第二十一話 『被虐と反抗』
囲炉裏の前に腰を下ろした三人の男たちは、椀に盛られた煮込み料理をすさまじい勢いでかき込んでいる。
昨日、ヒルディアが仕留めて解体した猪肉の牡丹鍋だ。
小屋の中へ招いた三人が、元々栄養状態が悪かったのに加えて旅の疲労で酷く消耗しているのに気付いたスイガが、食べるよう勧めたのだ。
鍋は何食かに分け師弟ふたりで食べきるつもりだったので、かなり多めに作っており、男が三人昼餉の席に加わっても十分に足りた。
肉と野菜を満たした汁物のよそられた椀を差し出され、見たこともない料理を前に、三人は戸惑った様子だったが、立ち昇る湯気とともに鼻腔を刺激する香りに促され口をつけると、後は無言で食べ続けた。
男たちの食いっぷりを呆れ顔で観察していたヒルディアは、三人の中で唯一名前の判明していない大柄な男がぐすぐすと鼻を鳴らして涙を流しているのに気付きギョッとなる。
「ちょ、なに泣いてるんですの?」
「ふぐぅっ! こ、こんなおいしいもの、はじめて食べた! ありがてえ、ありがてえ!」
「だ、だからって泣くことないでしょう、大人の男がみっともない」
自らも食事に手をつけながら軽く引いているヒルディアに対して、スイガには男の反応が決して大袈裟ではないとわかっている。
三人の身分や立場はわからないが、貧しく、田舎住まいであるのは、装いと顔色や肌つやなどから察しがついた。
三人のうち比較的若い男はややマシだが、他のふたりは、おそらく未だ二十代と思われるのに、ひび割れた皮膚や枯草のような髪は老人のそれのようだ。
栄養価が低くレパートリーも乏しい食事を長期間ずっと続けてきたのだろう。
対して、ヒルディアのためにスイガが作るメニューは、過酷な訓練に耐える肉体作りのため、非常に栄養価が高い。
しかも、元貴族である彼女の舌でも満足できるよう、味にもとことんこだわっている。
特に、調味料として使っている自家製の味噌は、様々な栄養成分をバランスよく豊富に配合しているうえ、この地方の料理にはないうま味を料理に与える。
今、男たちは、ずっと肉体が欲していながら自覚のなかった栄養を補給することで、生まれて初めて身の内から満たされるのと同時に、ただ食えるようにするだけではない、歓びにまで昇華された味を舌に感じ、未知の快感に酔っているのだ。
スイガもヒルディアと同じ特権階級の家に生まれたが、かつて戦場や旅の途中で極限の飢餓を経験してきたため、今の三人が食事からどれほどの歓びを得ているのか想像することができた。
「でもまあ、師匠の料理が素晴らしいのは私も同意いたしますわ! なにせこの私の舌を満足させるほどの腕前ですもの!」
そう言ってヒルディアは誇らしげな笑みを浮かべる。
「ヒルダ」
「はい師匠! なんですの!?」
横に座るスイガに呼ばれ、ヒルディアは笑顔をさらに輝かせながら師の方を向く。
「食事をしながら話さない。行儀が悪いぞ」
「は……はいぃ」
途端、ヒルディアの笑顔は情けない表情へと崩れ、その姿勢もしおしおと萎れた。
食事を終えると、男たちは久しく忘れていた満腹感に、しばしの間弛緩した表情で虚空を見つめた。
助力を乞うため決死の思いで旅をしたどり着いた先で、よもやこれほどの美食にありつくなどとは、誰も思っていなかった。
三人の中央、囲炉裏の前に座る若い男は考える。
剣の達人と噂の男は、料理名人でもあった。
しかも、傍らには絶世の美女を侍らせている。
だが、やり取りから察するに夫婦というわけではなく、女の呼び方から師弟関係のようだと推察できた。
彼女もまた荒事になれているというのは、小屋の前での一件で思い知った。
その時のことを回想し、男は身震いする。
仲間のように痛めつけられこそしなかったが、危うく狼を嗾けられるところだった。
もしそうなっていれば、無事ではすまなかっただろう。
その狼たちはといえば、目の前に座る師弟の後ろで餌を貪っている。
