EP 2
「食卓の崩壊。『生米と水』のディナー」
泥沼夫妻がそれぞれの『秘密の果実』を拾ってから、数週間が経過した。
ポポロ村郊外、第4温室。
そこは今や、農作業用のビニールハウスではなく、むせ返るような甘い香りが充満する『魅惑のVIPルーム』と化していた。
「お疲れ様、愛蔵さん。今日も一日、私のために畑仕事……頑張ってくれたのね♡」
艶やかな網目模様を浮かび上がらせたメロ美が、豊かな果肉をぽよんっ、ぽよんっと揺らしながら、極上の甘い声で囁いた。
段階2(疑似キャバクラ期)へと成長を遂げたメロ美の知能と誘惑スキルは、もはやルナミス帝国の高級娼婦すら凌駕していた。
「あぁ……メロ美。お前の顔を見ると、一日の疲れが全部吹き飛ぶよ」
「ふふっ、嬉しい。愛蔵さんってば、本当に素直なんだから……よしよし、肩凝ってるわね。私がマッサージしてあげる」
メロ美のしなやかな蔓が愛蔵の肩に絡みつき、絶妙な力加減で揉みほぐす。
さらにメロ美は、自身の蔓の先から甘い果汁をコップに絞り出し、愛蔵の口元へと運んだ。
「はい、ご褒美の特製ジュースよ。……私のお水(果汁)、愛蔵さんが一番好きだって言ってくれたもんね? チュッ♡」
「うおおおおッ!! 濃い! むちゃくちゃ甘くて美味い!! もうメロ美のジュースさえあれば、俺は他のメシなんか何もいらねぇぇ!!」
農家のおじさん(50歳)は、防臭マスクも耳栓もつけず、完全に自己肯定感の沼へと沈み込んでいた。
◇ ◇ ◇
そして同時刻。農園の反対側にある第7温室では。
妻の恵(45歳)もまた、完全にメロンに『堕ちて』いた。
「恵……。今日も僕のために来てくれたんだね。……無理しちゃダメだよ? 君の細い手が荒れたら、僕が悲しいからね」
王冠のようなヘタを傾けながら、低音のイケボ(極上ボイス)で囁くプリンス・メロ彦。
彼の蔓が恵の手をそっと包み込み、まるで王子様のように手の甲にキス(蔓の先端を擦り付ける)をした。
「あぁっ……メロ彦……! 貴方って子は、どうしてそんなに優しいの……!」
「君が毎日、僕に極上の水を与えてくれるからさ。さぁ、今日は君のために『メロロン酒(微発酵果汁)』を作ったんだ。君だけのためにね」
メロ彦が注いだ琥珀色の酒を飲み、恵は頬を乙女のように赤らめた。
もはや彼女の脳内に、夫の愛蔵の入り込む隙間など1ミリも存在しなかった。「私が愛しているのは、このメロンだけ」。完全なホスト狂いのマダムの完成である。
◇ ◇ ◇
そして、夜。
それぞれの温室から、フラフラと満たされた顔で母屋へと帰還した泥沼夫妻。
かつて、この家の食卓は『ポポロ村の宝』と呼ばれるほど豪華だった。
しかし、二人の心(と胃袋)がメロンに奪われていくにつれ、食卓の光景は凄惨な速度で退化していったのだ。
最初は、五品あったおかずが三品に減った。
一週間後には、スーパーで買ってきたレトルトパウチになった。
二週間後には、お湯を入れるだけのカップ麺になった。
そして、今夜――。
「……おう。戻ったぞ」
「……お帰りなさい」
テーブルを挟んで向かい合う、愛蔵と恵。
二人の視線は一切交わらない。まるで心の中にいる『別の誰か』を想いながら、ただ形だけの夫婦を演じているような、冷え切った空気。
世間体を気にするためだけの『仮面夫婦』の誕生である。
そして、そんな二人の目の前のテーブルに置かれていた、今日の『ディナー』。
それは。
『真っ白い皿の上に無造作に盛られた、炊く前の「生米」』と。
『紙コップに入った「水道水」』だけであった。
「……今日は、生米か」
「ええ。ちょっと『温室の用事』で忙しくて、火を使う時間がなかったの。……それに貴方、どうせお腹空いてないでしょ?」
「ああ。俺もちょっと……温室で『美味い水』を腹一杯飲んじまったからな。これで十分だ」
ボリッ……。
ボリボリボリッ……。
静まり返ったリビングに、おしどり夫婦だった二人が、真顔で『生米』を噛み砕く虚無の咀嚼音だけが響き渡る。
豪華な食事すら作る意味を失い、お互いにメロロンの果汁だけで腹を満たした末の、究極の「食のネグレクト」。それは、精神が完全に果実に侵略された末路の姿だった。
ボリッ、ボリボリッ……。
「(あぁ……早く明日にならないかな。メロ美のぽよんぽよんの果肉に触れたい……)」
「(メロ彦……今夜は貴方の夢を見るわ……)」
人間としての尊厳を完全に失いながら生米をかじる泥沼夫妻の狂気の映像は、天界のメインサーバーを通じて、ある一つのチャンネルで大々的に『生配信』されようとしていた。
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