第二十四話 『理由』
ジェイムズは頭を抱えて深く項垂れる。
「……だったら、ボクたちはどうすればいいのですか」
「悪いが、その問いに対する答えを、己は持たん」
スイガがそう告げると、部屋の中が静まり返る。
「…………じゃあなにか? オレたちはこのまま、連中から死ぬまで搾り取られてろって、そう言いてえのか、テメエは」
そう震え声で問うたのはエヴァンスだった。
答えずにいるスイガを指さしながら、エヴァンスは立ち上がる。
「こんな山奥で、税も払わず気ままなスローライフを満喫してるテメエらにはわかんねえだろうよ。必死コイて育てた麦をほとんど奪われて、ガキや女房が飢えて弱ってくのを見てるしかねえもんの気持ちなんてな!」
「お、おい、エヴァンス」
止めようと伸ばされたジェイムズの手をエヴァンスは振り払う。
「武装した兵士がいきなり家の中へ踏み込んできて好き放題荒らして帰っていくのを見送る切なさがわかるか!? 畑を耕す働き手として自分の子どもみてえに大切に育ててきた牛を、肉が食いてえなんて理由で奪われた悔しさがわかるか!? 兵隊に乱暴されねえよう娘をずっと屋根裏に隠している親の申し訳なさがわかるか!? 遊び半分に家族を斬り殺されて……っぐ……なにもできなかった人間の絶望が、わかるかよ!!」
村の日常を思い出したのか、ジェイムズとレナードが失意に歪んだ顔で俯く。
ヒルディアも、いたたまれず顔を逸らすが、スイガは無言でエヴァンスを見上げ続ける。
「待ってたって誰も手を差し伸べちゃくれねえんだ! だから戦わなきゃならねえんじゃねえか! それなのに、助ける気もねえ奴が上から目線で説教しやがって! 正論や道義じゃ誰も救えやしねえんだ、この偽善者野郎が!」
言いたいことを言うと、エヴァンスは出口に向かって歩きはじめる。
「エヴァンス! 何処へ行くんだ!」
「うるせえ! そんな奴と同じ空気を吸ってられるかよ!」
エヴァンスが乱暴に扉を閉めて出ていくと、ジェイムズはもうひとりの仲間に顔を向ける。
「レナード、悪いけどあいつについててもらえる?」
「あ、ああ、わかった」
足早にレナードも小屋から出ると、ジェイムズはふたたびスイガに向き直る。
「仲間の無礼をお許しください」
「べつに気にしていない」
ジェイムズは悲痛な表情で言葉を継ぐ。
「実は、今回挙兵を決めたきっかけはあいつなんです」
「なに?」
「村を出る半月程前、畑仕事へ出ている間に、あいつの妻とまだ幼い息子が、駐在武官に斬り殺されたんです」
スイガとヒルディアは同時に息を呑む。
「……さっきのは自分のことであったか」
「ええ。行政官たちも、普段は殺すなんて真似は、そうそうしないのですが、あの日はよほど虫の居所が悪かったのか、自分の前へ走り出てきたあいつの息子を抜き打ちにし、半狂乱で駆け寄った母親、エヴァンスの妻も、ついでのように斬り殺したのだと、たまたま物陰から見ていた者たちが証言しました。ボクが、挙兵するからそれまで待てと説得しなければ、エヴァンスはひとりで行政官たちの詰め所に乗り込んで、おそらくは一方的に殺されていたはずです」
そこまで話すと、ジェイムズは立ち上がる。
「行くのか?」
「今日はもう話ができそうもありませんし、出なおします。エヴァンスを諭して、明日また伺うつもりです」
「何度来ても返答は変わらんぞ」
「だからといって、はい諦めますとは言えないんですよ、我々も。なにせ村の皆や仲間たちの命が懸かっていますので」
ジェイムズは一礼すると、荷物を担いで小屋から出ていった。
スイガは少しの間扉を見つめていたが、やがて小さく溜息をついた。
「ヒルダ」
「は、はい」
「今日はもう修行はできんだろう。素振りだけしておけ。その間に己は、夕餉と風呂の用意をしておく」
そう言われて格子窓に視線を向け、いつの間にか夕暮れ時となっていたとヒルディアは気付いた。
その後、言われた通り午後の素振りを済ませ、ふたりはいつもより少なめな食事を済ませると、早々に床に就く。
その間、スイガはひと言も話さなかった。
小屋を拡張し部屋が広くなっても、ふたりはそれまでの習慣を変えることなく、就寝時には布団を並べて寝ている。
