第三十五話 『不測と強行』
ヒルディアがガーハイムの腕を斬り飛ばしたことで、徴税官一味とジェイムズたち三人が浮き足立っている間も、スイガは他の男たちに背を向け、ヒルディアの行動を厳しく窘める。
「己らはジェイムズたちの目論見に加担するためこの村へやって来たのだ。であればこの場は荒事を避けるという判断が妥当だと普通に考えればわかるだろうが!」
ヒルディアは、困ったような顔で首をかしげる。
「でも師匠は、敵と見定めた相手が隙を見せれば、躊躇うことなく抜き打ちにするようにと、常々おっしゃられてきましたわ」
「そりゃ山での話だ!」
あんな場所まで来て野盗に成り下がるような人間は、大概まともでない。
だから、油断したり、まして情けなど掛ければ、たとえ剣腕で上回ろうと、一瞬の隙を突かれ殺される。
そんな環境で弟子を生き延びさせるため、スイガは常々敵には一切容赦せぬよう言い聞かせてきた。
ゆえにヒルディアのガーハイムへの対処は、スイガの教えに忠実に従った結果ではあった。
だが、あんな魔境と下界とでは勝手が違うし、今はその場に適した状況判断が必要な時だと、言わずともわからないものかとスイガは思う。
「それに、冷静だったと言ったな! 己の目にはおまえが私情に流されているように見えたぞ!」
「う、たしかに、あの男はすごくムカつきましたし、触られそうになって生理的に耐え難いというか、キモチワルすぎて軽くトラウマを刺激されはしましたけれど」
「ほら! やはり冷静なんかじゃなかったのではないか!」
「落ち着いてくださいな。師匠こそ現在進行形で冷静さを失っておられますわ。なんだか口調も乱れておられますし」
「誰のせいだ誰の!」
ヒルディアが表情を緩めながら師を宥めると、スイガはますますムキになり声を荒げる。
その背後では、顔面を赤く染めたガーハイムが、手当をしようとする配下を張り倒し蹴倒し、震える手を剣の柄にかける。
先程までは痛みとショックで動くこともままならなかったが、今は大量に分泌されたアドレナリンが痛みを抑制しつつ、怒りの感情に火をつけている。
「貴様ら、そこになおれ! こうなったからには生かしてはおかん! ワシ手ずから剣の錆にしてくれる! 特に女の方は、全身を切り刻みながら慰み者に――」
「だいたい、つい先日野営した時におまえは、もう無謀な真似などすまいなという己の言葉に同意したではないか! それをこんなにもすぐに忘れるとはなんだ!」
「べつに下級官吏ひとりの腕を飛ばす程度無謀でもなんでもありませんわ」
「だからそれが心得違いだというのだ! 過酷な環境に身を置いていたからといって、人里でもその理が通用するなどとは――」
「聞け!! ワシの、話を、聞けぇ!!!」
ガーハイムは声の限りに怒鳴るが、それでもふたりは彼を無視して言い合いを続ける。
屈辱と殺意のあまり、もはや顔色が紫色に変色したガーハイムは、とうとう剣を振り上げると、喚き散らしながらスイガの背後より斬りかかる。
「下賤者共が王陛下の臣であるワシに注意も払わんとは不敬の極みぃ!! そのそっ首叩き落として――」
「うるさい!!! 今弟子を指導しあっ!」
背後から近付く声に気付いていたスイガは、喉元に切っ先を突きつけ制止しようと、身を捻りながら後方へ抜刀する。
丁度そこへ、片手で剣を振り上げたガーハイムが、スイガの背を斬りつけようと大きく踏み込んできた。
結果、刀の刃はガーハイムの太い首に吸い込まれ、スイガはこれまで数え切れないほど繰り返した動きを体が自然になぞり、寸止めするはずの刀を振りぬいた。
ガーハイムの首が高く飛び、数秒の間をおいて地面に落ちると、二三度バウンドしながら転がった。
