第三十三話 『徴税官』
「そこの者、よく見れば村長の倅ではないか。今は農作業中であろう。こんなところでなにをしておる」
徴税官のガーハイムは、生え際が大きく後退した髪と、脂ぎった肌、豊かな口髭が特徴の中年男だった。
背はヒルディアとほとんど変わらぬぐらいだが、恰幅が良く、ジェイムズたちの倍近くは体重がありそうな体つきだ。
装いは、金属製の鎧と若草色のマントを身に着け、兜を脇に抱えている。
人里の近くで狩りをするなら、ここまで重武装をする必要はないはずだ。
もしかしたら、村人の中に自分たちに反感を抱いている者がいると気付いて、警戒しているのかもしれないとスイガが考える間に、ジェイムズが愛想笑いを浮かべて応対する。
「こ、これはようこそいらっしゃいました、閣下。村へお立ち寄りいただくとは知らず、歓迎もできず申し訳ございません」
「ん、ああ、気にせんでよい、井戸を使いに来ただけだ。それより質問に答えよ。なぜ畑に出ておらんのだ。貴様は村の若集のまとめ役と聞いておるぞ? さぼっていては示しがつくまい。我らは税を徴収する立場ゆえ、村人の怠慢によって収穫が減るような事態は見過ごせん。だから答えによっては、貴様と連れの者たちに相応の罰を与えんといかんなぁ?」
そう言ってガーハイムはジェイムズに嗜虐的な笑みを向ける。
立場の弱いものを嬲って楽しんでいるような様子だ。
護衛の男たちも、軽薄そうな薄ら笑いを浮かべている。
ヒルディアとスイガは、早くも男たちの人間性を察する。
これでは反乱を企てられても仕方あるまい。
「い、いえ、決してさぼっていたわけでは! こ、このおふたりが、我々の作業しているところへやって来られまして、旅の途中で水と食べ物が尽き、分けてほしいと言うので、どうにか融通しようと村へ戻ってきたのです」
「ふたり?」
ガーハイムは眉を顰め、ジェイムズたちの後ろに隠れるように立っているフードのふたり組に視線を向ける。
「ほう、旅人か。こんな辺境に珍しい。ワシはこのあたりの村の面倒を見るよう領主から任されているガーハイムという者だ。フードをおろして面を見せよ」
ヒルディアは一瞬躊躇するが、スイガがフードに手をかけたため、それに倣う。
ふたりが同時にフードをおろすと、ガーハイムの視線は赤い髪の目立つヒルディアに向けられ、その顔を見て息を呑む。
「お、おぉ……これは、信じられん」
こんな田舎はもちろん、都市でもお目にかかったことのない美貌に、男たちの目は釘付けとなる。
「お、お嬢さん、巡礼の旅かなにかかね」
ガーハイムから上ずった声で問われ、ヒルディアは感情のこもらぬ声で応じる。
「いいえ、武者修行ですわ」
「武者修行? ほっほ」
愛でるような、それでいて嘲るような笑いを、ガーハイムは漏らす。
「……なにかおかしくって?」
「ん? いやいや、なんとも勇ましいと思ってな。しかし……よもや女の口から武者修行などという言葉が出ようとは」
おどけたような口調でガーハイムが応じると、共の男たちもくすくすと笑う。
まずいな、とスイガは思う。
五年も一緒に暮らしたことで、ヒルディアの性格、趣味嗜好はよく理解している。
この男たち、特にガーハイムは、彼女が最も嫌う類の人間だ。
こいつに比べれば、蛇蝎どころか、山蛭や南京虫でさえ、まだ好感が持てるはずだ。
そう考え、ヒルディアの顔をチラと窺い、スイガはギョッとなる。
男たちと同じく、彼女が笑みを浮かべていたからだ。
笑顔を浮かべた時の彼女は、己の想像もつかない行動をとることがあると、スイガは過去の経験から知っていた。
