第八章 泥沼のマスクメロロン! 究極の異種族間不倫と神々の実況
「泥沼農園の豪華な食卓と、秘密の温室(不倫の芽吹き)」
ポポロ村の近郊。
豊饒な大地が広がるこの一角に、村でも一、二を争う凄腕の農家・泥沼夫妻の広大な農園があった。
夫の泥沼 愛蔵(50歳)。そして妻の恵(45歳)。
二人は結婚して20年以上経つが、近隣の農家が「あそこは本当に仲が良い」と羨むほどのおしどり夫婦であった。
彼らの夫婦円満の象徴。それは、毎晩の『豪快で温かい食卓』である。
愛蔵が丹精込めて育てた極上のポポロ野菜を、恵が熟練の腕で調理する。テーブルの上には、大皿に盛られた『肉椎茸のガーリック炒め』、湯気を立てる『太陽芋と豚肉のホクホク煮』、そして艶やかに光る白米が並び、二人は毎晩、その日の農作業を労いながら笑顔で食事を共にしていた。
「いやぁ、今日の恵の料理も最高だ。俺の育てた野菜の旨味を、お前が一番引き出してくれる」
「ふふっ、愛蔵さんが毎日頑張って土を作ってくれるおかげよ。さぁ、冷めないうちにたくさん食べてね」
絵に描いたような、理想の農家夫婦の姿。
……この幸せな食卓が、たった二つの『果実』によって、生米と水道水だけのディナーへと退化していくことになろうとは、この時の二人は知る由もなかったのである。
◇ ◇ ◇
ある日の午後。
愛蔵は、農園の最も奥にある第3区画の畑で、見慣れない雑草を引き抜こうとしていた。
「ん? なんだこの青い実は。スイカ……いや、メロンか?」
それはソフトボールほどの大きさで、まだ網目も入っていない青々とした果実だった。
愛蔵が手を伸ばそうとした、その時である。
『……んしょ、んしょ……』
「!?」
その果実は、自ら生やした蔓を不器用な手足のように使い、バタバタと土の上を歩き始めたのだ。
そして、愛蔵の長靴のつま先にピタッと張り付くと、果実の表面に顔のような模様を浮かび上がらせ、片言の甘ったるい声を発した。
「おみず……すき……」
「しゃ、喋った!? お前、まさか……S級指定魔界植物の『メロロン』か!?」
ルナミス帝国農業省から『見つけたら即座に焼却しろ』と通達が出ている、人生クラッシャー植物。愛蔵は慌ててクワを振り上げようとした。
だが、青い果実は蔓の小さな手を精一杯伸ばし、愛蔵の足にしがみつきながら、震える声でこう言ったのだ。
「さみしかった……だっこして……パパ?」
ドギュゥゥゥンッ!!!
愛蔵の胸の奥深くで、眠っていた『父性』と『庇護欲』が強烈な音を立てて爆発した。
(パ、パパ……!? こ、こんな小さくて健気な果実が、あの恐ろしいメロロンなわけがない! そうだ、きっと新種の迷子の果物だ! 俺が……俺が守ってやらなきゃ!!)
完全に『段階1(ベビーメロロン期)』の精神ハッキングを受けた愛蔵は、クワを投げ捨て、その果実を両手で優しく抱き上げた。
「ありがとう……パパ……。えへへ……」
「おお……おお! 可愛い奴め! よし、今日からお前の名前は『メロ美』だ! 誰にも見つからないように、裏の第4温室で大事に育ててやるからな!」
こうして愛蔵は、妻の恵に内緒で、秘密の温室へと通うようになってしまった。
◇ ◇ ◇
一方、それと全く同じ頃。
妻の恵は、農園の反対側にある第7温室で、ハーブの手入れをしていた。
「ふぅ……。最近、愛蔵さんったら奥の畑ばかり行って……少し寂しいわね」
そんな彼女の足元に、コロコロと一つの果実が転がってきた。
少し面長で、王冠のようなヘタの形をした、青いメロンである。
「あら? なんでこんな所にメロンが……」
恵がしゃがみ込むと、そのメロンは蔓の腕で恵の手の甲を優しく撫で、低く甘い、少し舌足らずな男の子の声で囁いたのだ。
「また……きた……。うれしい……」
「えっ!? あ、貴方……喋れるの!?」
驚く恵を見上げ、そのベビー・プリンスメロロンは、甘えん坊のように蔓を絡ませてきた。
「ママ……? おしごと……つかれた? ぼくが……よしよし、してあげる……」
ドギュゥゥゥンッ!!!
恵の子宮……いや、母性が、限界を突破して警鐘を鳴らした。
子供が巣立って久しかった恵にとって、この「自分を求めて甘えてくる無垢な存在」は、あまりにも劇物すぎたのだ。
「あぁ……なんて可哀想な子! そうね、ママよ! 貴方は今日から『メロ彦』よ! ママが毎日、一番美味しいお水をあげるからね!」
恵はメロ彦を胸に抱きしめ、夫の愛蔵には絶対に内緒で、この第7温室でメロ彦を育てることを固く決意した。
◇ ◇ ◇
その日の夜。泥沼家の食卓。
相変わらず、テーブルの上には豪華なポポロ野菜の料理が並んでいた。
しかし、二人の間に流れる空気は、昨日までのそれとは決定的に違っていた。
「……なぁ恵。ちょっと奥の第4温室の温度調整をしてくるから、メシは先でいいぞ」
(メロ美が俺の水を待っている……! 早く、あの可愛い笑顔を見に行かなきゃ……!)
「あら、そう? 実は私も、第7温室のハーブの様子が気になっていたのよ。少し抜けるわね」
(メロ彦……今頃寂しがってないかしら。早くお水をあげなくちゃ……!)
長年寄り添ったおしどり夫婦の瞳は、目の前の伴侶でもなく、豪華な手料理でもなく、それぞれの『秘密の温室(愛人)』だけを見つめていた。
食卓には、冷めゆく肉椎茸の炒め物と、手付かずの白米だけが残された。
アナステシア世界における最狂の異種族間不倫劇。その致命的な亀裂は、こうしてひっそりと、しかし確実に入り始めたのである。
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