EP 4
「宇宙創造神ユニーバ、震える(そして止まる宇宙)」
次元の狭間、全宇宙の事象を統括する超巨大フローティング都市『アウター・ヘブン』の最深部。
無数のホログラムモニターが星雲の誕生と消滅の計算式を弾き出す、文字通り「宇宙のへそ」とも言える最高神の執務室。
そこで、一人の美しい女性が、死んだ魚のような目でキーボードを叩いていた。
第1種宇宙創造神格公務員――全宇宙の設計と事象管理を一人で担う、GODの最高意思決定者にして究極の社畜神、ユニーバ・オリジンである。
「……第457並行宇宙の物理法則パッチ当て完了。続いて、アナステシア銀河系の膨張率の再計算……あぁもう、終わらない。仕事が終わらないわ……」
ユニーバはフラフラと立ち上がると、デスクの端に置いてある愛用の『マイタンブラー(保温・保冷機能付き)』を手に取った。
中に入っているのは、超高濃度の砂糖とハチミツを致死量ぶち込んだ「激甘アップルティー」。それをストローでチュウウゥゥと吸い上げ、さらに現世のファミレス(ルナミスキング)からデリバリーした特大の苺パフェをスプーンで口に放り込む。
「にゃーん」
「ああ……可愛いわね、タマちゃん。ご飯のおかわりかしら? ちょっと待ってね……」
彼女の唯一の癒しは、広大なオフィスで放し飼いにしている現世からスカウトした猫たちである。
致死量の糖分と、猫のモフモフ。この二つがなければ、全宇宙はとっくの昔に彼女の過労死と共に崩壊している。
「ふぅ……。小休憩にしましょう。いつもの『猫の癒し動画』を3分だけ見て、精神力を回復させなきゃ……」
ユニーバは、メインモニターの一つを『ゴッドチューブ』に切り替えた。
普段なら、検索欄に「子猫 じゃれあい」と打ち込むところだ。彼女は犬や他の動物も好きだが、「もし犬動画も見始めたら、関連動画ループから抜け出せなくなって、私(の宇宙の仕事が)本当に終わるかも」という危機感から、他の動物動画をクリックするのをプルプル震えながら自制しているほどのネット依存症予備軍である。
だが、今日。
ゴッドチューブのトップ画面(全宇宙トレンド1位)に、信じられないサムネイルがデカデカと表示されていたのだ。
【生配信】泥沼夫妻 メロンに寝取られるwww(現在視聴数:300億人突破)
「……は? メロンに、寝取られる……?」
宇宙最高神の指が、ピタッと止まった。
気づけば、彼女は無意識にその配信枠をクリックしてしまっていた。
画面に映し出されたのは、真顔で『生米』をボリボリと貪り食いながら水道水をすする泥沼夫妻の姿。
そして、ワイプ画面でぽよんぽよんと揺れながら「愛蔵さん、私のお水好きでしょ?♡」「恵、今日も頑張ったね。君だけのメロロン酒だよ」と極上の声で囁く、二つのS級魔界植物。
『(コメント欄)仮面夫婦ってなんだよ!? マスクメロン? 誰が旨い事言えとwww』
『(コメント欄)お互い別のメロン飼ってんの気づいてないの草』
「な、なんなのこれ……」
ユニーバの瞳孔が、カッと見開かれた。
ただの不倫劇ではない。相手は農作物。しかも夫婦がお互いの不倫に気づかず、同じ家の中で生米をかじり合いながら、心は完全に別々の果実に向いているという、シェイクスピアも裸足で逃げ出すほどの『極限のすれ違い昼ドラ愛憎劇』。
「だ、ダメ……! こんなの、続きが気になりすぎるじゃない……ッ!」
ユニーバの両手が、デスクの上でガタガタと震え始めた。
見ちゃダメだ。私は宇宙創造神。今、アナステシア宇宙の「時間の流れ」と「空間の膨張計算」のバッチ処理を回している最中なのだ。ここで私が手を止めて、このクソくだらないメロン不倫動画に見入ってしまえば、宇宙のシステムに重大な遅延が発生してしまう。
「見ちゃダメ……見ちゃダメよユニーバ……! 早く猫動画に切り替えて、仕事を……ッ!」
ぷるぷるぷるぷる……ッ!!
激甘アップルティーの入ったタンブラーを握りしめ、小鹿のように震える最高神。
しかし、画面の中では、妻の恵が「愛蔵さん、私、少し温室に行ってくるわ」と立ち上がり、夫の愛蔵が「俺もだ……」とすれ違う、最高にスリリングなシーンが展開されていた。
「あっ……あぁっ! バカ、今お互いの温室の方向を見たら、相手のメロンがバレちゃうじゃない! 気をつけて恵さん! 右よ! 右の温室を見ちゃダメェェェェッ!!」
ガタァァァンッ!!
ついにユニーバは立ち上がり、モニターに張り付いて大声で実況を始めてしまった。
宇宙の仕事、完全放棄。
最高神の思考リソースが、100%「泥沼農園のマスクメロン夫婦」へと注ぎ込まれた瞬間であった。
◇ ◇ ◇
その頃、現世(アナステシア世界)では。
「……ん? なんか今、一瞬だけ空の太陽がピタッと止まらなかったか?」
「気のせいじゃないか? まぁ、そんなことより泥沼夫妻の配信の続き見ようぜ!」
全宇宙の頂点に君臨する神の仕事が止まった影響により、アナステシア宇宙の「時間の進行」がコンマ数秒遅延するという、とんでもない宇宙的バグが発生していた。
しかし、現世の住人たちもまた、誰一人としてそれに気づいてはいなかった。
なぜなら、天界の神々も、魔族も、獣人も、ルナミス帝国の国民も――全宇宙の生命体が等しく、スマートフォンや水晶玉にかじりつき、『メロンに寝取られる農家』の行く末を固唾を呑んで見守っていたからである。
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