02 夕映え
夏の夕映えが、西の空を染めていた。彼岸花の如く、色艶やかに。まるで世界が燃えているようだ、と窓辺から空を眺めていた皓月は思った。
「皓月様、どうかなさいましたの?」
胸元に頬を擦り寄せて甘える妓女を見下ろした皓月は、そっと笑みを浮かべた。すると妓女はうっとりと頬に朱を散らす。演技でもなく、本心から見惚れているようだ。
「少し考え事をしていてね」
色づく頬を撫でながら、皓月は心の内を吐露する。
「色々と納得できないことがあってさ。どうしようかなと思い悩んでいたんだ」
「でしたら、わたくしでよければお話を聞きますわ」
頬に添えられた手に己の手を重ねると妓女は優艶と笑む。
「悩み事は、誰かに話せば軽くなると申します。わたくし、皓月様のお役に立ちたいわ」
「うれしいな。ならば聞いてくれるかい?」
ええ、と妓女は皓月の胸板に頬を寄せた。
「君に親友がいたとする。もし、その親友が良からぬ者に魅せられていたら、どうする?」
「良からぬ者ですか?」
真意が分からない質問に妓女は悩んだ。適当に応えて皓月に嫌われるのはどうしても避けたいため、思考を巡らせる。
爪紅が光る指先を唇に押し当て、できる限り可愛らしく皓月の目に映るように小首をかしげた。
「……わたくしは、まず事情を聞きますわ。わたくしから見て、良からぬお方でも親友からしたら大切なお方かもしれませんもの。聞いた上で、またどうするか考えます」
「親友は頑固でね。私が聞いても答えてはくれなさそうなんだ」
「まあ、皓月様はそのお方がたいそう大切なんですね。少し妬けますわ」
「大切さ」
「どんなお方ですの? 可愛らしいお方? それとも美しい女なのかしら」
悋気を覚えた妓女は頬をぷくっと膨らませる。美しく物腰も柔らかい皓月は妓楼の女達から人気が高い。多忙の彼が登楼するのは珍しいので、訪れると数多くの妓女が自分を選んで欲しい、馴染みになって欲しいとこぞって手を挙げる。
それでも、博愛主義の皓月は一人に絞ることなく、その時に手が空いた女を選んで側へ置いた。
今日、選ばれた妓女も手が空いていたからという理由で一月ぶりに選ばれた。知識を深めて、美貌をどれだけ磨いても皓月はまったくといって靡いてはくれない。そんな男がこうして憂うなんて、どれだけ恵まれた女なのだろう。と、妓女は顔も知らない相手に怒りを覚えた。
「君が考えているような女じゃないよ。彼は私の昔馴染みでね。眩しいほどにまっすぐで、見た目と違って臆病者なんだ」
彼、という単語に妓女は肩の力を抜いた。根っからの女好きである皓月が男に欲を持つはずがない。本人の言う通り、親友なのだろう。
「ふふっ、とても大切なお方なのですね。皓月様のそんなお顔、初めてだわ」
「そうだね。とても大切だ」
両目を細めて皓月は昔を懐かしむ。出会った当初は王族である璙雲を興味本位で戦場に行きたがる迷惑野郎だと思っていた。王位継承権から程遠く、血の気が多いため周囲から半ば見離されていても王族は王族。璙雲が怪我を負えば、たちまち自分は処刑される考えた皓月は必要以上に彼を守ろうとした。
結果、殴り合いとなった。
璙雲は女子供でもないのに過剰に守られることが不服だったらしく、言っても聞かない部下に苛立ち、胸ぐらを掴んで文句を言っってきた。
今は優しいと称されているが当時の皓月はなかなかに血の気が多い男だったので、胸ぐらを掴まれたというだけで、つい無意識にその顔を殴ってしまった。
「そこからは文字通り殴り合いだよ。でも、不思議だよねぇ。あの頃は、こんな糞餓鬼と仲良くなるだなんて絶対に無理! って思っていたのに、今では親友と呼べるのは彼だけなんだ」
相手が現眞王であることを伏せて、仲良くなった経緯を説明すると妓女は大きな目をさらに丸くさせた。その表情がおかしくて、皓月は目元を緩める。
「殿方の友情とは不思議なものですね」
「私もそう思うよ」
「そのご友人様はどのような方に言い寄られておいでですの?」
「分からないんだ。でも、よくないものであることは間違いない」
「そのご友人様のおそばにいれば、いずれお会いできるのではないのでしょうか?」
会えるわけがない。璙雲を誑かすのは後宮に住む鬼なのだから。
「そうだね。いい案だ」
見当違いな案を自慢げにだす妓女に、親友である自分に何も言わない璙雲に、全ての元凶である後宮の鬼に、苛立ちを覚えた。そんな醜い顔を妓女に見られないように、窓の外へ視線を移した皓月は往来を走る人物に両目を細めた。
璙雲だ。両腕に大きな包みを抱いて、城へと向かっていた。
(やはり、あれは武昭儀への贈り物ではないのか)
自分が選んだ絹布で襦裙を仕立てたいと璙雲が言い出したのはつい先日。今や寵妃と名を馳せた武昭儀への贈り物にしては、選ぶ色は年若い少女向けのものばかりだった。
絹布の色だけではない。簪に腕環などの装飾品も、倹約家である武昭儀が好まなそうな品物ばかりだった。
(後宮の鬼は女と考えるのが妥当だな)
皓月は胸に張り付く妓女の肩を押した。
「すまない。用事ができたんだ」
立ち上がった皓月を、妓女は悲しそうに見上げる。
「今度はいつ起こしくださいますか?」
「いずれ。必ず時間を作って会いにくるよ」
紅が彩る唇に口付けを送ると皓月は部屋を後にした。璙雲の側にいれば元凶に会える——馬鹿げた案だと思ったが冷静になって考えてみれば、これほど現状を打開できるものはない。ここ最近の璙雲を見れば、きっとこの後も会いにいくはずだ。




