第二十三話 『無知』
「すみませんスイガ様、話が逸れてしまいましたが、私たちの望みに変わりはありません。体制を打倒し、我々農民が生きやすい世の中を作る。そのために、どうか力をお貸しください」
ジェイムズはもちろん、他のふたりの男も、スイガに縋るような目を向ける。
ああこれは、とヒルディアは思う。
師匠は彼らの頼みを断らないだろう。
これまでも、近隣の村人に頼られれば、相手が多勢の盗賊団だろうと、人の手に追えない猛獣だろうと、討伐するのに躊躇さえしたことがなかった。
五年前に自分を助けた時だってそうだ。
弱者が理不尽な暴力にさらされていれば、己が身の危険も顧みずに剣を振るう。
それが、キトネ・スイガという男なのだ。
彼らに力を貸す以上、この山での平穏な日々は、ひとまず終わりを迎えるだろう。
それはとても残念なことだが、師が山を離れて戦いに身を投じるのであれば、己もともに剣を振るうのみだ。
一瞬でそこまで考えると、ヒルディアは目を伏せ薄く笑みを浮かべ、小さく頷く。
そのしたり顔に気付いた男たちが怪訝な表情を浮かべたところで、スイガは短く返答した。
「悪いが断る」
「そっ――」
「なんでですの!?」
理由を訊こうとしたジェイムズの声を、ヒルディアの問いがかき消した。
なぜかヒルディアに問われ、スイガは一瞬戸惑うも、男たちにも聞かせるように応じる。
「理由はいくつかある。まずひとつ、己は戦争では剣を振るわないと決めている」
「で――」
「でも師匠は数十人の盗賊団相手に戦ったことだってありますでしょう!? あれは戦争さながらでしたわ! それに、以前は傭兵として戦ったこともあったとおっしゃっていたではありませんか!」
「盗賊退治ではたしかに多くの血が流れたこともあるが、あれは戦争とは言わん。戦とは決定的に違うのだ。それに、たしかに以前、傭兵として働いたことはあるが、あくまで護衛や用心棒として雇われたのであって、戦には参加していない」
「以前戦争を経験したともおっしゃっていましたわ」
「若い頃にな。それで懲りたというわけだ。とにかく今は戦には手を貸さぬことに決めている」
不承不承といった様子でヒルディアが口を噤むと、スイガは説明を続ける。
「ふたつ目の理由だが、戦を始めるという其処許らが、あまりに戦に無知すぎる。自分たちがなにを始めようとしているのかさえ正しく理解できていないような連中に、力など貸せんよ」
「だ――」
「だからこそこの方たちは、戦のことを知る人に導いてほしいのだと――」
「ヒルダ」
反論を遮られ、ヒルディアは首を傾げる。
「なんですの師匠!」
「己はこの者たちに話している。何故彼らに肩入れするのか知らんが口を挟まないように」
「は――」
途端、ヒルディアはしおしおと萎れて俯く。
「はいぃ」
その様子を一瞥し、スイガが男たちに目を向けると、三人ともに剣呑な視線を彼に向けていた。
「オレたちがなにをやろうとしているか、自分でわかってねえだと? テメエ、喧嘩売ってんのか!」
歯を剥いて吠えるエヴァンスをジェイムズが諫める。
「やめるんだエヴァンス。ボクらはお願いする立場なんだよ?」
「けどよぉ――」
「でも、たしかに今のは聞き捨てなりません。ボクらは皆、今回の目論見に命を賭けるつもりで臨んでいるんです。その覚悟を侮るような発言は到底看過できません」
「命を賭けるだと?」
スイガの目がスッと細くなる。
「じゃ訊くが、おまえらは現時点でどの程度の頭数を揃えているんだ?」
唐突な質問に、ジェイムズは一瞬言い淀んでから答える。
「に、二百人……には少し足りません」
「ほう、思ったより集めたな」
ジェイムズは苦虫を嚙み潰したような顔になる。
