第二十五話 『絶望の過去』
デールラントからはるか東、大陸の果てをさらに超えた島国、そこにスイガの故国はあった。
ふたつの大きな氏族による覇権争いを経て、国は武士による統治の時代を迎えていた。
強大な力を持った氏族による圧政に、多くの民が苦しめられているのを目の当たりにし、元服を迎えたばかりのスイガは心を痛めていた。
国の実質的な最高権力者である関白とその一族が中心となって運営する幕府は、過剰なまでの税を取り立て、土豪であるスイガの家が治める領民も常に困窮していた。
民を守る立場でありながら、実際にはより大きな権力の走狗となって下々の者から搾取するばかりという自分の家のあり方にスイガは疑念を抱いた。
そもそも武士とは皇家を守護する立場だったはずなのに、今の幕府は帝を傀儡にしている。
苦悩するスイガは、ほどなく同じような不満を抱く若い豪族らと交流するようになった。
そして、傍流の皇族を担ぎあげた地方士族の反乱に便乗するかたちで挙兵し、都を制圧することに成功。
帝を連れて都を脱出した関白は東の都市への遷都を宣言し、反乱勢力との三年にもおよぶ泥沼の戦が始まった。
反乱勢力の中核となる精鋭部隊の士官を務めることとなったスイガは、幕府の新都を陥落せしめ、帝の奪還を成功させた。
さらに、北の地へと逃れた関白を追撃するため転戦。
最北の砦に籠った旧幕府軍との総力戦に勝利するも、死兵と化した敵による最後の反攻によって多くの味方を失い、スイガも生死の境をさ迷うほどの深手を負った。
傷痍兵の治療施設に収容され、長い療養とリハビリを終え都へ戻ったスイガが目にしたのは、反乱軍の幹部たちによる権力闘争と、民への変わらぬ圧政だった。
高い志を持った仲間の多くは戦の中で命を落とし、幕府の後釜に着いたのは、戦の間は後方での保身に走っていた者ばかりだった。
彼らは幕府の要職を巡って蹴落とし合い、時には暗殺や謀略によってかつての仲間の命を奪いさえしていた。
一方、民に対する税は、農民を圧迫していた年貢こそ下げられたが、交通税や賦役などが新たに追加され、結局は搾取の構図に大きな変化をもたらすことはできなかった。
さらに、帝は相変わらず傀儡であり、別の勢力に誘拐などされぬよう、ほとんど幽閉状態で、前政権よりも待遇が悪化すらしていた。
帝に政権を返上し、武家は政治から離れ、皇家の守護と国土防衛、治安維持だけを行うという、スイガとその仲間たちが当初掲げた理想は、完全に蔑ろにされていた。
そして、怪我を癒す間に反乱軍は解体されていたため、もはやスイガにできることなどなかった。
新たな幕府の要人で唯一スイガに同情的なかつての味方のひとりが、スイガを検非違使の長に推薦すると言ってくれたが、固辞した。
理想を叶えられぬまま、自分だけが要職に着くなど、死んでいった仲間たちへの裏切りに他ならないと思ったからだ。
彼は故郷に戻り、余生はせめて民に寄り添って生きようと考えたが、その願いも叶わなかった。
数年ぶりに戻った故郷は、一面焼け野原となっていた。
焼け跡を漁っている住民の生き残りに、なにがあったのか問うと、関白率いる旧幕府軍と、それを追う反乱軍との戦が、この地にまで飛び火していたのだとわかった。
スイガの両親や兄弟は里と民を守るため戦ったが、数に勝る敵勢力に抗することは叶わず、皆討ち死にしたという。
しかも、生き残った民らが目撃した敵勢力の情報から、里を襲ったのは反乱軍側の手勢だったと判明した。
スイガの生家とその領国は、戦では中立を貫いていた。
だから反乱軍がスイガの故郷に攻め入る戦略的な理由はなく、ただの略奪目的で攻めてきたのだと察せられた。
領民の助けになりたいとの思いから始めた戦は、守るべき民と家族を、他でもない自分の味方の勢力によって滅ぼされるという最悪の結果を招いた。
己はいったいどこで間違えたのか。
絶望の中、スイガはいつまでも答えの出ない自問自答を繰り返した。
