第二十六話 『勘違いとすれ違い』
その意見に、ジェイムズは大きく目を見開く。
「そ、そうか、ボクたちが王政に仇なすのであれば、王政の敵対勢力とは利害が一致する。助力を乞えば資金の提供を得ることも――」
そこまで言いながら、ジェイムズはふたたび顔を曇らせる。
「いや、ダメだ……誰が王と敵対しているかなんて……というかそもそもそんな人間がいるのかさえ、ボクらにはわからない」
「心当たりならありますわ」
「え? ほ、本当ですか?」
「北東の大領主にして先の戦の英雄であるガストーラ辺境伯、ゴルド・ヴォン・ヴィッツォール=ガストーラ。取り入るのであればこれ以上適した人物はいないでしょう」
「ガストーラ伯……農民のボクでも名前を聞いたことのある大貴族ですね。でもそんな人が本当に王と対立しているのですか?」
「あのお方は、とある理由から国王とその一族に深い恨みを抱いているのです。しかも彼のもとには廃嫡された第一王子が匿われています。反乱の旗頭としてはうってつけでしょう」
もちろん、自分が王都を出て五年が経った今、状況が変化した可能性はあるとヒルディアは理解している。
ただ、どちらか一方が病気などで没してさえいなければ、王と辺境伯は互いを疎んじながら、今も直接相手を排除しようとはしていないだろうと考えられた。
王国軍を擁する王に牙を剥くほど辺境伯は向こう見ずではないし、王としては国の守護者として多くの共和派貴族の信望を集める伯とことを構え地方軍閥を敵にまわすようなリスクは払わないはずだ。
だから仮にガストーラとことを構えるとしても、慎重な王は伯が寿命で消えるまでは待つだろう。
「いや、しかし――」
ジェイムズの表情はなおも晴れない。
「そんな大貴族とどうやって繋がるというのですか。ボクたちは農民ですよ? 仮にどうにかして売り込めたとしても、実績もなにもないボクらじゃ相手にもされないでしょう。支援をとりつけるなんて不可能ですよ」
「あなた方だけであれば、そうでしょうね」
「それは、どういう意味ですか?」
「コネクションのある人間が頼み込めば、助力を得られるかもしれませんわ。そしてこの私は、伯と面識があり、彼の孫である第一王子とは、少なくとも顔見知り以上の間柄なのです」
「はあ?」
エヴァンスが呆れたように肩をすくめる。
「そんな都合のいい話あるわけねえだろ! おいジェイムズ! この女オレたちを担ぐつもりだぜ!」
「いや、彼女にボクらを騙す理由なんてないだろう。それに、今の話は理屈も通っている」
なにより、先程まで感情をまったく見せていなかったスイガが、彼女が話しはじめてからは目に見えて動揺している。
自分たちの申し出を断り続けていたスイガがこのような反応をするということは、ヒルディアの言動は彼にとって想定外であり、かつ考えを覆し得るものなのではないかとジェイムズは推測する。
だとすれば、彼女を信用し協力を得ることで、スイガも味方に引き込むことができるかもしれない。
「あ、あのヒルダ殿」
「ヒルディア」
「え?」
「ヒルディアとお呼びなさい。愛称で呼ぶことをあなたに許したおぼえはありませんわ」
ひどく冷淡な声音に、ジェイムズは怯む。
「し、失礼しました。ではヒルディア殿、ガストーラ伯と面識があり交渉が可能であると、わざわざこの場で申し出てくださったということは、我々にお力添えいただけるのだと、そう受け取ってよろしいのですね?」
仲間たちを手で制しながら、真剣な面持ちで確認するジェイムズに、ヒルディアは頷いてみせる。
「ええ、間違いございませんわ」
「ヒルダ!」
愕然とした顔で様子を見守っていたスイガは、弟子の考えを測りかねながらも、たまらず荒げた声をあげる。
「いったいどういうつもり――」
しかし、言い切る前にスイガの声は途切れる。
ヒルディアが自分の顔に視線を向け、穏やかな笑みを浮かべたからだ。
昨晩、スイガの過去を聞かされたヒルディアは、彼がその過去に囚われ今も苦しんでいると、敏感に感じ取った。
その苦しみを取り除くためにはどうすればよいのか、彼女は闇を見つめながら考えた。
そうして、ついに思い至った。
過去の失敗による苦悩は、同じような状況をやり直すことで払拭できるのではないかと。
ヒルディア自身、無力だった過去の己を、強くなることで乗り越えられたと感じている。
であれば、そんな今に導いてくれた師に恩を返すため、今度は己が力を尽くす番だ。
この男たちに助力し、 ガストーラ辺境伯を巻き込んで革命を成功させる。