「でも反乱を起こすには少なすぎる、そう言いたいのでしょう? わかっていますよ。全戦力を束ねれば、ひとつの村の徴税官と駐在武官ぐらいは斃せるでしょうけど、領主に勝つとなると難しい。まして、相手が国王の手勢じゃどうしようもない……ただ、それはあくまで今の時点の兵数ならの話です。徴税官たちを斃してまわれば、たくさんの農民がボクたちに合流するはずです。そうやってひとつの大きな流れを作ることで、大規模な反乱を起こせれば、軍隊にだって勝てると、ボクは考えています」
この男は、とスイガは思考する。
他のふたりと異なり、貧農にしては妙に学がある。
それによく見れば、左右の男らより少しだけ身形が良い。
もしかしたら、他の農民より裕福な家の出で、教育も受けているのかもしれない。
ただ、所詮は素人の浅知恵だ。
「そうか。で? 仲間の数が千や万に膨れ上がったとして、そいつらをどうやって養う?」
「え?」
意表を突かれたジェイムズは、視線を泳がせる。
「それは、村々の倉を解放すれば、当面は食いつなげる、でしょう」
「なるほど。戦いに参加する村で、兵になる者のほとんどは、老人と子ども以外の男だろう。結構な人数が村に残るだろうが、その者たちの分を差っ引いても、蔵の備蓄から糧食を捻出できると、そう考えているのだな」
「そ、うです」
自信なさげに答えたジェイムズに、スイガはさらに問う。
「だがあくまで当面の話だろう。戦が長引けば、いずれ物資は尽きる。其処許らは王の配下とことを構えようというのだろう? であれば、最悪の場合王都まで攻め込まねばならんはず。国の東端からそこまで、王国の軍と戦えるだけの人数が、転戦しながら移動するのだから、必ず補給は必要になる。それをどうやって得るつもりだ?」
「それ、は――」
先程スイガに窘められたため、横で黙って聞いていたヒルディアは、突然、首筋に鳥肌が立つのを自覚する。
原因は、傍らのスイガだった。
見た目にはわからないが、その身から殺気が洩れている。
ジェイムズという男の答え次第では、彼らを殺しかねない。
ここまでの会話の流れからその理由を推察したヒルディアは、固唾を呑んでジェイムズの回答を待つ。
「…………わ、わかりません」
そう答えてジェイムズが項垂れると同時に、スイガの殺気が霧散し、ヒルディアは息を吐く。
「やはり無知だな」
「それは、認めます。でも、そういった知識を教えてほしいからこそ、あなたをお誘いしているんです」
「だろうな。ところで今の問いに対する正解が、ひとつだけある。知りたいか?」
「え、ええ、もちろん、教えてください」
ここまでの会話の意図を図りかね、怪訝な顔になっている男たちに、スイガは教える。
「現地調達する。それ以外に方法はない」
途端、三人の表情が強張る。
「そ、それって――」
「まあ、言ってしまえば、略奪だな。転戦先で占領した町や村から物資を強奪する以外に、後ろ盾のない其処許らが補給を得るすべなどない」
やはり、とヒルディアは納得する。
そしてもし、ジェイムズという男が、それを承知したうえで実行する覚悟がある、などと宣ったならば、スイガはこの場で男たちの命を絶ったかもしれないとヒルディアは憶測する。
どんな大義を掲げようと、力を振りかざして弱者から略奪する集団など、盗賊とかわらないからだ。
「なにもわかっていない、というのはそういう意味だ。命を賭ける覚悟があるとか言っていたな。そんなのは当たり前だ。戦争をすれば人間なんて簡単に死ぬ。だが其処許らが権力者を打倒し勝利するために必要なのは、そんな覚悟じゃあない。己と同じ弱者を虐げ奪う覚悟だ。ただし、其処許らがそれを容認するような者たちであるなら、戦争など始める前に己が斬るがな」