桶のような椀に盛られているのは、骨付き肉だ。
おそらく、先程の鍋料理に入っていたものと同じ肉だろう。
それを二頭の狼は、骨ごと噛み砕き飲み込んでいる。
バキバキと骨を咀嚼する音が耳に届き、男は身震いする。
己の体も、ああなっていたかもしれなかった。
「それで?」
声を掛けられ、男はびくりと身を跳ねさせた。
「あ、な、なんですか?」
「いやこっちが訊いている。其処許らは何者だ」
そうだった、と男は我に返る。
思わぬ歓待に戸惑い機を逸していたが、自分たちは訪問の目的を伝えるどころか名乗ってすらいないのだ。
「こ、これは失礼いたしました! 我々はモーダルト子爵領にある農村からやって来ました。ボクはジェイムズ、こちらの大きいのがレナード、そしてそちらのご婦人に無礼を働きかけたのがエヴァンスといいます。先程はまことに申し訳ございませんでした」
「ちょ、ちょっと待てよ! 痛い目に遭わされたのはオレの方――」
「エヴァンス! ボクたちがなにしにここへやって来たのか忘れたのか!?」
エヴァンスと紹介された男は、ジェイムズと名乗った若い男に窘められ、小さく舌打ちして顔をしかめつつ、ヒルディアとスイガから視線を外すようにそっぽを向いた。
「見苦しいところをお見せし、重ねて申し訳ありません」
「かまわん。それより、モーダルト子爵領というのが何処なのか己にはわからんのだが」
「それは――」
「デールラントの東の端ですわね。領主はコート・ヴォン・カニング=モーダルト。子爵としてはかなり広い領地を保有していますわ」
説明したヒルディアに、三人組の視線が集まる。
いずれも唖然とした表情を浮かべている。
「なるほど。それで? デールラントの農民が己に何の用だ?」
「え? あ」
ジェイムズと名乗った男は、ヒルディアを気にしながらも、まずは話を続けることにする。
「えっと、ここへ来た目的をお話しする前に、我々の窮状についてお聞きいただけますか?」
「ああ」
ジェイムズは遠くを見つめ訥々と語り始める。
「ボクたちは父祖の代からモーダルト子爵領の村で主に麦を作って暮らしてきました。生活は楽ではありませんでしたが、それでもどうにか食べていくことはできていたんです。ところが六年前、村に徴税官が派遣されてきたことで状況は一変しました。彼らは一方的に税率の引き上げを宣言し、反発する者は一緒に派遣されてきた駐在武官によって制裁を受けました。逆らう術のないボクたちは一気に困窮しました。しかも、連中は我が物顔で村を闊歩し、気まぐれに村人たちへ狼藉を働くようになったのです」
「ちょっと待て。いきなりやって来た役人が税を引き上げ、武力で村を支配したと? そいつらは本当に領主が派遣したのか?」
なりすましの盗賊ではないのかとスイガは疑う。
「残念ながら、間違いなく本物の徴税官です。元々村には代官が駐在していたのですが、その者が徴税官らの身元を保証して去っていきました」
「そうか。理不尽な話だが、其処許らはなんの対応もしなかったのか?」
「まさか。皆で相談し領主に直訴することにしましたよ。村の若い衆を使者として領主の館へ向かわせたのですが、なかなか戻りませんでした。数日後、徴税官らは使者に出した者たちの無残な死体を村の広場に吊るし、さらなる税の引き上げを宣言しました。そうして村人に対する横暴もより苛烈なものとなっていったのです」
話の行きつく先が見えてきたなとスイガは思う。
「我々農民の間には、上の者が把握していない横の繋がりがあります。領地を超え、密かに近隣の村々と連絡を取り合い、時には代表者を立て秘密の集会を開きました。すると、どうも何処の村も似たような状況であると判明したのです。だから私たちは、徒党を組み領主に反旗を翻すこと決めたのです」
「皆で徴税官と駐在武官を討ち、領主の館へ攻め込むのよ!」
血気に衝き動かされたのか、 エヴァンスが身を乗り出して吠えた。




