは、おそらく妻を、つまり己の母を失ったのが原因ではないかとヒルディアは考えている。

 七年前、流行り病で母を亡くした後、父は目も当てられぬほどにふさぎ込んだ。

 そして、喪(も)が明けてからは、家のことはすべて家令に任せ、己は大臣としての仕事にかかりきりとなった。

 たまに家に帰った際に話しかけても、うわの空のような応答しか得られなかった。

 ヒルディアは孤独を紛らわすために社交界での活動に熱を注ぎ、派手に散財した。

 当時は自分でも気付いていなかったが、あの度を越した贅沢も、父の気を引きたかったからだったのだ。


「アイラに同情したのも、あの娘が自分と同じように母を早くに亡くし、父親から愛情を注がれていないのがわかったからですわ」


 そう言って、苦々しげに顔を歪める。


 要するに自分は、あの娘を通して、己自身を見ていたのだとヒルディアは思う。

 親から愛されなかったからこそ、人から愛されることを強く希求していた。

 社交界で多くの人の関心を買おうと努めたのも、寂しかったからだ。

 そんな己だからこそ、第二王子との将来に夢を見ていた。

 あの御方が王となり、それを私が傍(そば)で支える。

 そうすれば、殿下はきっと私を愛してくださるだろうと未来を想い描いていた。

 妃(きさき)となった後は、民からも、誰からも愛される存在になる。

 そして、いずれはきっとお父様も自分を見てくれるはず、などと考えていた。


「なるほど。だからこそ、アイラとやらが許せなかったわけか」

「ええ、そうですわ!」


 裏切られたのも当然許せなかったが、それ以上に己の欲した愛情を横から掠(かす)め取ったことがなにより受け入れられなかった。


「だから、友人たちにお願いして、あの娘が虐げられるように仕向けたのです! その結果が……今のこのあり様、ですわ」


 声を荒げていたヒルディアだったが、急速に消沈(しょうちん)してうな垂(だ)れる。


「でも……きっと、私は間違えたのでしょう……不義理をされたとはいえ、立場の弱い者を寄ってたかって攻撃するなど……恥ずべき行いでしたわ。殿下の怒りを買ったのも、致し方なかったのでしょう。つまりは、自業自得ですわ」


 そんな己のあさましさに気付いたからこそ、アイラは己を裏切り、とり巻きたちも見放し、キャリルは暗殺を企てるほど疎(うと)んじ、父も簡単に見限ったのだろう。

 スイガに説明するうちそう思い至り、ヒルディアは己自身に対して深く失望する。

 つまるところ、己が誰からも愛されなかった理由とは、単に愛されるに値しない人間だったというだけの話だ。


「……ぁはは」


 ヒルディアの口から乾いた笑いが漏れる。

 あれほど社交界で権勢を振るい、多くのとり巻きに囲まれ、誰からも羨望(せんぼう)の眼差しを向けられたのはなんだったのか。

 どれだけ口で褒めそやそうと、きっと皆、心の内では己を嘲(あざけ)っていたのだろう。

 社交界というハリボテの舞台で、自分を主役だと勘違いしていた道化。

 それが私だと、彼女は思う。


「……そうか?」


 スイガのつぶやきに、ヒルディアは俯(うつむ)けていた顔を上げる。


「へ?」

「己はこの国の法には疎(うと)いが、己の故国を含めたいくつもの国で、不貞は重罪とされている。そういった国では、婚姻中はもちろん、婚約中の不義密通(ふぎみっつう)も、姦通罪で厳しく罰せられる」

「それは……ここデールラントでもそうですけれど」

「さようか。ならば、少なくとも法的には、非は其処許(そこもと)ではなくアイラとやらと王子にあったのであろうよ。にもかかわらず其処許は、話を公にはせず、王子を咎(とが)めもせず、ただアイラとやらを虐(しいた)げた。何故だ。その娘が憎く、いたぶることで溜飲(りゅういん)を下げるためか?」


