EP 9
「迷子のエルフ(災害指定)と、世界樹のログハウス」
ポポロ村の朝は、今日も平和に始まる……はずだった。
「ねぇねぇ、リアン君。最近、村の近くで変な噂があるのよ」
開店準備中の『ポポロ屋』で、キャルルが畑から採れたての野菜を運びながら言った。
「変な噂?」
「うん。なんでも、森の中で『歩く森』を見たとか、川の水が突然『イチゴ味のジュース』に変わったとか……」
「……それは、また厄介なのが近づいているな」
リアンが眉をひそめた、その時だった。
カランコロン、と店のドアが開き、一人の女性がふらりと入ってきた。
「あのぅ……ここ、どこでしょうかぁ?」
そこに立っていたのは、この世のものとは思えないほど美しいエルフだった。
腰まである黄金色の髪に、透き通るような碧眼。長く尖った耳。
そして、彼女が手に持つ、新緑の光を脈動させる杖――国宝級のマジックアイテム『世界樹の杖』。
「……(本物のエルフだ。しかも、あの杖の魔力……只者じゃない)」
リアンは瞬時に警戒レベルを引き上げた。
絶対不可侵領域であるエルフの森から外に出ることは稀だ。しかも、次期女王候補クラスの膨大な魔力を垂れ流している大物が、なぜこんな辺境に?
「いらっしゃいませ。ここはポポロ村の定食屋だ」
「ぽぽろむら……? 私、ルナミス帝国の帝都を目指していたはずなんですがぁ……」
「方向音痴にも程があるだろ。帝都とは真逆だ。数千キロは離れてるぞ」
「はうぅ……またやっちゃいましたぁ。木さん達に道案内してもらったのに……」
エルフの少女――ルナ・シンフォニア(20歳)は、しょんぼりと肩を落とした。
その瞬間、彼女の「悲しい」という感情に呼応するように、店の隅に置いてあった小さな観葉植物が急激に成長を始め、メキメキと天井を突き破りそうになった。
「!! キャルル、植物を抑えろ!」
「えっ、う、うん! ストップ、ストーップ!」
キャルルが慌てて巨大化した植物に飛びつき、体重をかけてなだめる。
「ご、ごめんなさいぃ! 私、魔法の制御が少し苦手で……」
ルナは涙目になりながら、お詫びにと杖を軽く振った。
「お詫びに、美味しいフルーツを出しますね! えいっ☆」
ボボボボンッ!!
店の床から突如、季節外れの高級メロン、マンゴー、ブドウが山のように湧き出してきた。
その量、ざっとトラック数台分。ポポロ屋の床が果物で埋め尽くされる。
「……(これ、市場に一気に流したら値崩れして周辺国家の経済が破綻する量だぞ)」
リアンは頭を抱えた。
こいつは、文字通りの天然のテロリストだ。悪意がない分、始末が悪い。
「とりあえず落ち着いてくれ。ルナさんと言ったか、帝都に何の用事で?」
「はい。世界樹様から『世界を見てきなさい』って言われて……。あと、帝都の最新スイーツが食べたくて♡」
「(……後者が本音だな)」
その時、外から子供の大きな泣き声が聞こえた。
どうやら、村の子供が通りで転んで膝を擦りむいたようだ。
「あっ、怪我!? 大変! 痛いの痛いの飛んでけー!」
ルナが店を飛び出し、泣いている子供に向かって勢いよく杖を振る。
――ズゴゴゴゴゴゴゴ!!