それからしばらくの間の己の行動を、スイガは憶えていない。
気付いた時には、大陸へ向かう貿易船の船倉に忍び込み、密航していた。
なぜそんな行動をとったのかは自分でもわからなかったが、おそらく、無意識のうちにあの国から離れたいと思ったからだろうと考えられた。
大陸に降り立ったスイガは、幼少の頃より打ち込み、戦の日々によって鍛え上げられた武術によって食い扶持を得ながら、ひたすら西へ向かう流浪の旅に出た。
途中、いくつもの国を通り過ぎ、戦争に巻き込まれることもあった。
幾度も戦を目撃したスイガは、やがてひとつの悟りを得た。
人は増えすぎると愚かになり、力を持ちすぎると理性を失う。
そう考えると、戦こそ人の為し得る悪徳の極みであり、どんな理由があろうと避けなければならない。
そこまで語ったスイガは、少しの間を空け言葉を継ぐ。
「……それが、己が戦を忌避する理由だ……あの三人の男たちも、力を振るうことに慣れれば、平気で略奪し、無関係の人間を躊躇なく殺すようになるかもしれん。そしてそんな暴力は、己の手の届かぬ場所で振るわれる。それを抑止できない以上、己は奴らに手を貸せんのだ」
スイガは、闇の向こうに横たわっているはずの弟子に視線を向けるが、返事はない。
「ヒルダ、聞いて――」
「スピィ」
「……寝てる」
スイガは呆れ交じりの溜息をつき、寝具を引っ被る。
考えてみれば、いらぬことまで語りすぎた。
この娘には、己の過去も三人組の都合も関係ない。
明日以降、ふたたび男たちが訪ねてきても断り続け、ヒルダにはこの先なにがあろうと戦とは関わらせまい。
そう決意を新たにすると、スイガはほどなく眠りに落ちていった。
隣の寝床で、愛弟子が目を開き、闇を見つめ考えを巡らせているとは気付かなかった。
翌日、ジェイムズの宣言通り、男たちはまた昼前に小屋へやって来た。
スイガは昨日と同じように三人を招き入れながらも、やはり協力の求めには頑として応じなかった。
「噂が本当なら、あなたは弱者が踏みつけにされている状況を見て見ぬふりなどできる人ではないはずだ! それなのに、これだけ我々の窮状を訴えて、なぜわかってくれないのです!」
「どんな理由があろうと、其処許らが挙兵してより苦しむのが同じ農民である以上、その反乱に正当性などない。己を説き伏せたいのであれば、捨て鉢になって怒りや不満をぶつけるのではない、人としての道を損ねることなく圧政者を打倒するための展望を示してみせろ」
「て、展望?」
「昨日言った。まずは略奪せずに軍を維持する手段を示してみよ」
「それ、は……」
「一晩考えても答えを出せなかったか、それともそもそも考えてもいないか、いずれにせよこれでは到底手を貸すことなどできんな」
「ちっ! もういいジェイムズ! こんな野郎に頼ろうとしたのが間違いだったんだ! とっとと帰ろうぜ!」
「ダメだ。この人は、どうしても仲間に引き入れたい」
「ああ!? なんでそこまでこだわる!?」
スイガに敵愾心さえ抱き始めているエヴァンスとは対照的に、ジェイムズはスイガを得難い人材だと評価していた。
当初はただ武力のみをあてにして勧誘したが、少ない情報から自分たちの問題を言い当てられたことで、指導者としての能力もあると判断したのだ。
しかし、ジェイムズにはスイガを口説き落とすだけの話術も、提示された問題を解決するための知恵もない。
説得は叶わず、さりとて諦められず、渋面を浮かべて俯くばかりだ。
しかし、そんな彼に、意外なところから助け船が出される。
「物資のことなら、私にいい考えがありますわ」
挙手してそう申し出たヒルディアに、皆の視線が集まる。
「……ヒルダ? なにを――」
戸惑うスイガの声を遮るように、ヒルディアは提案する。
「王政を打倒するというのであれば、同じく王政と敵対する権力者を後ろ盾にすればよいのですわ」