悪政を打倒して国を正し、弱き者たちも救うことができれば、スイガも後悔の記憶から解放されるだろう。
そんな思いやりを込め、ヒルディアはスイガに微笑みかけたのだった。
一方、弟子の笑みを目にした瞬間、スイガの背筋には悪寒が走った。
同時に、これまでヒルディアに対して感じていた小さな疑問の答えに、彼はたどり着いた。
おかしいとは思っていたのだ。
剣を握ったこともない彼女が、誰よりも強くなりたいと言いだし、実際に地獄のような修練を経て、常人離れした武力を得たことを。
武の力とは、本来〝手段〟に過ぎず、目的にはなりえない。
戦に勝って功名を得る、憎い敵を討つ、そういった目的を叶えるため、多くの者は武力を欲する。
例外的に一部の武辺者の中には、武の道そのものを〝目的〟に設定する者はいる
しかし、武に対する理解など皆無だったヒルディアに、そんな意図はなかったはずだ。
あるいは、力のある者たちに虐げられたがゆえ、自らも力を欲したと考えることはできた。
実際、彼女はそう主張し、スイガも一応は納得して彼女を鍛えた。
ただ、今にして思えば、途中で諦めることさえ折り込み本気で鍛えたにもかかわらず、彼女が己のしごきを耐え抜き、それどころか鍛錬自体を喜んでいるような様子すら見せてきたのは、常軌を逸していたというほかない。
だが、最初から彼女が、己に真の目的を明かしていなかったのだとすれば、つじつまが合う。
すなわち、武力をもって己を虐げた者たちを打倒し、失った地位と名誉を取り戻すという野望だ。
下手をすれば命さえ落としかけない修行の中で己に笑顔を見せてきたのも、そんな未来を想っていたからこそと考えれば、納得もいく。
そして、今のこの状況こそ、彼女がずっと待ち続けてきた好機に他ならないのだ。
農民の反乱を利用し、王の対抗勢力を取り込み、反乱を成功させる。
昨夜の己の過去語りさえ、彼女の背を押したのではないかとスイガは想像する。
男たちに助力を申し出たうえで、ヒルディアは己に笑みを向けた。
それは、己がもはや弟子を見放すことなどできないと、確信しているからではないか。
自らも過去に反乱を起こし、それによって決定的な挫折を経験した己は、弟子である彼女が自分と同じ轍を踏む可能性があるのに放っておくことなどできない。
この五年間の共同生活で、家族のような情が湧いているからだ。
そこまで見透かしたうえで己に微笑みかけた彼女のしたたかさと執念に、スイガは戦慄したのだった。
思考を終えると、スイガはヒルディアから視線を外し、目を伏せ深いため息をついてから、ジェイムズに視線を向ける。
「……わかった、己も其処許らに助力しよう」
「っ! ありがとうございます!」
思惑通り、ヒルディアに釣られるかたちでスイガが協力を申し出たことで、ジェイムズは破顔する。
一方、彼の両隣の男たちは、スイガの唐突な心変わりに驚き戸惑う。
「ま、マジかよ、なんで――」
疑念を口にしようとするエヴァンスの肩にジェイムズは手を置く。
「まあいいじゃないか! とにかくこれで当初の目的は果たせたんだ! 今は素直に喜ぼう!」
余計なことを口にして、ふたたび気が変わったりされてはたまらない。
だからジェイムズは、エヴァンスの肩を強くつかむ。
そんな仲間の意図をなんとなく察し、エヴァンスは曖昧に頷く。
「お、おう、そうだな」
「ではスイガ様、できるだけ早く我々の村へお越しいただきたいと思いますが、おふたりにもご準備は必要でしょう。いつ出発いただけますか?」
「今日中に荷をまとめ、明日の昼にはここを発つ」
「わかりました。では我々は一度おいとまし、また明日の昼前にお迎えにあがります」
そう言うとジェイムズは、ふたりの仲間を促し、そそくさと小屋を後にした。
ふたりきりになると、ヒルディアはスイガに話しかける。
「師匠、私の考えをお察しくださったんですのね?」
嬉しそうなヒルディアに、スイガは複雑な想いを押し隠すように、感情を抑えた声で応じる。
「ああ、おまえの意図は完全に理解した……正直、驚かされたぞ」
「さすがですわ! そのうえで一緒に戦うと言ってくださり、とても嬉しく思いますわ!」
「そう、か」
己の心遣いを受け止めてくれたと解釈し満面の笑みを浮かべるヒルディアに対し、スイガはこの期に及んで無邪気に振る舞う弟子の底知れなさに身震いする。
こうして師弟は、互いの心の内を完全に読み違え、すれ違ったまま、革命に身を投じるのだった。