「え?」
「はにゃ?」
回復魔法が発動すると思いきや、地面が激しく隆起し、巨大な岩石のゴーレムが出現した。
『オオォォォ……!』
「あれぇ? 回復魔法じゃなくて、土魔法が出ちゃいましたぁ」
「てめぇ! 子供が余計に泣くだろ!!」
リアンが叫ぶが遅い。
ルナの「痛いの飛んでけ」という意思を曲解したゴーレムは、「怪我の原因(硬い地面)を排除すればいい」と判断し、村のメインストリートを豪快に耕し(破壊し)始めた。
「イグニス! 出番だ! あのゴーレムを止めろ!」
「へっ! 任せろ! 皿洗いよりマシだぜェ!!」
裏口から、小花柄のエプロン姿のイグニスが飛び出し、巨大な両手斧でゴーレムに挑みかかる。
「キャルル、子供を避難させろ! 俺は……」
リアンは腰の銃口剣に手をかけ、ルナに向き直った。
このまま放置すれば村が消し飛ぶ。
「……少し、お灸を据える必要があるな」
「えっ? おきゅう? 熱いのは嫌ですぅ……」
ルナが怯え、後ずさった瞬間。
彼女の無意識の防御本能が働き、周囲の空気がピキピキと凍りつき始めた。
全属性魔法の極致――『絶対零度』が発動しかけている。
「(……コイツ、マジでやばい! 魔法で制圧しようとすれば村ごと凍る!)」
リアンは剣から手を離し、魔法ポーチから、とっておきの「現代兵器」を取り出した。
「ルナ、これを見ろ!」
彼がビシッと掲げたのは、銃でも爆弾でもない。
ネット通販で取り寄せた『最新刊のスイーツ情報誌(全ページフルカラー・光沢紙)』だった。
「はにゃ!? そ、それは……帝都で流行りの『宝石パフェ』と『三段重ねパンケーキ』の鮮明な絵(写真)!?」
ルナの絶対零度がピタリと止まり、彼女の碧眼が雑誌に釘付けになる。
「この村に大人しく滞在して魔法を封印するなら、この本を全ページ見せてやる。そして、俺がこのパフェを完全再現して食わせてやってもいい」
「!! ほ、本当ですかぁ!?」
ルナは滝のように涎を垂らしながら、杖を振ってゴーレムを土に還した。
エプロン姿で斧を振り下ろそうとしていたイグニスが、空振りして地面に突っ込む。
「はいっ! 良い子にしますぅ! パフェ食べたいですぅ!」
「よし、交渉成立だ」
リアンはホッと息を吐いた。現代の雑誌(物理)による、完全なる制圧である。
「んふふ~♡ 私、パフェのためにここに住んじゃいます!」
ルナは、ポポロ屋の隣にある更地(元々はリアンが家庭菜園にしようとしていた場所)を指差して、高らかに宣言した。
「そ、そんな事を言われても~。村の空き家なんて、もう無いし……」
キャルルが冷や汗を流しながら口笛を吹き始める。
村長としての勘が告げている。このエルフを定住させたら、村の平穏が崩壊すると。
「あ、家がないなら作ればいいんですね? 家なら作るんで☆」
ルナは全く意に介さず、懐からクルミのような種を取り出した。
それは、淡い緑色の光を脈動させている『世界樹の種(S級国宝)』だった。
「えいのえいのえいっ☆」
彼女が無造作に種を地面に放り投げ、杖を一振りすると――。
ズズズズズズッ……!!
大地が揺れた。
種から翠色の若芽が飛び出したかと思うと、ビデオの早送り再生のように爆発的に成長を始める。
幹が太くなり、枝が絡み合い、葉が屋根を形成する。
自然の木々が自らの意思で組み上がり、窓枠を作り、ドアを形成し、煙突まで生えてくる。
わずか10秒。
そこには、木の温もりに満ちた、とてつもなく立派な『超高級天然ログハウス(家具付き・光合成機能あり)』が完成していた。
「……嘘ぉ」
キャルルが口笛を吹く唇の形のまま固まった。
「お前……何でもありかよ」
リアンは呆れて天井を仰いだ。俺の『ネット通販』+影丸の突貫工事すら霞む、大工も建築士も失業するレベルのチートだ。
「な、なんだあの家は!? 俺様のテントハウス(と呼んでいる店の裏のボロ布)より豪華じゃねぇか!!」
イグニスが血涙を流しながらログハウスの壁を撫で回している。
格差社会の残酷な現実が、ここにあった。
「はい、これ引っ越しのご挨拶ですっ!」
ルナは笑顔で、再び杖を振るった。
ポポンッ! と空中に魔法陣が展開し、そこから黄金色に輝く果実がゴロゴロと溢れ出す。
『黄金の完熟桃』。
市場に出回れば1個10万円は下らない、幻の果実。
「リアンさんも、どうぞ!」
「……ふん」
リアンは桃を受け取り、その肌触りと重さを確かめた。
彼の目が、暗殺者から「職人」のそれへと変わる。
「俺は料理人だ。こんなどエラい素材を見せられて、そのままかじりつくなんて野暮な真似ができるか。……飛び切りの美味いデザートを作ってやる」
最強の料理人の元に、最強の(そして最凶の)天然エルフが加わり、ポポロ村の奇妙な共同生活はさらなるカオスへと突入していくのだった。




