EP 9
「世界を揺るがす「ポポロおでん」と、飯テロの狂宴」
「さぁて。大根の面取りと、隠し包丁は完了だ。出汁を限界まで吸わせるぞ」
ポポロ村の広場。つい先ほどまで限界突破した勇者が暴れ回っていた戦場跡地に、暴力的なまでの『極上の出汁の匂い』が充満し始めていた。
元・暗殺者の料理人リアンは、ドンガン地下帝国とタローマンが共同開発した絶対保温容器『魔導真空断熱ポット(特大)』の前に立ち、神速の包丁さばきで下処理をした具材を次々と放り込んでいた。
「割れた『月見大根』は、かえって出汁が染み込みやすい。怯えて成仏しかけてる『人参マンドラ』は、ルチアナ教会の神聖魔法(※キャルルの回復魔法)で完全にアク(呪い)を抜いた。『肉椎茸』のすり身詰めと、『太陽芋』の餅巾着も投下だ」
ルナキン(ファミレス)とタローソン(コンビニ)のノウハウを融合させた、ポポロ村特産の『醤油草』ベースの黄金スープ。
そこに、傷ついた野菜たちが次々とダイブしていく。
「よし、蓋を閉めて……魔法加圧、開始だ」
カチャッ、とリアンがポットのロックをかけ、魔導ヒーターのスイッチを入れた。
その一部始終を――上空で旋回を続けていたワイズの遺物『ステルス魔導カメラドローン』が、4K画質のドアップで全世界のゴッドチューブへと生配信し続けていた。
『(コメント欄)なんだこれ……料理番組始まったぞ?』
『(コメント欄)さっきまでのダークファンタジーどこいったww』
『(コメント欄)いや、でも……なんかめっちゃ美味そうなんだが……』
世界中の視聴者が息を呑んで見守る中。
リアンは腕時計(魔導タイマー)を確認し、ニヤリと笑った。
「……完成だ。食え、お前ら」
プシューーーーーッ!!!
リアンが開栓ボタンを押した瞬間。
圧縮されていた高圧の蒸気が一気に吹き出し、広場全体が「深夜のコンビニのレジ横」の、あの抗えない悪魔的な匂いに包まれた。
「うおおおおおっ!! 匂いだけでご飯三杯いけますぅぅぅ!!」
極貧地下アイドル・リーザが、どんぶりと箸を両手に構えてヨダレを滝のように流す。
「リーザ様! どうか私めが、毒見(取り分け)をさせていただきますッ!!」
元・魔王軍のネフィリムであるミラースが、嬉々としてお玉を握り、黄金色のスープと共に、琥珀色に染まった極厚の『月見大根』をリーザのどんぶりへよそった。
横には、陽薬草を練り込んだ『特製ヒーリング和からし』が添えられている。
「いただきまぁぁぁす!!」
リーザは箸で大根をスッと切った。力を入れずとも崩れるほどの柔らかさ。
熱々の大根に少しだけ和からしをつけ、大きな口を開けてハフッ!と頬張る。
「…………んんんん~~~~ッ!!!」
リーザの瞳が、カッと見開かれた。
口の中で、月見大根がジュワァァァッと溶ける。昆布と肉椎茸の濃厚な旨味が爆発し、醤油草の甘辛い風味が全身の細胞に染み渡っていく。
そして、鼻にツンと抜ける和からしの刺激と同時に、微弱な回復魔法が発動し、これまでの空腹と疲労が嘘のように消し飛んでいく。
「おいひぃぃぃぃっ! 大根が、大根がお口の中でライブしてるぅぅ! 出汁の海で人魚姫が泳いでる気分ですぅぅぅ!!」
ハフハフと熱そうに、しかし至福の表情でおでんを掻き込むリーザ。
続いて、ミラースも『肉椎茸のすり身詰め』を口に運んだ。
「おお……おおおおおッ!? 肉厚なキノコの弾力の中から、ピラダイ(凶暴魚)の旨味が溢れ出してくる……! なんだこれは!? 我の胃袋に溜まっていた千年の闇が、一瞬で浄化されていくゥゥゥッ!!」
ネフィリムの屈強な男が、おでんの美味さに感動してボロボロと男泣きを始めた。
この、「宇宙一美味しそうに食べる美少女アイドル」と、「おでんの旨味で浄化されて泣く魔王軍幹部」の狂気のコラボレーション映像は、ドローンを通じてアナステシア全土に破壊的な『飯テロ』を引き起こしていた。
