02 干杏の蜜漬け
両手に乗った包みを不思議そうに眺める花蓉に璙雲は笑いを抑えきれない。自分より小柄な体躯といい、無くならない警戒心といい、まるで小動物のようだ。……ずっと着用し続けている鬼面は恐ろしいが。
「その面、外さないか?」
本日二度目の提案に花蓉は「なぜ」と小首を傾げる。視線はまだ包みに釘付けだ。
「菓子を食べるのに邪魔だろう」
「食べないから邪魔ではない」
「屁理屈を……。甘くておいしいぞ。果物を乾燥させて蜜に何日か漬け込んだものに飴がからめてあるんだ」
娘が好む食べ物が分からないため、皓月に助言を頼むとこれを勧められた。曰く、少女とは甘いものを好む生き物らしい。甘いものが苦手でも宝石のように煌めいているため、気に入ってくれるそうだ。
(まあ、気に入ってはくれているみたいだ)
璙雲は微笑ましいものを見るかのように目元を緩めた。短時間の触れ合いで理解したが、花蓉の時間は千年前で止まっている。常識も、伝統も、歴史も、全てが千年前から進むことはない。
だから、菓子箱の中身よりもまず先に包む布の滑らかな手触りや飾る刺繍の緻密さに興味が惹かれている。
(これはしばらくかかりそうだな)
璙雲は花蓉の邪魔にならないようにそっと首だけを回して、周囲を見渡した。床も壁も天井すらぼろぼろで、いつ崩れてもおかしくはなかったのに今は見違えるほど綺麗になっている。ところどころ塗装は剥がれていて、質素な内装だが廃墟よりましだ。
花蓉曰く、廃墟は現世での姿であり、これが本来の幽寂宮らしい。
「あなたはいつ帰るの?」
「そんなに帰って欲しいのか?」
「ええ。ここはあなたが来る場所じゃないもの。なぜ、ここに来れるのかしら。黄昏時ではないのに」
「俺もよく分からない。いつも気付いたら君が背後に立っていたから」
璙雲は軽く肩をすくめた。
その曖昧な答えに花蓉は鬼面の下で眉をひそめる。
「死者ではない、生きた人間の気配がしたら見にいくわ」
「ここには死者しか訪れないのか?」
その問いかけに花蓉は、抱いていた包みの上に視線を落としたまま、答えを口にしなかった。言葉の代わりに、包みの布をなぞる指先がわずかに震える。
「生きている人間は? ずっと、一人で暮らしているのか?」
「……質問が多い人」
絞り出すように言葉を発した花蓉は、視線を上げず、さらに続ける。
「ここは死者が安らぎを得るために在る。生者は訪れることはできないわ。普通なら」
「普通?」
「今まで何度か知らない人が訪れたの。私はその度に出ていくように言いにいった。けど、誰も気付いてくれなかった。触れることもできなかった」
逢引きにきた宦官と宮女、職人を引き連れた役人、時には豪奢な衣裳を纏った男が部下を引き連れてきたこともあった。
「あなただけ。私の声が聞こえたのも、触ることができたのも、姿を見えたのも。……本当にもういいでしょ。これを持って、早く帰って」
花蓉は包みを璙雲の胸に押しつけた。
「いらないのか?」
「いらない」
「おいしいのに」
「お腹、空かないから。食べたいと思わない」
璙雲は口をへも字にする。少し思案した末に包みを解いた。梅の枝に止まる鶯の螺鈿細工が顔を覗かせると明らかに花蓉が反応した。
興味津々に漆塗りの箱を見つめる。返せと言わないのは矜持があるからだろう。更に蓋を開けると柘榴に杏、桃、葡萄が艶やかな光沢を放っている。
更に花蓉が食い入るように中を覗き込む。
「一粒だけでも食べてみたらどうだ?」
花蓉に見えるように箱を傾ける。
「……いい。いらない」
「頑固だな」
はあ、とわざとらしくため息を吐くと璙雲は立ち上がり、花蓉の前に立つ。身長差や体格差のせいか、花蓉は身体を強張らせると少し身を引いた。
箱を手に押しつける。素直に受け取ったのを確認してから璙雲は杏飴を一粒摘み上げた。空いた片手で花蓉の顔を隠す鬼面の紐を解き、抵抗される前に現れた小さな桜唇に杏飴を押し付けた。




