第二十二話 『支配の構図』
「なるほど。一揆か」
スイガはため息交じりにつぶやく。
「つまり其処許らは己に助太刀を頼みに来たのだな?」
「スケダチ?」
「味方に加わって助けてほしいと、そういうことだな?」
ジェイムズは前のめりのエヴァンスを手で制しながら首肯する。
「ええ、その通りです」
「何故己なのだ?」
「剣聖様の噂は、他の村の仲間から聞きました。その者は行商人から聞いたそうです」
「スイガ」
「え?」
「キトネスイガだ。剣聖はよしてくれ。そんな大層なもんじゃない」
「では、スイガ様と呼ばせていただいても?」
「好きにしろ」
「スイガ様、この山々は私の村からも遠くに望むことができますが、地形が険しいという以上にならず者の巣窟で、国でも手を出せていない土地だと、昔から誰もがよく知っておりました。スイガ様は、そんな山を根城にする賊を、たったひとりで一掃されたのだとか。それはまことですか?」
「確認したわけではないが、姿を見なくなるまで斬りはしたな」
おお、と感嘆の声を漏らし、三人組は顔を見合わせる。
「とはいえ、その行商人とて、噂を大袈裟に吹聴しただけかもしれんだろう。自分と仲間の生存がかかった戦いを始めようというのに、そんな胡散臭い異国の剣客を頼ってくるなど、正気とは思えんな」
「そう、かもしれません。ただ、どんなに頭数を揃えようと、我々は只の農民です。戦の心得と実戦経験のある方に指南していただく必要があるのです」
「傭兵を雇えばいい」
ジェイムズはため息を吐きつつ首を振る。
「傭兵は農民の天敵ですよ。戦になれば、奴らは戦場で手柄をあげるよりも、町や村での略奪に血道をあげる。あんな連中を引き入れ借りなど作れば、後々どんな禍根を残すことになるか」
苦々しげに歪めていた顔を上げ、ジェイムズは熱っぽい目をスイガに向ける。
「しかし、あなたは傭兵とは違うのでしょう? 村々から依頼を受けては賊の討伐に出向き、大した見返りも要求しないと聞いております。正直、半信半疑ではありましたが、旅で疲弊しきった我々に食事を施してくださったことから、私は確信しました。あなたは、私たち弱き者の味方だ」
期待を隠さぬジェイムズに対し、スイガは口を噤み、視線を逸らす。
その反応を訝りながら、ジェイムズは続ける。
「スイガ様、我々は長年にわたって奴らの横暴に耐えてきました。しかし昨年の不作もあって、これ以上はもう保たない。既に老人や子どもに餓死者は出ていますが、現状が続けば村の存亡にかかわるのです。だから他所の村民と協調し、武力をもって領主に待遇の改善を迫るつもりです。要求が受け入れられない場合は、領主を吊るし体制の打倒を――」
「無理ですわ」
ジェイムズの熱弁を遮った声に、皆の視線が集まる。
発言の主であるヒルディアは、男たちにさほど興味もない様子で、傍らに伏せるニクスに視線を落とし、その頭を撫でている。
「無理、とおっしゃいましたか?」
「ええ。絶対に不可能ですわ」
ジェイムズが反論するより早く、エヴァンスが声を荒げる。
「テメエみたいな小娘に何がわかるってんだ! オレたちは反乱のため、長い時間をかけ仲間と武器を集めてきたんだ! なにより、オレたちには命を賭ける覚悟がある! 連中が装備で勝るからといって、背負っているもんが――」
「そういう次元の話をしているのではありませんわ」
ヒルディアはよく通る声でエヴァンスの言葉を遮ると、顔を上げ、訝る三人の男に問う。
「打倒すべきモーダルト子爵は、所領には居ないんですのよ? どうやって倒すというのです?」
「は?」
男たちは、揃って戸惑いの表情を浮かべる。
「……え? 居ない、とはどういうことです? 何故、そんなことがわかるのですか?」
困惑した様子のジェイムズから問われ、ヒルディアは答える。
「モーダルト子爵は王党派貴族。今は王都にいるはずですわ。おそらく、徴税官が派遣されたのは、領地経営が子爵の手を離れたタイミングですわね」
「ちょっ、ちょっと、待ってください! 領主が、領地の経営を手放す!? な、なんですかそれ!? 意味がわからない!」
「これは、もうだいぶ前のことですけれど……」
ひどく動揺している男たちに、ヒルディアは淡々と説く。