 この男は、何故そんなことをわざわざ確かめるのか。

 今の話を聞いた以上、どうせ他の者たちと同じように、己を蔑(さげす)んでいるくせに、などと投げやりに思う。


「さあ、もう忘れましたわ」

「これは己の憶測だが、其処許はアイラとやらが虐げられるよう仕向けることで、彼女に自主的に身を引かせたかったのではないか?」


 意表を突かれ、ヒルディアは大きく眼を見開く。


「法に訴えれば、その娘は立場的に重い刑に処されていたはず。其処許が酌量(しゃくりょう)を訴えようとて、法の決定は曲げられまい。アイラへの情を捨てきれていなかった其処許は、そうなることを厭(いと)うた。そして彼女が音をあげ己に泣きついてきたなら、自らの裁量(さいりょう)でどうとでもすることができる。そう考えたのではないのか? 王子を責めなかったのも、いずれ王となるその男の経歴に泥を塗らぬよう配慮したからではないのか」


 淡々と語るスイガを、ヒルディアは唖然(あぜん)とした顔で見つめる。


「だとすれば、其処許は己の心よりも、他人の命や名誉を優先したことになる。それも、相手は自分を裏切った者たちだ。そんな其処許が、自らの〝業〟によって身を持ち崩したなどとは、己は思わん」


 ヒルディアは動揺しながら、唇を震わせ声を絞り出す。


「わかりませんわ……だって、あの時は確かに、アイラを憎く思っておりましたもの……だから、あなた様のおっしゃるようにあの娘の身を案じたのか、ただ己の手で罰したかっただけなのか、今ではもう、自分の気持がわかりませんの」

「其処許の受けた仕打ちを鑑(かんが)みれば、憤るのは当然のことだ。少なくとも、先程のように己を卑下(ひげ)する必要などなかろう」


 この人は、とヒルディアは思う。

 何故こんなにも、私が欲しいと思っていた言葉をくれるのか。

 今まで時間をかけて関係を築いてきた者たちが尽(ことごと)く背を向けた己に、ほとんど赤の他人であるこの男だけが理解を示してくれていることに、戸惑わずにいられない。


「なんで……」

「ん?」

「なんで、そんなにも信じてくださるんですの? だって私自身がなにを言おうと、王都を追放されたのは事実ですし、刺客まで放たれたんですのよ?」


 スイガはわずかな間考えてから答える。


「先程、其処許は己を守って落命したという従者に、首飾りを与えたな」

「え? え、ええ」

「あれは、相当値の張る品と見た。以前はどうだったか知らんが、身ひとつで実家を追い出された今の其処許にとっては、唯一金銭に換えられる持ち物だったのではないか? それを、なんの得もないのに、恩を受けたという理由で、目下(めした)の、それも死者に与えるとは、お人好しを通り越して、もはや愚かでさえある」

「ふぅぐっ」


 脈絡なく貶(けな)され、変な呻(うめ)き声が漏れた。


「だがそんな其処許だからこそ、肩入れしたいと思ったのだ。己のことなど顧みず、誰かのために動けるというのは、間違いなく美徳だ」

「え、あ、ありがとう、ございます」

「それにそもそも不義理を働いたのは王子とその娘の方だろう? 其処許の対応以前に、そ奴らを擁護(ようご)する道理なぞあるものか」


 スイガは、話に聞き入っていたため止めていた手を動かし、ヒルディアの足にサラシを巻き終える。


「そんな連中に対して後ろめたさを感じる必要などあるまい。こうなった以上、其処許が王都の連中とかかわることは、もうないはずだ。なれば、悪縁が切れたと前向きに受け止め、人生をやり直せばよかろう」

活動報告にて序章6話と書きましたが、第六話が二話分の分量になっていると気づいたので、分割してもう一話追加します。7話目は今夜中に投降予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。