第二話 『旅の剣士』
身を起こしたのは、マントに身を包んだ黒髪の男だった。
歳の頃は、二十代の前半から半ば程といったところだろう。
肌は浅黒く、長い髪は後ろで無造作にまとめている。
顔立ちは整っているが、目は短剣のように鋭く、相対する者には剣呑な印象を与えそうだ。
鼻はさほど高くないもののすっと一本筋が通っており、薄い唇はきつく引き結ばれている。
服装は、マントの下に麻の下履きと、それをたくし込んだ編み上げのブーツが覗く。
そして手には、緩く弧を描く独特の意匠の片刃の剣が握られている。
その装いと、明らかにこの国の人間とは異なる顔立ちから、異邦人であるとその場の誰もが瞬時に察した。
「貴様、何者だ!」
襲撃者のひとりから問われ、男は意外にも流暢な言葉で応じる。
「見ての通り旅の者だ。この樹の裏の洞で休んでいたところ、騒ぎを聞きつけてな」
「はっ! それでつまらん正義感を働かせ、女を助けに出てきたというわけか!?」
「まあな」
「バカが! 重武装の騎士四人を相手に、たったひとり、しかもそんな軽装で勝てると思っているのか!?」
「騎士?」
襲撃者の言葉を聞いて、黒髪の男はせせら笑う。
「なにが可笑しい!」
「貴様らが騎士? まさかな。この国の騎士は正義と博愛と忠節、そして婦人への敬愛を信条としているのだろう? 貴様らにはそのひとつたりとも見出すことができん。おおかた、山賊が戦場で拾った甲冑を着込んで騎士を騙っているのだろう」
侮蔑を隠さぬ黒髪の男の言葉と態度に、腕を斬られた男以外の三人はいきり立つ。
「こいつ、言わせておけば」
「もういい! とっとと殺しちまおう!」
「くそっ! せっかくの楽しみが台無しだ! スチューの治療をするには急いで王都へ戻らなきゃならねえ! もう遊んでる暇ねえぞ!」
「気を抜くな! どうやったのかわからないが、鎧ごと腕を斬り飛ばしたんだ! 三人がかりでも油断できんぞ!」
三人は男を囲うように移動して剣を構える。
「よお! でけえ樹背負ったテメエにゃもう逃げ場所もねえな! 大人しく得物を捨てな! そうすりゃひと思いに殺してやるからよ!」
「これから斬り合おうというのによくしゃべる」
そう言って男は、半身を開き、両手で握った剣を顔の横に構え、正面に向け突き出す。
「雄牛の構えか! おもしろい! それで鎧を纏ったお――」
襲撃者の言葉の途中で、黒髪の男は素早く踏み込み腕を突き出すと、次の瞬間には身を引き元の構えに戻る。
ほぼ同時に、正面の襲撃者はがくりとよろめき片手で兜のバイザーを押さえる。
「――ぉうっ!! なっ、なんだ! 目が、見えないぃ!」
襲撃者はよろけながら剣を振り回す。
「ああ、くそっ! なにをされた! どこだぁ!!」
しかし、遠心力によって体のバランスを崩し、派手な音を立てて倒れる。
襲撃者は倒れたまま剣を振ろうともがく。
「なにも、見えない! 暗い……どこ、に……」
くたり、とその腕から力が抜け、動きを止める。
その仲間の様子に、他のふたりの襲撃者たちは狼狽える。
「な、なんだ? どうしたんだ?」
あまりの速さゆえ襲撃者たちは見逃していたが、黒髪の男は踏み込みと同時にバイザーのスリットに切っ先を二度突き入れていた。
刃は両の眼球を貫いたうえに脳まで達しており、襲撃者の視界を奪い致命傷をも与えていた。
「おのれっ! なにをしたぁ!!」
右手側の襲撃者が剣を大きく振りかぶり黒髪の男に斬りかかる。
しかし、剣を振り下ろす直前、その姿が視界から消える。
「なっ、どこへ――」
もちろん、黒髪の男は実際に消えたわけではない。
深く身を沈めながら襲撃者の兜の死角となる斜め前方へ踏み込み、一瞬で背後へまわったのだ。
そして、刀を地面に突き立てると〝鎧通し〟と呼ばれる短刀を抜き、襲撃者が腕を振り上げたことで露出した脇に切っ先を突き込む。
鍛造された鋼の刃は、鎧の内に着込んだチェインメイルを易々と突き破り、肉を貫いて腋窩動脈を断ち切った。