静止した首の顔は、部下たち向けられる。
カッと見開かれた目に見据えられ、男たちは声にならない悲鳴をあげる。
一方のスイガは、少しの間刀を振りぬいた姿勢で固まったまま目を泳がせていたが、やがて剣を下ろすと気まずそうに咳払いした。
その背後から、ヒルディアが短く声をかける。
「師匠?」
「あ、うん、これは……」
そうつぶやきつつ項垂れ、嘆息しながら額に手を当てるが、すぐに平静な態度を繕いながらヒルディアに向き直る。
「作戦を変更する。己は左の護衛を尋問して情報を得るので、ヒルダはあとのふたりを斬れ」
「わかりましたわ!!」
スイガは血振りして納刀すると、あまりの急展開にオタつくことしかできない護衛たちのうちのひとりに歩み寄る。
上官を殺した男の接近に気付いた護衛は、剣の柄に手をかけながら威嚇する。
「な、なんだ、そこで止まれ! 止まらんと斬るぞ!」
「やってみろ」
護衛の兵士は剣を引き抜きかけるが、一足跳びに間合いを詰めたスイガは、相手の柄尻に掌を当て剣を鞘に押し戻す。
「なっ!? ごっ!」
護衛の男は動揺する間もなく、肘で顎を打ち抜かれ、膝から崩れ落ちる。
その体が地面に沈む前に、スイガは襟首をつかんで支える。
「きっ、貴様! ガーハイム様に続いて我らも害そうというのか!」
他の護衛が怯えを隠すこともできずに喚くが、スイガはそれを無視し、村の男衆三人組の方へ顔を向ける。
「ジェイムズ、この村で誰にも会わず見られず尋問ができる場所はあるか?」
「え、じ、尋問、ですか?」
狼狽したジェイムズは、思考がまわらず質問に対して質問を返した。
すると、傍らのエヴァンスがたどたどしくもどうにか答える。
「それなら、さ、さっきの教会、とか、いいんじゃねえか?」
「あそこか」
なるほどうってつけかもしれんとスイガは思う。
それに、来た道を戻れば良いので、案内もいらない。
「祈りに来る村人はいないのか?」
「あ、ああ、司祭が逃げちまってから、誰も近寄ろうとはしてねえ、そのはずだ」
「あ、で、でも、教会は、司祭が姿を消す際に、鍵をかけていって、だから扉を開けられないんです」
「問題ない。錠前破りの心得がある。無理でも、扉を蹴破れば入れるだろう」
「そ、それなら、正面扉より裏口にまわってください。鍵は正面よりも、簡易的なものですし、扉を壊すにしても目立ちませんので」
ジェイムズの言葉に頷くと、スイガは意識を失ったままぐったりしている護衛を引きずり教会の方へと歩き出す。
「ま、待て! どういうつもりか知らんが、みすみす仲間を連れて行かせるものかよ!」
スイガの立ちまわりを目の当たりにして手を出しかねていた他の護衛たちだったが、彼が背を向けたことで斬りかかろうと剣の柄に手をかける。
「待つのはあなたたちの方ですわ」
後ろからかけられた声に男たちがふり返ると、抜き身の剣を持ったヒルディアが立っているのに気付く。
「ああ、女もいたな」
去っていく男よりも、剣を持った女への対処が先と判断し、護衛の兵士たちはヒルディアに向きなおる。
ヒルディアがゆっくりと刀を持ち上げ正眼に構えると、向かって右側の兵士が剣を抜こうとするのを、左手の兵士が手で制した。
「おい、なんだ?」
「まあ待て。先に訊いておきたいことがある」
向かって左手の男は、ヒルディアに問う。
「貴様ら、何故いきなりガーハイム様を殺した。それに、おまえの連れの男は我らの仲間を尋問するなどと言――っ!!」
問い掛けの途中で、ヒルディアは左手の兵士との間合いを一気に詰めると、相手が反応する間も与えず刀を横薙ぎに払った。