未だにヒルディアは、時々悶々とした気持ちを発散するため、夜中に寝床を抜け出し素振りをすることがある。
ただ、この日はまったく別の理由から、なかなか寝付けなかった。
耳を澄ますと、普段なら寝床に入ってすぐに聞こえてくるスイガの寝息が、今日に限って耳に届かない。
「……師匠?」
ヒルディアは首をひねって横を向き、スイガに話しかける。
「起きておりますの?」
数秒の間を空け、闇の向こうから応じる声が聞こえる。
「おまえこそ、眠れないのか?」
「はい。気になってしまって」
「昼間の連中のことか?」
「ええ……あの、師匠、お訊きしてもよろしいでしょうか」
「なにをだ」
「何故、あの者たちに手を差し伸べないのです?」
一瞬の沈黙の後、スイガは答える。
「……それは、昼間説明したはずだが?」
「挙兵しても兵を養う物資を確保するには、略奪でもしなければならないから、ですわね?」
「ああ。といっても、それはあくまで理由のひとつだ。奴らが挙兵したところで、破綻する理由は数え切れんほどにある。無駄な犠牲を出すだけだ」
「ええ、そうなのでしょう。戦争を知らない私でも、それは予想できますわ」
「ならわざわざ確認することも――」
「私たちが手を貸さなくても、たぶん彼らは反乱を起こしますわ」
言葉を遮られ、スイガは沈黙する。
「でも、師匠は彼らの抱える問題を数え切れないほど把握しているんですわよね。ならそれを、あの者たちと一緒にひとつひとつ失くしていけば、犠牲は減らせるのではありませんの?」
スイガは答えないが、ヒルディアはかまわず続ける。
「それに師匠はあの方たちに、反乱が絶対に成功しないとは一度も言いませんでしたわ。もしかして師匠は、自分が手を貸しさえすれば、勝てる可能性は皆無でないとお考えなのではありませんの?」
「……いや、勝てる勝てないの可能性以前に、奴らの正確な戦力も、財力も、味方の士気も、わかっていないのだ。他にも、敵の戦力、国の情勢、地理や気候、あらゆる情報を精査せねば、勝てるかもしれないなどとは考えられんよ」
「つまり、場合によっては勝ち目もあると?」
「さあ……だが農民の反乱だぞ? 少なくとも己は、農民が自分たちの力だけで体制を覆したという事例を知らん」
「だから、僅かでもあるかもしれない可能性に目をつぶって、彼らを見捨てるんですの?」
「……やけに連中に肩入れするな。あのエヴァンスという男の身の上を聞いて絆されたか?」
「いいえ、そうではありませんわ。この世界には理不尽が溢れているということを、私は身をもって知っていますし、兵法を学び力を付けたからといって、それをすべて救えるなどと驕ってもおりません。でも……」
「……でも?」
「師匠はいつだって、暴力の犠牲になる弱者の味方だったではありませんか。それがどうして、今回に限っては彼らを見捨てるんですの?」
スイガはふたたび長く沈黙する。
しかし、眠ったわけではないのだということは、息遣いで伝わった。
だからヒルディアは、彼が問いに答えるのを黙して待った。
「…………戦に巻き込まれるならともかく、奴らは自ら戦を起こそうとしている……その時点で、守るべき弱者とは言えん」
「でも戦わなければこれからも虐げられ続けるだけですわ。いえ、先程は村の存亡にかかわると言っていましたわね。ということは、このまま手を打たなければ、農民たちの多くが命を落とすことになるでしょう」
「そうなれば体制側の人間も困窮することになる。さすがにどこかで手は打つだろう」
「それでも、彼らが虐げられ続ける状況まで変わるわけではないでしょう。なぜ、そこまで頑なに関わろうとしないんですの?」
深く長いスイガの溜息が、ヒルディアの耳に届いた。
「……生存のため、正義のため、どれだけ真っ当な道理も、戦の口実となった時点から腐り始めるのだ」
出会って以来、一度も聞いたことがないほど、暗い声だとヒルディアは感じる。
「ヒルダ、おまえには、己が故国を出て旅をするようになった理由を話していなかったな」
「え? え、ええ」
脈絡のない発言にヒルディアは戸惑うが、続くスイガの言葉に、おもわず息を呑む。
「仲間たちとともに起こした内乱の終結……それがきっかけで、己は故国を捨てた」