黒髪の男を見失い視線を彷徨わせていた襲撃者は、脇から身の内を貫かれた激痛にパニック状態となり、聞くに堪えない絶叫をあげる。
「はぎぃぇあぁあぁああぁああああああ!」
黒髪の男が刃を引き抜くと、傷から噴水のように血が噴き出し、襲撃者は立っていることもできず、身を傾かせる。
倒れかけた襲撃者の体を背後から抱え込むようにして、黒髪の男は支える。
「きっさまぁああああ!」
三人目の襲撃者、最初にヒルディアを追い詰めた男が横から斬りかかって来ると、黒髪の男は抱えた襲撃者を盾にして突進する。
「なっ!? うわっ!!」
意表を突かれた三人目は、咄嗟に仲間の体を受け止めるも、黒髪の男に足を払われ、仲間諸共に後ろへひっくり返る。
「がっ!」
鉄の鎧の内側に体を叩きつけられ、衝撃に意識が遠退きかけるも、襲撃者は追撃を怖れてすぐに身を起こそうとする。
が、上から覆いかぶさる仲間の体とふたり分の鎧の重みのため、身動きがとれない。
「くっ、くそっ! 退け! 退けぇええ!」
襲撃者が、急激な失血によりショック状態に陥った仲間を必死に押し退けようとする間に、黒髪の男は刀を回収し、もがき続ける敵に駆け寄ると、ブーツの爪先で兜のバイザーを蹴り上げた。
続けて、露出した顔面に、刀の切っ先を向ける。
「ま、待て!」
男の制止を聞かず、口に刃を突き入れる。
「ごかはっ!」
「ん?」
切っ先が深々と埋まるが、襲撃者は脳まで貫いた刃を両手でつかむ。
黒髪の男が引き抜こうと試みるも、なかなか放そうとしない。
その背後で、最初に右腕を斬り飛ばされた男が、左手に剣を構えて身を起こし、黒髪の男に向かって突進する。
「うぉああああ、くったばれや!」
背の中心に向けて突き出された剣は空を切り、身を翻して躱した黒髪の男は、襲撃者の左腕をつかんで肩関節を極め、足を払ってうつ伏せに倒した背に馬乗りとなる。
「最後の仲間が命と引き換えに好機を作ったというのに、叫びながらでは奇襲にならんだろう」
「くっそがぁあ痛ってぇ!」
黒髪の男は、襲撃者の左手からもぎ取った剣をその首に当てる。
「ひぃっ!」
悲鳴をあげた男の首に刃が食い込み、血がひと筋流れる。
黒髪の男がそのまま剣を横へ引こうとしたところで、ヒルディアが制止する。
「お、お待ちください!」
黒髪の男は手を止めヒルディアを見上げる。
その眼光の鋭さに、ヒルディアはたじろぐ。
「……どうした?」
「そ、その者に聞きたいことがございます」
黒髪の男は、押さえ込んだ襲撃者の後頭部に視線を落として呟く。
「だそうだ」
襲撃者が短く呻くと、黒髪の男はヒルディアを見上げて小さく頷く。
「あ、あなたたちは何者ですの? 目的はなに? どうして私を襲撃しましたの?」
襲撃者は痛みに顔を歪めながらも、どうにか口の端を釣り上げ嘲笑を浮かべようとする。
「そんなこと、テメエに教えてやる義理は――痛ぃいっ!」
黒髪の男が左腕を捩じり上げると、襲撃者は取り繕った余裕を失くして喚くように答える。
「あがぁあぁ! わっ、わかった言う! 言うから! オレたちはただの盗賊だ! テメエらは豪奢な馬車に少数の護衛しかつけず、標的としてうってつけだったから襲ったまでだ!」
「嘘をおっしゃい! あなたたちは明らかに私の素性を知っていましたわよね! それに自分たちを騎士ともおっしゃいました!」
「うっ!」
明らかに動揺した様子の襲撃者の右腕の断面を、黒髪の男はブーツの踵で踏み付ける。
「ぎぇぁああぁああああ!!」
「誰に義理立てしているのか知らんが、次に偽りを申せばこの程度では済まさん。今のおまえはまな板の上の魚も同然で、己には拷問術の心得もある」
続けて黒髪の男が襲撃者の耳元へ口を近付けなにか囁くと、その顔色が見る間に青褪め、口を割る。
「き、騎士ってのはふっ、ふかしだ……う、くぅ……お、オレたちは、ユーグ王勅騎士団の、従騎士だ」