「デールラント国王、エグサレス・ナダル・ジ・ガイレウサス・ヴェン=デールは、国内のすべての諸侯に王都ディーリントンへ出仕するよう法令を発したのです。所謂〝大号令〟ですわね。法令の内容は、所領の経営権を王政に譲渡し、貴族は一門ともどもに王都にて官僚や軍人として奉職するよう命じたもの。要するに、領地を王に明け渡せと言っているのですから、少なくない諸侯が反発しましたわ。ただ、貴族たちが先の戦で疲弊し、領地経営に苦心していたのも事実。ですので、むしろお荷物の領地など捨て、王のもとで側近として徴用される道を選ぶ者も多かったのです」
隣国カラバーニュとの領土争いに端を発した先の戦争も、実は、貴族の力を削ぐことを見越してデールラント王が仕掛けたのではないかという見方もあるが、今の話の流れからは逸脱するので、ヒルディアはスルーした。
「そうして王に恭順し、一族を引き連れ王都へ移住した貴族を王党派、領国を手放さず移住を拒否している者は共和派と称されているのですわ。もっとも、共和派貴族もその多くは力を失い、抵抗もできずに王から派遣された行政官に領国経営の実権を奪われているそうですけれど」
「で、でたらめを言うんじゃねえ!」
呆然と聞き入っていたジェイムズを押し退けるように、エヴァンスが喚いた。
「なんでテメエがそんなことを知ってる! こんな山の中に引きこもっているテメエなんぞが! 法螺を吹くんじゃねえ!」
「嘘ではありません。知っているのは、私がデールラントの元貴族だったからですわ」
「なっ!? そ、それこそ、嘘に決まってる! オレたちを騙そうったってそうは――」
「エヴァンス!」
ジェイムズに一喝され、エヴァンスがびくりと身を竦ませる。
「な、んだよ?」
「ボクがしゃべってる。キミは少し黙っていてくれ」
「ああ!? おめえがこんな女の言葉を真に受けそうになってるからオレが代わりに前へ出てやってんじゃねえか!」
「彼女が嘘を言う理由がないし、でたらめにしては話の内容に説得力がありすぎる。なにより、腑に落ちる点が多い」
「何処がだよ!」
「徴税官は子爵家の旗を掲げたことがない。奴らが領主に派遣されてきたのなら主家の紋章の入った旗に掲げているはずだ」
「は? そういう、もんなのか?」
「自領の農村へ来るのにわざわざ旗なんて掲げないだけだと思っていたけど、そもそも領主の部下ではなかったということならつじつまが合う」
絶句したエヴァンスを一瞥し、ジェイムズはヒルディアに向き直る。
「しかしエヴァンスが疑うのももっともではある。そこでボクの疑問に答えていただけませんか?」
べつに信じたくなければ信じなくてもよいのだが、と思いつつも、ヒルディアは応じる。
「なんですの?」
「あなたの言ったことを、我々は徴税官からひと言も説明されたことがない。どうしてだと思いますか?」
「そんなの、私の知ったことではありませんわ。ただ、知らなくても想像するのは容易いですわね」
「想像でかまいません」
「つまり、今後は領主に代わって王の名代たる我々がおまえらから税を徴収する、なんて馬鹿正直に言えば、ヘイトが王家に向くからでしょう? なにも言わなければ、あなたたちの不満と憎しみは領主に向いたまま。その領主は所領に不在。言わなければ見つかるはずもない。そういう状況は、徴税官たち行政官連中にとって都合がいいのでしょう」
「……たしかに、あなたの言う通りかもしれません」
「はあ?」
エヴァンスは戸惑った様子で、ジェイムズの肩をつかむ。
「な、なんだそれ、領主が居ねえってんなら、オレらは誰を倒せばいいってんだ」
「エヴァンス、落ち着いて、なんの問題もないから」
ジェイムズは気を落ち着けるように深く息を吐いてから、エヴァンスと、不安そうに仲間たちの間に視線をさ迷わせているレナードを順に見てから諭すように伝える。
「打倒する対象が領主から行政官に代わっただけだ。計画に変更はない」
「お、おお、そうか」
そんな単純な話ではなかろうとスイガは思う。
悪政を敷いていたのが領主であれば、囲んで脅せば状況を改善できたかもしれないが、相手が国王の手先ということであれば、そいつらへの攻撃は王への反逆と見做されるだろう。
元々薄かった勝ち目は、万にひとつもなくなったと言ってよかろう。




