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追放令嬢と剣聖師匠のすれ違い革命  作者: 囹圄
第一章

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第十八話 『灰と雪の狼』

「まあ」


 二匹の小さな獣が、身を寄せ合いながらミャーミャーと鳴いていた。

 狼の子どもたちだ。

 未だ目も開いていないことから、生まれて間もないと察せられた。


「なるほど、あれほど必死に立ち向かってきたのは、赤子を守るためだったのか。そういえば、一頭動きの鈍(にぶ)いのがいたな。あれが母親か」


 いつの間にか傍(かたわ)らに立っていたスイガの言葉に、ヒルディアは意表を突かれた。


「……子を、守るために」


 その横をスイガが一歩前へ出る。


「生まれたてだな。これでは咥(くわ)えて走って逃げるのも危険と判断したのか。おかげで一網打尽(いちもうだじん)にできたが、奴らにしてみれば、あまりに間が悪かったな」


 後味が悪そうにつぶやきながら、血塗(まみ)れのみれの刀を振り上げるスイガに気付き、ヒルディアは声を張る。


「せ、師匠! なにをなさるんですの!?」


 予想外の制止に軽く意表を突かれた様子で、スイガはヒルディアに視線を向ける。


「始末をつけるに決まっているだろう」

「あ、え、でも、まだ赤ちゃん、ですし」

「なればこそだ。放っておいても飢えて死ぬか、捕食者の餌食(えじき)になるだけだ。苦しまぬよう終わらせてやるのが、せめてもの情けというものだろう」


 もっともだ、とヒルディアは思う。

 そもそもこの子狼から親と生きる術(すべ)を奪ったのは自分たちなのだ。

 それを今更(いまさら)殺したくないなど、あまりに半端で身勝手だ。

 そうわかっていながら、口が動く。


「……あの、でも私――」

「なんだ」

「…………その子たちを、助けたいのです」


 なんという偽善だと、ヒルディアは己の発言に呆れる。

 山で暮らすようになり、彼女は死がまったく特別なものではないと知った。

 自然は死で溢(あふ)れているし、自身も狩りや村からの依頼で、多くの命を己の手で絶ってきた。

 だがそれは必要なことなのだ。

 殺して食わねば己は飢えて死ぬ。

 それはどんな生き物にも言えることだ。

 世界は命の循環(じゅんかん)で成り立っており、この狼たちの死も必ず他の生き物の命を繋(つな)ぐはずだ。

 二匹を助けたところで、それは、他の生き物から糧(かて)を奪うだけのこと。

 そうとわかっていながら、ただの感傷から、自ら死の淵(ふち)に追いやった命をすくいあげるなど、自己満足の偽善というしかない。

 そうとわかっていてなお、見殺しにはできなかった。


「何故だ」


 スイガからそう問われ、ヒルディアは少し迷ってからたどたどしく答える。


「それは……その子たちがかつての私と――」


 一瞬、言い淀(よど)んでから、続ける。


「……違うから、ですわ」


 王都を追放されるにあたり、親も含めて誰も己を助けようとはしてくれなかった。

 しかし、あの狼たちは、子どもたちを助けるために自らの命さえ顧(かえり)みずに戦ったのだ。

 己が皆から見捨てられたからこそ、あの狼たちの献身(けんしん)が、かけがえのないほど尊く感じられた。

 だから、その結果残されたこの子たちの命を、無為(むい)に終わらせたくはなかった。


 そんなヒルディアの訴(うった)えに、スイガは内心驚いていた。

 彼女はふたりで暮らすようになってからずっと、盲目(もうもく)的なまでに己のいうことに従ってきた。

 あの過酷な修行にも不平ひとつ漏らしたことがないのは見上げたものだったが、反面それは、あらゆる判断を他者、つまり己(師)に委ね思考停止に陥(おちい)っているのだともスイガは気付いていた。

