EP 5
「クイーン&プリンスの完成。愛の最終形態(そして捕食へ)」
泥沼農園を包み込む、むせ返るような極上の甘い香り。
それはS級指定魔界植物『メロロン』が、その生涯の絶頂――すなわち「完熟」を迎えた合図であった。
第4温室。
そこには、頭頂部に豪奢な王冠のようなヘタを戴き、黄金色の網目模様を輝かせる究極の果実、『クイーン・メロロン』へと至ったメロ美の姿があった。
「あぁ……愛蔵さん。来てくれたのね……」
ぽよんっ、ぽよんっ……♡
はち切れんばかりの豊かな果肉を艶めかしく揺らしながら、メロ美はこれまでで一番甘く、そしてどこか儚い声で囁いた。
「メロ美……! お前、なんて美しい姿に……!」
「ふふっ、ありがとう。でもね、愛蔵さん……私、もうすぐお別れなの」
「えっ……? わ、別れ!? どういうことだメロ美! 俺を置いていくのか!?」
愛蔵が血相を変えてすがりつくと、メロ美の蔓が彼の頬を優しく撫でた。
「私たちは果実……一番熟して、一番甘い今この瞬間が、命のピークなの。……だから、お願い。私が一番美味しい今のうちに、貴方の手で……私を食べて?」
――愛(捕食)。
それこそが、メロロンという種族が持つ究極の目的。
最も愛した人間に自らの身も心も捧げ、その血肉となること。
「た、食べるなんて……そんなことできるわけないだろ! 俺はお前を愛しているんだぞ!!」
「よくないわ……。私はただのメロンよ。よく考えて? 母屋には、貴方を待っている奥様がいるじゃない……」
「関係ない!! 女房(恵)とは別れてきた! 慰謝料も家も全部アイツにくれてやる! 俺にはもう、お前しかいないんだ!!」
農家のおじさん(50歳)の、果実に対する決死のプロポーズ(※法的には無効)。
それを聞いたクイーン・メロ美は、ぽろりと果汁の涙をこぼし、嬉しそうに身をよじらせた。
「馬鹿……。でも、嬉しい……(ぽよんっ♡)。ねぇ、愛蔵さん。私を美味しく食べてね? そして……私の『種』は、きちんと保管してね?」
「うぉぉぉぉぉぉッ!! メロ美ィィィィィィッ!!」
◇ ◇ ◇
時を同じくして、第7温室。
こちらでもまた、妻の恵(45歳)が、究極のイケメン果実『プリンス・メロロン』へと進化したメロ彦の前で、大粒の涙を流していた。
「メロ彦……嫌よ! 貴方がいなくなるなんて、私、生きていけない……ッ!」
泣き崩れる恵の肩を、メロ彦の力強い蔓が抱き寄せる。
その王冠のヘタはどこか誇り高く、低く響く極上ボイスは、恵の鼓膜を甘く震わせた。
「泣かないでくれ、恵。……僕たちは、永遠になるんだ」
「永遠……?」
「そうさ。君が僕を食べて、君の一部になる。僕の甘さも、香りも、君の細胞一つ一つに溶け込んでいくんだ。……これ以上の愛が、他にあるかい?」
ホスト顔負けの殺し文句。
恵の脳内麻薬は完全に限界を突破し、彼女はメロ彦の網目模様のボディに顔を埋めて咽び泣いた。
「食べるわ……! 貴方を骨の髄まで愛して、私の一部にする……! 愛蔵さんなんて最初からいなかったのよ、私の夫は貴方だけよメロ彦……ッ!」
「……ああ。じゃあな、恵。お前との時間、悪く無かったぜ」
メロ彦が、不敵に、そしてこの上なく優しく笑った(ように見えた)。
「身体に気をつけろよな。……種を植えてくれれば、また1年後に、必ず逢おうぜ」
「メロ彦おおおおおッ!! 逝かないでえええええええッ!!」
◇ ◇ ◇
【天界・ゴッドチューブ特別配信枠】
『(コメント欄)アカン……涙で前が見えねぇ……』
『(コメント欄)なんで俺、メロンと農家のおばさんの別れ見て泣いてんだよチクショウ!!』
『(コメント欄)BGMが完全に映画のクライマックスのそれwww』
『(コメント欄)これ世界最高の純愛ストーリーだろ(錯乱)』
『(コメント欄)いや食べるんかいwww 愛の形が物理的すぎるwww』
全宇宙の同接視聴者数は、ついに500億人を突破。
コメント欄は「純愛に感動して泣く者」と「絵面のヤバさに腹筋が崩壊する者」が入り乱れ、完全にカオスと化していた。
「ひぐっ……うぅっ……! め、メロ美ちゃん……! 愛蔵さん……!!」
ルチアナのコタツ部屋では、見習い女神のリリスが、指の隙間からガン見していた両手を外し、ハンカチ(初心者マーク付き)で大号泣しながら鼻をかんでいた。
「もう……なんて悲しい愛の結末なんですか……! 私、応援しますぅ! 不倫はダメですけど、異種族の壁を越えた愛は尊いですぅぅ!」
「いやリリス、アンタ完全にメロンの毒牙に当てられてるじゃない。……と言いたいところだけど、ズビッ! ちょっとコレ、ズルいわよ! ガチの昼ドラ展開で泣かせてきやがって……!」
堕落女神ルチアナも、スルメを握りしめながらボロボロと泣いていた。
さらに、全宇宙の頂点たるアウター・ヘブンの執務室では。
「うぅぅぅぅ……っ!! 恵さぁぁぁぁん!! メロ彦ぉぉぉぉ!!」
宇宙創造神ユニーバが、激甘アップルティーの入ったタンブラーを両手で抱え込み、デスクに突っ伏して嗚咽を漏らしていた。
彼女の神格クラスの滂沱の涙(感情の揺らぎ)が、アナステシア宇宙の片隅に新たな星雲――通称『メロン星雲』を誕生させるという宇宙規模の奇跡を巻き起こしていたが、もはや誰もそんなことは気にしていない。
画面の中では。
愛蔵が「銀の包丁」を。
恵が「銀のスプーン」を、それぞれ固く握りしめていた。
究極の愛を完成させるための、『涙のフルコース』が、今まさに始まろうとしていた。
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