だから、男たちに聞こえぬよう耳打ちする。
「ヒルダ、感情に任せて動くなよ?」
「ええ師匠、承知していますわ」
落ち着いた口調から、どうやら冷静さは保てているようだと察せられた。
だがそれなのに、なぜか嫌な予感がする。
念のため、重ねて釘をさす。
「この男をここで殺すわけにはいかん。わかっているな?」
「もちろんですわ」
淀みのない回答だったが、言葉が抑揚を欠いているようにも感じられた。
本当にわかっているのかと不安にもなる。
一方、ガーハイムもジェスチャーで部下たちを集め、スイガたちに見られぬよう口元を隠しながら囁く。
「男は邪魔だな。どうにかせよ」
「お任せください」
一瞬、ひどく歪んだ笑みを浮かべるも、どうにかそれを引っ込めたガーハイムは、両手を広げてヒルディアに歩み寄る。
「水と食料が必要なのであったな? よかろう、官舎まで来ればお分けしよう。それと、部屋を用意するので今日は泊っていくと良い。ベッドで眠れば旅の疲れもとれよう」
思いがけぬ申し出に、ヒルディアとスイガは視線を交わす。
これは、好機ではないか。
砦にさえ入ってしまえば、あとはどうとでもなる。
しかし、どうするかを確認し合う前に、ふたりの間に取り巻きの男たちが割り込む。
「おっと、おまえはダメだ。村で厄介になるか、野宿でもしろ」
立ちはだかる兵士の言葉に、スイガは眉根を寄せる。
「なに? どういうことだ」
「どうってそりゃあ、なあ?」
男たちが視線を交わし合いながら下卑た笑みを浮かべるのを見て、スイガは徴税官らの意図を察する。
ヒルディアを官舎に連れ込み、弄ぶつもりか。
「せっかくの申し出だが、彼女をひとりにするつもりはない。水と食料もけっこうだ」
ヒルダなら、ひとりでもこの程度の男たちに後れを取ったりはしないだろう、とスイガは確信する。
だが、砦の備えや他の兵士たちの実力がわからない以上、まんがいちということもあり得る。
それにこれ以上、徴税官とこの男たちの下劣な欲求を、彼女に向けさせているのは忍びない。
一方の男たちは、スイガの強気な反応に軽く驚く。
「おいおい、状況わかってるのおまえ? 叩きのめしてわからせられたいのか?」
「ってか、よく見たらこいつ、ここらの人間じゃねえな。蛮族は聞き分けが悪くて困るぜ」
「まあ落ち着けよ。こいつもタダで自分の女を好きにされるってんじゃそりゃ納得もできねえだろ。だからこいつで手ぇ打とうや」
正面に立つ男が、腰の布袋から取り出したものを、スイガの足元に放る。
金属がぶつかり合う音とともに、数枚の銅貨が転がる。
「…………あ?」
つまり、金をやるからヒルダを差し出せということか。
男の意図を察し、スイガは頭の芯が急速に冷めていくのを自覚する。
「まあ路銀の足しにでも――ひっ!?」
男たちの表情が揃って引き攣る。
その視線は、スイガの顔に向けられたまま、逸らせずにいる。
どうやら、感情が面に出てしまったようだと、スイガは察する。
内心では、こいつら撫で斬りにしてやろうか、と思っている。
しかし実際に、衝動任せに斬るわけにはいかない。
今はジェイムズたちの目論見を成功させるのが自分たちの役目だ。
ヒルダとともにこの場を脱し、仕切りなおさねばならない。
そう考え、気を鎮めようと息を吐いた瞬間、頭上から何かが降ってきた。
「む?」
反射的にスイガが半歩後退ると、彼と兵士たちの間、散らばった銅貨の上に、籠手を装着した人間の腕が落ちて転がった。
「なっ!?」
スイガと男たち、驚愕する四人の耳に、聞くに堪えない悲鳴が届いた。




