EP 7
「俺たちの子供(種)。永遠のマスクメロン」
狂乱と号泣の『捕食』から、数時間が経過した。
深夜の泥沼農園。しんと静まり返った母屋のリビングに、重々しい足音が二つ、別々の方向から近づいてきた。
ガラッ……。
勝手口のドアが開き、第4温室から夫の愛蔵(50歳)が。
そして廊下の奥から、第7温室から戻った妻の恵(45歳)が、それぞれ力ない足取りでリビングへと姿を現した。
「…………」
「…………」
二人は、リビングの中心で無言のまま向かい合った。
その顔は、黄金色の果汁と涙、そして鼻水で凄惨なほどにドロドロに汚れ、目は完全に焦点が合っていない『賢者モード(完食後)』の虚無の光を宿していた。
だが、その両手だけは違った。
二人はそれぞれ、自分の両手の中に何かを包み込むように、何よりも大切そうに胸に抱き抱えていたのである。
静寂を破ったのは、愛蔵だった。
「……恵」
「……何、愛蔵さん」
愛蔵は、ゆっくりとその両手を開いた。
そこに乗っていたのは、メロ美の胎内(果肉の中心)から取り出した、無数のぬるりとした『種』であった。
「……見てくれ。俺の、愛した子供だ(種)」
妻に対して、あまりにも堂々たる不倫と隠し子(種)の宣告。
普通の夫婦であれば、ここで修羅場となり、包丁(※果物ナイフではなく出刃包丁)が飛んできてもおかしくない状況である。
しかし、妻の恵は一切取り乱さなかった。
彼女もまた、慈愛に満ちた(完全にイカれた)微笑みを浮かべ、胸に抱いていた両手をゆっくりと開いたのである。
「……ええ。立派な子たちね。……ふふっ、実はね、愛蔵さん。私にも……いるの」
恵の手のひら。
そこにもまた、メロ彦が残した『無数の種』が、黄金色の果汁に塗れて輝いていた。
「……そうか。お前も、良い人に出逢えたんだな」
「ええ。とっても優しくて、甘い人だったわ」
お互いの「不倫相手の種」を見せ合い、穏やかに頷き合う泥沼夫妻。
彼らの心と身体は、すでに完全にメロロンに寝取られ、魂の底からメロロンの虜となっていた。もはや人間同士の愛憎などというちっぽけな感情は、彼らの中には1ミリも残っていなかった。
愛蔵が、恵の持つ種(メロ彦の子供)を優しく見つめる。
恵が、愛蔵の持つ種(メロ美の子供)を愛おしそうに見つめる。
「……来年。春が来たら、一緒に土を作ろうか」
「ええ。この子たちが、一番甘く、立派に育つように」
二人は、互いの手の中にある『種』をそっと寄せ合わせ、一つに重ねた。
「一緒に育てましょう……私たち(メロン)の子供を」
――ここに、アナステシア世界における史上最狂の夫婦が誕生した。
世間から見れば、彼らは「仲良く一緒にメロンを育てる、理想のおしどり農家夫婦」。
だがその実態は、お互いに心の中の別のメロンを愛し、不倫相手の種を同じ畑で育て合うという、完全に狂気に染まった『仮面夫婦』であった。
「あはは……あははははっ」
「うふふ……ふふふふっ」
深夜のリビングに、ドロドロの顔をした中年夫婦の、不気味なほど幸せそうな笑い声が響き渡る。
こうして、泥沼夫妻は「人生クラッシャー」と呼ばれるS級魔界植物の罠に完璧にハマり、永遠にメロンの輪廻から抜け出せない廃人へと至ったのである。
◇ ◇ ◇
【天界・ゴッドチューブ特別配信枠】
『(コメント欄)…………(絶句)』
『(コメント欄)狂気。ただひたすらに純粋な狂気』
『(コメント欄)なんだこのサイコホラーなハッピーエンドは……』
『(コメント欄)仮面夫婦の伏線回収やめろwwww』
『(コメント欄)これもうアナステシアのシェイクスピアだろ。映画化決定』
コメント欄は、あまりにも完成された『狂気の純愛劇』を見せつけられ、畏敬の念すら抱く大絶賛の嵐へと変わっていた。
「うぅぅぅぅぅ……っ!! 泥沼夫妻……!! 立派ですぅぅぅ!! お互いの過去を受け入れて、共に未来(来年の収穫)へ歩き出すなんてぇぇぇ!!」
ルチアナのコタツ部屋では、見習い女神のリリスが床に突っ伏して大号泣し、ジャージを涙と鼻水でビショビショにしていた。
「ズビッ……! いや、違うでしょリリス! アレ完全に人間としての尊厳失ってるバッドエンドだから! ……でも、なんでこんなに泣けるのよぉぉぉ!!」
堕落女神ルチアナも、スルメを噛みちぎりながら号泣。
カグヤに至っては、感動のあまり自らの月兎族の耳を固く結んで祈りを捧げていた。
世界中が、いや、全宇宙が、この名もなき農家の狂気に満ちた「マスクメロンの誓い」に涙し、スタンディングオベーションを送っていた。
……ただ一人。ポポロ村の広場で、この配信を真顔で見つめている『ある男』を除いては。
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