◇ ◇ ◇
【魔族の国・アバロン魔皇国】
「……チッ。今日の『MODULE型(空間収納弁当)』のロックバイソンの赤ワイン煮込みが、なんだか急に色褪せて見えやがる……」
魔族穏健派の貴公子ルーベンスは、塹壕の中で高級ワイングラスを置き、スマホの画面に映る『ポポロおでん』を食い入るように見つめていた。
「あの琥珀色の大根……。サケスキー(芋酒)の熱燗と絶対に合う。おい部下ども! 明日の非番、ポポロ村のルナキンに遠征するぞ! おでん鍋を箱買いだ!!」
【獣人の国・レオンハート獣人王国】
「ワォォォォンッ!! なんだこの匂いが画面から伝わってくるような暴力的な映像は!」
犬耳族の兵士たちが、焚き火で温めていた極上レーション『RCIR』を放り出し、全員でスマホの画面に向かって尻尾を千切れるほどの勢いで振っていた。
「肉椎茸のすり身詰め……! トライバードの卵……! あんなん絶対美味いに決まってるやんけ! 隊長! オレたちもポポロ村に駐留させてくだせぇ!」
【天使の国・セレスティア】
「ぐすっ……ひっく……。ルチアナ様ァ……わたくしたち、どうしてこんなレンガみたいなパンと、ドロドロの青汁しか食べられないんでしょうか……」
ヴァルキュリアの部下である美しい天使たちが、『特製高濃度青汁(緑の絶望)』に『ホーリー・ブリック(聖なるレンガ黒パン)』を浸しながら、画面の中のホクホクの『太陽芋の餅巾着』を見て、大粒の涙をこぼしていた。
「神よ……本当の天界は……ポポロ村にあったのですね……」
◇ ◇ ◇
世界中の軍隊の士気が「おでん」の前に崩壊していく中。
ポポロ村の広場では、ニャングルが算盤から火が出るほどの勢いで弾きまくっていた。
「アカン……アカンでぇぇ!! リーザ嬢ちゃんがおでん食っとるだけの映像やのに、スパチャの勢いがさっきのライブの10倍になっとる!!」
『(コメント欄)金貨500枚! その大根を俺の口にも放り込んでくれぇぇ!!』
『(コメント欄)金貨1000枚! 魔導断熱ポットのタローマンの株買います!!』
『(コメント欄)純金延べ棒10本! リーザちゃんのもぐもぐ顔尊いぃぃ!!』
「アハハハハ! ゴッドチューブのアルゴリズムが壊れよった! ポポロ村の『戦闘糧食PRO型』のブランド価値が、今この瞬間、世界最高のB級グルメとして宇宙まで突き抜けよったでぇぇぇ!!」
ニャングルが高笑いする中、リーザは出汁の最後の一滴まで飲み干し、ぷはぁっ!と息を吐いた。
「はぁ~、美味しかった! ごちそうさまでした! ……で、ニャングルさん。アタシ、なんかすごいお金稼いじゃった感じ?」
リーザが期待に満ちた上目遣いで財務長を見つめる。
数億……いや、数十億の経済効果を生み出したのだ。今日こそ、パンの耳生活から抜け出し、豪華なマンション(と高級和牛)が手に入るに違いない。
「おん! せやな! 嬢ちゃんの活躍で、村の負債(※タローマンへの兵器開発費など)が全部チャラになって、さらに莫大な利益が出たわ! ……はい、これ、今日の嬢ちゃんの『ギャラ』やで!」
ニャングルが、ポンッ、とリーザの手に乗せたもの。
「えっ」
それは、『銀貨2枚(2000円)』であった。
「……えっ? ニャングルさん、ゼロの数、だいぶ少なくない……?」
「アホ。村の復興費、機材の減価償却、防衛フィールドの電気代、それに『おでんの具材代』を引いたら、これでも大盤振る舞いやで? 嬢ちゃん、さっき大根3つもおかわりしたやろ。アレ、時価やからな」
「そ、そんッなァァァァァァァァッ!!?」
ポポロ村の空に、絶望する人魚姫の叫び声が響き渡る。
炎上神が仕掛けた「最悪のダークファンタジー」は、こうしてポポロ村の圧倒的な飯テロと、ニャングルの底なしのピンハネ(経済力)の前に、完璧なギャグ(日常)として消化されたのであった。