 ただし修行者としては、それが間違いなく大きな強みだったため、彼女の先を思うと是正(ぜせい)せねばと思いながら、これまで放置していたのだ。

 そんなヒルディアが、己に反論し、自らの意思を通そうとしている。

 それを自発的に行ったということは、彼女にとって成長の機会になるはずだとスイガは確信した。

 それに、命を育むということは、殺すことしか教えてこなかった彼女にとって、得難(えがた)い経験となるだろう。


「助けるとは、保護して育てるということか?」

「は、はい」

「餌(えさ)はどうするつもりだ。乳を出す母親は斬ってしまったぞ」

「ヤギの乳で代用(だいよう)しようかと思いますわ」

「赤子とはいえ親と仲間を殺されたことを憶えているかもしれん。その場合、人には懐(なつ)かん。飼育は困難だし、野に放てば人に害をなすだろう。そうなったとして、己で責任をとれるのか?」

「はい。その時は、私の手で始末をつけますわ」


 彼女の決意の固さを確認すると、スイガは小さく息を吐いてから、頷(うなず)いた。


「よかろう。思うようにしてみるといい」

「あ、ありがとうございます!!」


 こうして連れ帰った二頭は、ヒルディアはもちろんスイガにもよく懐き、拾ってから一年半が経過した今、狩った時の親たちにも見劣りしない体格にまで育っていた。


 二頭の狼は、ヒルディアの顔を見上げながら、彼女の足にまとわりつくように歩く。

 可愛らしさに笑みがこぼれるが、歩きにくくてなかなか進めない。

 灰の毛色の一頭が股(また)の間を潜(くぐ)ろうとして、たたらを踏む。


「もうキニス! あまりじゃれつかないでくださいまし! 前からこんなに甘える子だったかしら」


 キニスと呼ばれた狼は、窘(たしな)められ、キューンと情けない声を漏らす。


「数日家を空けたからな。寂しかったのだろう」


 そうスイガに言われ、なるほどとヒルディアは思う。

 迎えて以来、二頭を置いてこんなに長く留守にしたことはなかったはずだ。

 狩りに狼がいれば心強かったはずではあるが、未だ若い二頭では人食い熊に殺されかねなかった。

 それに、今回は己ひとりで狩りたかったので、ヒルディアは二頭を置いていくことにしたのだ。


「あら? でもそれじゃあ、留守中この子たちのお世話は誰がしてくれたのかしら」

「なんだ、それは思い出さないのか? 村の――」


 その時、スイガの言葉を遮(さえぎ)るように、白い毛色の一頭がウォン!と吠(ほ)えた。


「ニクス? どういたしましたの?」


 ニクスと呼んだ狼の吠えた方向へ目を凝らし、ヒルディアは刀に手をかける。


「……誰か来ますわ」


 粗末(そまつ)な服装の男がこちらへ駆けてくる。

 男の来た方角には、自分たちの小屋がある。

 盗賊が盗みにでも入ったのかと考え、ヒルディアは刀の鯉口(こいくち)を切る。


「よせヒルダ。あ奴だぞ、二頭の世話をしていたのは」

「え?」


 ヒルディアは狼狽(うろた)える。

 いったい誰なのか、まるで思い出せない。

 どうも記憶は自身にとって大事なものから先に蘇(よみがえ)っているようなのだが、駆けてくる男はよほどとるに足りぬ存在だったのか、脳裏に掠(かす)めもしない。

 戸惑っている間に、声が聞こえる距離まで男が近付いてくる。


「だ、だんなぁー、姉(あね)さぁあーん、お、お待ちしとりましたぁー」


 男はふたりの前で足を止めると、手を膝に着き、乱れた息を整えようとする。


「サムエル、わざわざ出迎えに来たのか? よく気付いたな。しかし、そんなに慌てて駆けて来ることもなかろうに」

「い、いえ、こいつらに餌をやろうとしてたら急に走り出したもんで、逃がしたらマズいと思って追っかけてきたんでさ。まったく、畜生(ちくしょう)のくせに手間ぁかけさせて――」

「ボォウフッ!!」

「ひえ!」


 ニクスに吠えられ、サムエルという男は、よろめくように後退(あとずさ)る。


「うぅ、なにかっちゅうとすぐに吠えやがる。世話してやってたのにぜんぜん懐きゃしねえ」


 怯(ひる)んだ様子のサムエルを見て、キニスが小バカにでもしたように鼻息を漏(も)らす。


「なっ!? く、くそっ! コケにしてぇ! ねえダンナ! おいらぁ馬や山羊の世話なら慣(な)れたもんだけど、狼なんて近寄るのも怖ええんでさあ! こいつらの面倒見んのは今回限りにしてもらいますからね!」


 不平を言うサムエルを観察していたヒルディアだったが、額に手を当て首を振ると、スイガに向きなおる。


「ぜんっぜん思い出せませんわ。師匠、誰ですのこの男。下男(げなん)?」

「ちょ、ちょっと姉さぁん! 冗談きついですよ! そりゃおいらのことなんざ歯牙(しが)にもかけちゃいなかったってのは知っとりましたが、存在ごとなかったことにするなんて、いくらなんでもひでえじゃありませんか!」

「ああ、やっぱり面識(めんしき)はありますのね」


 戸惑った様子のサムエルと、わりとどうでもよさそうなヒルディアを交互に見て、スイガは小さくため息を吐く。


「ヒルダ、この者は我らの留守中、家畜や畑の世話を任せるため、村長に派遣(はけん)してもらったのだ」


 そういえば村を出る際、村長が師匠に、この男の話をしていたかもしれないとヒルディアは思い出す。

 続いてスイガは、サムエルにも事情を説明する。


「すまんな。ヒルダは熊狩りで頭を打ち記憶が混乱しているのだ」


 途端(とたん)、男の顔色が変わる。


「そ、そりゃたいへんだ! 歩いて大丈夫なんですかい!?」

「ああ。幸い外傷はないし記憶も戻りつつある」

「そ、それなら安心ですな。しかし記憶が……そんなこともあるんですなぁ」


 一瞬、気づかわしげな視線をヒルディアに向けたサムエルだったが、すぐに、スイガに向きなおり探るような表情で訊(たず)ねる。


「そ、それで、こうしておふたりが揃(そろ)って戻られたってことは、クマ公はやっつけていただけたってことですかい?」

「ああ。無事討伐(とうばつ)した」

「さすがダンナだ! 〝山の剣聖〟の二つ名は伊達(だて)じゃありませんな!」

「その呼び方はやめろと言ってるだろ。それに、今回熊を狩ったのは己ではなくヒルダだ」

「え? 姉さんが?」


 サムエルにしげしげと見られて、ヒルディアは顔をしかめる。


「ちょっとなんですの? 不躾(ぶしつけ)じゃありませんこと?」

「あ、いやぁ、ダンナのお弟子さんだけあって本当にお強いんだなあと」


 サムエルはヒルディアに向き直り表情を引き締(し)める。


「あのクマ公にはうちの村の皆、困り果ててたんでさ。なんとお礼を言ったらいいか……」


 感謝を述べるサムエルの顔を見て、ヒルディアはギョッとなる。

 表情をくしゃくしゃに歪(ゆが)め、ぼろぼろと涙をこぼしはじめたからだ。


「えぇ……な、なんですのぉ?」

「いや、すんません……村の若衆(わかしゅう)総出(そうで)で、奴の山狩りをした時、おいらの幼馴染が、殺されちまったんでさ……死体は腹ぁ食い破られてて、そりゃあひでえもんでした……ダチがあんな惨(むご)い殺され方したのに、おいらはなんもしてやれなくて、ずっと悔しかった……でも、姉さんが仇(かたき)とってくれたおかげで、ようやくあいつも浮かばれまさあ」

「は、はあ」


 複数の村人が襲われ犠牲(ぎせい)になっていたとは聞いていたが、仇討(あだう)ちをしたなどとは考えもしなかったヒルディアは、何度も感謝の言葉を繰り返すサムエルを前に戸惑うしかなかった。

キニス…ラテン語で「灰」

ニクス…ラテン語で「雪」

二頭の毛色にちなんで、ヒルディアが名付けたという設定です。

何故ラテン語かは、いずれ明かされる物語の背景にかかわる設定ゆえ、現時点では明かせません。

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― 新着の感想 ―
わんこかわいい。昔ハスキーを飼っていたのでこういうのに弱いのです
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